閑話3.2 ドキッ、女だらけの水泳勝負
「えっと、それで……、僕は着替えるわけですよね」
「どうしても制服のまま泳ぎたいというなら止めないけれど」
水着を手に持って、大輝は真由を意味ありげに見つめるのだが、あえてわかっていても知らない振りをしているのか、彼女は見当はずれなことを返してきた。
「ここで着替えるんですか?」
「まぁ、時間の無駄だしね。今は誰もいないし、別に気にしなくていいよ」
元よりわざわざ校舎のトイレに戻って着替えてくる、つまりは水着姿で校庭を横切るなんてことをするつもりはなかったが、かといって真由の目の前で着替えるつもりも大輝にはなかった。
「あの、着替えるんでちょっと出ていってくれると嬉しいんですけど」
「別にボクは気にしないよ」
「僕が気にしてるから言ってるんですよ!」
「とはいえ、ここは入口が二カ所あるからね。たぶん誰も来ないとは言っても、万が一があれば、きっと男が女子更衣室にいるって大騒ぎだよ」
にやにやと笑いながら言う真由に、大輝は嵌められたとしか言いようがなかった。
「ああもうわかりましたよ。でも、あっち向いていてくださいよ。恥ずかしくて着替えられないじゃないですか」
達観する大輝に、しかしながら真由は小首を傾げるだけだった。
「まぁいいじゃないか。お互いにオカズにした仲だし、ボクの裸だって想像したんだろ? この水着の下とか、さ」
そう言って真由は少し頬を赤らめて自分の体を胸からお腹へと撫で下ろした。
「そういう問題じゃないですから! もう、そんなこと言うと脱げなくなっちゃうじゃないですか!」
「あはは、勃っちゃった? ま、男の子ならしょうがないよね」
「ううっ、もうどうなっても知りませんからね」
「まぁ、あんまり苛めるのも可哀想だから、ボクはあっちを向いてることにするよ。それなら大丈夫でしょ」
真由が壁の方を向いたのを確認して、ようやく大輝はシャツのボタンを外していった。その間にできるだけ興奮が収まるように祈りながら。
と、ベルトを外した所で、渡されたパンツの問題を見つけた。
なんと言うか、水着は水着でも、かなりサイズの小さいブーメランパンツというものだった。
「ちょっと待ってください。なんでこんな水着なんですか?」
「ん? 水泳部だから普通でしょ。競泳水着といったら、男子はこれだよ」
「最近はハーフパンツ型が主流って聞きましたけど」
「うちは伝統ある学校だからね。大会以外ではあれは禁止なんだよ」
「誰ですかその変なルールを決めたのは」
「さぁ、頭の固い顧問がいたんじゃないかな。そのままなぁなぁで来てるけど、こっちの方が可愛いって声も強くて」
「どこの資本主義の話ですか。それに、サポーターが見あたらないみたいですけど」
「あっ、そっか。男子も水着の下に穿くやつあるんだっけ。忘れてたよ。まぁ、どうがんばってもそれしかないから、諦めてほしい」
絶対にわざとだと思いつつも、大輝は渋々、それを穿くしかなかった。
しかし、ブーメランパンツというものは過激なものだ。布地が少ないし、競泳用だからか体にフィットするようにできている。さらにどうやらサイズがやや小さめな気がして、真由の悪意を感じずにはいられない。
ちらっと、真由がしっかり後ろを向いているか確認してから、大輝はズボンを脱ぎ、ついでにトランクスも下ろす。
女子更衣室で全裸になっているという状況は、それはそれで興奮するものがあるかもしれないが、それより今は急いでパンツを穿いてしまいたかった。
「そうそう、インナーというと、ボクも付けない派だから。あれ穿くとタイムが伸びない気がしてさぁ」
つまり、あの薄布の下は裸なのだ。上はさすがに乳首が浮かないようになっているが、股間やお尻の方はしっかりと形が浮かび上がるということだろうか。
爆弾発言に大輝はドキリとし、一瞬硬直した。
「隙ありっ」
と、その隙を突いて真由は大輝の前へとのぞき込み、にししとほくそ笑みながら大輝のそれを観察した。
「ふんふん、こういう風になってるのか。けっこう可愛いんだね」
「ちょっ、真由先輩!」
