第11話 生徒会の合宿。乱交なんてありませんよ(夜編)

 浴衣を着て大輝は旅館のラウンジでソファーに座って葵たちが出てくるのを待っていた。

 ゲーム機や卓球台など、定番のものが揃っていたが、一人で時間を潰すのも面白いわけではなく、とりあえずフルーツ牛乳を買って渇きをいやした。


 別に部屋に戻って待っていてもおかしくはない。

 もしかしたらバッグにしまい忘れた下着が転がっているかもしれないし、百歩進んでこっそりバッグを漁ることもできたかもしれない。

 それでもここで待っていたのはみんなで卓球をしたかったからではなく、単に

湯上がりで火照った葵たちを一刻も早く網膜に焼き付けたかったからだった。


 空腹を覚えながら遅いなと感じていると、ようやく彼方から葵たちがやってきた。かしましく話をしながら四人とも浴衣に身を包み、微かに湿った髪を揺らしながら。

 温泉で火照った肌はほんのりピンク色でなまめかしく、つやつやと輝いた唇に大輝は思わず唾を飲み込んだ。


「ああ、大輝か。早いものだな。お湯はどうだったか? 十分に普段の疲れを癒すことができただろう?」

「ええ、ひとりぼっちでなければもっと楽しかったです」

 苦笑いしながら答えると、葵は意地の悪い笑みを浮かべて言った。


「そうか。それはすまなかったな。

 来年は男の役員が増えればもっと楽しくなるだろう。

 それとも、混浴できる旅館を探すべきだったか」

「こ、混浴?」


「ふふん、今、想像したな。

 年頃の男子だから仕方がないが、当然、水着着用だぞ」

「で、ですよねー」

 まさかの裸と裸のつきあいを妄想していたところを現実に引き戻され、大輝は安堵あんどした。


「まぁ、女子はともかく男子はマッパでもかまわないよな。

 生徒会の慰安旅行は女子を楽しませるためにあるわけだからな。

 これからの宴会で、一つ裸踊りでもしてもらおうか。なぁ、未来?」

「そうね。大輝君の裸をオカズにお酒を飲んだら楽しいでしょうねぇ。みんな興味津々でしょうし」


「ちょっ、勘弁してくださいよ。だいたい、未成年な上に生徒会役員が飲酒なんてできるわけないじゃないですか」

「冗談に決まってるだろ。とはいえ、オレンジジュースでも酔えないわけじゃないんだぞ。

 極上のツマミと雰囲気があればな。大輝が盛り上げてくれさえすれば……」


「いやいや、無理ですから。素面で脱げるわけないじゃないですか」

「おや、酔っていればお前は脱げるのか。これはいいことを聞いたな」


「いやもう本当にセクハラですからねそれ。許してくださいよ」

「妄想でも私たちの裸を想像した罰だ」

 葵はからっと笑って大輝の額にデコピンを一発かますと、どうやらそれで手打ちとなったようだ。

 そのまま目敏めざとく卓球台の方を見つめて呟いた。


「このまま遊んでもかまわないが、風呂上がりで汗を流すのもイマイチだな。

 それに、腹も減っただろう。食後に余裕があったらみんなでやるか」

 目一杯遊んだだけあってみんなさすがに空腹を覚えていた。

 異論はどこからも出ることなく、部屋に戻って夕餉ゆうげの時間となった。




 夕食は別室に用意されてあり、そこは葵たちの貸し切りになっていた。

 房総の海の幸がふんだんに使われた料理がテーブルいっぱいに並べられ、彼らの食欲に火をつけた。

 最初の一杯も用意されていて、全員のものが色鮮やかなカクテルのようだった。


「あの、言ったそばからお酒ですか?」

 大輝がじと目で尋ねると、葵はふふんと鼻を鳴らして反論した。

「そんなバカなことはあるわけなかろう。カクテルとはいえノンアルコールだ。ただの色付きジュースだよ」

