第2話 生徒会でコ○ドームを配ってみた(後編)
わずか三日を待たずして段ボールいっぱいのコンドームは空になったようだった。それで普通ならメデタシ、メデタシとなるところだが、品切れになったその日からコンドームを貰い損ねた女子生徒が生徒会室に苦情を言いに来た。
それも一人や二人などではなく、何十人という数で。
生徒会室に殴り込んできた全ての女子が、入室一番、眉根をつり上げて葵に向けて不満をそのまま大声で怒鳴りつけようと口を開ける。
開けたところで彼女らは例外なく葵の隣にいる大輝の姿を認識し、喉元までこみ上げていた言葉を一度飲み込み、頬を赤らめて躊躇いがちに小さな声で言った。
それは異口同音であるが総じてこういうことだった。
「コンドームが足りない」
「私はまだもらっていない」
「是非、追加してほしい」
最初のうちは葵も「善処する」と軽く答えて彼女らをあしらい、遠回しの拒絶を示していたものの、毎日毎日、次々とコンドームの不足を訴える女子生徒の苦情を受けてさすがに本腰を入れてコンドームの追加を検討しなければならないことに気づいた。
不足を訴えた女子生徒の数はなんと五十人を超え、しかもまだまだ増えそうな勢いではある。放課後、葵以下、いつもの面々が揃ったところで、彼女は不快げに議題を提示した。
「みんな知っていると思うが、用意したコンドームがあっと言う間になくなってしまい、追加の要望が異常なほど集まっている。
正直なところ、無償で配るというのにも限度があり、安くはない費用がかかっている以上、気乗りはしなかったのだが、そうも言っていられなくなった」
「えっと、用意したのは千五百個でしたよね。どうしてそんなに足りないんですか?」
「まったくだ。私とて理解不能で困惑している。一人三個では不服だというのか? 実際に使う予定のある奴などほとんどおらんだろうに」
「でも実際のカップルがいたらきっとやりまくりよぉ。三個なんて一回分にもならないわ」
未来がうふふと微笑みながら言った。
「そういう奴の面倒まで見きれん。
だいたい、あとは自己負担に決まってるだろう。
問題は実態がまったく掴めていないということだ。
一体全体、誰がどれだけ持っていっているのか、それがわからなければ追加分がどれだけ必要なのかもわからない」
「んー、でもそんなの僕たちには調べようないですよね」
「ああ、だから蛇の道は蛇というか、噂集めを得意としている新聞部の方に調査を依頼した」
「手回しが早いですね。ってか、新聞部ってそんなこともしてるんですか」
「うふふ、新聞部には以前から生徒会の
「当たり前だが、生徒会と新聞部の関係は秘密だ。
表面上はゴシップばかり書き散らかす新聞部と生徒会は仇敵関係ということになっている。
さらっと生徒会の闇の部分を暴露され、大輝はおののくとともにゴクリと唾を飲み込んで頷いた。
「話を戻して肝心の追加発注分だが、一人三個で不足ならいっそのこと十個まで増やして五千個だな。
念には念を入れてその倍の一万個を用意しよう」
一万個もの大量のコンドームがどれほどの量か想像もつかないが、葵が平然と決断するその様に大輝はやはり驚く。
「葵ちゃん、それはダメよ。
生徒会会計として、予算の冗費は看過できないもの。
だいたい、そんなお金を出す余裕はないわよ」
一個あたりの価格を大輝は知らされていないが、一個十円でも十万円に、二十円でも二十万円もの大金になる。
どういう予算から出ているのか未知数だが、せいぜい予備費か予算の余剰分からなのだろう。
未来が否定するまでもなくそんな予算があるとも思えない。
「そんなことはないだろう。いつものB会計から用立ててくれればいいだけだ」
しかし、葵が口にした謎のB会計なるものに、大輝は頭に疑問符を浮かべた。
「それが難しいのよ。最近の予想外の円の急騰でかなりの損失を出しちゃってるから。その穴埋めと年度内に使う額を考えると、とてもじゃないけれど無駄遣いはできないもの」
未来は困ったような顔をして言うが、葵は珍しく彼女を
「あの……、B会計とか円高とか、生徒会の予算にどういった関係があるんでしょうか」
当然の疑問に両者の睨みあいは休戦に持ち込まれ、二人とも同時に大輝を見た。
