閑話3.4 映画館ですることといえばだいたい決まってますよね

 デートというものは、一般的には男が先に来ているものである。

 遅れてきた女子が「待った?」と聞き、「今来たところだよ」と答えるのも、様式美と言えた。


 例外として女子が先に待っていることもあるだろうし、それはそれでいじらしい。

 とはいえ、たいていの場合は男よりも女の方が身支度に時間がかかるものだし、服装も、そんなにこだわらなくていい男の方が、遅くなるはずもなかった。


 Tシャツとジーンズというラフな格好で、大輝は待ち合わせ場所の駅前に来ていた。

 時間はちょうど待ち合わせ三十分前だ。

 これは早いのか遅いのか。大輝のこのデートにかける意気込みが表れているはずだ。

 大輝は真由が到着するまでの間に、昨日あったことを思い出していた。


 真由のげた箱に入っていた大量の手紙は、すべて女子からのものだった。

「ああ、うん。誤解しないでほしいけど、いつもこんな感じなんだよ。これで一枚くらいでも男子からのラブレターがあれば嬉しいんだけど、女子からしかモテないって、ボクってそんなに魅力ないかなぁ」


「そんなことないですって。真由先輩は美人だし、スタイルもいいし、男子の中でも人気なはずですよ。ちょっと高嶺の花すぎて、みんな最初から諦めてるだけですよ」


 真由は恥ずかしげに言い訳をしていたが、スポーツ万能で、ボーイッシュな彼女なら、当然こういうことはあってしかるべきなのだろう。

 それでもげた箱にどっさりと入る手紙は意外ではあったが。


「男子との恋愛経験がないから、ちょっと憧れてるんだよ。もし、最初に一生懸命コクって来た人がいたら、あんまり好みじゃなくても頷いちゃうくらいにネ」

 はにかむ真由は可愛く見え、大輝も思わずドキっとした。


 ボーイッシュで男勝りに見えても、体つきは柔らかく、実に女性的だった。顔つきも、甘い女性顔で、もし髪を伸ばせば、学校のミスコンで優勝できるレベルだろう。そもそもミスコンは投票者の大半が女子なため、今のままでも圧倒的優勝候補なのだが。


 また、大輝のげた箱にも手紙が入っていたのは驚きだった。かわいい封筒にハートのシールで封をしてあった。

 女の子からの突然のラブレターに、こんなものを貰ったことがなかった大輝は、近くに真由がいるのを知っていても、内心、ガッツポーズしないわけにはいかない。


 偽装とはいえ付き合っている彼女がいて、大輝自身にも憧れる人がいる中で、節操ないにも程があるが、どんな状況でも、異性から好意を寄せられるのは嬉しいものだ。


(どんな娘かなぁ。かわいいといいなぁ)

 断ると決めていても、気にしてしまうのは男の性というものだった。


「おや、大輝くんもラブレターをもらったのかい? なかなかやるじゃないか……って、ちょっと貸してもらえるかな」

 によによという下卑た表情から、一転して神妙な顔つきになって真由は言った。


「ええ、いいですけど……」

 ラブレターを手渡すと、真由はそれを蛍光灯に透かし、さらに勝手に封を破ってしまった。

 それから封筒の中を慎重に覗き込み、安堵のため息をついて顔をしかめた。


「やっぱりカッターが入ってたよ。カミソリレターって、古典的な手を使うなぁ」

 もし、大輝が浮かれて手紙を開けていれば、怪我をしたかもしれない。

 大輝は自分に向けられた敵意に驚くとともに、心当たりがないいわけでもなかった。


「これって真由先輩の関係者……なんですよね」

「うん、ごめん。たまにこういういたずらする子もいるんだよ。靴とかも注意してね。画鋲とか虫とかを入れたりするから」


 何気なく上履きを履いてしまっていた大輝は、自分の不用意な行動を後悔するとともに、改めて、刺されかねない状況にあったことを思い出す。


「気をつけます……」

「いや、ほんとごめん。巻き込んじゃって悪いことになっっちゃったかもしれない」


 真由の顔は、それから終始曇りっぱなしだった。

 しっかりと大輝の腕に抱きついて、おっぱいを当てるのには余念がなかったが。



 さて、それでデートの待ち合わせ時刻になってきたのだが、少し遅れるタイミングで向こうから真由が走ってきていた。

 水泳だけでなく、足も速いはずの真由だが、走っていても妙に安定感がない。また、どんな服装で来るのか期待していたのだが、彼女はひらひらなスカートに、フリルがいっぱいついたブラウス、それに小さなショルダーバッグと、想像以上に可愛らしい格好をしていた。

