第5話 体育祭はえっちなイベント多いですよね(前編)
乃木坂学園の体育祭は、他校のそれとそう変わりはない。
極論してしまえば、体育が得意ではない生徒にとってはかったるい行事でしいかないのだが、どうやら一部生徒を中心に異様な盛り上がりを見せていた。
大輝は副会長という肩書きの雑用係のため、生徒用の一般席ではなく、朝礼台を流用した表彰台の左右に拵えられたテントの中という特等席に陣取っていた。
右側のテントは教員や校長、それや招待客の専用席であり、表彰台を挟んで左側のテントには生徒会と体育祭実行委員、放送部、救護班などの席が置かれていた。
その特等席からグラウンドを眺めると、女子生徒を中心に、まるで優勝したかのように抱き合って喜んでいたり、地面を叩いて悔しがる姿が散見されていた。
どうしてこのような状況になっているのか大輝が頭に疑問符を浮かべていると、隣の葵が説明した。
「体育祭なんてかったるい行事だろ。
そこで盛り上がる仕組みを作ってみたのだ」
「えっと、すごい賞品でも出てましたっけ?」
大輝は記憶を探ってみても、そのような強烈な餌があるという話は聞いていない。全校生徒が紅白の二組に分かれて、負けた方が会場の後かたづけをするという説明はあったものの、それだけでは説明の付かない局所的な盛り上がり方だった。
「まあ似たようなものだな。この体育祭の後に来年度の部活動の予算会議が始まるのだ。
予算は部員数と活動実績を加味して配分が決まるのだが、どの部活も毎年、活躍できるとは限らない。
運悪く敗退してしまえば来年の部費の大幅減少は避けられない。
人情としては一年程度の不調で部費を削りたくないのだが、予算の総額は決まっている。
他の躍進した部に増額するのであれば、どういう事情があれ削減せざるをえないのだ」
「ああ、つまりこの体育祭の成績次第である程度の穴埋めや挽回ができるということですか」
「その通りだ。私もたまには温情を与えることもあるのだ。
生徒の中には私のことを血が通ってないとか、人でなしとか言っている者がいるが、酷い中傷だと思わんかね」
確かに葵にしては珍しい情けではあった。
それだけに頭から信用することも大輝にはできなかった。
何かとんでもない裏があるのではないかと疑いたくなるものの、表面上はわからない。
葵の清々しい笑みが余計にそう思わせるのかもしれないが。
「えっと、紅白の対決なのに、どうやって各部活の成績に反映させているんですか?」
「それは簡単だ。個人に与える順位のメダルを各部活毎に申請してもらって予算配分に加点をする。
もちろん、事前に参加競技は把握しているから友人から譲ってもらうのは不可能だがな」
「あれ、じゃあ団体競技はだめなんですか?」
「団体競技は参加した各部活に均等配分される。
それぞれの競技に重みをつけてあるから、高得点が欲しければそれなりの不人気競技や難度の高い競技に出る必要があるがな。
ちなみに個々の配点を見たければ向こうに置いてあるプリントを参照してくれ」
想像するに、シンプルですぐ終わる百メートル走とかは配点が低いのだろう。
逆に団体競技とはいえ騎馬戦や、トリをつとめるクラス対抗リレーは高得点が予想された。
「それで、大輝は何に出場するんだ?」
「クジ運が悪くて、僕は持久走ですよ」
がっくりと肩を落とすように言うと、葵は意外そうに評した。
「それは珍しいな。持久走はかったるい分、配点数も非常に高い。
どの部もエース級を投入してメダルを狙っている人気競技だぞ。大輝のクラスには体育会系の部活に所属している生徒が少ないのか」
「そうだったんですか。
でも実際にうちのクラスでは誰も名乗りでなかったんですよ。部活に所属している人はそれなりにいるんですけれど」
「まぁ、一年では上位も難しいかもしれないからな。たまたまそういうこともあるだろう」
「そんなに速い人ばっかり出るんですか。僕はぶっちゃけ足遅いんですよ。きっと最下位かなぁ」
「何を寝ぼけたことを言っている。仮にも生徒会副会長たるもの、ちんたら走ることは許さん。
優勝しろとは言わないが、副会長として恥ずかしくない順位に入らなければ、祭りを盛り上げるべき生徒会がふてくされながら走っているように見えてしまうではないか」
「そう言いますけど会長。体育会系の運動部ばかりが出る中でただの一生徒に過ぎない僕が勝てるわけないじゃないですか」
「馬鹿者。走らないうちから諦めてどうする。
それに、参加者のほとんどは女子だぞ。男女で走る距離にハンデをつけてはあるが、大抵は男の方が速いだろうに」
はて、そうだったかと記憶を巡らせてみても自信はなかった。実際に男女で走り比べることなどまずないのだから当然だった。
煮えきらない表情のままの大輝に葵は業を煮やし、やや苛立ちながら言った。
「しょうがない奴だな。それなら私の方から特別に褒美をやろう。優勝しろとは言わない。だが五位以内に入ることができたら……。