「ああ、話していなかったか。
B会計というのは代々生徒会で受け継がれてきた裏予算のことだ。
予算として計上されたものの、何らかの理由で余った額で、正規の予算に組み入れられないものや何らかの不測の事態、金を紛失したとか、帳簿が合わないとか、そういう事態に対処するためのプール金だ。
額としては十万円に満たないものでしかないのだがね」
「十万円に満たないのならコンドームを買うお金すらないじゃないですか」
「その通りだ。
私が会長に就任した時に受け継いだのだが、素性が素性で本来なら繰越金として処理しなければならない金だからな。
学校側にバレると厄介なので処分することにした。
とはいえ、代々受け継がれてきた伝統を私の代で終わりにするのも忍びないからな。正規の予算に繰り込んだように見せかけてその金を元手に投資専門のダミー会社をケイマン諸島に設立した。
設立には父のコネを使わせてもらったが、損失が出た場合も父に尻拭いしてもらわなければならないところだった。
運が良かったとしか言いようがないのだが、折よく世界的金融危機のおかげでたんまりと儲けさせてもらってな。名目上、ダミー会社からノートパソコンを買ったことにしていたのだが、利益が出たおかげで現物もしっかり用意できた。
今はその会社からあがる配当金がつまるところのB会計だ」
「ちなみに配当金だけでも生徒会の年間予算に匹敵する額なのよ。新聞部に渡してるお金の大半はここから出ているの」
「何かと生徒会から目を付けられている新聞部に法外な予算が降りていたら怪しまれるからな」
開いた口が塞がらないとはこのことだったが、唖然とする大輝とは対照的に明日香は平静そのものだった。おそらく以前に知らされていたのだろう。
「一体全体、どんだけレバレッジ利かせたんですか」
「危ない橋を渡ったのは最初だけだ。ちょっと儲かりすぎたおかげで今は堅実に運用しても十分すぎる利益が出ている。
私が引退した後も十分、配当でやっていけるだろうし、最悪、たこ足配当を繰り返すだけでも何十年単位で金は残るはずだ。
学校くらいなら一つ二つ平気で買えるくらいの資産があるからな」
総資産がいくらになるのか大輝にはとても想像つかない世界の話になってしまったが、むしろだからこそ疑問も沸く。
「そんなに儲かってるならコンドームなんて一人にダース単位で配っても余裕じゃないんですか?」
当然の問いに葵は頷くように未来を見つめるが、未来の方はキッパリと断ってきた。
「あたしが会計を預かる以上はいくらお金があるからって無駄遣いは許しませんよ。ちゃんと配当内でやりくりするって決めたでしょう」
大輝にというよりは葵に言い聞かせるために未来は言った。その頑なな様子に葵は肩を竦め、やれやれと言わんばかりに天井を仰ぎ見る。
「この通りだ。投資会社の社長は父から適当な名義を借りているが、実質的には私が務めている。
だが、実際の運用は未来が担当していてな。ここまで資産額が大きくなったのも未来の能力に因るところが大きい分、私も異議を唱えるわけにはいかないのだよ」
未来は生徒会役員の中で唯一、自分から立候補しただけあって会計の
葵が時折未来のことを金の亡者と
ともあれ、やたらと時間をかけた会議も予算不足で十分なコンドームを追加購入することはできないということが決まっただけで何の成果もなかった。
数日が過ぎて苦情を言いに来た生徒の数は百名を超えたものの、同時に妙な密告も相次いだ。
曰く、
「誰それがコンドームをごっそりと持っていったが、あいつに彼氏がいるなんてどう考えてもおかしい」
「
「何某は彼氏がいると嘘をついているに決まっている」
ほとんどが投書やフリーメール、公衆電話を使ったものだったが、中には生徒会室に直接乗り込んでくる
「同じクラスのユイなんだけれど、彼氏がいるっていうのはどう考えてもあやしいのよ」
三年生の密告者は何ら物怖じせず、ドンとテーブルに手をついて力説した。
「はぁ。どうして怪しいと?」
「だって、ほとんど毎日、あたしと一緒にいるのよ。いつ彼氏と会う暇があっるっていうのよ。
