第9話 生徒会の合宿。海だ、水着だ、お約束だ(中編)

 砂浜はまだシーズン前ということもあって閑散としていた。

 そのおかげで貸し切り状態であり、左右に広がる砂浜とマリンブルーの澄んだ海が邪魔するものもなく広々と見渡せた。

 芋洗い状態の海水浴のイメージとはかけ離れた状況に大輝は興奮しながら葵たちの顔を見た。


「定番のアレだな。それを叫びたいというのだろう。

 いいぞ、思う存分、叫ぶがいい」

 にやにやと微笑む葵に、大輝はやや肩透かしな気分で反論する。

「会長も一緒に叫びましょうよ。絶対に気持ちいいですよ」


「嫌だ。まったく子供みたいで恥ずかしいではないか。

 そういうのはもっと調子外れの者がやるべきだ。生徒会長たるもの、この程度で浮かれているようでは他の者に示しがつかない」

「ええっ、いいじゃないですか。どうせ他には誰もいないんですし。

 こういう時くらい浮かれてみても誰も会長のことを悪く言ったりしませんよ」


「どうこう言われても断るものは断る。私のキャラに合わないからな。こんなことをしたらキャラ崩壊だと言われてしまうぞ」


 わけのわからない言い訳に大輝は苦笑するものの、すぐに攻め方を変えた方がいいと気づき、笑顔で言った。


「ねぇ、明日香は一緒に叫んでくれるよね?」

「えっ、わたし? うーん、正直、わたしも恥ずかしいんだけど……、うっ、うん……、大輝がしたいっていうならいいよ……」


 いきなり振られて驚き、さらに頬を染めて口ごもるものの、大輝の笑顔に押し切られるように頷いた。


「ちょっと待て。明日香、裏切るつもりなのか?

 明日香は私と一緒で馬鹿みたいなことはしないと信じていたのに。

 うーむ。ええい、明日香が言うのなら私も一緒に言ってやってもいいぞ」

 慌てて手のひら返しをする葵に大輝は初めてにんまりした。


「もうこんなとこまで来て何やってるのよ。

 せっかくのバカンスなんだから楽しんだもの勝ちよ。

 先生が音頭を取ってあげるから、みんなではっちゃけましょう」

 最後尾から来た美穂が一番はしゃぎながら先頭に駆けていき万歳しながら口火を切った。


「せーの、海だーっ!」


 ちゃっかりとというか、しっかりと未来も一緒になって叫んでいた。

 普段は出さないような大声をあげて、肺の中の空気を全部吐き出す。

 息が切れたところで互いに顔を見合わせて笑い合い、海に来た時の定番の儀式を終えた。


「えっと、で、どの辺に陣取るんですか?

 どのあたりでも選り取りみどりみたいですけど」

「ああ、このあたりでも構わないが、砂浜が続く先に島が見えるだろう。あそこの北側の入江も遊泳ポイントでな。いつもそこに陣取るようにしている」


「へぇ、なんだか雰囲気が良さそうですね」

「まぁな。ほぼ貸し切り状態だからプライベート感はばっちりだ。

 どこぞの無人島に行ったような気分を味わえるぞ。

 まぁ、実際に陸続きとはいえ無人島なんだがな」


 美穂に連れられるまま砂浜を渡って無人島へ行く。

 島の林を歩いてしばらくすると急に視界が開け、自分たちだけの砂浜がお目見えした。


「おおっ、これはすごい。あの、もう一回アレやりますか?」

「もうやらん。今度は明日香と美穂ちゃんと三人でやってくれ」

「えーっ、つれないんだから。まぁ、いいですけど。それよりここで決まったのなら、パラソルとか設営を急いだ方がいいですよね」

「ああそうだな。適当なところに広げておいてくれ。私たちが着替え終えたら手伝いに来るから」


 パラソルやらレジャーシートやらは旅館で借りてきたものだ。それを大輝が担いでいた。

 こういうものを一人で設置するのは初めてながら、男らしさを見せるいい機会でもある。


「ええ、任せてください。あれ、でもどこで着替えるんですか? シャワー室とか更衣室とか、ありませんよね?」

 あたりを見回しても無人島だけあってそれらしい建物は何も見あたらない。島の中央にでもあるのかと推測したが、葵は当然のように否定した。


「向こうの砂浜に海の家があるのだが、まだシーズン前だから開いてなくてな。しょうがないからその辺の茂みか木の陰で着替えるしかなかろう」

「えっ、そんなの聞いてませんよ。ってか、大丈夫なんですか? 年頃の女の子が外で着替えるなんてこと」


「どうせ人はいないから問題ない。それに、小中学生御用達のラップタオルを持ってきてるから裸を見られる心配もない」

「ええっ、僕そんなの聞いてないですよ?」


「あれ、言ってなかったか?

