閑話7.1 試験勉強で保健体育はしません(前編)

 大輝は今、修羅場の中にいた。

 事の発端はどうということでもなかった。テストが近くなっており、明日香と一緒に勉強しようという話になったのだが、この時期、図書室は混み合っており、さらに彼女の家では勉強どころではなくなるのも容易に想像がついたので、消去法的に大輝の家でやることになった。


 そんな話をついうっかり生徒会室でしてしまったのが誤りだった。何気なく自分の家でと言ってしまったのだが、明日香は目を輝かせて頷き、耳聡く聞いていた葵が立ち上がって言った。


「私も参加させてもらうぞ」

「勉強会ですよ? 学年違うと一緒にやるメリットなくありませんか?」


「そんなことはないぞ。大輝たちが私に教えるのは無理でも、逆は可能だろう」

「それじゃ葵会長の勉強にならないじゃないですか」


「そんなことはない。人に教えるというのは自身にとってもいい復習になるのだ。どうせ受験勉強でおさらいしなければならなくなるのだしな。遠慮することはなにもないぞ」


「そりゃ、会長が教えてくれるなら嬉しいですけど」

「じゃああたしも参戦しようかしら」


 この場にいる残りの生徒会メンバーである未来もニコニコしながら言った。もし、この場に真由がいたら、彼女も参加していただろう。

 いつもの生徒会メンバーが、場所を大輝の部屋に移して集まるだけになってしまったが、この時、大輝は事の深刻さに気づいていなかった。



 家に女の子がやってくるといっても、大人数なために何か特別なことが起こるわけもなく、期待することでもないだろう。土曜日だから両親が家にいるというのがややネックではあるが、そのことについては生徒会のみんなが家に勉強しにくると簡単に説明しただけだ。


 お約束通り部屋の掃除は入念にしたし、見つかってやましいものはしっかりと隠しておいた。

 あとはみんなが来るのを待つだけだが、一緒に集まってから来ることを決めていたのか、三人揃ってやってきた。どういうわけか全員、制服姿だったのだが。


 三人に興味深そうに部屋を眺められるのは微妙な感じだった。特別なものはなにもないですよと言ったものだが、葵も明日香もそんなことお構いなしだ。


 部屋の壁に貼ってあるポスターは某有名アイドルのものだ。カレンダーは動物のもの、本棚の漫画も少年誌の普通のものだ。ベッドのシーツは換えてあるし、消臭剤もしっかりスプレーしてある。ゴミ箱も空にしておいた。


 どこからもケチはつかないだろうと大輝は胸を張るのだが、それが甘い計算であったことにすぐ気づかされた。


「さて、男の部屋に来たらまずやることは決まっていると思うが」

「勉強ですよね?」


「家捜しに決まってるだろう。エッチな本はどこに隠してあるんだ?」

 大輝の当然の答えはあっけなくスルーされ、一直線に本丸へ突入された。


「えっ、エッチな本なんてあるわけないじゃないですか!」

「ふっ、年頃の男子が卑猥な本を持ってないはずがなかろう。単純な大輝のことだから、おそらくベッドの下にでも隠しているのだろう」


「そっそっそっそんなわけないじゃないですか」

 ベッドの上や本棚に無造作に置いていたお宝本はしっかりとベッドの下に隠してあった。あまりにも単純な隠し場所ではあったが、まさかいきなり家捜しされるとは露にも思わず、大輝は狼狽する。


 葵はしたり顔でベッドの方へと進むと、大輝はとっさに回り込んで葵とベッドとの間に立ちはだかる。


「大輝よ、どうしたんだ? 邪魔ではないか」

「あの……ですね。勉強とかは……」

「そんなもの後でよかろう。大輝の隠し持っている卑猥な本を確かめる方が先だ」


「いや、いきなり女の子が男の部屋に来てすることじゃないと思うんですけど」

「馬鹿を言うな。これ以上大事なことがどこにある」


「えっと、勉強会をしに来たんですよね?」

「そんなものは建前に決まってるだろう。みんな大輝のことを知りたくて集まったのだ」


「いきなり本音をぶちまけないでくださいっ。ちょっとはオブラートに包んだり、僕が席を外してる間にこっそりするとかですね……」

「席を外している間だならいいのか。ではトイレにでも行ってろ。それともお茶かジュースでも持ってくるんだな」


「家捜しされるっていうのに、席を外せるわけないじゃないいですかっ!」

「ああ言えばこう言うやつだな。女々しいとモテないぞ」

「そういう問題じゃないですから」


 押し問答をしている間にも、葵は回り込むことを試み、大輝は機敏に左右へと動いて葵の前に笑顔で立ちはだかる。


「退け」

「嫌です」


 二人とも笑顔でにらみ合ってると、大輝の背中に柔らかい感触のものがあたった。葵に気を取られているうちに未来に後ろへ回り込まれてしまい、羽交い締めにさせられた。


「ちょっと未来先輩までっ、裏切るんですか?」

「あらあら、大輝君の味方になったことなんて一度もないわよ」

「ナイスだ未来。そのまま押さえ込んでおけ」


 思わぬ伏兵に邪魔されて、ついに葵をベッドサイドまで侵入させてしまった。未来に羽交い締めされても強引に振り払うこともできるのだが、背中に当たるおっぱいの感触に惑わされ、一瞬対応が遅れてしまった。男って悲しい生き物だ。


