閑話3.1 ドキッ、女だらけの水泳部
水泳部部長にして、生徒会幽霊副会長の相川真由に呼び出された大輝は、しかしながら、すぐにプールへと足を運ぶ気にはならなかった。
そもそもどうして大輝をプールへと呼んだのか。
相手は学校一の有名人であり、人気者でもある。かたや雑用係というだけの名ばかり副会長である大輝では、彼女と釣りあわないどころか、目に留まることすら不思議なのである。
そもそも、用件はなんであろうか。
愛の告白でないことは間違いない。
生徒会のことでもないだろう。それなら、直接、葵に言えばいいのだから。下っ端の大輝を通すことでもあるまい。
それなら雑用か何かである。というのが一番楽な解答ではあったが、あの葵の友人というだけで、何かとてつもない厄介ごとを頼んでくるのではないかと、大輝は恐れるのだった。
とはいえ、このことを誰かに相談するわけにもいかない。
副会長に呼ばれた。
これは何でもない出来事だが、何せ相手は幽霊役員であり、この前まで彼女が副会長であるということすら、大輝は知らなかったのだ。それでいきなり彼女に呼び出されてプールへ行くと言えば、みんな訝しがるに違いない。
つまりこのことについては誰にも相談できずに、やはり犬に噛まれたものと諦めて出頭するしかないのだが、それでも大輝は憂鬱で、次の日に出向くことはできなかった。
このまま日を先延ばしにしても、余計に行き辛くなるだけだ。
そう考えた大輝は、なんとか隙を見つけてプールへと行こうとするのだが、当然のように葵に行き先を訪ねられてしまった。
「いえ、その……、水泳部の部長さんから呼び出しをくらっちゃいまして」
愛想笑いをしつつ、できるだけ自然を装って言うのだが、大輝の不自然な行動にも、葵は全幅の信頼を置いてくれるのか、特別、不審は抱かれなかった。
「そうか。真由の奴が大輝を呼び出すとは珍しい。どうせろくなことにはならないだろうから、気をつけろと言いたいところだが、それよりなにより、一番の問題は、行き先がプールということだな。水泳部は、真由のハーレムだ。気をつけていってこいよ」
(ハーレム?)
学校では聞き慣れない言葉に、大輝は思わず頭に疑問符を浮かべた。
ハーレム。部活にはそんなものあるはずもない。それにプールでも、だ。
葵が平然と言ったからには、聞き間違いの可能性すらあったが、気をつけてというからには、聞き間違いではないのだろう。
ハーレムというからには男が多数の女性を
そもそも、この学校には男子が少なく、ハーレムを作れるほどいないはずなのだが。
なにを気をつければいいのか大輝はわからなかったが、それ以上のアドバイスがないことを知って、特に気にせずプールへと向かった。
ハーレムといっても、プールは豪奢な宮殿ではなかった。水泳の授業で来た通り、プールはただのプールである。余所の学校と違う所は、せいぜいそこが室内プールというだけであり、一年を通して水泳部が使っているという程度のことだった。
水泳部の情報も、粗方ながら大輝は調べていた。
まぁ、これも特筆するべきことは何もない。
部員数はおよそ四十名。他のほとんどの部活と同じように、全員が女子である。
実績は、真由を除けばせいぜい県の強豪レベルであり、全国区ということもない。
部活はほぼ毎日行われ、夏休みには合宿が、冬には海外遠征までしている。
外側からわかることでは、やはり何もない。
とはいえここが乙女の園であるということだけは、間違いのない事実であった。
そう、実質的に女子水泳部が活動している所に、男である大輝が行くのだ。
その中は競泳水着を来た女子たちで賑わっているはずであり、見たいか、見たくないかで問われれば、全ての男子にとって覗いてみたい所ではある。
そこに堂々と踏み込めるのは嬉しいことだろうか。
嬉しいに違いない。しかし、嬉しいに違いないにせよ、やはり呼ばれた経緯が経緯であるために、いくら警戒していてもやりすぎということはないはずだった。
入口からすぐに、プールへと通じる通路がある。
折れ曲がっているために入口からは直接、中は窺えないが。
また、別に更衣室、シャワールームへと通じる通路もある。