 まぁ、男ならバスタオル一枚あればうまく隠せるだろ。

 私たちが着替えている間にここで着替えてくれても構わないぞ。

 外でマッパで着替えられるチャンスもそうそうないからな」

 と、葵は笑いながら林の中へ歩いていってしまった。


「そうそう、ありえないとは思うが、覗くんじゃないぞ。

 いや違うな。覗くのならバレないようにしろよ。

 もし見つけたらコンクリで固めて東京湾に沈めてやるからな」

 と、あながち冗談とも言い切れない悪魔のような笑顔で釘を刺しながら。




 当然だが、大輝は覗きに行けなかった。

 完全防備している葵たちを覗いても面白いことはなさそうだったし、それ以上に自分の着替えとパラソルを設置する時間でそんな余裕はなかった。

 もしこれらを後回ししてしまえば、感の良い葵のことだ覗きを試みたことなど簡単に露見してしまうだろう。

 その代償はコンクリ詰めということはないにしても、バスタオルを使わずに砂浜で水着に着替えろなどと命令してこないとも限らない。


 それに、大輝にとっては葵たちの裸も興味はあるが、その前に彼女たちの水着姿に胸を膨らませていた。

 学校指定の地味な水着はそれはそれで魅力的だが、それぞれが選んだはずの私用の水着は見られるはずもない着替え姿よりも楽しみなものだった。


 若干一名ほど心配な人もいるわけだが。

 あれだけはっちゃけていた美穂がどんな水着を着てくるかは恐怖ですらあったが、紐水着や貝殻水着ということもなく、ごく普通のデザインの、ピンクのフリルがついた可愛いホルターネックのビキニだった。


 未来もビキニで色は白。白い肌と、意外に大人っぽいスタイルの良さでよく似合っていた。普段は気づかなかったが胸もけっこうあるみたいだ。

 逆に明日香はサファイアブルーのワンピース型水着で、ぴっちりと肌に張り付くデザインながらむっちりしたお尻のラインが可愛らしい。


 そして葵はというと、胸元に大きなリボンがついた花柄のビキニと、下はほとんど隠すところがない超ミニのスカートと布地の小さくサイドで紐で結ぶタイプのパンツの組み合わせだった。