迂闊ながらも見られてしまったのはどうしようもなく、大輝は慌ててパンツを穿こうとする。だが、焦ったためかなかなかうまく行かず、かえってバランスを崩し、真由の方へと倒れ込んでしまった。
「わっ、わっ、わわっ」
危うく転倒することは免れたが、それでも両手に柔らかな感触を覚えた。
確認するまでもない。手のひらに有り余るマシュマロのようなそれは、真由の豊満なおっぱいだった。競泳水着で締め付けられているとはいえ、十分すぎる弾力がある。初めて触る女性の胸の感触に、大輝は自分が下半身を晒して真由に倒れ込んだことを忘れ、ただ感動していた。
「仕返しに、どさくさ紛れにおっぱい揉んでやろうなんて、大輝くんもなかなかやるネ。あっ、おっきくなった」
当の真由は、いつもの威勢の良さがやや影を潜め、頬を赤らめながら言った。
さらに間の悪いことに、入口のドアが開く。
入ってきたのは一人の女子生徒で、ほぼ全裸の大輝が真由を押し倒そうとしている状況——彼女からは大輝のお尻が丸見えだが——を見て、軽く悲鳴を上げた。
「副部長が遅れてやってくるのを忘れてたヨ」
光の早さでパンツを穿いた大輝は、居心地の悪さを自覚しつつも、ただ愛想笑いをするほかなかった。
その副部長は、部長の真由が一緒にいたということで、ただ白眼を大輝に向けただけで済んだ。生ゴミを見るような目で見られたことはショックではあったが、これは仕方がない。むしろ騒ぎにならなかったのは不幸中の幸いだった。
「着替えられないので早く出ていってください」
当然の主張に、大輝と真由は追い立てられるように更衣室を出ていった。
「怒ってるかなぁ、怒ってるよなぁ。
瑞樹というのが副部長の名前のようだ。大輝からすれば、怒ってるどころか初対面で最悪の印象を与えてしまったと、落胆するほどだ。
「その副部長さんは、真由先輩のハーレムの一員じゃないんですか?」
「そうだね。部内では少数派の、ボクに興味ない子だね。だから副部長になってるともいえるんだけど。おかげで懐柔できないから、困りものなんだ」
「先輩はまだいいですよ。僕なんかは完全に軽蔑されてましたよ」
「大丈夫だと思うよ。元々、堅物で有名だから。ああいう所を見られるのも、初めてじゃないしね。もっとすごい所を目撃されたこともあるから、瑞樹からすれば、またかという感じじゃないかな。大輝くんよりも、ボクに対して腹を立ててるはずだよ」
フォローされたとしても、そうそう心が晴れるというものでもない。
しかし、もっとすごい所というのは聞き捨てならないものだ。当然、男とではないのだろう。つまり、女性同士で色々といたしているところを見たのだろう。副部長の心中をお察したくなるものだ。
プールサイドに真由と一緒に大輝が登場したというのは、水泳部に少なからぬ衝撃を与えたのは事実だった。
全員が練習を止めて水から上がり、それぞれグループでまとまって大輝を品定めするかのようになにやらひそひそと耳打ちしあっていた。
好奇の視線を向けるのが半数と、あからさまな敵意を向けてくるのが半数だった。
好奇の視線といっても、ほとんどが大輝の股間に目が集まっているようで、女子の胸に男の視線が集まる感じを間接的に知って、大輝はなんだか複雑な気分だった。
「いや、もうほんと場違いなんじゃ」
真由にこっそり聞いてみるものの、彼女は当然、平然と答えた。
「大丈夫だよ。みんな大輝くんのもっこりに興味津々なだけさ。けっこう立派なの持ってるよネ。自信持って大丈夫だよ」
まったく慰めにもならないフォローに、大輝は苦笑せざるをえなかった。
勃起こそしていないが、小さめのブーメランパンツは、股間にフィットして一物をぎゅっと締め付けてくる。おかげでもっこりとしたものを隠せずにいるが、女子たちにジロジロ見られ、その中には露骨に頬を赤らめたり、下卑た笑みを浮かべる娘もいて、大輝はまるで、全裸でこの場にいるかのような気分だった。
「この人たち、みんなレズじゃないんですか?」
「女の子が好きだからって、別に男が嫌いってわけでもないしね。ボクとデートしたりして、恋人気分を味わっているだけさ。ファッションみたいなものだと思えばいいさ。中にはガチな子もいるけどね」