「先生はアルコール百パーセントよ」

 まだ一滴も飲んでいないというのに美穂はすでにできあがった状態も同然だった。


「酔っぱらい相手に突っ込むのもバカらしいからさっさと乾杯するぞ」

「かんぱぁぃ!」

 真っ先に美穂がグラスを飲み干し、お代わりを要求した。

 大輝たちはジュースではそこまでのテンションを上げられるわけもなく、唇を湿らす程度でさっそく料理の方に箸をつけた。

 飲むより食い気ということでガツガツと料理を胃袋の中に押し込み始める。大輝だけということもなく、葵や未来も食欲旺盛だった。


「ちょっとぉ、酔っぱらわないなんてつまんないわよぅ。

 みんなもっと楽しく盛り上がってちょうだいよぅ。

 ほら、三枝君っ、裸踊りの時間よっ」

「そんなのしません」

「えーーっ、つぅーまぁーんぅーなぁーいぃー。

 三枝君は生徒会の雑用係という玩具なんだから私たちを楽しませてくれないと」

「先生が言いますか。

 だいたい、そんな芸なんてできませんから。無芸無趣味なのが僕の取り柄なんですから」

「ぶー。そんなんじゃ女の子からモテないわよ。

 せめて無芸でもゲイくらいしてみなさいよ」


「もうわけわかんないですからっ」

「おい大輝、美穂ちゃんもああ言ってるんだ。何か一発芸の一つでもかましてみろ。無芸でも何かできないと、将来、出世もできないぞ」

「会長まで。だいたい、素面でそんな恥ずかしいことできませんよ」


「しょうがない奴だなぁ。何もできないならストリップでもするしかないだろ。それが嫌ならつまんなくてもいいから何かやれ」

「脱ーげ、脱ぅーげ。ほら、三枝君の男らしいとこちょっと見てみたいの。がんばってくれたら、先生もちょっとサービスしちゃうぞ」

 そう言って美穂は浴衣をはだけさせ真っ赤な可愛らしいブラを大輝にちら見せした。


「ああもう、セクハラですからねそれっ。

 つまらなくても責任とれませんからいいですね。

 一番、三枝大輝、英語の加藤先生の物真似をやります!」

 もうヤケクソであったが、意外とみんなからのウケはよかった。

 特に美穂には大ウケだったようで、転がるように笑っていた。


「じゃあ二番、先生、脱ぎます!」

 ポイポイとブラとパンツを脱ぎ捨て大輝の頭に向けて投げつけるとそのまま最後に残った浴衣を片肌脱いだ。

「ちょっ、なにしてるんですか!」

 大輝があまりもの光景にぽかんとしている中で、葵と明日香が慌てて美穂を制止した。


「えーっ、脱いだっていいじゃない。別に減るもんじゃないんだし」

「ダメです。女だけならまだしも、今年は大輝もいるんですよ。だいたい、教師が生徒に裸を見せたなんてスキャンダルですからね」

「ぶーぶー。いいじゃないちょっとくらい。

 どうせバレやしないんだし、せっかく海で男でも漁ろうと思ってたのに誰もいないし。

 ちょっと若い子を誘惑したってバチは当たらないわよ」


「バチは当てなくても私が学校にチクりますから。

 おい明日香、お前は美穂ちゃんの腕を押さえてくれ。

 それから未来は楽しそうに傍観してるんじゃない。手伝ってくれ」

 ようやく三人掛かりでなんとか美穂を宥め、最終的に葵が今度、適当な男性を紹介するということで折り合いがついた。


 宴がたけなわに向かうにつれて美穂の酒量が加速度的に増え、再び暴れそうになるものの、おおむね上機嫌でたいした波乱はなかった。

 葵が円周率を逆から読み上げるという謎の芸を披露したり、明日香が歌ったり、それに合わせて未来がエアギターをしたりと、内輪で盛り上がるだけ盛り上がってあっと言う間に時間は過ぎていった。


