閑話3.5 カラオケボックスってある種のラブホテルですよね

 デートとえいば、イタリア料理の店でパスタでも食べるのかもしれないが、大輝が選んだのはハンバーガー店だった。さすがにランランルーと踊る方ではなく、注文してから調理してくれる方だ。


「えっと、もしかして不満ですか?」

「そうだね。ボクもデートではファーストフードをよく利用するけど、さすがにここは選ばないなぁ。といっても、お洒落な店じゃなきゃだめってわけじゃないよ。そういうのは大人になってからでもいいしね。問題はさ、ほら、ミートソースとボクの服でね」

 そう言われて、大輝は失敗に気づいた。


「ソースが服に跳ねたら台無しですね」

「正解。美味しいんだけどね。可愛い所を見てもらいたいのに、シミの付いたシャツじゃね、ブルーになっちゃうよね」

「ごめんなさい。えっと、お店を変えます」


 このまま包んでもらってテイクアウトに変えてもらおうと、大輝が席を立つと、真由は慌てて両手を振って制止した。


「だいじょぶ、だいいじょぶ。シミができてもボクは気にしないし、注意して食べるからさ。だいたい、ボクはここのハンバーガー大好きだからね」

 真由はフォークを貰って、バーガーを小さく区分けながら慎重に口の中へと運んだ。

 大輝の方もさすがに豪快にかぶりつくわけにもいかず、できるだけ小さく口を開けて食べた。


「ああ、うん。ボクに遠慮しなくていいんだよ。こうやって食べるのも楽しいし、普段なら男の子みたいに大口を開けてむしゃぶりついてるからね。デートだとさすがに恥ずかしいし」

「なんか今日は真由先輩の意外な一面ばかり見えて、不思議な感じですね」


「おっ、惚れてくれたなら嬉しいなぁ。ボクだってちょっとは可愛い所があるんだよ」

 そう言って真由はポテトを手に取ると、「あーん」と言って大輝の口元へと運んできた。


「ほら、口を開けてよ。女の子に恥をかかせる気かい?」

「なんかこう改まってやられると、わかっていても恥ずかしいんですよ。ほかの人の目もありますし」


「大丈夫だいじょうぶ。誰もボクたちのことなんて気にしてないから。よしんばあってとしても、リア充爆発しろくらいしか思わないからね」

「だから嫌なんですけど……」

 そう言いつつも大輝は渋々口を開け、その隙にすかさず真由がポテトを差し入れてきた。


「いつもはやってもらうばかりだからなぁ。うん、みんなの気持ちがよくわかった」

 真由は照れ笑いをして、またポテトを手に取り、次は自分の口の中へと放り込んだ。



 店を出てから、大輝たちはウインドーショッピングをしたりして時間を過ごしていた。

 もう十分、楽しんた所で、大輝は本題を思い出した。


「えっと、そういえばうまく水泳部の人をおびき寄せるのが目的でしたよね?」

「いきなりだね。ボクとのデートは楽しくなかったかい?」


「そんなことはないです。すごく楽しくて、本来の目的を忘れてしまっていたくらいで……」

 大輝は周りを見回すが、別にどこからも悪意の視線は感じなかった。


「まぁ、実際にうまく釣れるかどうかはわからなかったし、加熱しすぎていた関係を冷却させるだけで十分だったんだけどね。ところで、本当に京極夏彦をお腹に仕込んできたのかい?」

 真由がじろじろと大輝の腹周りを見回しても、そんな不自然な膨らみはどこにもない。


「いやぁ、さすがにそれはバカすぎるかなって。もう見事なノーガードですよ」

「こんな目に追い込んでおいた当人が言うのも何だけど、さっきから妙な視線を感じてるんだよね。きっと誰かに尾行されてるっぽいんだけど」


「えっ、本当ですか?」

 鈍感な大輝はまったく気づかなかった。再びジロジロと周囲を見回してみても、怪しい人影はどこにもない。


「たぶんね。うまく隠れてるからわからないけど。うんと、これからどうしようか」

「そう言われても……。そろそろやることもなくなって来つつありますよ。あとはカラオケでも行きますか?」

「カラオケねぇ。そうだ。せっかくだし、ラブホテルに行かないか」

 真由のさりげない爆弾発言に、大輝は自分の耳を疑った。


「えっと、なんですって?」

「だからラブホテルだよ。デートの終わりに行くところといったら、そこしかないじゃないか」

「ちょっと待ってください。僕たち高校生ですよ?」


 聞き間違いであってほしかったが、どうやら自分の耳は正しいようだった。

 大輝は驚くよりも落胆する。


「ボクは結婚できる年齢だし、普通のことじゃないのかい?」

「僕はまだ結婚できませんから! って、そういう問題じゃないですし。どうしていきなりラブホとかいう話になるんですか」


「ん? ボクがデートする時は、だいたいいつも最後はラブホだったけど」

「女の子同士でですよね? ってか、女の子同士で、しかも高校生で入れるんですか?」


「もちろんじゃないか。制服を着たままじゃなければ大丈夫だよ。制服を着てても大丈夫なんじゃないかな。世間の援交娘なんてたいてい制服姿だろうし。おじさんたちもそっちの方が喜ぶからね。いざという時は、コスプレですで通せるだろうし」

