第8話 生徒会の合宿。海だ、水着だ、お約束だ(前編)

 時間は遡って七月。

 試験休みを利用した生徒会恒例の夏合宿が今年も催された。

 場所は千葉県の房総半島であり、つまり海ということだが、民宿のような小さな旅館とはいえ、お泊まりであることに変わりはない。


 去年までは女性だけで和気藹々わきあいあいと親睦を深めるという名目のバカンスが行われていたわけだが、今年は大輝が入ったことで、例年とは少し違う生徒会合宿になりそうだった。


 一泊旅行ということもあって荷物はそんなに多くない。

 着替えとお泊まりセットと、あとは水着くらいなものだ。

 ただ問題があるとすればそれは予算の都合であり、伝統的には何の問題もなかったのだが、一室しか取れていないことだった。

 つまり、大輝と生徒会面々が同じ部屋で泊まるというわけだ。


「そんなのスキャンダルじゃないんですか?」

 その真実が明かされた瞬間に大輝は速攻で突っ込んだものの、葵は余裕を持って笑顔で返した。


「予算は昨年度に決められているから部屋を余分に取るわけにもいかない。

 だいたい、下っ端一人だけ一人部屋なんて贅沢が許されるわけなかろう。

 それに、引率に先生もいるから大丈夫だ」


「先生だって若い女性じゃないですか」

「男だったらもっと問題だろう。だいたい、人畜無害のお前に、私たちに手を出す勇気があるとはとても思えない」


「信頼してくれているのは嬉しいですけど、人畜無害って酷くありませんか」

「はっはっは。そんなに不本意なら少しは男らしいところを見せてみるんだな。

 ん? そんなこをすれば一緒に泊まれなくなるか。

 美穂ちゃんもヘタレな大輝だから太鼓判を押してくれたわけだしな」


 異性として見られていないどころかほとんど弟扱いに大輝はへこみながらも、まだ反論は諦めていなかった。


「予算の都合って、予備費とか裏会計とかから都合つかないんですか?」

「それくらいの額なら確かに回すこともできるが、未来が頷いてくれなくてな。あいつは優しくて有能だが、無駄遣いにはとことん厳しい。

 どうにかしてやりたいが、どうにもならん。

 だいたい、タダで旅行できる上に、旅費は生徒会費から出ているのだぞ。

 未来でなくとも、浪費ははばかられるべきだ。

 まぁ、大輝が自腹を切ってくれるというのなら手続きを取ってやらないでもないが」


「すみません。そんなお金ないです……」

「素直でよろしい」


 そんなこんなの話があって、年頃の女子と若い女教師と一夜をともにできることになって、大輝は内心ではガッツポーズしていたのだった。

 しかも、ドキドキしながらも大輝は一つの反抗を試みた。

 どうせ使うはずもないが、もし万が一があれば期待せざるをえない。


 つまりはソレであり、危うく間違いがあったとしても生徒会役員が妊娠するという大スキャンダルを防げるアレだ。

 薬局でもコンビニでも、はたまた通販でも自販機でも買うのには度胸がいるものの、幸い、生徒会が配布目的で購入したものが大量に余り、生徒会室に放置されている。


 隙を見ていくつかを拝借したのだが、年頃の健康な男児ならこのことを責めることはできまい。

 もちろん、億に一つがあったとしてもそんなことになるわけがない。

 だいたい、男一人女四人という環境でどうすればそんなことになりうるのか。

 大輝が襲われる展開以外ありえないし、童貞の男子高校生がいわゆる5Pをするなんてハードルが高すぎる。


 これは大輝にとってただの心理的な余裕を保つためのアイテムに過ぎない。

 最悪でも自分のほうが男なのだから、無理矢理襲うことができるのだぞという優越感と、もし万が一葵たちに荷物の中身を見つけられてしまった時に、タダの人畜無害ではないと虚勢を張るための。