元々、女子校だったために、ここばかりは男子用の更衣室がない。
では男子はどうするのかといえば、校舎の更衣室を使うことになっていた。
着替えてからプールまでは水着のまま行かなければならないが、こればかりはしょうがない。
よく、廊下で他の女子たちに好奇の目で見られて恥ずかしいのではあるが、プールでは逆に女子の水着姿を拝むことができるのであるから、これはおあいこでもあるだろう。
時間は既に放課後から三十分以上経っている。
それはつまり、活動に熱心な水泳部では、全ての部員がプールで練習をしているだろうということであり、入口には誰もいないということだった。
呼ばれて来たとはいうものの、大輝はどうすればいいのかやや迷った。
制服のまま、プールサイドへと進んでいけばいいのだろうか。
当然、部長の真由は練習をしていることだろう。
誰かに口利きを頼んでもいいが、この時間では後から来る生徒は誰もいないようだった。
それは更衣室に入る女子と顔を合わせなくて済むということでもあるが、だからといって胸を撫で下ろせることでもない。
いっそ外側に回ってプールを覗けばいいのかもしれない。
このプールはどういうわけか、校庭に面してる部分がガラス張りとなっており、そこから中を見学することもできる。
まぁ、男子がそんな所で女子水泳部の活動を覗いていれば変態の
(更衣室に入るわけにはいかないし、誰も来ないし、しょうがないからこのままプールサイドに行っちゃおうか)
期待半分、恐ろしさ半分のまま、大輝はのっそりと通路を進もうとした所で、曲がり角からひょこりと水着姿の真由が現れた。
「やぁやぁ、やっと来てくれたんだね。待ちくたびれたよ」
待ちくたびれたという割には、真由は屈託のない笑顔をしていた。
あまりにもタイミングが良すぎる登場に、大輝は唖然と彼女を見つめるだけだった。
「ん? どうして驚いているんだい?」
「それは驚きますよ。放課後すぐ来たわけでもないんですし、約束をした次の日でもないんですよ。入口からは中の様子が見えないわけなんですから、中からもこっちは見えないわけでしょ。それなのに、入ろうとした瞬間に来るんですから。まさかと思いますけど、その角でずっと待ち伏せしていたんですか」
真由は水着姿といえども、水には濡れていなかった。着替えてそのまま待機していたのだろう。
「まさか。そんなことをしているほど暇じゃないし、もしそうだというなら、ボクがストーカーみたいじゃないか。種明かしをすれば簡単だよ。プールは校庭面がガラス張りになってるのは知ってるだろう? プールサイドで君が校舎からやってくるのを見ていたのさ」
「えっと、ずっと外を見ていたっていうんですか。それでも十分、大変だと思うんですけど」
「はははっ、まぁ、ボクは部長だからね。部員の練習メニューを組んだり、アドバイスを送ったりしながら、プールサイドで筋トレをするのが日課でね。泳ぐのはたいてい、日が暮れてからなんだ。他の部員の邪魔になるからね」
レベルを考えれば、むしろ邪魔になるのは他の部員たちなのだろう。大輝もなんとなく納得し、とりあえず問題の用件を切り出そうとする。
「それで、僕を呼んだ理由っていうのは……」
「ぶしつけだね。入口で話すのも何だし、部室でいいかな。スポーツドリンクくらいなら出すよ」
「あ、はい。わかりました」
大輝は何気なく了承したが、真由が先導した部室というのは、女子更衣室だった。
ドアを開け、招き入れようとした所で、大輝は硬直する。
「ちょっ、部室ですよね?」
「そうだよ。この中が水泳部の部室さ。本当は別に部室が欲しいところなんだけど、ないんだからしょうがないよね。まぁ、中は広いし、普段から部員が駄弁る場所でもあるから、まったく困ってないんだけど」
「ちょっちょっちょっ、いや、困りますよ。その中、女子更衣室ですよね?」
大輝は繰り返し確認する。
「女子更衣室というか、プールに更衣室は一つしかないからね。水泳部には女子しかいないから女子更衣室みたいになってるけど、別に女子専用ってわけでもないよ」
「いや、女子が使うならそこは女子更衣室でしょ」
当然の突っ込みにも、真由は小首を傾げただけだった。