「いや、それってアダルトビデオだけの話じゃないんですか」


「おっ、よく知ってるね。さては、大輝くんもその手のビデオをよく見てるのかい?」

「黙秘権を行使します!」

 によによと詮索する真由に、大輝は失言したと思いつつ、そっぽを向いて誤魔化そうとする。


「相手が顔見知りでなければ、高校生なのかそれとも18歳以上なのかなんてわからないよ。まぁ、よほど童顔な子は危ないだろうけど。ボクの発育状態なら大丈夫だろう?」

 そう言って、真由はぎゅっと胸を張る。高峻ないただきが二つ、大輝の目の前で盛り上がる。


「そりゃ真由先輩は大人っぽいですけど、顔はけっこうあどけないですよ。おかげで妙なギャップでドキドキします」

「ははっ、言うねぇ。大輝くんだってけっこう童顔じゃないか」


「そういうわけなので、ラブホに入るのはまずいと思うんですけど」

「うーん、そんなにボクって魅力ないかな?」


 少しせつなそうに、上目遣いで見上げてくる真由に、大輝は素直に可愛いと思うのだが、このまま彼女の手に乗せられるわけにもいかなかった。


「真由先輩はとても素敵だと思います。だからこそ、その……大事におつきあいしたいと思うんです! 初デートでいきなりホテルなんて、おかしいですよ」

「あははっ、真面目に言われるとちょっと照れるネ。そっか、大事に思ってくれてるのかぁ。それはつまり、ボクもちょっとは期待してもいいってことだよね?」


「えっと……」

 そうです、と断言できないのが大輝の優柔不断な所ではあったが、口ごもっても、真由の耳には届いていないようだった。もじもじと股を擦り合わせ、嬉しそうな笑顔を見せて大輝に言った。


「そんな紳士なこと言われると、本当に好きになっちゃうじゃないか。よし、ホテルに行こう」

「ちょっと待ってください。僕の言うこと聞いてましたか? なんでそういう結論になるんですか」

 ぐいぐいと大輝の腕を引っ張る真由に、呆れつつ苦笑しつつ、大輝は言った。


「いや……その……、今日は男の子と初デートだって嬉しくなっちゃって、昨日の晩にオナニーをせず、我慢していたのだ。おかげで体が火照っちゃって火照っちゃって、もう辛抱が……って、んぎゅ!」

「公衆の面前で年頃の女の子がオナニーとか言わないでくださいっ」

 慌てて大輝は真由の口を自分の手で塞ぐ。周りを見回すが、幸いなことに、今の真由のオナニー発言を聞いた通りすがりの人はいないようだった。


「わかったわかった。じゃあ、自家発電してないから欲求が不満なのだ」

「言い直せばいいってものじゃないです」


「むぅ、ではどうすれば納得してくれるのかい。あまり女の子に恥をかかせないでほしい。童貞の男子高校生なんて四六時中、女の子とセックスすることしか考えてないんじゃないのかな?」


