第7話 体育祭はえっちなイベント多いですよね(後編)
話は戻して体育祭も午後の競技に移る。
最初の種目は借り人競走だった。
競技は単純でスタートラインから百メートル先の所定の位置まで全力疾走し、そこに置かれたカードをめくり、書いてある条件に合致する人を探す。
無事に人を借りることができればその人と二人三脚を組んでゴールを目指す。単純だが運が大きく左右する種目だ。
それに明日香が参加し、先ほど同じように豊かな胸を揺らしながらカードが置いてある場所まで走った。
屈み込んで一つのカードをめくり上げると明日香はやや困惑したように眉根を寄せ、辺りを見回して一目散に大輝たちのいる大会本部テントへ走ってきた。
やはり見るからに足は遅く、息を切らしながら胸が体に一半テンポ遅れて上下に揺れている。
その様を真っ正面から眺められるというのは生唾を飲み込むような迫力と色気があったが、彼女がどうしてこちらに走ってきているのか最後まで大輝は理解できなかった。
「大輝、お願い。一緒に来て」
明日香が引いたカードには副会長と書かれていた。否応なく大輝がおもむろに立ち上がった時、葵が口を挟んだ。
「ちょっと待て。副会長はもう一人いるだろう。
大輝は雑用係なのだから自分の出番以外では席を外してもらいたくない」
葵の介入に大輝は困惑しながら振り返るものの、明日香は大輝の手を引いて葵と大輝の間に割って入った。
「相川先輩はまだ保健室で……。たいしたことはないみたいですけど午後はベッドで寝てるって言ってましたので」
小声ながらも意志は強く、明日香は葵を睨むように言った。
「ちっ。使えない奴だ。だいたい副会長などと書いた奴は誰だ。実行委員の奴らめ、私の許しも乞わずに部下を勝手に借りようとするなどいい度胸だ」
どこまでも不服そうに葵は返すものの、大輝を引き留めることは不可能だと理解したのだろう。
いや、彼女なりの笑えないジョークなのかもしれない。
怒った振りをしながら大輝の背中を押した。
「一位を取って来いとは言わないが、十分に楽しんで来い」
「はいっ」
大輝は明るく返事をして気合いを入れると明日香の手を引いてテントから出た。
明日香が自分の鉢巻を解いて屈み込み、二人の足を縛る。
「ごめんね、わたしどんくさいから迷惑かけるかも」
「大丈夫だって。会長も言ってたし、最下位でも楽しめればそれでいいんだよ。がんばってゴールしよう」
「うん……」
互いに見つめあって息を整える。
せーののリズムで足を前に出すと千鳥足ながらも一歩ずつゴールへ近づいていった。
大輝と明日香が睦まじく二人三脚している所を葵はムッとしながら見つめていた。
葵にとって明日香は可愛い後輩であるし、大輝は信頼を置く雑用係だった。
それは遠からず近からず、微妙なニュアンスを持っていたものの、二人が肩を寄せあって一生懸命走っている様を見て、葵は次第に不愉快な気持ちになっていた。
嫉妬と言われれば本人は強く否定しただろう。
それでもどうして自分が不愉快であるのか、葵は気づくことができずにいた。
「くそっ、大輝のあのしまりのない顔はなんだ。デレデレしやがって。
鼻の下なんかノビノビじゃないか。
犬面だと思っていたが、あれでは馬面になるのも時間の問題だな」
明日香と一緒に走る度にその豊かな胸も弾み、二人三脚でバランスが悪い分、上下左右に荒ぶるように胸が暴れまくる。
密着しているから当然、大輝の体にその柔らかい感触が伝わって、端から見ても一目で赤面しているのがわかった。
まったくけしからんことだったが、さすがに罵声が飛ぶこともない。
全ての男子が代わりたいと羨みながら舌打ちする中、大輝と明日香はそれでも真剣にゴールを目指して走り続けていた。
「そんなにデカい方がいいのか。
くっ、さっきは小さくてもいいみたいいなことを言っていたのに。
帰ってきたらどうお仕置きしてやろうか」
拳を握りしめながら歯噛みしていると未来が囁いてきた。
「あらあら。嫉妬は見苦しいわよ、葵ちゃん」
「ふん、嫉妬じゃないわい。
副会長たるものがあんなに不真面目に競技に参加していたら他の生徒に示しがつかないだろう。
会長として当然、懲罰権を発動しなければならない」
「うふふ、大輝君も男の子だもの、あれくらいはしょうがないわよ。
それに、明日香ちゃんも満更じゃないのでしょ。
あんまりグズグズしていると取られちゃうわよ」
「未来! 私があんな奴に特別な感情を抱いているわけがないだろう。
あんまり茶化すようなことを言うな」
葵は必死になって否定したものの、それが偽りであることは明白だった。
さすがに葵も自分で気づき、罰の悪そうに俯いてもじもじと誤魔化すように口ごもった。
結局、大輝と明日香は無難な順位でゴールをし、お役御免となった大輝だけが大会本部テントに戻ってきた。
「大輝、お疲れのところ早速で悪いが、データの打ち込みをやってくれないか。
未来は自分の出番が近づいてきたためにゲートに向かってしまったし、明日香はまだ戻ってないのだ。
大会記録は次々と送られてくるからあまりため込まずにデータ化しておきたい」
「えっと、僕がですか。いいですよ」
びしっと指さして大輝に命じると彼は笑顔で快諾し、空席となっているパソコンの前に座った。
「この資料を打ち込めばいいんですか?」
「ああそうだ。やり方はわかるか?