 そんな時にまた事件は起きた。

「ひっクッ。あぁーもう楽しぃーきゃははは」

 ふと気づけば酒乱がもう一人増えていた。明日香が顔を真っ赤にして目はとろんと虚ろになり、着ていた浴衣がはだけてだらしなく机にもたれかかっている。

 本当に酔っぱらいのようにグラスを持ち、半分ほど減ったカクテルをさらに楽しそうに一気飲みした。


「ちょっ、なんで明日香が酔ってるんですか。

 これ、ノンアルコールですよね?」

「まさかとは思うが、雰囲気で酔ったのか。

 というか、おい明日香、なんでお前まで下着をつけていないんだ。

 見えるぞ、隠せ隠せ!」


「ええっー? 浴衣っれぇ、下着はつけないものひゃないんれすかあ?」

 完全に呂律が回っておらず、それでも楽しそうに明日香は笑う。いや、問題は酔っていることではなかった。

 美穂と同様にはだけた浴衣から凶悪な丸みがちらちらと見え隠れしている。

 深い谷間はまるでお尻のようなボリュームがあり、明日香は重そうにそれをテーブルの上に載せた。


「それは都市伝説だ。浴衣でもちゃんと下着はつけるものだ。

 ああもう、下は裸って美穂ちゃんより始末が悪いじゃないか。

 おい大輝、見るんじゃないぞ、あっちを向いてろ」

 葵がまたも慌てて明日香の横に駆け寄り、はだけた浴衣を直してやっていた。

 と、同時に明日香の口から臭う強烈なアルコール臭に葵は眉をしかめ、空になったコップを取って臭いを嗅いだ。


「これは酒じゃないか。なんでジュースがいつの間にか酒に変わってるんだ?」

「あっれぇ? なんかおかしいと思ったらこっちがジュースじゃない。

 ねぇ、葵ちゃん、お酒の追加お願いしてぇ」


 美穂の言葉ですべてが判明した。いつの間にかすり替わっていたようだ。

 旅館の人が間違えたのか、騒いでいるうちに取り違えたのか。

 美穂ちゃん早く気付よと心の中で呟きながら、なんで明日香は臭いでわからなかったのかと文句を言おうとした。


 いや、美穂が飲み過ぎたおかげで部屋中がアルコール臭くなっていた。

 それでもすぐに気づきそうなものだが、この際四の五の言っても仕方がない。

「ふぇぇ、会長が三人に増えひぇますよぅ。ふふふっ、大輝もいっぱいだぁ、じゃあ一人はわたひがもひゃってもいいですよねぇ」

 完全に酔っぱらっている明日香は大輝の隣に飛び込むように抱きつき、そのまま畳に突っ伏した。


「ああもう大丈夫か。ほら、水を飲め水。

 しかし、明日香がここまで酒に弱いとは驚きだな」

 介抱して水を飲ませると、だらだらと口からこぼれ落ちている。

 それがあごから喉へ、そして胸元へ垂れていき異様な色気をかもし出していた。


「ひゃふぅ、つめひゃい。

 もっふぉおいひぃじゅーちゅがほふぃいです……」

「明日香、あれはジュースではなく酒だ。

 ったく、コップ一杯でこれでは話にならん。

 おい、大輝、頼むから明日香をだっこして部屋に連れていってくれ」


「まぁそうですよね……」

 当然の話となり、大輝も立ち上がって明日香の側に行くが、彼女の甘い色香にせ返りそうになり、ドキドキと心音の高鳴りを覚えた。


「明日香、大丈夫?」

「えふぇふぇ、大輝らあ。なんれ逃げちゃったの。もう離しゃにゃいんなから」

 明日香はマタタビで酔った猫のようにスリスリと頬を大輝の胸に擦り寄せ、喉を鳴らしながら甘えるように寄りかかった。


「ちょっ、しっかりして。いい? 部屋に戻るよ。って、わかってるよね?」

「ふぇやぁ? らいきと一緒にゃらどこふぇもいいよぅ」

 まったくもって正気ではないものの、美穂のように暴れるわけでもなく、むしろ大輝の言うことには素直に従ってくれるようだった。


 ただ、どうやって部屋まで戻るかというと、とても明日香は自分で歩くことはおろか、肩を貸しても立つことすら不可能のように見えた。

 それなら抱きかかえるか、背負うかするほかないが。


「会長、どうしたらいいんですかね?」