それに、あいつは彼氏のノロケ話をするくせに、肝心の写真は彼の写真だけで一緒に写っているところは一枚もないのよ。それっておかしいでしょ。
彼に会わせろって言っても適当な理由をつけて毎回断ってくるし」
「なるほど、疑わしいですね」
「でしょう? 休日も彼氏は部活で忙しいからなかなか会えないとか言い訳してくるし」
「ちなみに彼氏は何部なんですか?」
「サッカー部よ。ざまあないけどレギュラーじゃないらしいけれどね。
それも実在すればの話だけれど」
「はぁ……」
ため息を吐くように相づちをうち、葵はいったい自分たちが何を問題にしていたのか思いだそうとした。
少なくともユイなる少女の彼氏の実在性ではなかったはずだ。
「だからコンドームを二十個も持っていたのはおかしいのよ。
彼と夢中になっていっぱい使っちゃうとか自慢してるけど、会ってる形跡なんて本当にないんだから。
ねぇ、ちょっと、ちゃんと聞いてるの?」
「もちろんだ。その……ユイさんは彼氏もいないのに大量にコンドームを取っていった、と」
「そう。だからユイが嘘をついているっていう証拠が必要なのよ」
ずれたことを力説する告発者に葵はどうしたものかと内心呆れる。
「失礼だが、そのユイさんはあなたの友達ではないのか?」
「親友よ! だからこそユイが嘘をついているのが許せないのよ。わかるでしょ」
「いや、さっぱりわからん」とは言えず、葵はただ困惑することしかできなかった。
「じゃあそういうことだからよろしく頼むわよ。もし、スルーなんてしたら来年の生徒会選挙で投票してあげないんだからね」
言いたいことだけを一方的にまくし立てて彼女は退室していった。
その背中を眺めながら、やはり葵は心の中で呟いた。
「三年生なのに来年の選挙もあるまい。まさか留年するつもりじゃあるまいな」
その場合でも、来年は三年になる葵の方に選挙に出馬する意志がなかった。任期の関係上、三年生は途中で卒業を迎える分、来年は後進に会長の座を譲る予定だったのだから。
「あー、先輩。待ってください。参考までに、あなたはコンドームを取っていかなかったのですか?」
ドアを開けようとした所で何気なく葵は彼女に問いかける。
それは気まぐれにすぎなかったのだが、彼女にとっては聞かれたくはなかった痛恨事だったに違いない。葵の一言で足を止め、顔に冷や汗をかき、目を左右に踊らせながら早口で言った。
「な、なっ、なななんであたしのことを聞くのよ。関係ないでしょ!」
「いえ、そのユイさんがコンドームを持っていく現場に居合わせたようですし、当然、先輩にも持っていく機会があったでしょうから」
「そ、そうね。もちろんいただいたわよ。二、三個程度だけど。
それが何か悪いことだと言うの?」
「いいえ。苦情を言ってくる方はみんなコンドームを取り損ねた人でしたから。先輩には追加分のコンドームは必要なさそうで安心しました」
一目でわかる嘘に葵は心の中で嘆息して彼女を見送った。あえて
「なあ大輝。もしユイさんとやらもあの先輩に彼女なんているわけないと密告してきていたとしたら、あの二人は本当に友達なのだろうか?」
「そうですか? むしろ似たもの同士でものすごく仲良しじゃないですか」
妙に納得して葵は冷めてしまった茶を不味そうにすすった。
と、ここまで変な密告者は他にいなかったが、他多数の内容も同様にほぼ一点に絞られ、葵はうんざりとしながら報告書や投書をゴミ箱に投げ捨てた。
「生徒会は興信所じゃないんだがな」
「まあまあそう怒らなくてもいいんじゃないかしら。おかげで問題の突破口ができたかもしれないわよ」
にやにやと微笑む未来を
「つまりどういうことだっていうんだ?」
「いや、その、つまり……ですね」
みんなコンドームを山ほど持っていったが、その女子たちに彼氏がいるわけもなく、当然、使い道もない。
それなのにさも彼氏がいるように見栄を張っている。
ただそれがわかったからといってコンドームが不足している状況に変わりはない。
「わかった。片っ端から問いつめて秘密を暴き、不要なコンドームを没収するわけだな」
「それでも全部回収したって千五百個にしかなりませんけどね」
過激なことを主張する葵をスルーして大輝は言った。