「そういう考え方もあるかな。まぁ、でも今は誰もいないし、部長のボクが招いているんだから、文句を付ける人もここには誰もいないよ」
「そういう問題じゃないと思うんですけど」
「あまりのんびりしてると、プールから上がってきた誰かが戻ってくるかもしれないよ」
「いや、でもここじゃダメなんですか?」
話をするだけなら、女子更衣室の中でする必要もない。そう念を押すが、真由は少し呆れ気味に反論してきた。
「言ったじゃないか。こんなところで立ち話だなんて
「どっちが本音なんですか!」
「まぁまぁ。おもしろければどっちでもいいじゃないか。これ以上、駄々をこねるならこっちにも考えがあるよ」
考えというのは、大輝の腕に抱きついて、水着姿の状態で、彼の腕に豊満な胸を押しつけつつ、強引に更衣室の中へと引きずり込むということだった。
「わっ、わっ、ちょっ、ちょっと真由先輩? 押しつけないでくださいよ。当たってます、当たってますってば」
Eカップのおっぱいは、競泳水着によって締め付けれているとはいえ、大輝の腕にむにゅっと十分な柔らかみを伝えてきた。
男なら誰もが憧れるシチュエーションに大輝は頬を緩めると同時に、されるがままに更衣室へと運ばれていく。
「お、おとなしくなったね。こういうサービスは他の男子にはしてやらないんだから、その辺は勘違いしないようにね」
「僕にだってしてほしくないですよ」
「またまたぁ、無理しちゃって。顔はそう言ってないよ」
更衣室の中は、男子禁制の秘密の花園といっても、作りが男子のものと違いがあるわけでもない。
ピンクの壁紙があるわけでも、フリル付きのカーテンがあるわけでもない。
しかも体育会系が使っているだけあって、存外、殺風景なものだ。
他の部活なら汗くさいとかあるかもしれないが、水泳部だけあって塩素の匂いくらいしかしない。
思ったよりも普通すぎて拍子抜けしそうだったが、目の前の棚に、無造作に女性の下着が脱ぎ捨ててあって、大輝は思わず頬を赤らめた。
「ああ、うん。幻滅させちゃったかなぁ。みんなけっこういい加減でさぁ。まぁ、体育会系の女子高生なんてこんなものだよ。当たり前だけどここでは男子の目はないからね」
すまなそうに真由が言うが、大輝にとってはむしろ嬉しいことだった。女子高生の脱ぎたての下着がそこかしこに、露出している。
縞パンから、緑、オレンジ、白、黒、ピンク、柄パンと色とりどりの花が咲いている。パンツだけでなく、ブラジャーもあるわけだが。
むしろ大輝としては、どこに目をやればいいのか困るくらいだった。
「パンツついでに言うと、この前のボクのパンツは使ってもらえたのかな?」
「面と向かって答えづらいこと聞かないでください」
「うんうん、答えなくても顔に書いてあるからいいよ。そうか、ちゃんとボクでシテくれたのか。ねぇ、気持ちよかったかい?」
「………………」
大輝は顔を真っ赤にして俯くだけで、とても答えるわけにはいかなかった。
脱ぎ立てのパンツの香りを思い出し、さらに目の前の水着姿の彼女に重ね合わせる。あの胸の柔らかさと、引き締まった体のライン。競泳水着の下の裸を想像して、大輝は思わず股間に血が集まってくるのを感じた。
「あははっ、素直な子だね。ボクは嬉しいよ。葵と明日香ちゃんに気兼ねして使ってもらえないんじゃないかと心配してたくらいだからね」
相変わらず真由はあけすけにものを言う。
ここまでおおっ広げなのは、別に大輝に特別な好意を抱いているからではないだろう。何せ接点は同じ生徒会の役員とはいえ、まともに顔を合わせるのはこれで二回目で、いずれも短い時間にわずかな会話をしただけなのだから。元々、こういう性格に違いない。
「そっ、そういえば、真由先輩は本当にノーパンで帰ったんですか?」
苦し紛れに前々からの疑問をぶつけてみるのだが、むしろそれはやぶ蛇だったかもしれない。変態と蔑まれても不思議ではない問いだが、やはり真由はあっけらかんと答えた。
「ああ、あれね。ちょいとネタバレしておくと、前にも話したけど、下着を盗まれるのはよくあるんだよ。ほら、水泳部だろ。まさか下着をつけたまま泳ぐわけにはいかないし、練習中の更衣室はほとんど無人だからね。見ての通り、みんな無造作に置いてあるものだから、盗み放題さ」