 困ったように葵にアドバイスを求めると、彼女も困惑して小考した。

「お姫様抱っこは癪だが、かといっておんぶも問題があるな。

 ううむ、これはどうすればいいのだ……?」

「問題って……」


 大輝は苦笑するものの、すぐに葵が言うに気づいた。

 背負うというからには明日香の胸と大輝の背中が密着するわけで、あの豊かな胸が大輝の背中に押しつけられるのだ。

 これは浴衣を着ている以上、大輝は真っ直ぐ立って歩くことが不可能になりそうなことだった。


「そう……ですよね。ここは恥ずかしいですけど抱きかかえましょう」

 是非もなく明日香の腰に手を回すと、彼女は歓迎するように腕を大輝の首に回し、嬉しそうに彼の胸に顔を埋め、匂いを擦りつけるように頬を擦り寄せた。

「ええい、私にも酒を持ってこい!」

 あまりにもの羨ましい光景に葵が頬を膨らませ、無茶苦茶な要求を周りに叫んだ。


「大輝、さっさと部屋に戻らないか。

 いや、二人っきりで間違いが起こっても困るな。

 目付け役として私も同行しよう」

「間違いって、何もしませんよっ」


「そうか? 明日香が前後不覚なことをいいことに、胸を揉んだりキスしたりとかしないと神に誓って言えるのか?」

「あっ、当たり前じゃないですか。大事な友達なんですよ?」

「ふーん、友達か。

 まぁいいと言いたいところだが、こんな無防備な女子が目の前にいれば、正常な男なら間違いなく手を出すに決まっているだろう。

 据え膳食わねばなんとやらというやつだ。

 私が監視しないわけにはいくまい」


 そんなこんなで不機嫌な葵を連れて、大輝は明日香を抱きかかえながら部屋に戻った。

 信用されてないなぁと少し傷心しつつも、確かにこんな無防備に信頼を寄せてくる女の子がいれば間違いを起こさない自信もまたなかった。


「重くないか? つらかったら少し休んでも構わないぞ」

「大丈夫ですよ。明日香って見た目よりずっと軽いんですね。

 猫を抱いているのと気分的にそう変わらないです」


 中途、葵が気遣ってきたものの、大輝は笑顔で返答した。

 実際にやせ我慢でも無理をしたのでもなく、明日香は想像よりもずっと軽かった。腰や足は細く柔らかで見た目よりもずっと華奢だった。

 女の子をお姫様抱っこするのはある意味男の夢でもあり、それが予想外にも今日叶ったことに大輝は誇らしく感じていた。


「まぁ、胸が重いだけで他は細いからな。

 風呂で裸を見たが、正直、同性として羨ましいほどだった。

 だが、明日香で余裕なら私も大輝に抱っこしてもらえるな。

 胸に余分な重りがない分、私の方が楽だろう」

 へへんとない胸を張る葵だが、大輝は微笑みながら突っ込んだ。


「自虐ネタにも程がありますから。それに、会長が酔いつぶれるところは想像もつきませんよ」

「りゃいき、いい匂ほい……」


 腕の中でおとなしく甘えている明日香が葵になったと妄想しても、とてもそんな葵がいるとは思えない。

 もし、自分に甘えてくれるのだとしたら大歓迎ではあるのだが。


「まぁ、酔いつぶれるまで飲めばいいだろう。

 残念なことは二十歳になってからでないとできないということか。

 それに、一緒に酒を飲めるようになるにはさらに一年待たないといけないがな」




 さて、部屋に戻って驚いたことは、当然ながら既に布団が敷かれていたことだった。

 部屋の中央に四組の布団と、障子を挟んで窓に面する空間にちょうど一人分の布団がスペースいっぱいに敷かれていた。

 誰の布団であるかは尋ねるまでもなく一目瞭然だった。


「あの……、これはまぁ、そういうことですよね?」

 それでも確認を取るように葵を見つめると、彼女は当然だろと言わんばかりににやりと微笑んだ。

「高校生の男女が同室で寝られるわけがないだろう。

 まぁこれも微妙なところだが、障子を閉めれば一応、別室という建前はつくだろう」


「ですよねー」

 期待していた夢が目の前で音を立てて崩壊していく気分になり、大輝はがっくりと肩を落として苦笑いした。


