閑話11 バレンタイン中止のおしらせ

 二月に入って大輝はそわそわしていた。

 時期的に女子と一部の男子が浮つく頃ではあるが、これまで大輝がそちら側に入ることは一度もなかった。

 そう、何を隠そう、中学まで女子からチョコレートを貰ったことがなかったのだ。


 首を長くしてバレンタインデーを待つこともなかったし、当日に見知らぬ女子からサプライズがあったこともない。そんなことは漫画の中か運動部に所属しているイケメンくらいの遠い話だと思っていた。


 周りの友達たちも概ね大輝側の人たちであったし、廊下で女子が意中の男子にチョコを手渡すシチュエーションも、下駄箱を開けたらチョコ入りの箱が出てきて驚いている男子というのも見たことがなかった。


 むしろバレンタインデーなどというものは都市伝説なのではないかと疑ったほどだ。

 なんとなく期待して登校し、陰鬱な気持ちで下校する。

 二月十四日とはそんな日だと思っていた。



 とはいえ、今年は事情が去年までとは大きく違うのである。学校には女子の数が圧倒的に多い。比率は九対一とかそんなものだ。確率から言えば、大輝にチョコをプレゼントしようなどと考える物好きな女子が一人くらいいてもおかしくないはずである。


 クラスの女子は百歩譲ってないとしても、生徒会の面々なら義理チョコの一つくらいくれてもおかしくないだけは仲良くなっているはずである。

 義理だから落胆するなんてことはない。義理だから何だというのだ。面と向かって言われたとしても、女の子からチョコを貰って悪い気分になるはずもない。


 大輝は運命の日を指折り数えて楽しみにしていたのだが。


「知っていると思うが、十四日はバレンタインデーだな。今年も本校ではチョコの受け渡しに対して取り締まりを行うこととする。まずは禁止を告知するプリントの配布だが……」

 生徒会長の葵は神妙な顔つきでプリントの見本を生徒会のメンバーに配った。


「ちょっと待ってください。うちってバレンタイン禁止なんですか?」

 せっかく期待していたというのに、いきなり大輝の夢は潰えることになった。そんな現実に耐えきれず、大輝は珍しく立ち上がって事実関係を確かめた。


「元々女子校だからな。その上、うちには不純同性交友禁止の校則がある。女子間でチョコを贈り合うのは禁止行為の一つとなっている」

 校則で禁止と厳然と言う葵に大輝は落胆しつつも、すぐにそのおかしな部分に気づく。


「女子間でってことは、男子にあげる場合は大丈夫なんですか?」

「男子間でチョコを贈り合うのももちろん禁止だぞ。まさかと思うが、誰かにあげるつもりだったのか?」

 葵がどん引きした目で大輝を見つめる。


「なんでそうなるんですか。バレンタインって普通は女の子が好きな男子にチョコをプレゼントする日でしょう?」

「そう、それが問題なのだ。女子校であった時は全面禁止、校内に持ち込み禁止で問題なかったのだが、共学化されて女子が男子に贈る可能性というものができてしまった。実際には男子に贈るという名目でチョコを持ち込み、女子にあげるというパターンだ」


「現行犯以外どうにもならないじゃないですか」

「そこが一つの問題なのだ。人手は足りないし、こっそり贈る分にはどうにもならん」


「別にチョコくらい贈り合ったっていいじゃないですか」

「そうもいかん。蟻の一穴から堤防が崩壊するように、ちょっとした目こぼしが校則と風紀の崩壊に繋がるのだ。我々としても、全力で同性間のチョコの贈り合いを阻止せねばならん」


 チョコがもらえるかもしれない日にチョコの贈り合いを監視しなければならない。端から期待することもなければノリノリでやったかもしれないが、葵たちから貰えることを期待しつつ、他の女子たちにチョコの贈り合いを禁止するというのは、複雑な気分だ。


「そんなうんざりした顔をするな。大半のチョコの贈り先はわかっている。そこを処置すれば問題の大半は解決だ」

「贈り先……?」


 葵が何を言いたいのかというのは、すぐに理解することができた。その贈り先に当たる人がやってきたからだった。


「やっほー、久しぶりだね大輝くん」

 明るい笑顔を振りまいて唐突に生徒会室に飛び込んできたのは、水泳部部長にして生徒会幽霊副会長でもある真由だった。


 濡れそぼったショートヘアに、これまた程よく濡れて体に張りついている競泳水着姿の彼女は、相変わらず場違い感満載だった。


「ちょっとなんで水着姿なんですか」

「いやぁ、これでもボクは水泳部のエースだからね。一泳ぎしてから来たんだよ」


「その割にはビショビショってほどでもないですけど」

「いやだなぁ、さすがのボクでも廊下を水浸しになんてできないよ。ちゃんとタオルで拭いてから来たんだから」


「そんな格好で注目浴びないんですか? ってか、むしろ男子の目が気になると思うんですけど」

「大丈夫だよ。注目浴びるのは慣れてるからね。水着姿がテレビ中継されたことだってあるんだし。まぁ、ボクが歩いてるとたいていの男子は視線を逸らしちゃうんだけど。まったく、根性なしもいいとこだよね」