「えっと、他の部員もよく盗まれるんですか?」
「さぁ。それは聞いたことないなぁ。まぁ、部外者が更衣室まで忍び込むなんてことはほとんどないんだよ。見つかったら大変だしね。ボクの下着が盗まれるっていうのも、内部犯、つまり同じ水泳部の子の仕業なんだけどね」
何かとんでもないことを聞いた気もしたが、大輝はあえて深入りするのを避けた。
「そういうわけで、ちょくちょくノーブラ、ノーパンで帰るわけにもいかないから、こんな風にストックを置いてあるんだよ。水泳部だけに、万が一、下着を濡らしてしまうということもあるから、ボクだけに限らず、みんな替えはもってるんだけど」
そう言って真由は自分の棚から、袋に入った新品の下着をいくつも見せてくれた。
「ああ、なんだ。やっぱりじゃないですか。僕を驚かすのはやめてくださいよ」
からかわれただけだと知り、大輝は安堵半分、残念半分という気分で胸を撫で下ろす。
「いや、いつもはなくなってたらこっちを使うんだけど、あの日はちゃんとノーパンで帰ったよ」
「いや、なんでですか!」
すかさず大輝は突っ込むが、真由は頬を赤らめて恥ずかしそうに言った。
「だってそっちの方が気持ちいいじゃないか。後輩にパンツを盗まれて、仕方なくノーパンで家まで帰る恥辱と、万が一めくれてしまった時のスリル。それを避ける理由なんてないだろう?」
「ちょっと待ってください。突っ込みが追いつかなくなりそうなんですけど、そもそも僕が盗んだわけじゃなく、あれは真由先輩が僕の手に握らせたんじゃないですか」
「言葉のアヤだよ。実際に、ブラの方は君が盗んだんだから、そんなに間違ってないじゃないか。あの日もボクはノーブラで帰ることになったんだよ。乳首がシャツに擦れて気持ちよかった」
「うっ。いや、もう本当に突っ込み追いつかないですから」
「ああ、うん。むしろノーパンで帰った日はすごかったね。興奮しすぎて家に着く頃には内股までお汁が
そう言って真由は恥ずかしそうに股を擦り合わせていた。
「そんなこと聞いてないですから」
「いや、せっかくだし語らせてくれよ。家に帰ったら晩ご飯も食べずにそのまま自分の寝室に駆け込んで、ベッドの上で自家発電に
「いや、絶対に違うと思いますけど」
「そうかな。まぁ、そんな所を想像しながらシたわけで、興奮しすぎてイキっぱなしさ。気づいたら日付が変わってたんだから、すごいよね。こんな気持ちよかったのは初めてだよ。しばらく、オカズには困りそうもない」
「あの、こんな所まで僕を呼び出して、用件っていうのはそれですか」
「それもけっこう大事なことだと思うんだけどね。たまにでいいから、ボクをオカズにしてくれると嬉しい。葵、葵、葵、明日香ちゃん明日香ちゃん明日香ちゃん、ボク、くらいのペースでいいからさ。
何ならまた脱ぎ立てのパンツをあげるよ。ボクがムラっときてしたくなった時のために、電話番号を交換しよう」
「帰っていいですか」
学校一の有名人であり、ヒーローである真由がこんな人であったいう衝撃はすさまじく、大輝はいい加減、頭が痛くなって
「ああっ、ちょっと待ってよ。あまり知った仲じゃないわけだし、お互いに打ち解けるためにフランクな会話から入るって大事なことじゃないか」
「下ネタはフランクな会話じゃありませんから」
「体育会系じゃこういうのは常識なんだけどなぁ。オリンピックだってそうだろう? 会場には大量のコンドームが用意してあるんだ。超一流のアスリートっていうのは、やっぱり性欲も人並み以上だからね。むしろあれは大乱交パーティーなんじゃないかと思うわけだけど」
「はい、ありがとうございます。もう本当に帰ります」
「待って、待ってってば。ちゃんと本題はあるからさ。ほんと、困ってるんだよ。まぁ、自業自得でもあるんだけど、こんなこと、ほかの誰にも相談できないし、葵には馬鹿にされるだけだろうし。大輝くんくらいしか相談できないことなんだ」
必死にすがりつかれ、大輝は生来のお人好しを発揮して立ち止まった。
ただ、自分にしか相談できないということに、やや引っかかりは覚えたが。
