閑話18 妊娠パニック
9月、二学期が始まった最初の日。大輝がいつものように生徒会室へ行くと、そこには葵と未来の姿があった。
何気ないあいさつでそのまま自分の椅子に腰掛けようとするが、その前に葵の異変に気づいて大輝は硬直した。
葵の制服の腹部が大きくめくれ上がっている。その理由も一目瞭然だった。制服が小さくなるほどに、お腹が膨らんでいる。まるで妊婦のように。
大輝が目を白黒させていると、未来がにんまりと笑いながら言った。
「葵ちゃん、妊娠しちゃったのよ。心当たりはあるでしょ、パパさん?」
葵は羞恥に塗れて頬を染め俯く。
いったい何があったと大輝は愕然とした。
「心当たりも何も、童貞なんですよ僕」
「大丈夫。葵ちゃんもちゃんと処女だから」
「なにが大丈夫なんですか。処女と童貞で妊娠するわけないじゃないですか」
「処女だから妊娠できないってわけでもないし、童貞だからパパになれないってわけでもないでしょ。精子と卵子が合えばデキちゃうんだし」
「ちょっと待ってください。嫌な予感しかしないんですけど、以前、実験用に採取した精液をまさかと思うんですけど使ったりなんてしたんじゃないでしょうね」
「あら、察しがいいのね。そのまさかよ。ほら、ビーカーいっぱいに絞ったんだもの。ちょっとくらいお裾分けがあってもいいじゃない」
「そんなお裾分け嫌すぎるんですけど。童貞のままお父さんになるなんて嫌だー」
大輝はもうパニック寸前だった。
「神様もびっくりね」
「そんなに私に赤ちゃんができて嫌なのか」
マタニティブルーよろしく葵が青ざめた表情で言った。
「男なんてしょせんそんなものよ。気持ちよくなるのが目的で、責任取る気なんてさらさらないんだもの。女の子は気持ちいいだけじゃ済まないのにね」
膨らんだ葵のお腹を未来が愛おしそうに撫でながら言った。
「人を鬼畜男みたいに言わないでくださいっ。だいたい、体目当てみたいに言ってますけど、責任あるようなこと何もしてませんっ」
「まぁ酷い。先っちょだけだからなんて騙されちゃだめよ。それで済んだ男なんていないんだから」
「先っちょどころか一瞬たりとも入ってないんですけど」
「大輝が喜んでくれると思って産む決心をしたのに。この子は私とお前の子供なんだぞ」
涙を浮かべながら見つめられると、大輝はドキッとした。結果だけ考えれば、赤ちゃんができて嬉しくないわけない。妄想とはいえ葵を孕ませることを夢見ていたわけだし、そうなればと思ったことも一度や二度ではない。経過を飛ばして結果だけ得るということだけが問題ではあった。
「だいたい、まだ僕結婚できる年齢じゃないんですけど」
「まぁ、それはしょうがあるまい。大輝が18になるまでこの子は私一人で育てる。なに、少しばかり遅れるだけだ。ゴールは何も変わらない」
産んで育てる覚悟も決まっていた。そもそも、ここまでお腹が大きくなっていれば堕胎もできない。産むしかなかった。
「その……なんていうか。会長のこと考えていませんでした。そんなお腹で学校に通い続けるのも大変でしょうし、みんなの視線も厳しいでしょうし。周りは理解してくれなくても、僕だけは会長の味方になるって、もうずいぶん前に決めたはずだったのに……」
「なぁに、金だけはあるからな。大輝は心配せず学業に集中してくれ。この子は大輝との愛の結晶なんだ。何も恥じることなどない。休学もせず普通に通って卒業するさ」
妙にシリアスな雰囲気が流れているなか、生徒会室のドアが開いて明日香が入って来た。この事態をどう説明しようか大輝は慌てるなかで、彼女の腹部を見て再び絶句した。
明日香も、葵と同様にお腹が大きく膨らんでいた。
「どうしたの? なんだかすごい怖い顔してるけど」
妊婦が二人。お腹の中の子に心当たりがありすぎるパパとして、大輝はめまいを覚えた。どうして明日香がいつもの笑顔で話しかけてきたのかよくわからない。修羅場を越えた修羅場にしか思えなかったが、明日香の手には鉈も包丁もない。
お腹の大きさから見て、葵と同時期に妊娠したに違いない。種はおそらく同じものだ。童貞のまま、二児の父となってしまったことに、大輝は心の中で涙した。
「明日香、ごめん。お腹の子に気づいてあげられなくて。僕も今日知ったんだけど、だからって認知しないなんて言わないから。会長も一緒に妊娠しちゃってるけど、二人とも僕の子供だ。僕がしっかり責任取るから、元気な赤ちゃんを産んでほしい」
明日香の肩を掴んで言うと、彼女は突然のことに慌て、すぐに頬を赤らめて頷いた。
「えっ。うっ、うん……。大輝が言うなら……」
「おい、なんで私と対応が違うんだ。明日香にだけ優しいなんてずるいじゃないか」
「いやっ、そういうわけでも。最初はびっくりしたからパニックになっただけで、順番が逆なら同じ反応だったと思いますけど」
「本当か?」
じと目で葵が言う。
「本当ですって。信じてくださいよ」