「そういう問題じゃないと思うんですけど」

 真由は水泳部だけあってスタイルがいい。すらっとした足に豊かなお尻、きゅっと締まったウエストに、競泳水着に締め付けられながらも存在感抜群の突き出た胸。そのおかげもあってネット上では彼女の水着画像があっちこっち出回っているという。


「男の子のオカズになるっていうのも悪いものじゃないと思うんだ。大輝くんにはボクの水着姿をしっかり網膜に焼き付けて欲しいと思ってるし、君にならいっそ触られても構わないくらいだよ」


 笑顔でウインクする真由に、大輝は一種の冗談と受け取った。とはいえ、彼女の刺激的な水着姿は大輝にとっても刺激が強すぎで、他の男子と同様に視線を逸らしたくなってしまうのだが。


「何をデレデレしているか。真由も真由だ。そんな格好で生徒会室に来るんじゃない」

 不機嫌そうに葵が言うと、その横で未来がニヤニヤと微笑んで三人の様子を見ていた。


「しょうがないなぁ。脱げっていうなら脱ぐよ」

 そう言って真由は大胆にも水着を肩剥いだ。色っぽい肩と鎖骨とが露わになり、さらに上乳まで見えそうになる。


「はわわ、ダメですっ、真由先輩っ」

 すかさず明日香が止めに入り大事なところが見えるということはなかったのだが、真由は残念そうに言った。


「別にいいじゃないか。減るもんじゃないし。大輝くんだってボクの裸を見るのは初めてじゃないだろ?」

「いやっ、見たことないですからっ、勝手なデマを飛ばさないでください」


 葵の冷たい視線が大輝に向けられるや、すぐに反論した。


「あれ、そうだったっけ? そっか、ボクが大輝くんのおちんちんを見ただけで逆はなかったっけか」

「ちょっ、誤解されそうなこと言わないでくださいよ」


 にんまりと自慢げに葵を見ながら言う真由だったが、葵の方は挑発に乗らなかったどころかむしろ無い胸を張って爆弾を投下した。


「ふん、ちらっと見たくらいで何を偉そうに。私は大輝のおちんちんを触ったことだってあるんだぞ」

「あ、あたしもですっ!」


 すかさず明日香も顔を真っ赤にしながら告白すると、真由はジト目で大輝たちを見て言った。


「君らはいったい何をしてそういうことになったんだい?」

 まさか生徒会室で搾精されましたと答えられるわけもなく、大輝は愛想笑いをするだけだった。



「ともかくだ、新聞部の事前調査によると、バレンタインのチョコの贈り先の約九割が真由ということになっている。つまりだ、こいつを女子生徒から隔離すれば問題の九割が解決するということだ」


「ふーん、女の子だらけの学校でどうやってボクを隔離するのかな」

「それはもう対策済みだ。朝一で私が真由を家まで迎えに行く。学校ではここ、生徒会室で一日中自習するということで教師とも話がついている」


「念のいったことだね。でも、ボクだっておとなしく缶詰になる気はないけど」

「そこで監視役として大輝もここで自習するということにした」


「それならボクも逃げようがないね」

「次に、真由の教室の机は私が監視する。明日香は彼女の下駄箱担当だ。そして未来は水泳部のロッカーを担当してもらう」


「まぁご苦労なこった。ボクも手伝わなくていいのかい?」

「お前はここでおとなしくしているだけで十分だ」


「ふーん、そう」

 真由はつまらなそうに言うのだが、何故か反抗するような雰囲気すらなかった。



 当日、大輝も自習扱いになって生徒会室に籠もることになった。

 登校中にもチョコをプレゼントされないように真由には葵がわざわざ家まで迎えに行くという念の入りようだった。


 そこまでされて真由が不満そうにするのかと思えば、不思議なことに彼女は平静を装って生徒会室に入ってきた。


「おとなしくちゃんと勉強してるんだぞ。大輝も、どんな手段を使ってでも真由を部屋から逃がすんじゃないぞ」

 葵のキツい言い方に真由は舌でも出すのではないかと大輝は思っていたものの、そういう素振りすら見せなかった。


「やぁ、大輝くん。今日は一日二人っきりだね。律儀に葵の横暴につきあうこともないのに。おかげでボクも君もせっかくのバレンタインデーなのにチョコの一つも貰えないじゃないか」

