閑話12 満開の桜の木の下で
春、三月末日。乃木坂学園からほど近い小さな公園は、満開の桜の木によって華やかに飾られていた。
公園を囲む樹齢50年のソメイヨシノの下では何組もの学生たちがお花見をしている。大輝たちもその中の一組だ、と言ってしまえば簡単だが、この公園内でも実は特等席に値する、たった一本だけ生えている樹齢300年もの見事なしだれ桜の下に陣取っていた。
しだれに垂れた枝から咲く淡いピンクの花びらは、地面にほど近い場所まで飾る。木の下から上を覗けば、桜色の天蓋に包まれているような陶酔感を味わえる。周囲の桜が満開になったばかりだというのに、このしだれ桜は既に一つ二つと花びらを散らし、見上げているうちにも大輝たちの頭に降りかかってきていた。
一年のうちわずか数日に過ぎない贅沢な瞬間に、大輝は嘆息しつつ甘酒をあおる。お米の優しい甘みが口の中いっぱいに広がる。糀で作った甘酒は高校生にも優しいノンアルコールだ。
甘酒だけでなく、葵たちの手作り弁当が並ぶ。
桜の花と可愛い女の子たちに囲まれ、美味しい料理を味わいながら談笑する。大輝は幸せ絶頂であった。
「ふむふむ、絶景だネ、大輝くん。お花見に来たかいがあったよ」
すかさず大輝の左隣に回り込んでそう言ったのは、水泳部部長にして生徒会副会長の真由だ。春休み中ということもあって、珍しく生徒会側の行事に出席していた。
にんまりと下品に微笑みながら、真由は大輝の腕にしがみついてその豊かなおっぱいを押し当ててきていた。
むにゅっとした感触に大輝の頬も緩む。
「えっとその、当たってるんですけど、真由先輩?」
「いいじゃないか。こんな一等地を確保してくれていた英雄へのご褒美みたいなものだヨ」
気持ちよくてもつい葵と明日香の視線が気になり、大輝はできるだけ迷惑そうな表情を作って言う。おそるおそる二人の顔色を伺うのだが、ともに笑顔は崩しておらず、心の中で胸をなで下ろす。
「ここからの眺めは最高だネ。ボクも最初からこっちに座っていればよかったよ」
眺めはどこも変わらないというか、下座に陣取った大輝からは木の幹ばかり見える。むしろ桜を見るなら最も視界の悪い位置だが、真由が言ったのはそういうことではなかった。
正面に座る葵と明日香のスカートから、可愛い花柄のパンツがちらちらと見えていた。休みだというのにどういうわけか全員、制服で参加していたものだから、これは思いがけないご褒美だった。
いつものことながら、うちの制服のスカート丈は短い。おかげでちょっとでも油断すればこのようにパンツが見えてしまう。こんもりとした土手に咲く花々たち。百花繚乱とはこのことか。
「どの花がお気に入りだい? ボクとしては明日香ちゃんの方が好みだけど」
真由は大輝に耳打ちして尋ねてきた。葵のパンツは桜のような淡いピンクに花びらがちりばめられている。明日香のはクリーム色のパンツにピンク色の花が咲き乱れていた。甲乙つけるものではなく、どちらも絶景だった。
「ちなみに、未来ちゃんのパンツはパステルグリーンだったよ。ボクは普通の縞パンだけど」
「……もしかして、みんな見えてるの知ってるんですか?」
「未来ちゃんは気づいてるだろうね。あっちの二人はわからないけど。まぁ、大輝くんに見せるつもりでお気に入りを穿いてきたんだから、気にしなくていいんじゃないかな」
嘘か誠か、真由の甘言をそのまま信じるのは危険なことのようにも思えた。視界に入ってくるとはいえ、あまりジロジロと見るのはやめようと、大輝は視線を上にずらす。それでも甘酒を片手にチラチラと二人のパンツを見てしまうのだが。
美しい桜と可愛い女の子たちとパンツ。そして腕に感じるおっぱい。ここは天国ですかと頬をつねりたくなるほどの幸せだったが、ここまでに至るには辛い日々があった。
三日前のことだ。大輝はこの公園に呼び出された。何事かと行ってみると、そこにはレジャーシートと寝袋を桜の木の下に敷いている葵の姿があった。
「えっと、これってつまり、そういうことですか?」
誰がどう見ても花見の場所取りに他ならなかった。花はまだ五分咲きにも満たない。三月末になって寒気はだいぶ緩んできたが、朝晩の冷え込みはまだ冬そのもののものだった。
「こんな普通の公園で何日も前から場所取りしなきゃいけないんですか?」
大輝の素朴な疑問に、葵はない胸を張って答えた。
「うむ、ここは毎年、隣にある坂上高校の生徒会と場所取りを繰り広げていてな。戦績は五分というところだが、今年はどうやらうちの勝ちみたいだな」
「仲良く一緒に使えないんですか?」
ぐるっと見回して言う。大輝たち五人、もしくは六人が陣取るには広い場所だった。倍の人数になっても余裕で花見を楽しめるだろう。
「昔は親睦を深めるということで、相席したこともあったのだが、あるとき酒が混入して大喧嘩に発展してだな。それ以来、どちらかの生徒会が占有するということになっている」