 一瞬、大輝は彼女が真由だと認識できなかったほどに。


「ごめん、待った?」

 息を切らせているのも珍しい。真由は両膝に手をついて肩で息をしていた。

 走り方がおかしかった理由は単純だ。ハイヒールを履いてきたからだ。おそらく、初めて履くのだろう。


「いや、僕も今さっき来た所ですよ」

 軽く笑顔で言うと、真由はほっと胸を撫で下ろした。


「ごめんね。服を選ぶのに予想外に手間取っちゃってさぁ。それに、ヒールもこんなに歩きにくいとは思わなかった」

 赤いスカートは膝上あたりの長さになっていて、普段の制服のミニ具合からすると、やたらとおとなしくも見えるが、かえってホッとする長さであり、おしとやかにも見えて大輝にはかえって好印象を与えていた。


「それで……、やっぱり、変……かなぁ。ボクがこんな女の子みたいな格好をしてるのは……」

 もじもじと膝を擦り会わせ、顔を俯き、上目遣いで真由が言う。普段のボーイッシュな姿からは想像もつかない豹変振りだが、大輝は思わず赤面してしまう。


「ごっ、ごめんなさい。真由先輩があまりにも可愛くて、不意打ちで……、つい褒めるのを忘れてしまいました」

「……お世辞でも嬉しいよ。もう散々悩んだんだよ。鏡の前で何度もおかしーしって思ったくらいで」

「いえっ、すごく似合ってると思います! いつものかっこいい真由先輩も素敵ですけど、こんなに可愛い人だったなんて、びっくりしました」

「……ううっ、はずいよぅ……」


 大輝の真剣な眼差しに、真由はスカートと同じくらい顔を真っ赤にして俯き呟いた。その姿があまりに可愛くて、つい大輝は彼女の手を握りたくなった。


「デートとかは、よくやってるんですよね?」

「うん、まぁ……ね。それもみんな女の子相手なだけで、男の子とするのは大輝くんが初めてだけど」


「やっぱりデートとかではいつもこういう格好をしてるんですか?」

「えっ、いやぁ、いつもは女の子とだからね。もっとボーイッシュな方が喜ばれるから、だいたいショートパンツとかだよ。よく考えたら、スカート穿くのも初めてかも」


「別に、いつも通りでもよかったと思いますけど」

「よくないよ! せっかく大輝くんとデートするんだから、ボクも女の子女の子した格好してみたくてさ。やりすぎたかなぁって後悔してたんだけど、大輝くんに気に入ってもらえたみたいでよかった」


 普段とは逆の立場でデートをしてみたかったのだろう。その結果がこの姿というのは、可愛いもの好きな大輝にとってはむしろあたりと言えた。


「じゃあ、今日は僕が真由先輩をエスコートすればいいんですね」

「うん、お願い」


 このこと自体は想定外でもなんでもなかった。真由がデートに慣れている上に、年上とはいえ、やはりデートでは男が引っ張ってやるものだと思っていたからだ。

 むしろいろいろ計画を立ててきたのが無駄にならず、大輝としては安心した。


「で、今日はボクをどこに連れていってくれるんだい?」

「そうですね。定番で陳腐かもしれませんけど、映画なんてどうですか?」

「王道だね。まぁ、時間潰すにはちょうどいいよね。あ、そうだ。見たい映画がるんだけど、それでいいかな」


 一応、映画についても下調べしておいた大輝は、予想外にリクエストを得て内心、戸惑うものの、すぐに笑顔を作って快諾した。


「じゃあ、行こっか」

 映画館まで、真由がまた腕に抱きついてくるのではないかと大輝は身構えていたのだが、真由は大輝の隣に回り込んで、恥ずかしそうにそっと大輝の手を握って俯くだけで、それ以上のことは何もしてこなかった。