「葵ちゃん、騙されちゃだめよ。大輝くんの頭の中はきっと、お腹の子のことより、既成事実ができたから、今後はセックスし放題とか考えてるのよ」
「まぁ、別に順序が逆になっただけで、エッチしちゃいけないってわけでもないしな。こうやって夫婦になったわけだし」
未来の囁きも浮かれた葵には効果が薄かった。大輝はほっと胸を撫で下ろしながら、葵とエッチしているところを妄想する。膨らんだ大きなお腹をいたわりながら愛情を確かめる。愛の結晶を前にするセックスはまた格別のものだった。
「安定期だからってあまり無理しちゃだめよ。男の子なんて鬼畜だから」
「えっ、そうなんですか?」
保健体育に案外疎かった大輝は初耳に驚く。
「でも、大輝がしたいなら私は……」
「もう本当にふぬけちゃったわね葵ちゃんってば。流産してもしらないわよ。大輝くんもちゃんと女の子をいたわってあげないとだめよ」
しおらしい葵に大輝は胸がキュンとする。
「やっほー、後輩くんいるかい?」
不適切なまでに明るい声で生徒会室に闖入してきたのは、水泳部エースにして前副会長の真由だった。大輝が振り返ると驚いたのは、彼女が水着姿だったからではない。そういうことはたびたびあった。問題はぴったりと体に張り付いた水着の、お腹の部分が異様に膨らんでいたからだった。三人目の妊婦の出現に大輝は唖然とする。
「いやだなぁ。なんだい、そのまた妊娠させちゃったみたいな顔は。後輩くんの赤ちゃんならそのうち作ってもいいけど、昨日の今日でこんなにお腹が大きくなるわけないじゃないか」
夏休みを挟んだとはいえ、生徒会にはいろいろと夏期休暇中も仕事があり、週に一度は顔を合わせている。よく考えなくても、1週間でこんなにお腹が膨らむはずがなかった。
「会長と未来先輩、これっていったいどういうことか、ちゃんと説明してくれますよね」
怖い笑顔で大輝が迫ると、二人とも困ったかのように顔を見合わせて微笑んだ。
種を明かされれば単純で、妊婦の体験学習を行うということだった。本物そっくりのお腹も特殊メイクだそうで、生徒会役員だけ施しているという。他の生徒は、重りを入れたリュックタイプのものを使用するそうだ。
「本当、よくできてますね。本物と区別が付きませんよ」
大輝が葵のお腹をぺたぺたと触っても、その違いがわからなかった。ぬくもりはそのままで、すべすべとして手に吸い付く感じは上腹部と変わらなかった。継ぎ目もあるはずだが、巧妙に隠されていてメイクと言われても嘘に聞こえる。
手を当てていると、お腹の赤ちゃんの心音が伝わってきそうだった。
「その……なんというか、そうマジマジと触られるのはたとえ作り物でも気恥ずかしいのだが」
「後輩くん、その中に自分の子供がいるって妄想してるでしょ。いっそのこと本当に作っちゃえばいいじゃない。葵も後輩くんとの赤ちゃん欲しいだろうし」
「なんてこと言うんですか。さすがに恐れ多いにもほどがありますよ」
大輝は慌てて手を離す。とはいえ、いつか彼女とこうなりたいと夢で思わなかったと言えば嘘になる。頬を赤らめて沈黙する。
「ほら、満更じゃないみたいだし」
茶化す真由の隣で、同じようにお腹が大きくなっている明日香が頬を膨らませた。
「いっそのこと、大輝くんが妊娠しちゃえばいいのよ。メイクなんだもの、男の子がやってもおかしくないわよね」
未来が投げかけた爆弾発言に、女性陣たちはみんな賛同する。
「そうだな。妊婦の大変さを身をもって知れば、少しは性にだらしないところがなおるかもしれないな」
「その場合って、誰の赤ちゃんなんですか?」
「明日香ちゃん、興味津々だね。むしろ、明日香ちゃんが大輝くんを孕ませたいって顔してるよ」
「そんなんじゃありません!」
「ちょっと待ってくださいよ。シュワちゃんじゃあるまいし、そんなのあるわけないじゃないですか」
「いや、男性でも妊娠出産できるというのは本当らしいぞ」
「どこで妊娠するんだろうね。お尻の穴から入れるんだろうか」
「入れるならそこしかないわよね」
「要は受精卵をぶち込めばいいわけだろう。精子は自前があるのだから、後は卵子だけだな。よかろう、恥ずかしいが卵子は提供してやる」
「じゃあ、わたしも卵子を提供しますっ」
明日香が目を輝かせて言った。
「女の子二人の子を妊娠するなんて大輝くんもやるじゃない。これぞ一夫多妻制の理想的な形よね」
「ぜんぜん嬉しくないんですけど。ねぇ、冗談ですよね。本気じゃないですよね」
「さて、どうだろうなぁ」
今回のオチというか、結局、大輝も妊婦の特殊メイクを施されることになった。中身こそないが、妊婦の膨らんだお腹というものがあるのは不思議な感じだった。同時に、少しばかり女性の大変さも理解できた。
全校生徒の前でさらし者となったわけだが、女子たちの受けが良かったのは言うまでもない。
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