そうだな。褒美にキスしてやろう」
「えっ? 本当ですか?」
目を輝かせて聞き返す大輝に、葵は大きく目を瞬かせて驚き、すぐに苦笑した。
「当たり前だが、ほっぺにだけだぞ」
「もちろんですよ! ほっぺだけでも十分ご褒美です」
力説する大輝に、葵は頬を赤らめ、珍しく動揺しながら頷いた。
持久走が始まるのはほぼプログラムの真ん中で、まだ時間にはかなりの余裕があった。その時まで大輝は気もそぞろだった。
「そういえば、会長はどの種目に出るんですか?」
なんとなく聞いた世間話に、葵はない胸を張って答えた。
「うむ、トリのクラス対抗リレーだな。しかも私はアンカーだ」
「会長ってもしかして足が速かったんですか」
「百や二百はたいしたことないがな。対抗リレーで走る四百ならそうそう後塵を拝することはない」
「去年も葵ちゃんはアンカーでリレーに出て、八人くらい一気にごぼう抜きしたのよねぇ」
耳聡く未来が聞きつけ、付け加えた。
大輝は驚くとともに感心し、葵の全身をまじまじと眺めた。
生徒会長の名に恥じることなく、文武に秀でた葵はやはりさすがというべきなのだろう。
華奢な体つきをしているものの、脆弱というイメージからはほど遠い。
瞬発力が要求される短距離よりも長距離向けの体をしているのかもしれない。
「おい、胸がない分、空気抵抗が少ないから速いんですねとか思ってるだろ」
「そ、そんなことありませんよ。ほんとに」
慌てて手を横に振りながら大輝は否定する。ずいっと睨んでくる葵の迫力に、つい嘘でも白状してしまいそうになりながら。
「まぁいい。私の勇姿くらいはその目でしっかり見ておいてほしいものだ」
と、葵が腕を組みながら言ったところで、周囲からどよめき声が沸き上がった。それも少数ではなく、男子のほぼ全員と、女子の多数から。
いったい何が起きたのかと遠望すると、すぐに葵は得心して人の悪い笑みを浮かべた。
「大輝、見て見ろ。明日香の奴が走ってるぞ」
言われるがままに視線をトラックの方へ向けると、少数の生徒がゴール目指して一目散に走っていた。
競技は二百メートル走といったところで、明日香は目に見るほどに足が遅い。既に集団から大きく離され、さらに差を広げられつつあった。
それでも明日香なりに一生懸命走っているのだろう。早くも息を切らせながら、苦しそうに全力で手足をばたつかせている。
あれでは頑張っていることは理解できても、速度は一向に上がらない。
当然、衆目を集めたのは明日香の足が遅いからではない。
彼女が胸に抱えた二つの大きなメロンが、彼女の足が地面を蹴る度に半歩ほど遅れて体操服の中で飛び上がり、地面に着地するのにやはり半歩遅れて弾んでいた。
文字通りバインバインと音を立てているのではないかという揺れ様は、男子だけではなく女子ですらつい凝視してしまう類のものだった。
しかも、明日香の足が遅いことでかえって衆目を集めてしまい、羞恥プレイのような状況にすらなってしまっている。
大輝も唖然としながら頬を染め、そっと視線を明日香から逸らしたものの、他の大多数の男子はむしろ目を血走らせて彼女を凝視していた。
その視姦に他ならない目線を明日香も感じて、次第に恥ずかしそうに頬を染め、泣きそうになりながらゴールを目指して走っていた。
恥ずかしがりの明日香は胸を腕で隠したくてたまらなかっただろう。
しかし、見られているということを意識するわけにもいかず、さらに走る速度が遅くなって、弾むように揺れる胸をさらに長い間、衆目にさらし続けることになってしまっていた。
「まったく、けしからん乳にもほどがあるな。あれは公然
とても仲間に対する言葉とは思えないことを葵は言った。
悪意以外の何者もくみ取れないが、吐き捨てるように言って自分の平らな胸に手を当てて悔しがった。
「くそっ、私なんてどんなに激しく飛び跳ねてもちっとも揺れないんだぞ。不公平にもほどがある。明日香の胸なんていっそのこともげてしまえばいいのに」
明日香が聞けば「好きで大きくなったんじゃありません」と抗議したことだろうし、そんなことを言えば、当然、葵の怒りにも火に油を注ぐことになっただろう。
「私だって好きでまっ平らになったんじゃないぞ」
と。
声が聞こえる範囲内に二人がいなくてよかったと、大輝はほっと胸をなで下ろした。
「おい大輝。まさかと思うが、お前もあれを見て前屈みになったりしとらんだろうな」
気付けば大半の男子が自然と前屈み状態になって明日香の胸を見ていた。
無理もないことだったが、大輝にとっても危ういところだった。
ジト目で見てくる葵に大輝は慌てて否定した。
「そっ、そんなことないですって。だいたい、必死になって走ってる明日香に失礼じゃないですか」
白々しさ満点だったろう。葵はさらにずいっと顔を大輝に近づけ、
「本当か? ところで大輝よ。もしかしてお前も乳はでかい方がいいとか思っているんじゃなかろうな」
「何をいってるんですかいきなり。体育祭の最中ですよ」