そのガチな子からはおもいっきり睨まれているというのは、別に大輝を嫌ってではないだろう。むしろ真由と一緒に現れたことに敵意を向けているようだった。
「さて、と。勝負ということだったね。単純にスピード勝負をしても面白くないから、これを使うことにするヨ」
そう言って真由が持ってきたのは、おはじきだった。
「これをプールの中にばらまいて、五分以内により多く取った方の勝ち。シンプルでしょ。ハンデとして、ボクは一分間遅れてスタートする。これなら
おはじきは普通サイズで、一、二センチ程度のものだ。色も赤青黄色ほか、カラフルに揃っている。数は百枚ほどだろうか。広いプールにばらまかれれば、意外に集めきるのは骨が折れそうだ。
公平なのかどうか、微妙なところだろう。速度勝負ではないが、真由がこれを選ぶ以上は、それなりに自信があるのは間違いない。初めての大輝に勝機があるのかすら危ういが、それでもがんばるほかない。
「いいですよ。約束は約束ですからね」
「ここにいるみんなが証人になる、のかな。終わりの時間になったら笛を吹いてもらうから。水の中でもちゃんと聞こえるから大丈夫だよ」
そう言って真由はおはじきをプールの中にぶん投げ、次に一人の部員を呼び、目で合図をした。
彼女は首から下げている笛を口にくわえ、早速、スタートの合図を送る。
「うわっと」
まさか「よーいどん」もなく始まると思わなかった大輝は慌てて水の中へと飛び込んだ。
わずか一分の優位でしかない。この間に一個でも多く集めておかなければ勝ち目はない。
水中に潜り、手近なおはじきを探す。思った以上に飛び散っているようで、これを全部集めるのは五分でも難しい気がした。
最初の一つを取り、次に二つ、三つと集めていく。息が苦しくなったところで一度、水面から顔を出し、再び潜っていく。
数を集めていくうちにわかったことだが、おはじきを手に持ったまま泳ぐのは、普通に泳ぐのと違うということだ。実質的に手は使いようがない。何十個と集まるうちに、両手いっぱいになってしまう。
そうこうしているうちに、一分が過ぎて真由も参入してきた。
さすがに全国区というだけあって、泳ぐのが速い。水中をまるでイルカのように泳いでいき、次々とおはじきを回収していく。しかも、息継ぎもほとんどしていない。一分の差なんてあってないようなものだった。
それでも、少しは大輝が楽観していたのは、おはじきを持てば持つほど泳ぎにくくなるということだった。うまくいけば逃げきれるかもしれない。
しかしそんな希望も、水中で顔が合った時に、あっけなく崩れさった。
真由は邪魔なおはじきを、水着の中に挟み込むことで両手をフリーにしていた。
大輝も真似をすればいいものの、男用の水着では入れる場所に差がありすぎる。そもそも、股間に挟み込んだおはじきなど、健全な女子ならもう二度と触りたくなくなるだろう。おはじきを数える時に、汚いものを見る目で蔑まれるのは間違いない。
もう勝負はついたようなものだったが、それでも大輝は諦めずに、できるだけ息を我慢しながらおはじきを集め続けた。
体感的に四分くらいになったのだろうか。大輝の両手いっぱいにおはじきが集まり、そろそろ集めるよりも探す方に時間がかかるようになった頃、突如として真由が大輝の方へと突撃してきた。
(えっと、真由先輩?)
真由の意図を大輝はわからずにいたが、疑問符を浮かべているうちに、なにをするつもりなのかがすぐに判明した。真由は大輝の背後に素早く回り込み、背中からぎゅっと抱きついてきた。
(ちょっ、真由先輩っ、なにをっ……)
抱きついてきたのは、大輝を誘惑するわけでも、エッチなことをするわけでもなかった。胸が背中に当たっている感触は気持ちいいが、彼女の狙いは大輝の手の中にあるおはじきだった。
水中で組み付いて動きを封じたところで、強引に奪ってしまおうという魂胆だった。最悪でも、手から落としてしまえばそれだけで勝利は確定的とも言えた。
(そんなのアリですか、ズルくないですか?)