「それで明日香はどこに寝かせればいいんですか?」

「ああ、そういえば決めてなかったな。

 どこでもいいのだが、一応、下座にしておくか。

 ドアに一番近いそこだ。隣が私で、向こう側が未来と美穂ちゃんだな」

 言われるままに明日香を下ろすが、彼女は大輝の首に手を回したまま離そうとはしなかった。


「明日香、着いたよ。もう、離してってば」

「ふぇふぇふぇ、らいきぃ、らいきぃー」

 全く聞く耳を持たず、明日香は甘えるように抱きつくままだった。

 さすがに大輝は困惑してどうしようかと葵を見つめると、彼女は不機嫌そうに間合いを詰めて明日香の手を強引に払った。


「サービスタイムはこれで終わりだ。大輝もデレデレするな」

 叱られて大輝はしゅんとするが、明日香は上機嫌のまま布団の上でごろごろと転がっていた。

「しょうがないじゃないですか。

 女の子と密着できることなんて今までなかったんですから」

「そんなに密着したいならいつでも私がしてやろうか。ただし、ほっぺをおもいっきりつねらせてもらうがな」


「痛てててて……、痛い、痛いですってば会長!」

 これまでの不満をぶつけるように葵は大輝の頬をキツく抓り、さらにとどめと言わんばかりに最後に引っ張って手を離した。

「ほら、だらしのない顔が少しは締まった。

 もっと抓られたくなかったら顔でも洗ってくるんだな」

 体よく追い払われて洗面所に行き、思い出したかのようにコップに水を注いで明日香に持っていく。


 部屋に戻ると美穂と未来も戻ってきていた。

 いつの間にか食事時間も終わっていたようで、中居さんの迷惑になるからとまだ飲み足りない美穂を引きずって来たと説明を受けた。


「あとは寝るだけといっても、そう簡単には寝かせないからな」

 何が始まるのかといえば、トランプだった。ババ抜きや大富豪、七並べと、女子の布団の上で大輝も参戦することになった。

 まだ未使用も同然ながら、葵たちが使う布団の上に座り、さらに崩した足と浴衣から覗く太股に大輝は意識させられっぱなしだった。


 しばらくして明日香も酔いが醒めたようでトランプに加わった。

 どうやら酔っていた時のことは記憶にないらしく、間違って酒を飲んだこと、大輝にひっついて大変だったことを葵が説明すると、彼女は驚くとともに神妙に謝った。


 さて、夜も更けてくると今度は恒例の怪談の時間となった。

 主に話し手は葵と未来で、代々生徒会に伝わる怪談ということなのだが、なかなか背筋が寒くなる話だった。

 日付が変わる頃になってようやく就寝し、大輝は一人特等席へと戻っていった。


「わかっていると思うが、夜這いなんて考えるなよ。

 それから、覗きもダメだ。もし不埒ふらちなことをしでかしたら、男に生まれたことを後悔させてやる。

 障子は閉めるが、これを開けるのはもちろん、朝まで通行も禁止だ」


「神様に誓っても絶対にしませんよ。

 って、それってトイレにも行けないじゃないですか。

 どうしろっていうんですか」

「トイレくらい今のうちに済ませておけ。

 それでもどうしてもしたくなったら……しょうがないな。漏らせ」

 悪魔のような笑顔で言う葵に大輝は間髪入れずに否定した。


「嫌です。この年になっておねしょなんてできるわけないじゃないですか。

 旅館の人にも申し訳ないですし、そもそも酷く笑われますよ。

 学校の名誉にも関わりますから」

「しょうがないな。じゃあ、これを置いておこう。

 どうしてもしたくなったら使いたまえ」

 そう言って葵が用意したのは溲瓶しびんではなく、ただのペットボトルだった。


「これにしろって言うんですか。

 そんな殺生な。もう勘弁してくださいよ」

「別にボトラーでもいいではないか。検尿とそうは変わらない」

「よくないですし、まったく別物ですから」


「ふむ、確かに口が小さすぎるかもしれないな。

