閑話3.3 デートの前にすることってだいたい決まってますよね
生徒会では、いつも明日香がお茶を入れてくれる。
お茶汲みが下級生の役割というわけではないのだが、明日香が入れるお茶が一番美味しいというのは、みんなの一致する意見であるし、実際に彼女も意外に世話好きのため、進んでやってくれていた。
明日香が何らかの用事で来られない時は、ほかの誰かが入れることになっている。気が向けば葵がすることもあるし、なにも大輝の仕事になるということはない。
その日、いつものように明日香は三人分の湯呑みを用意し、葵、未来に笑顔で手渡すと、最後の一つは当然のように自分で手に持って席に戻った。
(あれ、僕の分は……?)
優しい明日香が、これまで大輝を無視したことがあっただろうか。
記憶にはなく、彼女がうっかり忘れたと思いたいのであるが、大輝は餌を貰えなかった犬のように寂しい目で彼女を見つめてみるものの、反応はいっさいなかった。
いや、大輝の視線に気づいているのだろう。明日香はわざと冷たい表情を作って正面を向き、そのまま眉一つ動かさずにお茶を啜った。
いったい何があった、といえば、大輝に心当たりがないわけでもない。
むしろ心当たりは大ありだった。
とはいえ、このことが生徒会の面々の耳に入っているとは、大輝は夢にも思っていない。
仕方なく大輝は自分でお茶を入れることにした。
二煎目ということもあるが、自分が入れたお茶は手前味噌にも美味くなかった。むしろ不味い。明日香のお茶がどれだけ美味しかったのか、今更ながら再発見する思いだった。
乾いた唇を湿らせ、一息つけたところで、いきなり葵から爆弾を投げつけられた。
「大輝よ、彼女ができたらしいな。とりあえずおめでとうと言っておこうか」
葵の言い口も、いつもの傲慢さよりは、冷酷さがマシマシになっていた。
大輝は絶句するとともに、葵の冷たい目線に、心を刺されるような痛みを覚えた。
「いやちょっと待ってください。何の話ですかそれは!」
我に返った大輝は、すかさず立ち上がって抗議をした。
「何の話もないだろう。水泳部部長とつきあうことになったそうではないか。週末はデートだそうだな。週明けには童貞を卒業したお前が見られるということか?」
いったいどこからその情報が漏れたというのだろうか。
昨日の今日でいきなり葵たちにまで伝わっているというのは、大輝の想定外であった。
「どうしてそのことを知ってるんですか?」
大輝は唖然と聞き返すが、葵は冷笑を込めて、吐き捨てるように言った。
「ふん、新聞部の掲示に書いてあるではないか。水泳部部長に熱愛発覚、お相手は生徒会の副会長、とな」
なんだかどこかで聞いたことあるようなやり口であったが、またまた大輝は新聞部の掲示など見てもいなかった。
「いや、デマですって。だいたい、僕と真由先輩では釣り合わないですし、デートというのだって、事情があるんですよ」
「真由だと? 名前を呼び合うくらい親しい仲というわけか。私は名前で呼んでもらったことすらないぞ」
「えっと、あっと……、相川先輩の方からそう呼べって言われたんですよ」
「ほぅ、お前は誰からでも名前で呼んでいいと言われれば、親しげに呼ぶということか。そんな節操無しだったとは、私の見る目がなかったということか」
「そんなことで拗ねないでくださいよ。……葵会長」
葵は名前を呼ばれて耳をピクっと動かしたが、表情は変えなかった。
「明日香には、ただ明日香と呼ぶのに、私には葵会長か。ものすごくよそよそしいな」
「ああもうわかりましいたよ。でも呼び捨てても怒らないでくださいよ。葵……、ああもう、なんだかすごく恥ずかしいじゃないですか」
大輝は顔を赤くしたが、呼ばれた葵の方も頬を染め、嬉しそうな表情を見せた。