見れば理解できるようになっているはずだが」
「ええ、なんとか。これで順位を集計するんですね」
「それと、並列で部活毎の持ち点も集計している。打ち間違いのないようによく確認してくれ」
「はい」
黙々と作業を始めた大輝の真後ろに葵は立って画面をのぞき込む。
「そうだ。そんな調子だ。なかなか筋がいいじゃないか。
だがまあ、時間がかかりすぎだな。次々と記録は送られてくるのだから、そんな調子では溜まる一方だぞ」
「しょうがないじゃないですか。こういうことやるの初めてなんですから。篠原先輩か明日香が戻ってきたら代わってもらいますから大丈夫ですよ」
「情けないことを言うな。少しは男らしい所を見せてあいつらを感心させてみるんだな。どれ、私が読み上げてやれば少しは早くできるだろう」
葵は大輝の背中に覆い被さるように体を寄せ、顔だけを伸ばしてテーブルの上の記録用紙を見た。
「ちょっ、会長?」
「何を動揺しているのだ。こうやった方が効率的だろう」
大輝の耳元で囁くと、彼は頬を染めて恥ずかしがった。
思いがけず密着され、大輝は葵の温もりと体重を背中で感じた。
異性とこんな近くで会話をして心音の高鳴りを覚える。
それは葵の耳にまで届き、満足感を与えるとともに不服も覚えた。
(明日香の時みたいにデレデレしてないではないか。もっと胸を押しつけないとならんのか)
大輝の首に抱きつくように葵は手を回し、さらに体を大輝に押しつける。
ぎゅっぎゅっと胸を大輝の背中に押しつぶすように密着させても大輝は恥ずかしがるだけで背中に当たるおっぱいの感触を意識しているようには見えない。
(当てたくても当たらないとか……)
落胆しつつ、怒ったように葵はさらに腕に力を込めて密着を試みるものの、それが徒労であることはすぐに知れた。
「あの、かっ、会長? いきなりどうしたんですか」
「どうもしてない。ちょっと書類の文字が見づらいだけだ」
すぐにバレそうな嘘も大輝には通じず、
「そうですか。この辺でよく見えますか?
それとも、直接手にとって読み上げてくれるだけでも十分ですよ」
などと見当違いな言葉が返ってきた。
葵はいっそのことこのまま大輝の首を絞めてしまいたくなったものの、大きくため息を吐いて大輝から離れた。
「ほれ、明日香が戻ってきたぞ。あとは代わってもらうんだな」
時間切れはありがたかったのか、それとも残念だったのか、葵にはよくわからず、複雑な気持ちで自分を
プログラムは大過なくこなされていき、ついに最終種目のクラス対抗リレーにまでたどり着いた。
ここまでの総合得点は大輝と明日香が所属している紅組がややリードしているものの、葵と未来の白組も対抗リレーの結果次第では十分、逆転が可能な状況にあった。
「今年は思ったより差がつかなかったな。
去年は対抗リレーでは挽回不能なほど点差が開いてしまったため、配点の上乗せを競技直前に放送したのだが」
「それどこのバラエティー番組ですか。
せっかくコツコツ積み重ねてきた得点が全部無意味になるだなんて、お約束にしてもあんまりでしょ」
真顔でストレッチを続ける葵に大輝がツッコミを入れた。
「会長権限とはかくあるものだ。
それに、最終種目の前に結果が出ていては盛り上がらないではないか。苦情はどこからも来なかったぞ」
「そりゃみんな唖然としたか、会長の横暴の前に反論する無意味を悟ったかのどっちかでしょ」
「結局、去年は紅組の圧勝に終わったのだがな。
まぁ、茶番という評価もありかもしれない。ちなみに負けた方が会場の後かたづけ担当になるから覚悟しておくのだな」
どこまでも自分が負けるつもりのない葵に大輝はため息をついて諦める。
ちなみに対抗リレーのルールはシンプルで一年から三年の各組が五人の走者でバトンを繋いでトラックをそれぞれ一週する。
男女混合だが、アンカーだけは女子に限られる。
学年毎に五組あるので合計で十五組が競うのであるが、配分の差はあれ十四位までは加点される。
「全体的に三年生の方が速いのだけれど、個人差も大きいから不公平ってわけでもないのよ。
去年の一位は葵ちゃんのクラスだから大輝君のクラスだってがんばれば上位に食い込めるわよ」