 そう言いながらも大輝はテンションがマックスな状態で前日の夜を過ごし、ほとんど寝付けないまま早朝を迎えることになった。




 東京駅に朝七時集合という約束に大輝は一番乗りをしていた。

 やや寝不足でつらくもあったが、なにより葵たちとの旅行というご褒美は少しの身体的問題など吹き飛ばすのには十分だった。


 残念なのは生徒会の行事ということで、往復の旅程は制服で過ごさなければならないことだった。

 みんなの私服姿を拝めないのは惜しくもあるが、旅館に着いた後は私服に着替えることになっていた。

 一応、ずっと制服で過ごしてもかまわないとは言われたが。


 最初に待ち合わせ場所に現れたのは明日香だった。

 小型のキャリーバッグを引きずりながら眠そうに「大輝、おはよ」と挨拶してくる。

 小さい小物用のバッグをたすき掛けにしていて、制服ながらやたらと胸の輪郭が強調されていた。


 次に来たのは葵で、明日香とは対照的に溌剌はつらつと現れた。

 いつもどこでも会長らしい風格を纏っているのは彼女らしい。

 低血圧とは無縁のようで朝から元気に挨拶した。

 こっちは大きなボストンバッグをたすき掛けにしていたが、残念ながら強調される胸がない。


 それから少し遅れて未来がやって来た。

 こちらも朝が早いからといっていつもと変わるようなことはなく、余裕を持った笑顔を浮かべながらゆっくりと歩いてきて小さく手を振った。

 荷物は葵と同じようなボストンバッグだった。


 生徒会メンバーは全員揃ったものの、肝心の先生がなかなか現れない。

 待ち合わせ時刻になっても到着する気配はない。


「ちょっと待て。何で美穂ちゃんが来ないのだ?」

 やや苛つきながら葵が言った。

 まだ予定の電車には間に合う時間だが、時間にきっちりしている葵はたとえ相手が教師とはいえ不満を隠せずにいる。


「あらあら。待ち合わせ場所を間違えてるとかじゃないわよね。

 ちょっとそのあたりを見て来ようかしら」

「元々、そそっかしい人だが、そんなことあるのか?

 教師の電話番号なんて聞いてないからこういう時に困るな」


 未来が様子を見に行った後ろ姿を見送りながら、大輝は頭に疑問符を浮かべる。

「えっと、まだ時間も早いわけですし、最悪は次の電車でもいいんじゃないんですか?」

「なにバカなことを言っているのだ。次の電車は二時間後だぞ」


「げっ、なんですかそれ。千葉って東京の隣ですよね?」

「聞いていなかったのか。電車が少ないから時間厳守と言っておいたのだ。

 特急はおおむね一時間に一本あるかないかだ。

 特急がだめなら鈍行で行けばいいじゃないとか言うかもしれないが、鈍行の方も一時間に一本しかないからな」


「不便にも程があるでしょ。

 湘南の方ならもっと便利だったんじゃないんですか」

「まあそうかもしれないが、南房総というのが我が生徒会の恒例でな。

 不便な分、人も少ないし海も綺麗でおすすめだ。

 それに、飯もうまいからな。旅行という気分を味わうには最適なのだ」


 一度も行ったことはないが、去年参加している葵に太鼓判を押され、大輝はまだ見ぬ砂浜を想像し、憧れた。

 とはいえ、その期待の旅行も先生が遅刻しそうで出発前からつまづききそうなのだが。


「ごめんなさぁぁぁい、みんな待ったぁぁぁ?」

 遠くから声を張り上げながらドタバタと音を立てて走ってくる女性が見えた。

 待ち人来たれりの佐々木美穂先生であったが、いつもの格好とはあまりにもかけ離れていたため、一同、文句すら言えずに絶句していた。

 水色のブラウスに白いロングスカート、麦わら帽子を被っている。

 さらに特大のキャリーバッグをはね飛ばしながら引きずり、また白い日傘も手にしていた。

 いったいどこのお嬢様かという出で立ちに、葵と未来は顔を見合わせた。


「思ったより支度に時間がかかっちゃって……。

 なんとか電車の時間には間に合ったみたいだけど……」

 息を切らしながらも笑顔で言い訳する美穂に、葵がようやく持ち前の毒舌を発揮して一言返した。


「そんな大昔のアイドルみたいな格好してくるからです。

 先生のくせに遅刻してくるなんて、引率者失格ですよ。

 あと少しで美穂ちゃんを置いて出発するところだったんですから、ちょっとは反省してください」


「ううっ、だって久しぶりのバカンスなのよ。

 海よ。ちょっとくらい羽を伸ばすところを想像して浮かれちゃってもおかしくないじゃない」

「先生ははしゃぎすぎなんですよ。

 だいたい、その格好は誰にアピールしているつもりなんですか?