「えっと、すごく意外なんですけど……」

 手を握るのも、恋人のように指と指を絡ませるものではなく、普通に握っただけだった。


「ごめん、これが限界……。ドキドキしすぎて、心臓が破裂しちゃいそう……」

 しおらしい真由を愛おしく思いながら、大輝は彼女の歩幅に合わせてゆっくりと映画館への道を進んだ。



 大輝が予習した中では、ちょうど恋愛ものの映画が上映されていたのだが、真由が選んだのはそれでもなく、同時上映のアクションものでもなく、ホラーものだった。


「えっと、こういうのが好きなんですか?」

「うん、うん。友達にこれが面白いって勧められてさ。もしかして、怖いの苦手だったりする?」

「いえ、大丈夫ですよ」


 意外といいうよりは、むしろ納得し、大輝はポップコーンとジュースを買って中へ入った。

 映画はホラーというよりは、若干アクションベースで話が進み、横目でちらっと真由を見ると、生き生きとした目でかじりつくようにスクリーンに見入っていた。

 手も一応繋いではいるものの、デートという気分はあまりなく、しょっちゅう、互いにポップコーンとジュースに手を伸ばしていた。


 大輝としても、恋愛ものよりはアクション映画の方が好みであったから、真由の友達に感謝するところだった。


(これで少しは緊張もほぐれるといいんだけど)

 安心していた所で、物語は中盤をすぎて、一気に本領のホラー色を強めていった。

 主人公が孤立し、幽霊だか化け物だかゾンビだかが、次々と観衆を驚かせるように登場する。

 館内もあちこちで悲鳴がわき起こり、大輝も急に恐ろしくなって思わずのけぞりそうになったほどだった。


 と、急に腕にしがみつくような感触を覚える。

 当然、真由なのだが、先ほどまでの余裕はどこへ行ったのか。顔は青ざめ、肩は震わせ、涙目になりながら、必死に大輝の腕にすがりついてきていた。


「ちょっ、これ選んだの真由先輩ですよね。ホラーは大丈夫とか言っておいて、自分がダメだたんですか?」

「だって……ここまで怖いって聞いてない……。昔からお化けとか本当にダメなんだよ……。アクション寄りでぜんぜん怖くないから大丈夫って聞いてたのに……」


 ちょうどまたスクリーンから飛び出るように化け物が出てきて、真由は小さく悲鳴をあげて大輝の腕に強く抱きついた。

 おかげで彼女の豊かな胸が大輝の腕にぎゅうぎゅうに押しつけられ、大輝も怖さよりも胸の柔らかさの方が気になってしまった。


「ちょっ……、真由先輩……、当たってます、ってか、挟まってますって……」

 ぐいぐい押しつけられるのはさすがに初めてで、今日の真由の女の子らしい格好と仕草から、大輝も恥ずかしくなり、ついつい口にしてしまった。


「ダメっ、お願いだから離さないで……。くそぅ、葵のやつ、騙したなぁ……」

 後の言葉は小さく、ちょうど館内に大音響が流れたために、大輝の耳には届かなかった。

 むろん、真由の胸の感触に頭がいっぱいだったということもあるのだが。


 結局、映画の終わりまで、真由は大輝の腕にしがみつきっぱなしだった。

 やっとスタッフロールが流れた時には、真由の目尻には涙が溜まっていて、ほとんど泣きそうに見えた。


「えっと、少し休憩します……?」

 さすがに疲労もかなりのものではないかと、気遣うのだが、真由は首を振って断った。

「外に出る……。もうこんな怖いとこに居たくない……」


 映画が終わっているというのに、真由は大輝の腕にしがみついたままだった。

 映画館を出る時もこのままで、外の太陽の光を浴びて、ようやく真由は落ち着いてきたようだった。


「ごめん、腕痛かったよね?」

 まさか気持ちよかったです、とは答えられず、大輝は複雑な気持ちで否定する。


「大丈夫です。でも、真由先輩がホラー苦手っていうのは、ちょっと意外でした」

「後輩たちには弱みを見せられないから、隠してたんだけどね。お願いだから、ボクのためにも、誰にも言わないでほしいな」


 そう言って、真由は大輝の唇に人差し指を当てた。真由の柔らかい指の腹が唇から伝わって、大輝は一瞬、ドキっとする。


「誰にも言いませんから安心してください」

「本当? 弱みを握られちゃったからなぁ。口止め料として、キスでもする?」

「しませんって。そんなことしなくても、僕の口は堅いですよ」


 それで納得したのかどうかはわからないが、真由はとりあえずにこっと微笑んで大輝の唇から指を離し、そのままぺろっと指先を嘗めた。


「じゃあ、間接キスで。って、ボクたちもっとすごいキスしてたんだっけか」

 恥ずかしそうに照れる真由に、大輝はのぼせそうになった。


「ちょっ、ちょうどいい時間ですし、そろそろお昼にしませんか?」

「いいよ。いっぱい怖がったから、ボクもお腹ぺこぺこでさ。ぐーって鳴らないか心配だったんだよ」

 今度は自然と真由の方から軽く腕を組んで来て、お店へと向かった。

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