「ど、どうだ? さすがにちょっと過激すぎたような気がしないでもないのだが」

 恥ずかしそうに、決まりの悪そうにモジモジとさせながら葵は上目遣いで大輝を見ながら尋ねた。

 胸は小さいとはいえ慎ましくともしっかりと存在をアピールしている丸みと、スレンダーなお腹のラインに大輝はドギマギしっぱなしだった。


「えっと、すごく、似合ってると思います……」

 大輝も葵に釣られて赤面しながら答えると、葵は心の底から嬉しそうに微笑んで胸をなで下ろした。


「パッドをたくさん入れたかいがあったわね葵ちゃん」

 後ろからぎゅっと抱きつく未来に、葵は慌てながら抗議をした。

「ちょっ、バラすんじゃない。大輝、違うんだぞ。未来が言うほどたくさんは入ってないからな」


 抱きついてきた未来を振り解き、くるっと向き直って恨めしそうに葵は未来を見つめる。

 どこか仕返しに暴露してやると思ったものの、脱いだら大人っぽいだけの未来にほとんど弱点はなかった。

 涙目になりながらポカポカと叩こうかとしていると、未来は微笑みながら言った。


「大輝君、ねぇ、可愛いでしょ。

 葵ちゃんったら胸がないのを気にして大輝君の意識をお尻に向けようとしてるのよ。お尻なんて正面からじゃ見えないのにね」


 葵は首だけ大輝の方に向けて、後輩の顔が赤くなっているのを確認した。

 彼の視線は下の方、つまりは葵の尻に向けられていた。

 布地が小さい分、お尻の下半分くらいがこんにちはしているデザインだった。


「未来ぅ、全部計算づくか」

 今度こそ葵は素で涙目になりながら未来の胸の上あたりをポカポカと叩いていた。


「ちょっ、葵ちゃん、やめてってば。痛いって。

 もう。別にTバックってわけじゃないんだから、そんなに過激ってわけでもないでしょ。見えて困るところが見えてるわけじゃないんだし」

「当たり前だ。見えて困るところを見せてたのならこのまま館山湾に沈んでやる」


 会長らしくもっと地味な水着を着てくるのではないかと予想していた大輝にとってはこれでも十分、過激に見えた。

 普段は絶対に見せないお尻の丸みが大輝を扇情するようにぷるんと揺れている。危うく屈み込まなければならなくなりそうで、大輝は慌てて視線を上に向けた。


「えっと、その、すごく可愛いと思いますし、ここには他の人とかもいないからそんなに気にしなくても大丈夫ですよ」

 できる限り作り笑顔で言ったものの、内心では他の男に見られることがなくてほっとしていた。

 嫉妬というか、葵のセクシーな姿を他人に視姦されるというのは想像するだけでモヤモヤする感じだった。


「う、うむ。そっ、そうか。

 大輝がそう言ってくれるなら、頑張って選んだ甲斐はあったな」

 まだ頬を赤らめて嬉しそうに葵は言った。

 そんなこんなで水着のお披露目が終わったとおもえば、まだ大輝にとってのボーナスステージは続いていた。


 あとは浜辺で遊ぶだけかと思いきや、葵たちはパラソルの下に入って着替えの入ったバッグを置くと、今度は日焼け止めのクリームを取り出して肌に塗り込んでいった。


「ああ、すまんな。女子はいろいろと準備に時間がかかるのだ。これを塗ってかないと明日が大変でな」

 そうですよねと相槌を打って、大輝は肩透かしを食らった気分ながら、そわそわと葵たちを見つめた。

 手や足から始めて胸やお腹にも丹念にクリームを塗り込んでいく。

 ワンピース型の明日香が一番早く手すきになり、葵や未来たちを見比べて困ったように大輝を見上げた。


「ねぇ、大輝。背中にも塗ってほしいの。お願い」

 いきなり指名されて大輝は驚くが、むしろ日焼け止めを塗ってほしいと頼まれることは男の夢と憧れでもあったから、すぐに二つ返事で了解した。

 明日香の水着はワンピース型とはいえ、背中は大きく開いていた。

 腰のラインまで大胆に切れ込みが入っている。

 色白でぷにぷにと柔らかそうな背中が見えている。

 視線を肩からお尻まで下げていくと、ほんのわずかながらお尻の割れ目が胸の谷間のように上から覗いているように錯覚する。


 大輝は明日香の後ろに座ると、手渡されたチューブからクリームを手に取ってドキドキしながら彼女の背中に手を這わせた。


「ひゃっ、あんっ、冷っとする」