「未来先輩はそういうのに興味のない人だと思ってたのに」

「そうなんだけど、でもこっちの方が面白いでしょ?」

「面白いか面白くないかだけで男子高校生の恥部をえぐり出そうとしないでくださいっ」


 大輝の抗議にも、未来はあらあらと微笑むだけで羽交い締めする腕を弱めてはくれなかった。

 そうこうしているうちに葵はベッドの下を覗き込んだが、なにもないとわかるとすぐに立ち上がってベッドの布団をめくった。


「あったではないか」

 したり顔で高らかに言う葵に対し、大輝は青ざめた顔でがっくりと肩を落とした。


 幸いにも表紙を伏せて置いたっために卑猥な画像がお目見えするということはなかったが、出会い系やら怪しい健康食品やらの広告が見えているというだけで十分いかがわしかった。そもそも裏返せば簡単に見えてしまうのだが。


「わーわー、見ないでください見なかったことにしてください。ねっ、こんなの女の子が見ても面白くないですし、嫌な気分になるだけですよ。さっさと布団を元に戻して封印してしまいましょう」

「ここまで来てなかったことにするやつがどこにいる。大輝の性癖を調べるのは大事ではないか」


 葵の主張に何気なく明日香も「うん、うん」と頷く。未来は何も言わないが、雰囲気からして同意のようだった。


「そんな恥ずかしいことほじくらないでくださいよ」

「巨乳の子が表紙だったらそのまま焼き払ってくれよう」


「それはみんな友達から押しつけられたものですからっ」

「言い訳など不要だ。こんなところに隠しておくくらいだ、けっこうお気に入りなのだろう?」


 隠して置いた本は三冊で、表紙はそこまで過激ではなかったと思いたい。胸は小さくはなかったはずだが、と、大輝は冷や汗を流しながら葵が本を裏返すのを見守った。


 最初の一冊目は不幸なことに、猫耳メイドが表紙を飾っていた。胸はうまく隠れているが体育座りをしていて純白のパンツが丸見えだった。甘い顔の笑顔が可愛いちょっとぽっちゃりとした子が表紙を飾っている。煽り文句は「ご主人様、エッチな駄メイドにお仕置きしてください」だった。普通の女子ならどん引きものだろう。


「…………」

 怒りにも似た冷たい空気が場に流れる。

 次に葵がめくったのは健康的な女の子が水着を着て太陽のような笑顔を見せている表紙だった。貧乳ではあったが、水着はマニアックなことに旧スク水で、生クリームが顔と胸部、そして股間にぶっかけられていた。煽り文句は「お兄ちゃんの甘い白濁液、もっとかけて」だった。


「…………」

 大輝は刺すような冷たい視線を感じていた。

 最後に葵がめくった本は裸エプロンでお尻と横乳が丸だしのスレンダーな成人女性が表紙を飾っていた。煽り文句は「有閑団地妻とのイケナイ関係。夕飯の支度中に下のお口でつまみぐい」だ。