「だからだ。私の部下の性癖はしっかりと把握しておかないと、万が一、
「万が一も何も絶対にないですから!」
「そうか? あのデカい乳で誘惑されたらあっと言う間に
葵の執拗な追求に、大輝は必死になって否定するものの、内心ではあらがい難いものを感じていた。
だって、男なんだししょうがないじゃない、と。
「まさかお前、ロリコンなのか? ぺったんこな未発達の体でしか興奮しないとか。さすがにそれは犯罪だぞ」
「違いますって。なんでそう両極端に走るんですか」
「そうか、よかった。いくら私とて今更幼女になるのは不可能だからな。だいたい、私は胸が膨らんでないだけでしっかり腰のくびれはあるんだぞ。それに、お尻の形だって小振りだが丸くて密かに自慢できるのではないかと思っているのだが」
そう言って葵は体を捻りながらくいっとお尻を大輝の方へ突きだした。
そこまで大胆なことをしておいて、今更恥ずかしくなったのか、葵はシャツの裾を引っ張ってできる限りパンツを隠そうとした。
乃木坂学園の体操服は上は一般的なタイプのものだが、下は丈が数センチしかないぴっちりとしたショートパンツで、尻のラインが克明に現れていた。自慢するだけあって葵の尻は女子高生らしいむっちりとした肉厚の膨らみがそこにあった。
「ああもう可愛いですからはしたないことしないでくださいよ」
大輝は赤くなりながら視線を逸らしテントの天面を見つめて落ち着こうとした。
「そっ、そうか。可愛いか。うむ、雑用係にとはいえ、褒められるのは悪い気分ではないな」
葵も照れながら元の直立した姿勢に戻る。
それと同時に思い出したかのようにもじもじとしながら胸の大きさの話題に戻した。
「それで、大輝は大きい方が好きなのか、小さい方が好きなのか、この際、はっきりさせておきたいのだが」
ラスボスからは逃げられないことを悟り、追いつめられた気分で大輝は視線をさまよわせながらどう答えるのがベストなのか
「えっとですね……」
「先に言っておくが、大きいのも小さいのも好きです、とか、おっぱいの大きさなんて関係ないですよ。なんて気休めの一般論を言ったら一生
頭の中で思い浮かんだ言い訳を先んじて封じられ、大輝は窮地に立たされていた。
どんな答えをすれば葵は満足するのか。たとえば、「小さいのが好きです」とストレートに答えても、目の前で明日香の胸がたゆんたゆん揺れていたところを凝視していたのだから嘘臭く感じてしまう。
世辞を言ったところで欲している言葉はそれではなく、たとえ真実だとしても通用するかは悩ましかった。
では素直に「大きいのが大好きです」と答えれば、これはバッドエンド一直線に違いない。
一般論も含めて全ての退路は塞がれ、どう答えても好ましい回答はできそうになかった。いきなり話を逸らすとか、別の話題で誤魔化すとか、それを許してくれる葵の雰囲気でもなく、大輝は困り果てた。
「えっと……その……ですね」
とっさに思い浮かんだことは、さらに酷いアイディアだった。それでも恥を忍んで大輝は唾を飲み込んで口にした。
「会長がそんなにおっぱいの大きさを気にしているんでしたら、僕が揉んで大きくしてあげますよ。
ええ、揉んだって大きくならないなら、妊娠すればいいんです。二サイズくらいは大きくなるはずですから!」
力説してしまったところで、大輝はやばいと感じた。
完全にセクハラを越えていた。葵はわなわなと肩を震わせ、顔を真っ赤にして俯き、拳を握っていた。
「なっ、なななっ、ななっ、何を言ってるかこのバカ者があああああ! 時と場所を考えてモノを言えぇぇぇぇぇぇ!」
恥ずかしさで涙を浮かべながら葵は拳を振りあげてポカポカと大輝を殴りつけてきた。
「痛いっ、痛いですってば。ちょっ、もうすみませんって。
あたっ、いたたたた」
まるで子供が駄々をこねるような仕草だが、意外に力がこもっていてダメージはあった。
逃げるわけにも殴り返すわけにもいかず、ただ平謝りする大輝だったが、葵は手を休めようともせず殴り続けていた。
「あらあら。痴話喧嘩も時と場所を選ばないと大変なことになるわよぅ」
と、未来がぽつりと言ってきたことで二人とも我に返った。ほとんどの生徒は明日香の方を見ていたが、さすがにテントの中の生徒は葵たちを凝視していた。
何か見てはいけないいものを見たような表情と、未来が言うように痴話喧嘩を見てにやにやしている集団に分かれていたが、これが葵にとってのスキャンダルになりかねないことも確かだった。
「そういうわけだ。少しは反省しろ! 罰としてグラウンドを五周ほど全力で走ってろ」
冷静さといつもの威厳を取り繕って葵は大輝に命令した。これは渡りに船だったのだろう。
気まずい雰囲気のテントから離脱できる口実をありがたく思い、大輝は大きく返事をして疾走していった。
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