 そう言って真由は物欲しそうに、大輝の腕を取って自分の胸と胸の間にぎゅっと擦りつけてきた。

 大きなマシュマロ二つに挟まれる感触に、大輝は理性を失いそうになるものの、ここで引くわけにもいかない。


「そんな、人を発情期のゴリラみたいに言わないでください。これでも必死に我慢してるんですから」

「我慢しなくていいんだよ。むしろボクが我慢できてない」


「先輩は我慢してください」

「ううっ、大輝くんはいけずだな。わかった、セックスは諦める。その代わりに、ボクのオナニーを見てほしい」


「それもおかしいですから。おかしいですから!」

「大輝くんもイケズだね。むしろドSなんじゃないかと思ってきて、癖になりそうだよ。セックスもオナニーも我慢しろだなんて、ボクに死ねと言ってるのかいい?」


「死にませんから。お願いですから自宅に帰ってからしてください」

「わかった。大輝くんを家にお持ち帰りしよう」


 どこまで言っても堂々巡りにしかならない気がして、大輝は途方に暮れつつ、真由を説得するのを諦めた。

 とはいえ、真由の家にお持ち帰りさせられるつもりはなかったが。


「じゃあとりあえずカラオケでも行きましょう。何もしてないから欲求不満になるんですよ」

 カラオケ、と聞いてどういうわけか真由はおとなしく大輝の言うことを素直に聞いてくれた。

 むしろ上機嫌に大輝の腕に抱きついて、頬を擦り寄せてきたりするのだが、その理由を大輝はカラオケボックスに入るまでわからなかった。



 カラオケボックスに入って、大輝はとりあえず一息つけた思いだった。

 さっそく歌うというよりはむしろ休みたいつもりで、飲み物を注文して柔らかいソファーに体を預けるように座った。

 真由は手慣れているのか、さっそく曲を入力してマイクを握った。


「先に歌うのはボクでいいよね。それとも、デュエットする?」

「あんまり歌うの得意じゃないんですよ」

「じゃあやっぱり二人で歌った方がいいね。んじゃ、リクエストを入れておいて、と」


 と、勝手に決めてしまっていた。

 まぁ、適当に合わせておけばいいや、と、疲れた大輝は彼女に任せることにした。


「でも歌を歌っても、文字だと微妙なとこですね」

「おっ、大輝くんもけっこうメタいこと言うね。アニメなら尺潰しとキャラソンの販促でちょうどいいんだけどね。漫画の場合はどうなんだろうね。見るのは一瞬、書き込みは大変、意外に労力に見合ってないかもね」