「…………」

 長い長い沈黙の後で、葵が合図を送ると未来と明日香が彼女の両隣にすり寄った。


「巨乳にロリコンに人妻か。どう反応していいか難しいな」

「ちょっとジャンルが飛びすぎよね。猫耳ロリ巨乳人妻メイドという新ジャンルの可能性も」

「未来先輩、ちょっと変なこと言わないでくださいっ」

 どういうわけか明日香だけが顔を赤らめながらも興味津々に表紙の写真を見比べていた。


「とりあえず全部焼却するか。いや、貧乳本は取っておいてやろう」

「あらあら、表紙なんかに騙されちゃだめよ。肝心なのは中身じゃない」

「む、それもそうだな。巨乳のページは破り捨ててやらないと」


 そうは言うものの、さすがの葵もエロ本を開けるのには覚悟がいるようで、雑誌に手をかけたもののすぐにページを開こうとはしなかった。


「やっぱり全部焼却というのはどうだろうか」

「ダメよ。なんの為にエッチな本を探したの。大輝くんの性癖を暴くためでしょ」


「落ち着いた口調でそんなこと言わないでくださいっ。僕を虐めて楽しいですか?」

「うん、楽しいわよ」

 悪魔のような笑顔で未来は言った。


 三冊のエロ本は友人から押しつけられたものだが、大輝のお気に入りでもあった。ほかの本は押入の奥に仕舞い込んである。


「よし、めくるぞ」

 葵が意を決して本を開くと、すかさず明日香と未来が身を乗り出して覗き込んできた。


「おおおっ……」

 どよめきに似た声が漏れるものの、三人ともすぐに絶句した。耳を真っ赤に染めて目は泳ぎ、それでも紙面から視線を逸らすことはなかった。


 一ページ目にあったのは、表紙の裸エプロンの女性が物欲しそうな表情をしながらベッドに寝そべった状態でM字開脚をするという、はしたないにも程がある写真だった。幸いにも秘部はモザイクによって隠されているものの、この格好が何を意味するのかは生娘でも理解できた。


 その隣のページには、その女性が裸の男性の前にひざまずき、股間の何か(当然、モザイクがかかっている)をうっとりとした表情で舐めている姿があった。

「はわわわわ……」

 明日香が両手で目を覆うものの、しっかり指の隙間から写真を見ていた。


「なっ……なっ……なっ……」

 さすがの葵もあまりもの生々しさに口を金魚のようにパクパクさせているだけだった。ただ未来だけが口に手を当てながらもニヤニヤと微笑んでいた。


「あらあら、葵ちゃんもウブなのねぇ。好きな男の子のアレくらいいくらでも舐められるわよね」

「みっ、未来はシたことあるのかっ?」

 葵は驚くものの、未来はきっぱりと断言した。


「あるわけないじゃない。でも、好いてる者同士ならこれくらい普通のことよね、大輝くん?」

「あのっ、僕に振らないでくださいっ」


「こんなので驚いていたら、ページを進めたら葵ちゃん卒倒しちゃうわよ。もう止める?」

「ふっ、馬鹿を言うな。ここで止めたら生徒会長の名折れだ。当然、次に行くぞ」


 葵はもうほとんど強がっているだけだったが、それでも勢いよくページをめくる力だけはあった。

 だが、三ページ目はもっと酷い状態だった。女性は裸エプロンがはだけて乳房が丸見えだったし、乳首はここまで尖るのかというくらい勃起していた。顔は紅潮し、目は虚ろで色っぽく、口は半開きで桃色の吐息が漏れているように見えた。肝心の股間はやはりモザイクによって隠されてはいるものの、彼女のだらしなく開いた両足の間に入っている男の姿からして、何かが繋がっているのは確実だった。


「……すごく……気持ちよさそう……」

 ごくりと唾を飲み込みながら明日香が言った。両親の痴態が聞こえてくるとはいえ、それを目撃したことはなかっただろう。男女の営みの生々しさを見て驚くとともに、両親の行為をそれに重ね合わせていた。


 隣の四ページ目には男の姿はなく、両足を広げたまま放心状態で横たわる彼女だけがそこにあった。

 五ページ目は、今度は彼女がベッドに四つん這いになってお尻を突き上げている姿があった。肝心なところはやはり見えないが、そこから滴り落ちる白濁液が写っている。


「おいっ、未来っ、これってつまり……」

膣内射精なかだししたんでしょうね。セックスの目的って赤ちゃんを作ることだもの。葵ちゃんもすればこうなるのよ」


「でも避妊しないとだな……」

「男の子ってなんのかんの言って女の子を孕ませるのが大好きだもの。ねぇ、大輝くん?」

「だから僕に振らないでくださいっ」


 大輝は即座に文句を言うものの、つい写真の女性を葵に重ねてしまっていた。物欲しそうにお尻を振って自分の子種を強請る葵を想像し、思わず股間に血が集まってくるのを感じた。


 ページをめくるたびに裸エプロンの彼女は乱れ、美人だった顔も見る影がないほど快感に歪んでいった。それと同時に体にかかる白濁液と、ベッドに転がる丸めたティッシュが増えていく。絶倫と言える激しい責め苦に理性は飛び、そこには一匹の雌だけが存在していた。


 冒頭最後のページはドロドロになって見るも無惨な女性が再び美味しそうに男性の股間の何かをしゃぶっているところだった。


「おいちょっと待て、未来っ、これはいったい何をしてるんだ?」

「愛液で汚れちゃったアレを清めてあげてるんでしょ」


「そっ、そんなことするのかっ?」

「さぁ。でも男の子はそうしてあげると喜ぶみたいよ。ねっ、大輝くん?」

「ノーコメントですっ」


 普段は傍若無人な葵をかしずかせ、体液でベトベトになった顔のまま大輝のものを清めてくれる姿を想像した。もう股間のテントは隠しようもないが、幸い本に夢中で気づかれていないようだった。

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