「いつのことだか知りませんけど、そろそろ仲直りしてもいいんじゃ」
「毎年、場所取りで勝った負けたとやあってるからな。互いに恨みは積み重ねてる。そう簡単に仲直りできたら中東でテロは起きんのだ」
たかが花見の場所取りで、と大輝は嘆息せざるをえない。
「念のため聞いておきますけど、満開になるまでずっと僕がここで寝泊まりするんですか?」
「場所取りは一年生の仕事だからな。大輝が嫌なら、明日香にやってもらうしかないが」
「……ですよね」
薄々わかっていたことで、これは覚悟を決めざるをえない。
「昼くらいはつきあってやる。支援物資はみんなで交代で持ち寄るからな」
放っとかれるよりは万倍マシだったが、それでも夜を外で過ごさなければならないことはキツかった。そもそも、他に誰も場所取りしてないのだ。馬鹿みたいというか、ほとんど馬鹿なのだろう。
しょうがないから寝て過ごすか。
大輝は諦め気味に寝袋に潜り込んだ。
「……大輝……大輝、生きてるか?」
初日の朝は、葵の声によって目覚めた。
寝ぼけ気味に目を開けると、白いパンツが視界に入った。葵が大輝の顔の前でのぞき込むように話しかけてきていた。
慌てて飛び起きようとするものの、寝袋に入っているため芋虫が跳ね回るようなものだった。パンツは相変わらず丸見えだ。
「おはようございます……。さすがに凍死するってことはないと思いたいですけど」
頬を赤らめつつ、視線を逸らして言う。
「あと、パンツ見えてますよ」
「ばかぁ……。もっと早く言わんか」
葵も頬を染め、慌ててパンツを隠す。
「いつまでも寝てるからパンツが見えるんだ。さっさと起きろ。朝食を持ってきてやったぞ」
ごはんと言われて大輝の腹はぐぅっと鳴る。
葵が持ってきてくれたのは、手製のおにぎりと筑前煮、それから暖かい味噌汁にほうじ茶だった。ポットから注いで湯気が立つ味噌汁を手渡される。具は豆腐とワカメというシンプルなものだが、冷えた体にはありがたい。
「朝から葵会長のごはんが食べられるって嬉しいですね」
「こんなところで場所取りしてもらってるのだ。これくらいは当然だろう。それより、本当に大丈夫か? 体とか冷え切ってないか?」
そう言って葵は大輝の頬に手を当てた。
「やっぱり凍るように冷たいではないか」
葵の体温が伝わってくる。心配そうにじっと見つめられるが、まるでキスでもするかのような顔の近さに大輝の顔は急速に暖まっていく。
「そうだ。今日からはこれを使うといい」
葵は自分がしているマフラーを外すと、大輝の首に巻き付けた。女の子の甘い香りが漂う。葵に抱擁されているような暖かさに大輝は思わず涙腺が緩みかける。
その後、葵は昼前に帰っていった。次に来たのは昼食を持ってきた未来だった。こっちはレモネードとサンドイッチを持ってきてくれた。
「ねぇ、大輝くん知ってる? 桜の花ってね、本来は白い花なんだって。ほら、向こうで咲いてる木みたいに」
園内には桜の木が周囲を取り囲んでいる。大輝が陣取るしだれ桜は満開間近だが、他の桜はまだ咲き始めだった。その中でも、一本の木だけどういうわけか真っ白な花を咲かせていた。
「でね、桜がピンク色の花をつけるのは、その木の下に死体が埋まってるからなんだって。死体の血を吸って、うっすらとピンク色に染まるの」
「ちょっとやめてくださいよ。今日もここで泊まらなきゃいけないんですよ」
「桜って土手とかに咲いているでしょ。昔は今みたいに安全管理がしっかりしてないから、工事に携わって不幸にも亡くなった人とかは、人柱として埋めたりしたのね。それでなくても、生け贄として殺されることもあったの。だから毎年春になると、こんな風に綺麗な花を咲かせるのね。この木は他と比べてもピンクが強いでしょ。きっと本当に死体が埋まってても不思議じゃないような」
「マジに怖くなるようなこと言わないでくださいよ。深夜の公園の怖さって知ってます? トイレに行くのだって何か出そうで大変なんですから」
実際に樹齢数百年の木なのだから、それまでに何が起きても不思議ではない。大輝は背筋が凍るような気がして笑顔が引きつる。
「なんてね。あの花が白いのは大島桜っていう品種だからよ」
そこまでしておいて、未来は最後にどうしようもないネタばらしをして笑って帰って行った。
夜は明日香が来てくれた。差し入れはキャンプ用のランタンに手作りのお弁当、それからホットココアだった。
夜の帳が降りかかり、明日香は可愛く「くしゅん」とくしゃみをした。
「寒くなってきたし、もう大丈夫だよ」
大輝は早めに帰すつもりだったし、夜道を明日香一人で帰すのも不安だった。
「もうちょっとだけ」
それでも大輝を気遣って明日香は首を振る。
何かないかとあたりを見回すが、当然ながら何もない。むしろ、寝袋に入っている自分の方が暖かいくらいだろう。