「ごっ、ごめん」

 いきなりの嬌声きょうせいに大輝は驚き、とっさに手を離して謝った。


「もう。ちゃんと手のひらで温めてから優しくしてよ」

 ふくれっ面で抗議する明日香を不謹慎にも可愛いと感じながら、大輝はクリームを両手で温めて再び彼女の背中にタッチする。

「今度は大丈夫?」

「……うん、ありがとう。んっ、んっ……」


 すべすべと柔らかい女の子特有の肌の感触が手のひらに伝わってくる。

 背中とはいえ触っているだけでこんなにも気持ちいいものかと驚き、できるならいつまでも触っていたいとよこしまな感情が沸き上がってくる。


 そんな触り方がいやらしいということはないだろうが、明日香も背中を撫で回されて変な気持ちになったのか、やや俯きながら声を押し殺すようにもだえていた。

 頬もどんどん赤く染まっていく。そんな状況に大輝は自分の心音が高くなっていくのを感じながらも、まだズレた心配をした。


「大丈夫? まだ冷たい?」

「えっ、うん。もう大丈夫……」


 背中のあたりはあらかた塗り終え、次は下の方へと移っていく。

 腰を揉むように手を動かしていくと明日香は再び小さく「ん、んっ」と喘ぎ声のようなものを漏らし始めた。

 大輝もそんな明日香の雰囲気が伝わってきたのか、ただ日焼け止めを塗っているだけだというのに変な気分になってきた。


 しかもこれからは問題のお尻に近い部分に近づいていく。

 ここまで塗ってしまっていいものかと躊躇しつつ、それでも肌が露出している全体を塗ってあげないと日焼けのムラができて大変なことになると勇気を振り絞って手を向けた。


「ひゃっ、あっ、くすぐったいよ……」

 手のひらから伝わってくる柔らかさが増すにつれて明日香が体を捩って反応するようになった。

 それでも無理矢理押さえつけるように大輝はクリームを塗り込み続け、笑顔で言った。


「ほら、我慢して。もうすぐ終わるから。

 明日香にこんな弱点があるなんて知らなかったよ」

「んっ、あっっ……ひゃあっ、あははっ、わたっしもっ、知らなかったもんっ。んっ……ねぇ、大輝……もう少しっ、くくっ……優しくしてっ……」


 あまりにも敏感にくすぐったく感じるものだから、大輝も変な気分は吹き飛んでしまっていた。

 それでも指先から伝わる心地よさには変わりなく、塗り終えてしまうのが惜しくもなる。


「だめだよ。ちゃんとしっかり塗り込まないと、日焼けがまだら状になっちゃうよ。ほら、我慢我慢」

「ちょっ、大輝っ、面白がってるでしょ。

 くすっ、くすぐらないでっ、んっ、あんっ」


「おい、いつまで遊んでいるんだ。

 もうとっくに塗り終えているだろう。だいたいいちゃつきすぎだ。

 後はつかえているんだからさっさと代われ」

 不機嫌そうに葵に言われ、二人とも急に我に返って罰が悪そうに顔を見合わせた。


 明日香はそそくさと離れて行き、大輝もいっそのこと逃げてしまいたかったが葵の眼光から逃れることはできなかった。


「ねぇ、三枝くぅーん、わたしも背中を塗ってよー」

 と、葵から睨まれている間に美穂が大輝の方へ走り寄って来た。

 何となく声の方へ振り向くと、大輝は目を丸くして絶句した。

 同時に見た葵も同じ感想だっただろう。美穂はどういうことかブラを外し、胸を腕で隠しながら大輝に笑顔で手を振り駆け寄ってきていた。


「ちょっと、先生なにしてるんですかっ」

「ええっー、だって日焼け止めを塗ってもらうんだから水着は外すでしょ」

「いや、それは高校生には早すぎです」


「先生、大人だもん。ねぇ、三枝君は先生の裸に興味ないの?」

「なっ、ないわけないですけど、先生なんですよ?」

 誘惑するようにポーズを取る美穂に、大輝は顔を真っ赤にしながらも目線を逸らして俯いた。


「美穂ちゃん、ビーチに男がいないからって大輝を誘惑するのはやめてくださいって言ったでしょ」

 ずいっと葵が二人の間に割って入ると、美穂の背後から未来が彼女の肩を掴んで回収に来た。


「はいはい、美穂ちゃんにはあたしが塗ってあげますからね」

「ぶー。女の子同士で塗りっこしてもつまんなーい」

 それでも駄々をこねる美穂に未来は指の力を入れつつも耳元で囁いて説得を試みる。


「女の子同士でも気持ちいいんですよ。