 こんな時期にロクな男なんていませんよ。

 それともまさか大輝に色目でも使うつもりですか」


 葵はジト目で美穂を見つめ、そのままちらっと大輝の方を見た。

 教職だからかいつもは地味で浮いた噂の一つもない美穂の豹変振りに案の定、大輝は見惚れていた。

 さすがに大口を開けてはいなかったが。


「そ、そんなことないわよ。

 だいたいナンパなんて困っちゃうし、先生、年下の子には興味ないから」

 どこまで本音だかわからないが、美穂は慌てて否定し、葵はため息を吐いた。

「しょうがないからそういうことにしておきましょう。

 これ以上問いつめると電車が行ってしまいますから」

「あっ、そうだった。時間はまだ大丈夫よね?

 乗り遅れたら二時間も葵ちゃんにお説教されちゃうもの」

 我に返った美穂が葵たちを置いて駆けだしていった。




 なんとか滑り込むような形で特急電車に乗り込むと、切符の表示に従って自分たちの席を探した。

 メンバーは五人。葵がみんなにそれぞれ切符を手渡していた。

 さて大輝はというと、いきなり電車の中で人生はそう甘くないと思い知らされることになった。


 生徒会のメンバーは四人。引率の美穂を含めて五人。

 電車の席はボックス型で四人一組になる。

 つまり一人はあぶれるのだが、なんとなくそれは先生である美穂なのではないかと当然のように思っていた。

 大輝の切符に記された席は進行方向左側だった。美穂を含めた他の四人は右側のボックスにそれぞれ着席する。


「えっと、あの、その……」

 どう不満を漏らしていいものか悩みつつ、恨めしそうに女性陣を見つめた。

 女性四人の中に男一人。

 なんとも羨ましい状況だが、当然、余った男がハブられた席に座る。

 美穂は若く、生徒から「美穂ちゃん」と親しまれて呼ばれているだけのことはある。


 四人が座っているのを見れば教師と教え子というよりは少し年の離れたお姉さんにしか見えない。 

 「ちゃん」呼ばわりされても怒りもしないし、実際に鈍くさくて教師の威厳はかけらもない。

 冷静になって考えてみればこれ以外の選択こそおかしいのだろう。

 これからの旅程がバラ色ではなく、急速に曇り空になっていくのを大輝は薄々ながら感じていた。


「ん? 大輝、何か文句でもあるのかね」

 全てを見透かしたように人の悪い笑みを浮かべて葵が言った。

 大輝は反論する気にもならず、肩を落として自分の席に着いた。

 隣には不機嫌そうなスーツ姿の中年男性がいた。

 乗車率は半分を割っていたが、貸し切りではないのだから仕方がない。

 すぐに電車が出発しても、大輝の境遇が変わるわけもない。


 通路を隔てた向こうの席では持ち込んだジュースやお菓子をツマミに葵たちが和気藹々と雑談に花を咲かせていた。

 大輝も話に加わりたかったが、隣の中年男が鬱倒しそうに舌打ちしたで口を噤まざるをえなかった。

 どういう境遇で館山行きの特急電車に仕事で乗車しているのかわからないが、ただでさえ騒がしい女子高生が旅行で楽しそうにさえずっているのは心地よいものではないのだろう。


 大輝が話に加わらずとも、葵たちは問題なく他愛もない話を止めどなく楽しんでいたし、むしろ大輝のことなど忘れているかのような気配すらあった。

(ああ、楽しい合宿とは幻想だったのか)

 窓側を不機嫌そうに携帯端末をいじり続ける中年男性しかおらず、大輝はそれならとまるでストーカーのごとく隣の葵たちに羨望の眼差しを向けながら彼女たちの話に耳を傾けていた。