「ほとんど初対面ですよね。そんな僕にしか相談できないことって」
「いや、聞いてもらえば一発さ。適任者は他にそうそういない。口の堅さと、信頼を置ける相手ということも含めて、だ。何せ君は葵のお気に入りだし、最も忠実な部下だからね。万が一の間違いは起こらないだろうから」
やはり微妙な引っかかりがあったが、大輝はとりあえず真由に説明を促した。
「
「そうですね。副会長だというのもこの前、初めて知ったくらいですから。今日、真由先輩に呼び出されたって言ったら、ここはハーレムだから気をつけろくらいしか言われませんでしたよ」
「そこまで聞いていれば十分だよ。ここがハーレムっていうのは本当でね。うん、この際、ぶっちゃけておくけれど、ボクはレズなんだ」
「………………」
あまりにもストレートに言われて、大輝はただ沈黙するしかなかった。何かの聞き間違いかと思ったほどだ。
「レズというのは言い過ぎたか。まぁ、ボクは恋愛に男も女も関係ないと思ってるから、男女等しく愛しているだけさ。男の方は残念ながら、まだ相手がいないんだけどね。つまり、レズというよりはバイというやつだな」
胸を張って宣言する真由に、やはり大輝は帰るべきだったかと思っていた。
「それで僕はどういうリアクションをすればいいんですかね」
「あー、引かれちゃったかなぁ。まぁ、同性愛について少しくらい理解してれてもいいと思うんだけど。ほら、ここは女子ばかりの学校だろう? 特にボクみたいなスポーツができてかっこいい女子というのは、モテるものなのだよ。下着を盗まれるのもそうだし、告白されるのも珍しくないことでね。誰かとつきあってるってわけではないんだけれど、好きですと言われれば、デートくらいしてあげても罰は当たらないだろう?」
「なんとなく話が見えて来たんですけど、つまり、二股どころか告白してくる女子全員とつきあってる状況になって、収拾がつかなくなった、ということですか」
「そんな、人をムカデみたいに言わないでくれないかな。ボクは泳ぐのは速いけど、足はそこまででもないよ」
「ムカデってそもそもそんなに素早くないですから」
「ははっ、これは一本取られたかな。ところで、股の一つ一つに性器がついてたらすごいと思わないかな」
「ムカデにだって性器はそんなにないと思いますよ。知りたくもないですけど」
「
「いや、もうそれおもいっきり矛盾してませんか。処女を証明するために男とセッ、セックスするだなんて本末転倒も甚だしいじゃないですか」
「そうかい? ボクはそれくらい君のことを気に入ってると思ってくれてかまわないのだが」
「嬉しいんだか嬉しくないんだか、よくわかりません」
「
「それで失敗した、と」
「有り体に言えばそうだね。水泳部内はボクのハーレムということで、彼女らとボクとの間でいろいろとルールができあがってる。その構造に油断しきっていたというか、どうも最近、部員たちの間でボクを巡っての
「真由先輩から直接、仲良くしろと言えば済む話なんじゃないですか」
「それはもうやった。ボクがキツく言えば、みんなしおらしくはなってくれる。でも、表面では仲直りしたように見えても、心の中ではわだかまりが残ってるんだ。ボクの前ではできる限り、そういう素振りは見せないようにしてるんだけど」
「話が微妙に見えなくなってきたんですけど。僕に相談されたって、どうにかしてあげられる問題じゃないと思うんですけど」
「いやいや、そうでもないよ。ちょうど今は、マグマが溜まってる状態だからね。いっそ噴火させてしまえば、みんなすっきりすると思うんだ」
「ん、それってどういうことです?」
「つまりね、ボクに特定の相手がいないことが問題なんだよ。もし、恋人ができたのなら、気持ちの整理もつけられるだろ。とはいえ、部員の中から選ぶわけにはいかない。そんなことをすれば、きっとその子はいじめられちゃう。かといって、他に適当な女の子を選ぶのも、その子に悪いでしょ。別に本気で好きってわけでもないのに、つきあうなんて、
「なんかいやな予感しかしないんですけど」