「普段通り教室に居ても、チョコは貰えないと思いますけど」


「そうなの? まぁ、葵もボクにチョコ貰うの禁止とか言ってる手前、君にあげるわけにもいかないのはわかるけどさ。クラスに一人くらい仲のいい女の子いないの?」

「……いたらもっとがっかりしてますよ」


 そう開き直って断言してしまうのが悲しかったが、心当たりはどこにもないのだからしょうがない。登校時に下駄箱に上履き以外何も入ってなかったのだから期待するだけ無駄ということだろう。


「まぁ、葵の唾がかかってる子に手を出そうなんてことを考える子がいないだけかもしれないね」

「だったらいいんですけど。って、よくないのかな?」


「知らないよっ」

 どちらがマシなのかよくわからなくなって大輝が首を捻ると、真由はぶっきらぼうに言った。そういうことがあればいいが、現実としてはやはり単にモテないだけだと薄々ながら感じるのだが。


「そんな不幸な大輝くんにひとつやってもらいたいことがある。そこのドアの鍵を閉めてくれないかな」

「まぁいいですけど。って、なんでわざわざ鍵まで閉めるんですか?」


「それはもちろん、ボクが逃げないようにするためじゃないか」

「それって自分から言うことじゃないと思いますけど」


「まぁまぁ、ボクも割かし天邪鬼だからね。気が変わらないうちに手を打っておいた方がいいのさ」

 大輝は渋々ドアを施錠するのだが、これでよかったのかどうかわからなかった。


「さてと。これで大輝くんが逃げられなくなったわけだが」

 振り返るとそこには悪魔のような笑みを浮かべた真由がいた。

「ちょっと待ってくださいっ、いったい何をするつもりですか!」


 大輝は冷や汗を浮かべながら後ずさる。


「まぁまぁ。取って食おうってわけじゃないから」

「信用できませんっ」

 ドン、と背中にドアが当たった。


「疑り深いなぁ。はいっ、これ大輝くんに」

 そう言って真由が差し出したのは可愛くラッピングされた小さな箱だった。


「えっ、これって……?」

「言わせないでよ。今日、女の子が男の子にあげるものなんて決まってるじゃないか」


 まさか貰えるとは思ってもいなかったものが目の前にあると知って大輝は感激した。だいたい、女の子からチョコを貰うこと自体が初めてなのだ。それが義理だとわかっていても嬉しいものだった。


「ほらほら、開けてみて?」

「えっと、びっくり箱とか中身はカエルとかじゃないですよね?」


「その可能性もあるかナ。チョコが入ってる可能性50%、カエルが入ってる可能性50%、間を取ってカエルのチョココーティングというところで手を打たないかい」


「カエルのチョコがけなんて出てきたら泣きますからね」

 おそるおそる箱を開けると、ごく普通のハート型のチョコ(8個入り)が出てきた。


「もう驚かさないでくださいよ。せっかくの初チョコなのに喜ぶタイミングを逃しちゃったじゃないですか」

「まぁまぁ。その喜びはチョコを噛みしめながら感じてほしい。一応、手作りなんだぞ」


 ここまできて食べないとか後のお楽しみというわけもいかず、大輝はとりあえず手前の一個を口の中に放り込む。味に一抹の不安はあったが、口の中に広がるそれは甘くて美味しいチョコそのものだった。