 席順は通路を挟んで大輝の隣に葵がいる。

 その前に美穂、窓側は葵の隣が未来で、美穂の隣が明日香だ。

 大輝の視線に気がついたのか、ふと葵がこちらに振り向き、笑顔を見せながら手に持っていったポッキーを差し出してきた。


「そんなご主人様を待ち続けている犬みたいな顔をするな。

 ほれ、ご褒美にこれをやろう」

 もしかしてそのまま「あーん」してくれるのではないかと期待しつつ、大輝は口を開けて待った。

 葵は苦笑しながらも満更ではなく、そのまま手を伸ばして大輝の口にチョコの先端を差し込んだ。


「何なら席を替わってやってもいいぞ」

 望外な申し出に大輝は素直に喜ぶものの、すぐに気持ちが変わって笑顔を浮かべながら断った。

「いやぁ、嬉しいですけど今は遠慮しておきますよ。

 会長にこんな寂しい席に座らせるわけにはいかないですから」


「ふむ、そうか。

 それなら私が席を動いてやりたいところだが、自由席でないのが残念だな」

 大輝の前は空いていたが、学校の制服を着ていて購入していない席に移るわけにはいかない。

「気持ちだけで十分ですよ」

 と、大輝は寂しく笑った。


 その後も電車は走り続け、大輝だけがハブられ続けていた。

 極めつけは車窓から海が見えた時で、女子全員は身を乗り出して海を眺めたが、大輝の方は山側でよく見えなかった。

 それでも時折、大輝の気持ちを慰めるように葵がお菓子を差し出し、その度に機嫌が直るという、現金だか、ちょろいやりとりがあったわけだが。


 ようやく終点について、大輝は再び自分が不遇なのだと悟らされた。

 身軽に笑顔で降車していく女子たちを後目に、大輝は全員分の荷物を担ぎ、重さで千鳥足を踏みながら改札口を通り抜けた。

 荷物持ちは男の役目とはいうものの、さすがに五人分は荷が重い。

 駅からバスに乗り、さらに十分ほど歩くと、もうすぐ夏休みということもあり、汗でびっしょりだった。


 やっと旅館にたどり着いて、大輝は一息つくとともに額の汗を拭う。

 水を飲みたいところだったが、生憎、手元に用意はない。

 自販機でもないかと周囲を見渡しているとさりげなく明日香が手に持っていたスポーツドリンクを手渡してきた。


「お疲れさま。喉乾いてるでしょ。これあげる」

「えっ。ありがとう」


 予想外の差し入れに大輝は破顔し、さっそくキャップを開けてまだかろうじて冷たいスポーツドリンクを一気に喉越した。

 あっという間に飲み干してしまったが、若干物足りなさを覚える。


 大輝は気づかなかったが、三分の一ほど減っていたからだろう。

 五十代くらいの女将がやってきて歓迎され、そのまま部屋に案内された。

 五人が泊まれるだけあって結構広く、窓からは海が見えた。


「早速だが休んでいる暇はないぞ。というかだな、休むなら砂浜で休め」

 主に大輝に向けて葵が言う。

 旅館に着いた後は海水浴場へ繰り出す計画になっていた。

 つまりは制服から着替えなければならないのだが、いったいどこで着替えればいいのかと気づく。


「えっと、みんな着替えるんですよね?」

「当たり前だ。ほれ、さっさと着替えんか。

 お前が先でなければ私たちが着替えられないだろ」

「ここでですか?」


 いくら男とはいえ、女子四人に監視されながら着替えるというのはさすがに恥ずかしいものがあった。

 それでも葵は当然と言わんばかりに頷き、他の面々もそれに異を唱えることはない。


「あの、トイレで着替えて来ようかと」

「なにを恥ずかしがっているんだ。お前は男だろう。

 ちょっとくらい見られたって恥ずかしいものじゃないし、だいたい水着になるのとそう変わらないではないか。

 どうしてもというのなら私たちは向こうを向いているから、さっさとここで着替えてしまえ」


 有無を言わせない葵の迫力に大輝は渋々ながらこの部屋で着替えることにした。

 向こうを向いているといいつつ、誰も背中を向けてはくれなかった。

 笑顔のまま監視を続けられ、もうどうにでもなれと大輝はシャツのボタンを外していく。


 Tシャツに着替え、さらにズボンを脱ぐ。

 海水パンツとそう変わらないとはいえトランクスは下着であり、やや気恥ずかしさも感じる。

 葵はにやにやと眺めていたし、明日香は頬を赤らめて視線を逸らした。

 未来と美穂からも品定めされるかのような視線を感じた。

 さっとジーンズを穿いてとりあえず私服に着替え終わる。

 お返しにこのまま女子たちの着替えも見学させてくれてもいいんじゃないかと思いつつも、そうは問屋が卸すわけがない。


「まぁ、男の着替えなんてあっという間で楽でいいな。

 ほら、さっさと廊下に出ていかんか。私らが着替えられないではないか」

(ですよねー)