「うん、そこで君ならもってこいだと思う。ボクとつきあっても本気にしないし、君には本命がいるわけだしね。それに、男というのもいい。ボクとのことは遊びだったって思わせるのに十分だし、やっぱり男には勝てなかったよ……とか思ってくれるかもしれないしね。まぁ、男相手に喧嘩ふっかける馬鹿もいないと思うし」
「いや、それ絶対、僕が刺されるパターンですよね」
「そうなったらお見舞いくらい行ってあげるから」
とんでもないことを平然と言う真由であった。
「ちょっと待ってくださいよ。本気で危ないじゃないですか。だいたい、ダミーの恋人になって刺される役ってことですよね。僕にいったい何の得が」
「役得くらいは作ってあげるから。さっきの話じゃないけれど、ボクの処女でよければいくらでも。興味がないわけじゃないし、君になら抱かれてもいいと思ってるし。ほら、君も童貞なんだろう? 早いうちに捨てて、葵か明日香ちゃんとする時にうまくできるように経験を積んでおいた方がいいと思うんだ」
「いや、それでも刺されるのは嫌なんですけど」
「女の子をアレで刺すのは好きなのに、自分が刺されるのは嫌だって、理屈として合わなくないかい」
「それ、ちょっと危ない発言ですよ。刃物じゃなくても、ホモみたいじゃないですか」
「ははっ、そっちもちょっと見てみたいところはあるよね。ホモが嫌いな女の子はいませんって、すごい名言だと思うんだ」
「もう勘弁してくださいよ」
「うーん、そんなにボクって魅力ないかなぁ。童貞の男子高校生なんて、セックスを餌にすればなんでもしてくれると思ってたんだけど」
「刺されるの前提で童貞捨てたいって人はいないと思うんですけど」
「まぁ、そこは犬にでも噛まれたと思ってさ。刺されどころが悪くなければ、死ぬことはないと思うんだ」
「死ななくても刺されるの嫌ですってば」
「往生際の悪い子だなぁ。まぁ、そうなると予測してたから、ここに呼んだわけだけど」
「本当に往生する瀬戸際なんですから、誰だって嫌がりますって」
「引き受けてくれないなら、パンツを盗まれたっていうのを葵に告げ口する」
笑顔のまま、平然と爆弾を投下する真由に、大輝は凍りつくしかなかった。
「……ちょっと待ってください。パンツは盗んでないですって」
「ボクのパンツでオナニーしてたって言っちゃうよ。葵は大輝くんのことを信頼してるみたいだけど、幼なじみのボクの言葉と、どっちを信じるかな。仮に君を信じたとしても、やっぱりこれまで通りの関係というわけにはいかなくなるよね。そうそう、明日香ちゃんにも言ってあげよう。きっと彼女なら、大輝くんを軽蔑してくれるだろうからね」
「……卑怯な……」
有無を言わせない切り札に、大輝が反論する術はほとんどなかった。
元々、ここに呼び出された時点から、大輝の負けは決まっていたようなものだったのだから。
「まぁ、ボクもそこまでヒドい人じゃないからね。大輝くんにチャンスをあげよう。ボクと勝負して勝てたらこの話はチャラにしよう。負けたら、男らしく、潔くボクの言うことを聞いて欲しい」
「それでここに呼んだというわけですか」
「察しのいい子は好きだよ」
にっこりと真由は微笑む。
「いくらなんでも全国区の人と水泳勝負したって勝てるはずないんですけど」
「まぁ、そこは条件付きの勝負だからね。大輝くんに弱みがあるんだからしょうがない。とはいえ、ボクも普通にやったら大人げないにも程があるから。ちゃんとハンデはつけるし、そうでもしないと部員たちが
ハンデと言われても、結局は負けの決まった戦いになるのではないかと、大輝はやや達観しつつ頷く。
「あっ、でも水着なんて持ってないですよ」
まさか全裸で泳げとは言うまい、と、そこまで思ったところで、この人ならそう言いかねないと危ぶんだ。
とはいえ、こんなことで逃げきれるはずもなく、大輝の言葉に、待ってましたと言わんばかりに、真由は棚から男物の水着を取り出した。
「大丈夫。ちゃんと用意してあるよ。新品だから変なことも気にしなくていい」
退路はしっかりと塞がれていて、大輝は肩を落としながらそれを受け取った。
(3.2に続く)
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