「あ、あのさ……、この寝袋、けっこう大きいから、二人で入っても大丈夫だと思う」
下心丸出しだっただろうか。ほとんど布団に一緒に入ろうと誘っているようなもので、失言だったかと大輝は思うものの、明日香は大輝をじとっと見るだけで拒絶はしなかった。
「何もしない?」
「当たり前じゃない。ほら、こんな寝袋で二人も入ったら、何かしたくても身動きも取れないよ」
フォローになってなかったような気もするが、明日香は小さく頷いて同意してくれた。それだけ体が冷えていたのかもしれない。
「お邪魔します……」
明日香はコートを脱いで寝袋の中に入ってきた。下はセーターを着ていた。そのため、ただでさえ彼女の豊かな胸が強調され、大輝は思わず視線を向けてしまった。
ぎゅっと押し入るように寝袋の中に入ってきてわかったことは、小柄な明日香となら二人でも入れたが、とはいえ先に言った通りに下手に動く隙間もなかった。それはつまり、彼女の体が密着してくるというわけで、セーターを歪ませていた暴力的な膨らみが大輝の胸に当たって押しつぶされるということだ。
「暖かいね……」
密着していることを気にしてないのか、それともしているのか、明日香は少し頬を赤らめて言う。やはり体は冷え切っていたようで、彼女の頬は凍るように冷たかった。胸だけでなく、頬と頬もぴったりとくっつく。
「キツかったら、僕が出てくから」
「うん、大丈夫……」
二人一緒に寝袋に入ったことで、二人の体温で寝袋の中は急に暖かくなったような気がした。ドキドキで体温が上昇しているということもあるかもしれないが。
明日香の甘い香りと、押しつけられる圧倒的なおっぱいの感触。それだけではなく、明日香の体はお腹といい太ももといい、全身に程よく肉がついていて柔らかくて気持ちいい。つい抱きしめたくなるものの、そんなことをしたらいろいろと我慢できなくなるのは必至だった。
「大輝の……当たってる……」
「ごっ……ごめん……」
我慢できなくなると言いつつも、下半身は素直なもので血が集まって硬くなっていた。大輝は慌てて謝るが、腰を引く隙間もなければ、収める方法もない。
「ううん、嫌じゃないよ。男の子だし、しょうがないよね。でも、このままじゃ辛くないかなって」
同衾している状態で、健全な思春期の男子なら勃起しないのが不思議だった。むしろこのまま明日香を襲いたくてしょうがないくらいだったが、そこはさすがに踏みとどまらざるを得ない。自分を信頼して寝袋に入ってくれたのだ。彼女を裏切るわけにはいかない。
「だっ、大丈夫だから。我慢できるし」
「本当? すごく苦しそうな感じだよ。一度出しちゃえばすっきりするんじゃない? シてあげようか?」
明日香の申し出は嬉しいものだが、さすがに公園の桜の木の下でするわけにもいかない。
寝袋の中、当然ながら身動きはほとんど取れない。できることといったら、おしゃべりをするか寝るくらいのものだ。沈黙してしまえば、見つめ合うほかない。
暖かい吐息が鼻先に当たる。密着しているなかで目をそらしてないから互いの瞳に相手の瞳が映る。
なんだか妙な気持ちになって、自然と二人の口が半開きになり、唇と唇が重なり合う。
キスをしてしまった。
気づいても止まらない。明日香のむにっとした柔らかい唇の感触を味わいながら、もっと、もっとしたいと貪ってしまう。
息をするのも忘れるくらい唇を重ね続け、ついに苦しくなって離れる。「ぷはぁっ」と大きく息を吸い込むと、再び目と目が合った。
「ねぇ……もっと……」
とろんとした瞳で明日香が求めた。
再び唇にむしゃぶりつき、また息が続かなくなって離れる。
「もっと……もっと……もっと……」
蕩けるようにキスを重ねていくうちに、まどろみも襲ってきた。そのまま唇を重ねながらまぶたを下ろすと、いつの間にか朝になっていた。
「おはよ。朝になっちゃったね」
はにかむような笑顔で明日香は言った。
「う、うん……」
大輝は寝惚け眼を擦るようにして体を起こそうとするものの、二人で寝袋に入っていたのだから身動きもうまく取れなかった。
「ねぇ、好きだよ」
「えっ?」
さりげなく語りかけられた告白に大輝は思わず聞き返すものの、明日香は微笑み返すだけで繰り返しはしなかった。
「私が大輝のこと好きって、気付いてるよね」
「えっと……」
ここでイエスと言うのもノーというのも卑怯な気がして大輝は口ごもる。
「大輝の気持ちも伝わってるから」
「そっ、それは……」
「いいの。大輝が優柔不断なのってわかってるし」
すまない気持ちで沈黙していると、明日香は言葉を継いだ。
「大輝が選んでくれるまで黙ってようかと思ってたけど、言っちゃった。これは口止め料だから」
そう言って、明日香は大工の唇を塞ぎ、おはようのキスをした。
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