 ムスコが太すぎて入らないというなら再検討しないでもないが」

 入るか入らないかは入れたことがないから未知数だったが、たとえ漏らしそうでもそれだけは使いたくない。

 まだ窓から放尿する方がマシだ。


「もういいです、自分でなんとかしますから」

 諦めの境地で自嘲する。と、未来が楽しそうに顔を覗かせて言った。

「あらあら、さすがに大輝君が可哀想じゃない。

 こんなところで寂しく寝るのも含めて、ね。

 ねぇ、葵ちゃん、別にみんなで一緒に寝ても大丈夫なんじゃないかしら。

 どうせ大輝君は何もできないわよ」

「篠原先輩……!」


 言い方に釈然としないものが含まれていたが、大輝には未来が天使のように見えた。

 できるだけ無垢な子犬のような表情で葵を見つめると、さすがに隔離部屋とトイレ禁止は酷だと思ったのだろうか、渋々ながらも折れる仕草を見せた。


「未来が保証するならこっちに入れてやっても構わないが……。

 念のため手荷物検査をさせてもらうぞ」

「えっ?」

 何を嗅ぎつけたのか、葵は大輝の鞄へ向かい、彼の了承も取らずに中を開け始めた。

 突然の行動に大輝は頭が真っ白になるとともに、自分でも忘れていたに冷や汗をかいた。


「ふむ、パンツと明日の着替えと、トランプに花札。

 おっ、これは……菓子か。変なものは入ってないようだな」


 ゴソゴソと探っている葵の後ろ姿を見つめながら、大輝はアレが見つかりませんようにと神に祈る気持ちだった。

 なんとかやりすごせたのではないかと期待を持っていた頃、葵はしっかりと鞄の底板の裏まで捜査の手を入れて、ついに一綴りのアレを見つけだし、誇らしそうにそれを掲げた。


「さて、大輝よ。これが何なのか、説明してくれるかね」

 終わった。

 説明のしようもないほどにそれは避妊具であった。

 まさか水筒と言ってごまかせるわけもなく、どうして使い道なんかあるはずもない合宿に持ってきてしまったのか。


 それは魔が差したとしか言いようがないが、うまい言い訳なんてあるはずもない。まさか保険とかお守りとかで許してくれるわけがないだろう。

 圧倒的に冷たい視線が自分に向かって集まってきているのを大輝は痛感しながら、ない助けを求めて明日香や未来を見た。

 普段は何かと好意的に接してくれる二人をしても、今度ばかりは汚らわしいモノを見たと言わんばかりに軽蔑するような目線をしていた。


「へぇ、三枝君もけっこうやるじゃない。

 同じ部屋で寝泊まりできるからって、朝まで乱交しようだなんて、先生は大歓迎よっ。

 いっそのことゴムなんてなくてもいいわ。

 先生と子作りして結婚しましょう!」


「ああもう美穂ちゃんは黙っていてください」

 一人だけピントがずれまくったことを言う美穂に葵が呆れるように釘を刺した。

 茶化すような状況になってもそれでうまくかわせることもなく、むしろ状況は悪化したような気さえした。


「朝まで乱交パーティーか。

 ふん、残念だったなぁ。コレが見つからなければ巧くそういう展開に持ち込めたかもしれないが。

 お前にとって女なんて取っ替え引っ替えできる気持ちのいい穴でしかないんだな」


「そんなこと心にも思ってないですからっ。

 その……、これはそんなつもりで持ってきたわけじゃないですよ。

 合宿で舞い上がって妄想してたことは認めますけど、そんな道具扱いみたいなこと絶対にありえませんから!」


「まぁどちでもいい。

 どうせありえない将来であることに違いはないのだからな。

 さて、朝までこの障子を越えてきたらどうなるかわかっているだろうな。

 肝心のトイレだが、ちょうどいいものを持ってきたではないか。

 水の一リットルくらいなら余裕で入るそうだから、いざというときには使いたまえ」


 ふんと吐き捨てながら葵はコンドームを大輝に向かって投げつけ、音を立てて障子を閉めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る