「どうだい、味は?」

 真由は目を輝かして問いかける。大輝はお世辞抜きで賛嘆する。


「えっと、すごく美味しいです……。真由先輩って料理もできたんですね。ちょっと意外でした」

「見た目男っぽくてガサツな性格だからって見くびってたでしょ。ボクはこれでも女の子らしいところもあるんだよ」


 そう言って真由は胸を張る。ボーイッシュでも胸の頂は急峻で制服が盛り上がっているし、スカートから覗く太ももは肉付きもよくて美味しそうだ。


「まぁ、チョコなんて溶かして固めるだけの簡単な料理だけどサ」

「その溶かして固めるだけで失敗する料理の天災もいるみたいですけど」


「直火で溶かそうとする子もいるからね。あと変なアレンジしたりとか」

「真由先輩がそういう人でなくてよかったです」


 脅されるだけ脅された分、チョコが普通すぎて拍子抜けするところだが、この際、普通が一番なのは動かしがたいものだった。


「ところで味の方はどうかな。変な味がするとかない?」

「えっ? 別に普通の甘いチョコですよ。溶かして固めただけなんですよね?」

 妙な言い方に大輝の胸に一抹の不安がよぎる。


「そうそう、溶かして固めただけだよ。でもそうか、量が足りなかったかー」

「ちょっと待ってください。溶かして固める間に何を入れたんですか」


「大輝くん、食べててムラムラしてくるとかそういうのはないかな」

「もう嫌な予感しかしないんですけど、媚薬でも入れたんですか?」


「薬を盛ったなんて言われるのは心外だなぁ。女の子がチョコに入れるものといったら決まってるじゃないか。意中の相手を振り向かせるために、その……なんだ……、ボクのラブジュースをちょっと混ぜただけだから」


「……今なんて言いました?」

「大輝くんもけっこうSだね。女の子に二回も言わせようとするなんて。ボクのラブジュースだよ。つまり、愛の液?」


「疑問系で言わないでくださいよ。愛の液ってつまりアレですよね」

「そう、お○んこ汁」


「率直に言わないでくださいっ。って、なんてもの僕に食べさせるんですか!」

 大輝はいっそ吐き出したくなったが、もう口の中には何も残っていなかった。


「あれ、意外な反応。男の人ってラブジュース大好きだと思ってたんだけど。ほら、みんな舐めたがるし」

「それってエッチの時だけです! ご飯やお菓子に混ざってていいわけないじゃないですか」


「わがままだなぁ。せっかく裸エプロンで大輝くんを思いながら、チョコ入りのボールに跨がって絞り出したのに」

 ついうっかり大輝はその光景を思い浮かべてしまう。それはそれでまた美味しい気がしてきたのだが。


「あ、股間が膨らんできた。そっか、薬だってそんな即効性のものなんてないものね」

「いや、これはその……そっちじゃないというか……」

 破顔する真由に対し、大輝は照れつつ口を濁す。


「おっきくなっちゃったらしょうがないよね。生徒会副会長がムラムラして他の女子生徒を襲っちゃったら大変なことになるし。ボクが手伝ってあげないと」

 そう言って真由はにししと笑い、足を伸ばして大輝の股間を踏んできた。


「ちょっ、なにしてるんですかっ」

「なにってナニかなぁ? オナニーのお手伝い?」


「そんなことしなくても大丈夫ですから」

 敏感なところを真由にぐいぐいと踏みつけられ、大輝は腰砕けになりつつも言う。


「ダメだよ。生徒会から犯罪者を出すわけいかないし」

「だいたい、鍵がかかってるんですから襲いようがないじゃないですか」


「そっか、つまりボクが食べられちゃうのか。溶かしたチョコをボクの裸にかけて大輝くんに舐め取ってもらうっていう手もあったか」

「我慢できますって」


「こっちはそうは言ってないけど?」

 踏まれていたせいか、真由のおみ足から覗く縞パンに興奮したからか、大輝の股間はさらに猛り出す。


「ちょっ、やめてくださいっ、真由……先輩っ……」

「だーめ。気持ちいいならやめてあげない。どんどん硬くおっきくなってるよ?」


「そうじゃなくて……このままじゃ……ダメですからっ……」

 さすがに水泳部のエースだけあって足の使い方が器用だった。手でするのと変わらないほどに的確に大輝の気持ちいい場所を刺激してくる。力加減も十分だし、なにより真由に踏まれているという背徳感が大輝を昂ぶらせていた。


「あっ、そっか。パンツを汚しちゃうね。でも、神聖な生徒会室に撒き散らすわけにもいかないよね。どうしよっか?」

「だからっ、やめてくださいっ……」


 大輝は苦しそうに言うが、それは真由の嗜虐心に火をつけただけだった。


「我慢してね。そっちの方が気持ちいいでしょ。パンツを汚すか、葵の大事なところを汚すか、究極の二択だね。それとも、ボクの口の中に出したいのかな?」


 真由にフェラしてもらうところを想像し、大輝はさらに興奮してしまった。我慢といっても限界もある。このままなら被害が最小限なのは間違いない。


「腰が浮いてきてるよ。大輝くんもボクの足にこすりつけてきちゃって。そんなに気持ちよくなりたいんだ?」


 これから先のことは、密室だけあって二人だけの秘密となった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る