やはり問題は解決しない。
「あの……。新聞部から報告書が届いてますけれど」
「ふむ、どれどれ」
ちゃんと隅々まで目を通したのか怪しくなる速度で最後の一枚まで紙をめくり、最後に報告書をテーブルに放り投げた。
「相変わらず綿密な調査で気に入らん。しかもこっちから頼んでいないことまで勝手にやってくれている。おかげで手間が省けたではないか。まったくけしからん」
何に腹を立てているのか理解できず、大輝は苦笑するしかなかった。
「報告書の情報が正しければ、一人当たりだいたい十個ほどコンドームを持っていったことになるな。つまりは約百五十人の手には渡ったということだ。
それから苦情を入れてきたのが約百人。つまり全校生徒の約半数がコンドームを欲したわけだ。
残りの半数については情報がないからわからないが、新聞部の調査では九割以上の女子が興味を示しているそうだ」
「それってやっぱり五千個必要ということなんですか?」
「まぁそう結論を急ぐな。問題は興味本位かもしれないのにどうして十個も持っていく必要があるのかということだ。
それでここに我が校女子の恋愛事情という新聞部の独自調査がある。実際に彼氏持ちの女子は全体の十パーセント以下だ。
残りの約九割には特定の相手がいない。そして一パーセントが同性の恋人持ちで、ほぼ同じ割合で援交している生徒がいるということになっている」
「妙に生々しいというか、突っ込みどころがあるというか、えっと、そもそもその情報は確かなんですか?」
「ああ。忌々しいが精度は折り紙付きだ。
私が把握している情報とも近似値を叩き出している」
「ということは、実際に大量にコンドームを使う予定のある女子は五十人程度で、コンドームを持っていった女子は百五十人ほどだから、約百人は見栄を張ってたってことですか」
「計算上ではまあそうなるな。
だが考えてもみたまえ。彼氏持ちの女子はきっとやりまくりでコンドームなど常備しているに決まっている。そう安いものでもないが、高いものでもない。
一人当たりにすれば自販機のジュース一本分程度の金額だぞ。
今はネットで簡単に徳用品が手に入るし、そもそもたった十個程度のゴムなど焼け石に水もいいところではないか」
「つまり本当に彼氏がいるなら十個も持っていかないってことですか」
「そう疑われる。むしろコンドームを持っていった女子のほとんどは密告通り彼氏なんておらず、ただ見栄を張っているだけなのだろうな」
妥当な結論に行き当たり、葵はため息を吐いてこの問題の終わりを告げた。
「じゃあ、結局どうするんですか?」
「どうもしない。本当に彼氏持ちかどうかを調べるのは生徒会の仕事じゃない。興味深ければ新聞部の連中がそのうち記事にするだろう。
追加分のコンドームもまた同じだけ補充すればいいだろう。今度は生徒会室で配布をして一人三個までだ。
念のため生徒手帳で本人確認をして名簿で二重に貰う輩が出ないようにチェックするが、見栄を張った連中が再び取りに来るとも思えないし、ここまで取りにくる度胸のない奴もいるだろ。
たぶん、今度はだだ余りだな。未来もこの程度なら納得してくれるだろ?」
「そうね。千個程度なら予算のやりくりでどうとでも埋め合わせが利くわね」
さりげなく五百個ほど減らされていたものの、誰も異を唱えなかった。
後日、千個ものコンドームが生徒会室に届いたものの、足りなくなるどころか取りに来る女子はほとんどいなかった。
足りないと抗議に来た女子すら来なかったのは条件に問題があったからではない。新聞部が事の
おかげで女子の間に生徒会配布のコンドームを取りに行く奴は彼氏がいる振りをしている見栄っ張りであるとの風聞が立ってしまい、そもそも彼氏がいるとの嘘をつく必要もなくなったのだから、ほとんどの女子にとって無用のものとなってしまっていた。
だだ余りのコンドームは大半が保健室に引き取られ、それなりに消化されているようだった。
また、生徒会室にキープしてある分については、未来が浅漬け用として細々と消化していた。
めでたくもなく、めでたくもなし。
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