単純な力勝負なら、さすがに男の大輝に分があるだろう。だがここは水中な上に、息継ぎを我慢しながら捜索していた分、肺の中の酸素に余裕はなかった。
有利なポジションを取られ、大輝としてはなんとかもがこうとするのだが、あがけばあがくほど、酸素だけが消費されていく。
(ルールはシンプルだからね。別に、相手から直接奪っちゃいけないってルールはないよ)
まるでそう言わんばかりの強引さだ。
たとえ奪いきることができなくても、このまま溺れさせることすら可能なのだろう。
大輝の意識が遠くなってきた瞬間に、真由は素早く背中から正面に回り込み、にっこりと微笑んで大輝の唇を奪った。
(んんんんっ!)
驚きと、真由の唇のふわふわした柔らかさに感動しているうちに、彼女の口から空気が送り込まれてきた。
それで文字通り一息つき、さらに酸素を欲して今度は大輝の方から彼女の口へと吸いついた。
少し力が抜けた瞬間に、今度は真由の舌が大輝の口の中へと侵入してくる。
真由の舌は大輝の舌に絡みつき、ねっとりと包み込むように這い回る。
初めての大人のキスに、大輝の驚きは倍加され、また痺れるような快感に、我を忘れそうになった。
(あ、またおっきくなったネ)
抱きつかれ、胸の感触と熱いキスによって、大輝の股間は無意識のうちに膨らんでしまっていた。
真由はそれを自分のお腹で感じ、熱く硬い
骨抜き状態にされた大輝の手からおはじきがこぼれ落ちるのと、時間切れを知らせる笛が鳴り響いたのはほぼ同時だった。
終了の合図とともに二人は水面から顔を出し、新鮮な空気を肺いっぱいに吸い込んだ。
「ちょっと、卑怯すぎませんか。こんな手にでてくるなんて」
大輝は呆れつつも抗議したが、真由は意にも介さなかった。
「あははっ、これって生意気な新入生をハメるための、水泳部伝統の勝負法なんだよ。ボクも一年の時にこれをやられてさぁ。まぁ、その時は時間切れで勝負には負けちゃったけど、反撃して当時の部長を溺れさせたんだ。これでも、ボクは肺活量には自信があるからね」
肺活量という意味では、ちょうど今、そのすごさを身を持って味わったばかりだった。
「いや、もうほんと酷いですね。ってことは、みんな知ってたってことですか?」
「うん。伝統芸だからね。お堅い副部長には反対されたんだけど。みんなは娯楽だって知ってるから、喜んで賛成してくれた」
「それで僕を好奇の目で見ていたわけですか」
「まぁ、そんなとこ。この部も男っ気がないからね。健康な男子の過激な水着姿は、格好のオカズっていうか、目の保養でもあるのさ」
すべて仕組まれていたとすれば、これはもう怒るよりも諦めるしかなかった。
大輝とておいしい思いをしなかったというわけではなかったのだから。
「まぁ、当然だけど、普通はキスまではしないんだけどネ」
キスの余韻を思い出すかのように、真由は頬を赤らめ、俯きながら、人差し指で自分の唇を撫でた。
そのあまりもの色っぽさに、大輝は再びドキッとさせられる。今は二人とも体が密着しているわけではないが、まるで恋人同士がするように、真由は大輝の首に手を回している。彼女の吐息が大輝の顔にかかり、キスの時に味わった彼女の味がフラッシュバックする。
「しばらく水から上がれそうにないね」
真由が水面下を覗くと、ブーメランパンツは破れんばかりに突き上がっていた。大輝も慌てて自分の息子の様子を見るが、さすがにこんにちはしていることはなく、安堵する。
「じゃあ、まぁ、ボクが勝ったことだし、約束通り、週末はボクとデートしてもらうよ」
勝利の笑顔で宣告する真由だった。
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