 敏感な所までねっとりと塗り込んであげられるんですから」

 最後に未来は葵と目で頷き合い、美穂を連行していった。

「佐々木先生ってあんな感じの人でしたっけ?」


 いつもはお堅く、未熟な教師というイメージしかなく、あまりもの豹変振りに大輝はただただ唖然としていた。

「オフの時はいつもあんな感じだな。普段の抑圧された仕事から解放された反動もありそうだが」

「教師向いてないんじゃないですかね」

「それは言ってやらないのがお約束だ」


 パラソルの軸を挟んで向こう側で美穂が未来に日焼け止めクリームを寝っ転がりながら塗ってもらっている中で、葵も大輝の前に座り込んで恥ずかしそうに言った。

「あっ、当たり前だが、美穂ちゃんみたいにブラを外してはやらんぞ」

「とっ、当然じゃないですか。そんなの期待もしてませんから」


 水着を着ているとはいっても、ホルターネックなために背中はほとんど開いている。

 胸から後ろに延びる細い布地と、首筋にかかっている紐だけが陶磁器のような白い肌を隠している。

 大輝は唾を飲み込んで、ゆっくりと手に取ったクリームを葵の背中に塗り付けた。


「冷たかったりくすぐったかったら言ってくださいね」

「ああ、今のところは問題ない」


 スレンダーな葵といっても、そこはやはり女の子らしく背中といえども柔らかく丸みを帯びている。

 すべすべとした曲線に大輝はドキドキしながら手を這わせ、隅々まで葵の感触を味わっていく。


 二人目ということで心の余裕はあったし、要領も飲み込んできていた。

 女の子を比べるというのはおこがましいことだが、大輝にとってはどちらも優劣をつけがたい幸せがそこにあった。


 塗っていくのが腰に近くなり、視線を下に向けていくと小振りながらも形の良いぷりっとしたお尻が見える。

 しかも水着の面積が狭い分、生のお尻が半分くらいはみ出している。スレンダーとはいってもお尻だけは肉付きが良く、むっちりとした肉感が見てとれる。

 これが葵の呼吸に合わせてゆっくりと上下するものだから大輝にはとてもエッチな気分に見えて思わず赤面しまった。


 つい、このお尻にも白濁液を塗り込めたいという衝動にかられるものの、さすがにそんなことをすれば生きたまま海に沈められてしまう。葵の尻を揉みしだくことを妄想しながら、腰のあたりを入念にマッサージしていた。


「ふむ、確かにこれは気持ちがいいな。

 明日香が気に入っていたのもわかる。

 どうせならずっと日焼け止めを塗らせたいところだが……」


「ちょっ、さすがに手が疲れてきてるんですけど」

「冗談だ。遊ぶ時間がなくなってしまうのも惜しいからな。

 しかし、さっきから同じ場所ばかり塗ってないか?」

「えっ? あっ! すみません。ぼーっとしていたらついこんなことに」


 葵に追求され、我に返った大輝は慌てて手を離し謝った。

 そんな大輝を見て葵はにやにやと笑いながらゆっくり立ち上がる。


「まぁいい。私も名残惜しく感じていたところだからな。ところで、大輝は塗らなくていいのか日焼け止め」

「ああ、気にしたことないんですけど、塗っておいた方がいいんですかね」

「まぁどちらでもいい。日焼けでパリパリになった肌を剥いてやるのも楽しいからな」

「うげっ、じゃあ塗ります。ちょっと待っててくださいね」


 慌ててクリームを手にとって自分の体に塗りたくる大輝だったが、葵は人の悪い笑みを浮かべて大輝にぴったりと張り付き、手と手を絡ませて大輝の手からクリームを奪い取ると、そのまま彼の胸に手を這わした。


「ひゃっ、会長?」

 いきなり異性に肌を触られるという展開に大輝は変な声を出して驚き、戸惑った。

「女の子みたいな声を出すんじゃない。

 私たちの背中に日焼け止めを塗ってくれたお返しをしてやろうというだけだ」

「その、別に正面は自分で塗れるんですけど」

「遠慮をするな。散々、乙女の柔肌を手でまさぐったのだから、これくらいのことは仕返しされても文句は言えないだろ」


「そんな卑猥な言い方しないでくださいよ。

 ただ背中に日焼け止めを塗っただけじゃないですか」

「ああそうだ。日焼け止めを塗っているだけだ。

 でも、異性にしてもらうと気持ちいいものだろう?