「どっちもないので気にしなくていいと思いますよ」

「まぁ、でも読者が飽きたらどっちにしろ意味ないと思うんだけど」

「じゃあ、ばっさりシーンごと削除しますか?」

 自分から口火を切っておいて、いきなり究極的なことを言う大輝だったが、真由は慌てて制止した。


「うーん、ボクの歌声くらい聞いてほしい。だいたい、この後にサービスが続くわけだしさ。にししっ」

 意味があるのかないのかわからない台詞だが、大輝は疲れからかつい聞きとばしてしまっていた。


 そうこうしているうちにイントロが始まり、真由は歌い始める。

 声も笑顔も振り付けも、贔屓目ではないがなかなかのもので、大輝はついつい見惚れてしまっていた。


「どうかな、ボクの歌声は、って。その顔ならなかなか高得点をもらえそうだね」

 真由は大輝の顔に不必要なほど近づいて、満点の笑顔を見せた。


「すごくかわいかったです……。その、本物みたいだなって」

「あはは、照れるじゃないか。まぁ、この歌はボクの持ち歌だし、歌い慣れてるからね。肺活量を鍛えてるだけあって、なかなかの声だろう?」


 肺活量の問題なのかっどうかはわからなかったが、大輝は同意する。

 そうこうしているうちにドリンクが届き、乾いた唇を湿らせた。


「さて、さっそく一緒に歌おっか」

 一口飲んだ所で、次の曲が始まり、真由は強引に大輝の手を取って立ち上がらせた。


「ちょっ、いきなりですか?」

「そうだよ。時間がもったいないしね。デュエットするのも楽しいものだよ」

 真由はあえて一本のマイクを大輝に握らせ、自分は大輝の手を包み込むようにして、ぎゅっと体を密着させてきた。


「近いですよっ」

 さっきからけっこうスキンシップされてきたとはいえ、カラオケボックスの薄暗い密室で、真由の柔らかい部分が大輝の体に当たる。同時に、彼女の甘い香りが鼻腔をくすぐる。


「デュエットなんだから、密着しないと気分が出ないよ」

「真由先輩はいつもこんな風に歌ってるんですか?」

「そうだよ。まぁ、男の子とするのは初めてだけどね」

「女の子同士なら様になるでしょうけど、ちょっとは僕のことも考えてくださいよ」


「なんでだい? ボクたちは彼氏彼女の関係じゃないか」

「それはあくまでも振りってだけですよね?」

「ボクは別に演技だなんて言ってないよ」


 再び大輝が反論しようとしたときにイントロが終わり、真由が歌い始めた。

 口封じされたようなものだったが、大輝は仕方なく、自分も歌うことに決めた。

 デュエットは、控えめに言っても、世のおじさんたちが喜んでやりたがるのがよく理解できた。


 こうやって密着して彼女の柔らかさを感じながら、共同作業をするのだ。小鳥のような可愛い歌声と、とびっきりの笑顔を間近で味わいながら。

 大輝も真由を見つめて歌い、ついつい頬が緩んでしまっていた。

 曲が盛り上がってきたところで真由がずっと自分を見つめてきていることに気づき、大輝もまた彼女を見つめ返す。


 いつの間にか曲だけがボックス内に流れていた。

 真由は頬を染めてせつなそうな表情で、ゆっくりと大輝の顔に迫ってきていた。


 このままキスしてもいいのかな。

 ゆっくりと真由の瞳が閉じていく中、大輝も同じように瞼を下げていく。

 と、ちょうど唇と唇が触れ合う寸前で曲が終わってしまう。

 我に返った大輝は目を開けて、彼女の肩を掴んで体を引き離した。


「終わりましたよ先輩」

「まだ何もしてない……」

 やや恨めしそうに真由は見つめてきたが、大輝としてはなんとか誤魔化すほかない。


「一曲終わったところですし、水分補給でも……」

 そう言うのだが、真由は大輝の体に密着したまま、マイクを握りあった手を離そうとはしてくれなかった。


「水分補給ならここにもあるよ」

 そう言って真由は唇を半開きにし、熱い吐息を漏らした。


「そっ、それは水分補給とは言わないんじゃ……」

「言うって。唾液も水分のうちじゃないか」

「どこの世界の話ですか。だいたい、僕たちはカラオケしに来たんですよ」


「もちろん。カラオケボックスというのは、カップルがむつみ合うところだろう?」

「歌を歌うところですよ」


「歌を歌うと見せかけて、いかがわしいことをする場所じゃないか」

「そういういう話も聞きますけど、カラオケボックスでは禁止されてますよ。監視カメラとか、ドアから店員が様子を見たりとか」


「大丈夫。この店は監視カメラなんて置いてないし、店員も巡回はしない。バイトだった子が教えてくれたんだ」

「そういう問題じゃないですから」


「ぶーぶー。ラブホやめてカラオケって、そういう意味だと思ってたのに」

「普通の高校生の常識なら、そんなことしませんって」


「むしろ、カラオケは普通の高校生のラブホじゃないか。ここなら高校生も抵抗なく入れるし。ふたりっきりだし、薄暗くてムードがあるし」

「一部の例外みたいな話を敷衍ふえんしないでください」


「大輝くんは頑固だなぁ。よし、わかった。その気にさせればいいんだろう?」

 そう言って真由は大輝の手を取って自分の胸に導いた。

 ふかふかのソファーよりも柔らかい感触が大輝の手に伝わってくる。


「ほら、ボクだってドキドキしてるだろう? 心臓の鼓動が伝わるかな」

 むしろ大輝に言わせれば、自分の心臓の方がバクバク言っていた。

 ぎゅっと押しつけられたおっぱいは、大輝の指に沈み込んでいく。

 このままつい揉んでみたくなるものの、真由の術中にはまるわけにもいかず、大輝は困惑しつつ、頬を赤らめた。


「いいよ、好きにして。男の子ってみんなおっぱい好きっていうけど、女の子だって揉まれて気持ちいいんだよ」

 ゴクリと生唾を飲み込み、大輝は誘惑に負けそうになった。

 ここは密室だし、誰の目もない。

 ちょっと指先に力を加えるだけで、真由の豊満な乳房を弄ぶことができるのだ。


 童貞高校生にとって、そうそう簡単に抗えるものではない。

 と、同時に、真由は大輝の股間に手を伸ばしてきた。

 血が集まって硬くなりつつあるそれを優しく捕まれ、ゆっくりと上下にさすってきた。


「ちょっ、真由先輩っ、なにをっ?」

「ふにふに柔らかいんだね。あっ、こっちはカチカチになってきた。いいんだよ、素直になって」

 理性の限界はすぐそこにあり、真由が唇を半開きにし、潤んだ瞳で上目遣いしてきたこともあって、大輝は自然と唇を近づけた。


「あの、お客様……?」

 突然、入口のドアが開いてお店の人が困惑しつつも入ってきた。

 抱き合ってキス寸前の様子とはいえ、まだ未遂なのは助かったと言えようか。

 二人は慌てて体を離し、取り繕うように大輝は愛想笑いをし、真由は髪を手櫛で整えた。


「はっ、はい。なんでしょう?」

「その……、隣のお客様から変な声がすると苦情が入りまして。くれぐれも不適切な行為はご遠慮ください」

 次に何かあれば出ていってもらうと釘を刺して店員は戻っていった。


「危なかったですね」

 さすがに現場を目撃されなくてよかったと大輝は胸を撫で下ろすのだが、真由の方は何か考え事をしているようで、大輝に生返事をしただけだった。


 結局、このまま居づらくなって、時間よりも前に大輝たちはカラオケボックスを後にすることになる。

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