葵を見送ると未来がにこにこしながら大輝に話しかけてきた。
「その言い方だと今年も一位は確定みたいじゃないですか」
「あら、どうかしらね。
さすがに今年は他のクラスも葵ちゃんをマークするんじゃないかしら。
入賞は有力だけれど、一位になれるかどうかまでは実際に走ってみないとわからないわよ。もしかしたら誰かが転んじゃうかもしれないし」
「篠原先輩自身がまるっきり信じてませんよねそれ」
「うふふ。どうかしら。
大輝君が応援してくれたら葵ちゃんも最下位からでも全員抜いて一位になってくれるんじゃないかしら」
「どうして僕の名前が出てくるんですか!」
大輝は頬を染めながら反論するものの、未来は微笑むだけで取り合おうともしない。
「だいたい、僕と会長は敵味方の間柄じゃないですか。
僕が応援するのは自分のクラスか、紅組のクラスに決まってるでしょ」
「どっちにしろ生徒会役員と体育祭実行委員は後片づけに参加しなければならないから勝ち負けにはこだわらなくてもいいのよ。知らなかった?」
「それでもです。僕が敵を応援しているってクラスのみんなにバレたらよく思われないに決まってるじゃないですか」
「頑固な子ねぇ。素直になればいいのに。声を張り上げて応援しなくても、心の中でだけでも十分、葵ちゃんには届くのよ」
そうこう話している間に競技の開始を告げるピストルが鳴り、各クラスの第一走者が一斉に駆けだした。
個人差が大きいといっても全体としてはやはり三年が速く、先頭集団を占め、一年が下位グループを作っている。
葵の三組は六位と先頭集団からはやや遅れた位置にいた。
結局、第一走者は六位と振るわない順位でバトンを次の走者へ渡し、第二、第三走者はむしろ順位を落とし、先頭との差を広げられていた。
「これで本当に勝てるんですか?」
後ろを見ればキリはないが、相変わらずの中位をキープし、パッとしない走りを見せ続けている。
既に先頭との差は百メートルを超え、さすがに葵が速いと言われていても逆転するには困難なリードを許しているように見える。
「あらあら、大丈夫よ。どこのクラスも葵ちゃんが速いのを知っているから先行逃げきりを計っているのよ。
アンカーには五人の中で最も遅い選手を配置しているから、百五十メートルくらいの差ならひっくり返せるわよ」
「えっと、なんだかとんでもない接待振りですね。
そこまでくるともう茶番なんじゃ」
じと目で見つめる大輝に未来は笑顔を絶やさずに腹黒いことを言う。
「大人の対応ってやつね。
みんな葵ちゃんを不機嫌にさせたら怖いって熟知しているもの。
葵ちゃんに気持ちよく勝ってもらうためにみんな必死なのよ」
「いやもうそれだめでしょ。どっかの国の将軍様じゃあるまいし」
「そうでもないわよ。
うっかり葵ちゃんが負けちゃうかもしれないし、計算上ではギリギリ追いつける程度の差がつくようにあたしが手を回しておいたから。
本当に勝負はどうなるかわからないわよ」
「みんなの涙ぐましい努力を無にするようなことを言わないでくださいよ。
しかし、ぶっちぎりで勝っても不満で、うまく盛り上がる形じゃなきゃイヤだってワガママにも程がありますね」
「エンターテイナーとでも言ってほしいわよね。
茶番でも演出の有無が大事なのよ。みんな葵ちゃんに勝ってもらわないと困るから、むしろギリギリだとハラハラして楽しいでしょ」
「篠原先輩は会長と生徒たちと、どっちの味方なんですか」
「うふふ、どっちに転んでも楽しくなるようにしているだけよ。って、あら?」
そんな不穏なことを話している間に二年三組の第四走者が足を滑らせて転倒してしまった。会場中に大きなどよめきがわき起こる。
本当に全生徒が葵に勝ってもらわなければ困ると考えているかのようだった。
舌打ちが聞こえてくるような中で、転倒した走者はすぐに立ち上がったものの、転んだ弾みでバトンを手放し、コースから大きく外れた位置に飛ばしてしまっていた。
慌ててバトンを拾って再び走り出すものの、先頭との差は半周近くになってしまった。
「あらあら、これは計算に入れてないわよ」
さすがの未来も笑顔がひきつっていた。