「ちょっとちょっと、ちょろすぎるんじゃないの、葵ちゃん。葵ちゃんが二股三股を許すっていうなら止めもしないけれど」
そこでこれまで沈黙を守っていた未来が、すかさず要らない介入をしてきた。
いつもあまり表情を動かさない未来だが、今回のことでは彼女もまた、内心では腹を立てているのかもしれない。
「そうだった。事情だのなんだのと言い訳していたが、真由とつきあってることに変わりがなかった」
「それはだから誤解なんですって。単に都合よく利用されてるだけで……」
仕方なく大輝は事の顛末を葵たちに説明するのだが、当然のように自分にとって都合の悪そうな所はあえて口にしなかった。
「というわけで、つきあってるというのも見かけだけで、過激なことをしている一部の部員をあぶり出すためにするってだけなんですから」
説得力があったかはわからないが、葵は大輝の話を聞いて頷いてくれた。
そして、神妙な面もちで口を開いた。
「ふむ、それはつまり刺される要員というわけか。腹に京極夏彦の本でも仕込んでおいた方がいいぞ」
「やっぱりそう思いますか。分厚い本をお腹に隠しておかなきゃならないって、それってどんなデートですか」
「まぁ、そういう事情なら真由のためにも協力してやって構わないが……。だが、いいか、デートといってもいかがわしいことをするんじゃないぞ。たとえばキスとかキスとかキスとか」
「すっ、するわけないじゃないですか」
まさかもうしましたとは口が裂けても言えない。
実際に、デートでキスすることはないだろう。少なくとも大輝からは。また真由にいきなり唇を奪われることはあるかもしれないが、できる限り気をつけようと大輝は決心する。
「何か動揺してないか? まさかとは思うが、期待してるんじゃないだろうな」
「そんなわけないですって、はい」
葵の追求が的をそれて、大輝は密かに胸をなで下ろした。
校舎を歩いていても、妙に他の生徒から好奇の目で見られているのを大輝は覚えた。
それも仕方がない。新聞部のすっぱ抜きによって、今や大輝は校内で最も注目を浴びる生徒になっていた。
学校一の有名人と、生徒会副会長という肩書きだけの凡庸な男子との交際。ゴシップ好きの女子が飛びつかないはずはなかった。
いつも葵や真由が、他の生徒からこういう風に注目を浴びているのだと知り、大輝は彼女らの苦労を、身を持って知ることになった。
どこにいても、みんなから見られているというのは、注目を浴びるのが好きな人にはたまらないのだろうが、一般人の大輝からすれば、やや息苦しさを覚えるものだ。
放課後、生徒会の業務を終えた後に、水泳部に寄るように大輝は真由から言われていた。
どうしてですかと理由を尋ねれば、返ってきたのはこんな台詞だった。
「ボクたちは恋人になったんじゃないか。一緒に下校でもしなければ、怪しまれるだろ?」
正論ではあったが、大輝はため息をつくしかなかった。葵からは大きな釘を刺されている。
真由の無自覚なスキンシップは、世の男子にとって嬉しいものではあるが、葵の目を考えると、大輝は頭から喜べなかった。
プールの入り口で、大輝は真由の登場を待っていた。また中まで入ればどんなハプニングに巻き込まれるかわからないからでもあったし、水泳部の他の女子からの視線が痛いからという理由もあった。
実際に、真由は最後に出てくるのだが、それまでに大輝とすれ違った他の女子部員たちは、例外なく大輝に敵意の視線を向けてきていた。
ハーレムの主、真由を彼女たちから奪った形になったのだから仕方がないとはいえ、このままでは真由とのデートを待たずに刺されることになりかねない。
真由が言った、自分に彼氏ができれば彼女らも心の整理がつくさという台詞は、むしろ逆効果にすらなっているのではないかと、大輝は危惧する。