 と、心の中で突っ込んで、大輝は苦笑しつつも廊下に飛び出した。


 中で葵たちが着替えているという誘惑に妄想しながら、ゆうに二十分ほどの時間を待った。

 待ちくたびれそうな時間ではあったが、初めて見る私服姿への期待感の方が大きい。

 まるで忠犬のように扉が開くのを待ち続け、やっと開いた天の扉からはまるで後光が差してくるかのようだった。


「待たせたな」

 先頭で出てきたのは葵で、清楚な白いワンピース姿だった。

 華奢な体つきを引き立て、よりいっそう可憐に感じさせられ、どこかのお嬢様のように見える。実際にお嬢様でもあるのだが。


 続いたのが明日香で、彼女は袖はあるが肩を出したフリル付きのトップスにフリルメッシュのミニスカートという姿だった。

 メッシュだけあって太ももが透けて見えて、見せてはいけないものまで見えてしまいそうな錯覚もあるが、スケスケのスカートの下にはしっかりと短いショートパンツを穿いている。


 私服姿を大輝に見られるのが恥ずかしいようで、どこか収まり悪そうにモジモジしつつ、頬を赤らめて大輝を上目遣いに見た。

「変……じゃない……よね?」

 想像よりもずっと大胆な出で立ちに大輝は正直面食らったものの、マジマジと見る明日香の細い肩に新鮮な色気を感じていた。


「うっ、うん……、すごく可愛と思う……」

 思わず言葉が詰まりそうになりながら、大輝は視線を下に反らした。

 とても明日香と目を合わせていられないが、強調された胸も目に毒なら、透けて見えるスカートもまた毒だった。

 しょうがなく脚を見るのだが、これもまたむっちりとしていてドギマギさせられる。


「おい、私への感想はないのか」

 どことなく不機嫌そうに葵は大輝の頬を抓って言った。

 その痛みでようやく我に返り、慌てて葵の方へ向き直る。


「いたたた、痛いですって。会長だって綺麗ですよ。

 その、感想ができなかったのはあまりにも神々しくて言葉も出なかっただけですから」

「ふん、そういうことにしておいてやろうか。

 さすがに私と明日香とで対応が違いすぎだろう。

 次はちゃんと真っ先に誉めろよ」


 まだ機嫌は直してくれてはいなかったが、葵は引っ張るように手を離してそれで手打ちにしてくれた。


 ほっと一息ついていると、その痴話喧嘩にニヤニヤしながら未来が出てきた。

 未来はタンクトップにショートパンツという、珍しく行動的なスタイルだった。

 やや緩めの胸元からほどよく豊かな丸みがこぼれ見えている。

 もし、いつもの三つ編み眼鏡でなければ別人かと見間違えたほどだった。


「えっと、先輩も綺麗ですね」

「あらあら、お世辞でも嬉しいものね」

「そんなことないですよ。それに、先輩がそんなセクシーな格好をしてくるとは思わなかったから」

「そう? 海なんだからこれくらい大胆な方が嬉しいでしょ」


 後輩をドギマギさせることに成功させて未来は内心、ガッツポーズでも取っているかのようだった。

 ただ、隣にいる葵と明日香は大輝が未来にデレデレしているのを見て急速に不機嫌になっていったが。


 大輝はいったい誰が嬉しいのか疑問に思ったものの、そこまで言って未来は大きくため息をついた。


「と思っていたんだけどね。困ったことにもっとハメを外している人が出て来ちゃって……」

 何のことかといえば、この合宿に参加しているもう一人の女性、美穂が一番最後に部屋から出てきた。


「…………」

 絶句としか言いようがない。

 美穂の服装はやたらと丈が短く、胸の半分までしか隠していないTシャツとホットパンツというどこの痴女だよという出で立ちだった。


 先ほどまでの八十年代のアイドルみたいな格好から対局に位置する服装は、大輝を驚かせようとしていたのなら百店満点だっただろう。