大輝も不安そうに未来の顔を窺う。大丈夫なんですか、と。
さすがに競技者たちが空気を読んで手抜きをするということはないが、転んだ少女は文字通り死にものぐるいで走り続け、わずかながら差を縮めることに成功した。
ようやくバトンを葵に渡した頃には箱根を走り終えた選手のように崩れ落ち、葵は眉をつり上げながら力強く「任せろ」と言ってバトンを受け取り全力で駆けだした。
さすがの前評判通りというか、風が駆けていくかのように颯爽と葵は走った。
前の走者との差はあっと言う間に縮まり、まず一人を抜き去ると会場から歓声とどよめきが起こる。
「いやもう本当に速いですね」
呆れるほど速いというのはこのことか、序盤の速度を維持したまま葵は次々と前の走者を追い抜いていく。
四百メートル走は短距離の分類ながらもある程度のペース配分は必要になってくる。
ずっと全速力で走り続けられるわけもなく、ある程度は力を抜かないと最後の百メートルでガクッと足が止まりかねないが、葵のペースは傍目からも明らかにオーバーペースのようにさえ見えた。
ほとんど百メートル走のような速度で最初の四分の一を走り、次の百はやや速度を落としながらも相対的に先頭との差を縮めていく。
「これなら勝てるんじゃないんですか?」
目を輝かせて大輝が言うが、未来は逆に眉を曇らせた。
「葵ちゃん、いくらなんでもがんばりすぎじゃないかしら。
仲間のミスを取り返そうってうのはわかるんだけど、これじゃあ最後まで持つわけないわよ」
未来の心配をよそに、しかしながら葵は先行者を
「さらに加速したっ?」
「そんなわけないでしょ。ペースはしっかり落ちてるわよ。
ただ、他の人も大きく遅くなっているから相対的に速くなったように見えるだけ」
ラストスパートをかけた葵に大輝は驚愕するものの、未来が冷静につっこんだ。
このまま葵がトップに躍り出るかと思われたのも束の間、さすがの彼女も顎が上がり表情からも余力は底を尽きていたことを窺わせた。
そのまま差が再び広がるのではないかと思われたものの、葵は惰性で走り続け、また差が縮まり始める。
残りはあと三十メートルもなかったが、ゴール目前でトップと並び、手に汗握る競争は最後、ギリギリの所で決着した。
ゴールラインは大輝たちがいる大会本部の目の前だったからどちらが勝ったのかは一目瞭然だった。
ゴール後に葵は後塵を拝したものの、ゴールラインの上ではほぼ同着だった。
信じられないものを目にして大輝も未来もしばらく絶句していた。
ようやく我に返って口をついた言葉はその状況を説明するものだった。
つまり、
「胸の差で会長(葵ちゃん)が勝った……」
あってはならないことが起きてしまっていた。
確かに二位になった生徒も貧乳ではあったが、胸の大きさ勝負で葵に軍配が上がるほどでもない。
誰もが期待していなかった結果に驚愕せざるをえなかったが、よくよく考えてみれば種明かしもシンプルだ。
「葵ちゃん、パッド詰めすぎでしょ」
「えっと、ズルじゃないんですよね?」
二人とも汗を垂らしながら互いに顔を見合わせる。
こんなこともあろうかと仕込んでおいた葵の深謀に呆れざるをえないが、あからさま過ぎない以上は反則とも言い難い。
よしんば異議が持ち上がったところでも判定を行うのは生徒会の息がかかった体育祭実行委員なのだから負けようもないが。
そんな複雑な感情の二人に対して、辛勝ながらも劇的な勝利を勝ち取った葵が息を弾ませながら満面の笑顔で大輝たちに手を振っていた。
予定調和ともいえる結末を経て、体育祭は無事全ての競技を終えた。
表彰式はつつがなく進み、運動部の予算獲得競争も悲喜こもごもそれぞれの物語があった。
白組が勝ったことで大輝と明日香のクラスは後片づけすることになったが、体育祭実行委員と生徒会はいずれにせよ手伝うことになっていたため、あまり差はない。
特に大輝は貴重な男手でもあったためにあちこちに駆り出されて後片づけに追われていた。
ようやく最後の仕事を終えて、大輝は一息をつく。
陽はだいぶ傾き、校庭にはほとんど生徒が残っていない。
生徒は既に大半が下校していたし、実行委員もほとんどが各自の分担を終えて解散している。