(学校の中でも京極夏彦を持ち歩かなきゃならないのか)
腹部どころか背中にも入れておかなければならなさそうな雰囲気だった。
ほんと、勘弁してほしい。
そう、大輝はため息混じりに呟く。
「やぁやぁ、待ってくれたかな。ボクのマイスウィートダーリン」
「茶化さないでくださいよ。生徒会でもそうでしたけど、僕はもう針のムシロですよ」
「ああ、やっぱり葵も怒っちゃったか。まぁしょうがない。今週だけの辛抱だし、ボクのパンツを盗んでオナニーした報いだお思えば」
「またですか。そうやって事実と違うことを真実にすり替えようとしないでくださいよ」
「まぁまぁ。これをあげるから機嫌を直してよ」
そう言って握らされたのは、またもやパンツだった。
「ちょっ、言ってることとやってることが違うんですうけど」
手の中のなま暖かい感触に、大輝は頬を赤らめて抗議をした。
「ほらほら、こんな所で男子がパンティーを持ってるなんて知られたら大スキャンダルだよ。急いでポケットの中に隠して」
抗議のためにもパンツを突っ返そうかと思った大輝だったが、他の女子に見られたら大変なこともあり、急いでズボンのポケットに突っ込んだ。
「ちょっと待ってください。そういえば、真由先輩って、今まで泳いでいたんですよね」
水着になっていたはずの割には、手渡されたパンツにはまだ温もりが残っていた。
「そうだよ。急いで着替えて戸締まりをしつつ、入口の前でこっそり脱いだんだよ」
「ってことは、またノーパンなんですか?」
「あはっ、バレちゃった? ねぇ、このスカートの中がどうなってるか見てみたい? それとも、触って確かめる?」
相変わらず真由は大胆だった。
短いスカートの裾を掴み、わずかながら持ち上げる。
眩しく輝く女子高生特有の太股が露わになり、大輝はよりいっそう顔を赤らめ、唾をごくりと飲み込んだ。
「やっぱ男の子だもん、スカートの中に興味はあるよね。いいよ、見せてあげる……」
真由も恥ずかしそうに視線を逸らし、ゆっくりとスカートをめくりあげていった。
むっちりとした太股から先には、以前、大輝が貰ったものと同じデザインの縞パンがあった。
何度も使用し、目に焼き付いていたから間違いようもない。その縞パンが真由の大事な所を覆い隠している。
股のこんもりと盛り上がった部分に、大輝の目は釘付けとなった。
「あはは、はいてないと思った? 入口でちゃんとはきかえたんだよ。ボクだっていつもノーパンで帰る痴女ってわけじゃないんだよ」
スカートをたくしあげるだけで十分、痴女いと大輝は思うのだが、あまりもの真由のパンツの艶めかしさに、つい突っ込むのを忘れてしまっていた。
「恥ずかしいからもうおしまい。えへへっ、帰ろっか」
そう言って真由はしおらしく、大輝の腕に抱きつき、豊満な胸を押しつけてきた。
むにゅっとした柔らかな感触が、大輝の腕に伝わってくる。
だが、これはあまりにも柔らかすぎる気がした。何せブラウスとブラジャー越しのはずなのだ。ブラにはパッドも入っているはずだ。だが、腕に当たるぷにぷにとした感触は、まるで生のおっぱいに挟まれているかのようだった。
「あっ、あの……真由先輩? まさかと思いますけどこの当たってるのは……」
「そうだよ。下ははいてるけど、上はつけてないんだ。早く大輝くんに会いたかったし、こっちの方が気持ちいいでしョ。ボクのも大輝くんの硬い腕に擦れてけっこうキモチイイんだヨ」
やっぱり痴女だと思う、大輝であった。
その後、プールの鍵を教員室に返却しに行ったのだが、その時、真由の下駄箱から大量の手紙が出てきた。
また、大輝の下駄箱にも複数の手紙が入っていたのだが、これらは次回に暇があれば語ろう。
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