 それは女でも同じことなのだよ」


 同じ、だろうか。葵は大輝を見上げ、湿った瞳で見つめてきた。さらにうっとりと、愛おしそうに大輝の胸板をまさぐっている。

 半分くらいはただ単にからかわれているだけなのだと大輝は理解していたが、葵のあまりもの迫真の演技に心音の高まりを抑えることができずにいた。


「ひ弱な男だと思っていたが、触ってみるとけっこうたくましいのだな」

「あっ、せんぱ……いっ」


 円を描くように胸をまさぐられ、さらに乳首を重点的にいじられ、大輝は変な声を漏らしてしまった。

 その喘ぎに葵はにやっと微笑み、さらに尖った乳首をこねくり回す。


「なに変な声をあげてるんだ? 私はただ日焼け止めを塗っているだけだぞ」

「そんな、意地悪ですよ……」

「そうか? お前の顔には嬉しいです、もっとしてくださいって書いてあるんだがな」


 男でも乳首が気持ちよくなるなんて初めて知った驚きに大輝は戸惑いながらも葵の言う通りもっと彼女に触られたいと思っていた。

 そんな気持ちを見透かすように葵は大輝の背中に腕を回し、今度は抱きつくようにクリームを塗り始めた。


「ちょっ、ちょっと会長? 何してるんですかっ」

 葵の柔らかなお腹の感触が伝わってくる。

 さすがに胸は当たらないが、下を向けば当たるか当たらないかのギリギリの位置でゆらゆらと前後に揺れていた。


 下半身に血が集まってくる衝動に大輝は動揺し、そっと腰を浮かしながら海の方を見た。


「何って日焼け止めを塗ってやっているだけだぞ。

 こうやって塗ってやった方が効率がいいからな。

 それともナニかを期待したのかな」

 意地悪そうに微笑み、葵は大輝を見上げた。


「ふふっ、いつも軟弱な男だと思っていたが、逞しい体をしているではないか。こうやって肌と肌で触れ合っていると欲情してしまいそうだ」

「もう勘弁してくださいよ。そんなに年下をからかって楽しいんですか?」

「ああ、楽しいな。大輝を苛めるのは実に愉悦だ」


 他の仲間の目の都合上、大輝は泣きを入れて見るものの、間髪入れずに葵は否定する。

 さすがに突き飛ばしてやめさせるわけにもいかず、ほとほと困り果てながら鼻の下を伸ばしていると、不意に頬に刺すような痛みを覚えた。


「会長、いい加減にしてください。ここは公共の場所なんですよ。

 大輝もデレデレしすぎ。そんなんだから会長に玩具にされるんだよ」

 介入してきたのは頬をフグのように膨らませた明日香だった。

 不機嫌そうに大輝の頬をつねり、睨みつけていた。


「痛い、明日香痛いって。いや本当に痛いから離してってば」


 三歩ほど明日香に引っ張られるようにたたらを踏み、ようやく明日香の手が離れた。それは同時に葵の手中からも逃れたわけで、大輝は熱を持った頬をさすりながら安堵をした。


「やれやれ。明日香にたしなめられてしまったな。まだ塗り終えていないのだが、残りは明日香が責任をとってやってくれ」


 いきなり振られた明日香は驚いて大輝と顔を見合わせる。大輝もまさか明日香の方に飛び火してくるとはつゆにも思わず、きょとんとした。


「会長みたいにセクハラ紛いのことはしませんから」

「当たり前ですよ。明日香にそんなことさせられませんし、してもらうわけにもいかないですよ。あとは自分一人でなんとかしますから」


 明日香が葵みたいに前から密着してクリームを塗り込む姿を妄想した。

 葵との決定的な違いは彼女が恥ずかしそうに頬を赤らめるだろうということ、そして同じ体勢なら間違いなくあの豊満な胸が大輝の体に押しつけられることになるということだった。

 とてもそんなことはさせられない。


「お前らは何変なことを言ってるんだ。

 別に背中を塗ってやるだけなのだから、明日香も背中に回り込んで普通にしてやればいいだけだろう。別に恥ずかしいことなど何もない」


『あっ……』

 二人してハモり、互いに顔を真っ赤にして俯いた。

 葵が過激なことをしていたために勘違いしてしまっていたが、普通に塗る分にはどこにも問題となる要素はなかった。


「ごめん……」

「うん、いいよ。わたしも変なこと考えちゃったから。

 わたしにもしてもらったんだから、お返しにしてあげても問題ないよね」

 そう言って明日香は静かに大輝の背中に回り込み、手に日焼け止めクリームを取ってまだ塗り込められていない部分を埋めていった。

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