まだ残っているのは生徒会の面々と実行委員長ら数名だけだったが、葵の姿はなかった。
「あれ、会長はどこへ行ったんですか?」
少し前まで葵も片づけに協力していたはずだが、今はどこにも見あたらない。
不思議そうに訪ねると未来は微笑みながら答えた。
「葵ちゃんならトイレにでも行ったんじゃないかしら。
そうね、大輝君には悪いんだけど、この資料とノートパソコンを生徒会室に戻しておいてくれないかしら。
それが終わったら制服に着替えてきていいわよ。お疲れさま」
「あ、はい。先輩もお疲れさまです」
何気なく快諾し、想像よりも重い荷物を両手に抱えて校舎へ向かった。
生徒会室に行って教室に戻り、着替えてまた生徒会室へ行く。そこで解散になるだろうと頭の中で考えながら大輝は今日一日の出来事を振り返りながら考えていた。
(体育祭、けっこう楽しかったな。疲れたけど、こういう充実した疲労感なら大歓迎だよな)
生徒会室の前まで来ておもむろにドアを開けた。
夕陽に染まった生徒会室にいるはずもない一人の少女の姿を視認して、大輝はそのまま凍り付いてしまった。
いや、凍り付いていたのはその少女もだった。
少女、というか葵はどういうわけか下着姿のままであり、ちょうどチアガールの衣装に着替えようとスカートを手に持ち、片足を上げたところだった。
白い肌を申し訳程度に包む淡いピンクのブラとパンツ。
背中を隠す長くしなやかな黒髪。
女の子らしい柔らかな丸みは神が作った芸術作品のようであり、大輝は赤面しつつも目をそらすことすらできず、むしろ脳裏に焼け付けようと隅々まで凝視しようとしていた。
我に返ったのはわずか一秒後か、それとももっと長かったのか。白い肌が真っ赤に染まっていく葵とほぼ同時だったことに違いはない。
「なっ、なななななななな、何見てるんだバカぁ。さっさと出ていかんかああああああああああああああ」
悲鳴のような罵声を浴びせられて、大輝は反射的に謝るとともに、慌てて踵を返して廊下に戻った。
バタンと大きな音をたててドアを閉じると、心臓が破裂するような音を聞きながら背中に冷たく硬いドアの感触を覚えた。
「すみませんごめんなさいまさかいるとはおもわなくて」
とりあえず思いつくまま謝罪の言葉を続けるものの、どうしてこんな事態になったのか大輝には理解不能だった。
ここは生徒会室であって女子更衣室ではない。
それに、どういうわけか葵は体操着からチアの衣装へと着替えている最中だった。
心臓がバクバク鳴る中で、これからどうすればよいのか途方に暮れる。
まさか再びドアを開けて室内の様子を確かめるわけにはいかない。
とはいえ、ここから逃げ出してしまうのもまたどうかというところだ。
いくら逃亡したところで覗きがなかったことになるわけでも、葵に許されるわけでもない。
そう、むしろどうやって葵に謝るかが大事なものの、大輝にはどうするべきか本当に見当もつかなかった。
その躊躇が功を奏したというべきなのか、それともさらなる不幸を招いたのか。寄りかかっていたドアがゆっくりと開き、大輝は不意のことに思わずバランスを崩して生徒会室に向けて仰向けに倒れ込んでしまった。
見えたのは揺れ動く天地と、天井と、見上げるアングルでの葵の驚いた表情と、そしてスカートの中にある先ほど見てしまったピンクのパンツと女性らしい肉付きの柔らかそうな太股だった。
「いったぁ……」
受け身もとれずに大輝はそのまま後頭部を床に打ってしまう。
鈍痛とともに、その痛みを和らげる光景に再び大輝は赤面した。
「いや、あの、その……。あっ、あははははははは」
愛想笑いは死刑執行へのサインになってしまった。
大輝のにやけた顔は、葵の鬼のような形相に一瞬で青くなっていく。
「いつまで見てるつもりだこの変態!」
「す、すみません!」
慌てて立ち上がった大輝に、葵は作り笑顔で彼の顔を平手打ちした。
結局、大輝にとっては眼福な一日になったが、しばらくの間、生徒会内での彼の呼び名は「覗き魔」になった。
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