 Tシャツの下はノーブラなのかと錯覚させるには十分なほど、小振りだか形の良い下乳の膨らみがちらちらと覗いている。

 くるっと美穂が振り返ると、ほとんど丈のないパンツは下乳と同様にお尻をハミ出させていた。


「なに考えているんですか先生!」

 健康な男児なら狂喜乱舞するようなセクシーすぎる格好をしていたが、曲がりなりにも教鞭を持つ人であり、大輝にとっては一応とはいえ尊敬する先生なのである。

 そのはっちゃけすぎた様子に大輝は開口一番苦情を述べた。


「えっ、そんなにおかしいかな。どうせ海に行くんだし、これくらいは水着とそんなに変わらないわよ」

「ここは砂浜じゃないんですから。

 だいたい、名目上とはいえ生徒会の合宿なんですよ。旅館の人に見られたら来年から出入り禁止くらうんじゃないんですか」


「えー、海なんて目と鼻の先じゃない。

 せっかくのバカンスなんだからこれくらい弾けて楽しまないと」

 大輝の抗議にも美穂は取り合わずすっとぼけたことを言い続けた。

「美穂ちゃん、その辺で童貞男子高校生をからかうのはやめてもらえますかね。

 これ以上続けるというのなら、美穂ちゃんの格好を写メして校長に提出しますよ」


 どす黒いオーラを纏わせながら葵が美穂に迫った。

 その迫力に気怖じしたのだろう。黙って数回頷いて、美穂は困ったような顔をした。


「でも着替えなんて持ってきてないわよ。ロングスカートなんて海で濡らしちゃったら明日の帰りの服がこれになっちゃうもの」

「いっそその服で東京まで帰ってくれてもいいですよ」

「そんな、わたしに死ねって言ってるの?

 こんな恥ずかしい格好で電車なんか乗れるわけないじゃない!」


 そんな恥ずかしい格好だと自覚があるのなら着るなよと全員が心の中でつっこみつつ、葵はやれやれとため息をついて美穂の肩を押した。


「上にブラウスを着れば砂浜までは持つでしょ。

 どうせ水着に着替えるんですから」

「ああそうね、葵ちゃんナイス」


 ころっと機嫌を直して美穂は部屋に戻っていった。

 言われた通りブラウスを着てきた彼女の格好は、想像よりはずっと問題があった。つまり、ホットパンツの丈が短すぎて下に何も穿いてないように錯覚してしまうのだった。


「葵ちゃん、さすがにこれもまずいんじゃ」

 未来が耳打ちするが、葵は渋い顔をしたまま黙認するほかなかった。

「さっきよりはマシだからしょうがない。

 それともいっそのこと水着で浜辺まで行かせるか」


 そんな心配をよそに美穂はこれで大丈夫と安心しているのか上機嫌に鼻歌を歌いながらさっさと外へ歩いていってしまった。

 本人が大丈夫だと思っているのならしょうがないと、他の面々が後に続いて行く中で葵が振り返って大輝に言った。


「大輝、水着は持ってこなかったのか? まぁ、マッパで泳ぎたいというのなら止めはしないが」

 言われて初めて水着を持ってでてくるのを忘れていたことに気づいた。

 着替えることと廊下で待つことに夢中ですっかり失念していた。


「あ、すみません。取ってきます」

 慌てて部屋の中に戻ると、大輝は一呼吸目で違和感に気づいた。

 なんだかよくはわからなかったが、部屋には女の子の良い匂いが充満していた。


 今さっきまでここで葵たちが着替えをしていたのだ。

 それぞれの制服がハンガーに掛けられている。

 思わず匂いを嗅ぎたい衝動にかられるものの、慌てて我に返り、自分の荷物を取り出した。

 たとえ一泊とはいえ、この部屋で寝泊まりするということに、改めて大輝は意識せざるをえなかった。

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