夜中のバカンス
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──夜中のバカンス
人の焼ける臭いがする。
脂肪の焼ける甘い臭い。髪の毛が焼ける独特の悪臭。
気づけばマックスの手には炎があり、それが彼の肌を焼きながら手の中で燃え上がっていた。彼は手を振って炎を消そうとするが、炎は全く勢いを失わない。
そして炎がぼうっと立ち上り、マックスの体を包んだ。彼の表皮細胞が焼け、真皮細胞が焼け、皮膚を失った肉が焼ける。ごうごうとマックスは炎に包まれ、熱と痛みに苦しみ続けた。助けを求めようとするが喉も焼けて声が出ない。
「マックス」
そこでマックスは母の姿を見た。母はマックスを助けようと駆け寄ってくる。
駄目だ。駄目だ、母さん。来てはいけない。
そして、母がマックスの燃える手を握ったとき、母が松明のように燃え上がった。皮膚が焼け爛れていき、黒く炭化していき、嫌な臭いが立ち込める。
マックスはいつまでも死ねないまま、燃えていく母を見ていた。
「──クソッ」
いつもの悪夢にマックスは目を覚ました。
悪夢はいつも同じパターンだ。
自分が燃えていて、それを助けようとした誰かが燃える。
それは母であったり、児童保護施設で唯一親切にしてくれた職員であったり、あるいはレクシーであったりした。
「どうした?」
隣で寝ていたレクシーが身を起こしてそう尋ねてくる。彼女はバスローブとショーツ以外は何もまとわぬ姿でマックスの隣にいた。そう、マックスとレクシーはそういう関係でもあったのだ。
「何でもない」
「悪い夢でも見たか?」
「そんなところだ」
マックスはベッドを出てタバコの箱を掴むとベランダに出た。
パシフィックポイントの夜景は素晴らしい。港湾部の沿って明々と灯りが瞬き、海上にも船の明かりが見えている。だが、マックスはそれを楽しむような余裕は、今は存在しなかった。
彼はいつものように小さな炎を生み出すと、それでタバコに火をつけて口に咥えた。
ニコチンとアルコールは現実逃避に持ってこいだとマックスは思う。自分ぐらいの悪夢から逃れる程度なら、このふたつで十分。ドラッグは必要ないと。
「タバコなんて吸ったら眠れなくなるぞ」
レクシーはブランデーの入ったグラスをふたつ持って、マックスのいるベランダにやってきた。そして、グラスのひとつをマックスに押し付け、マックスはそれをベランダの手すりの上に置いた。
「眠れる気がしないんだよ」
「じゃあ、遊びに出かけるか?」
「そんな気分じゃない」
レクシーが誘うのにマックスは首を横に振った。
「ふざけんなよ。ここで悪い夢を見たってガキみたいにめそめそしてるってのか。こっちまで気が滅入ってくるだろ、クソが。遊びに行くぞ。ほら、支度しろ」
「クソ。マジで言ってるのか」
「マジだよ」
レクシーに押されてマックスはブランデーを飲み干すと、出かける羽目になった。着替えて、顔を洗い、レクシーとともにホテルを出る。
そして、深夜にもかかわらずホテル前に泊まっているタクシーに乗り込んだ。
「お客さん、どこまで?」
「この時間帯でも酒が飲める場所まで。できれば可愛い女の子がいる場所だ」
「了解」
タクシーの運転手は陽気なオークで、あれこれとマックスたちに話しかけていた。『どんな用事でこの街に来たんだい?』とか『夜遊びが好きならいろいろと手伝えるけど雇わないか?』とか。
「黙って運転してろ」
マックスはそんな運転手にそう言い放ち、ようやくそれで運転手は渋々と黙った。
「ここだよ、お客さん」
それから運転手が案内したのはストリップバーだった。『ガール・ガール・ガールズ』というラリって決めたような店名がネオンで輝いている。
「ありがとよ」
レクシーがタクシー代を支払い、マックスたちはストリップバーへ。
「わお。こいつはいいや」
このストリップバーには中央のステージにダンサーの女性が6名おり、そこで脱いで躍る彼女たちを見れるようにテーブルが配置されている。
他にも色っぽいランジェリーの女性たちが給仕していた。種族は雑多だ。
「ハァイ、お姉さん、お兄さん! いらっしゃい!」
「よう、子猫ちゃん。チップは弾むから女の子たちの裸が一番よく見えるテーブルに案内してくれ。頼むぜ?」
「任せて」
レクシーがのりのりなのは彼女がバイセクシャルだからだ。彼女は男とも寝るし、女とも寝る。基本的に快楽となる行為に制限をかけない人種というわけだ。
ドラッグ以外なら何でもやると本人も言っている。
「来いよ、マックス。酒の飲んで、馬鹿騒ぎしようぜ」
「そういう気分じゃねえんだがな」
「じゃあ、さっさと気分を切り替えろ」
こうなるとレクシーは滅茶苦茶だとマックスは思う。マジで人のいうことを一切聞かない。ブルドーザーみたいな押しの強さになっちまうと。
レクシーに連れられてマックスはテーブルに着き、早速酒を頼んだ。ふたりとも『デッドボディズ』というワイバーンやリザードマンたち有鱗種が作る酒をベースにした馬鹿みたいに強いカクテルだ。
「で、またいつもの悪夢か?」
「ああ。クソみたいな繰り返しだ。俺が焼け、誰かが焼ける」
「確そこまで繰り返すとジョークだな。ジョークの基本は繰り返しっていうだろ?」
「俺は全然笑えねえよ」
そう言ってマックスがまたタバコに火をつける。
「そうやってタバコにほいほい火をつけてるのに火が怖いってことはないよな」
「どう考えたってこの悪夢の原因はおふくろを殺したことだ。俺は精神科医じゃないが、それぐらいのことは分かる」
「25年近く前だぞ。お前ももうすっかりおっさんだってのにな」
「確かにな。大昔の話だ。何だって俺はずっとこのことを引きずってんだ……」
マックスはそう愚痴ってカクテルを飲み干す。
「でも、それはいいことだ。あんたがおふくろを殺しても平然としていられるような人間であるより、少しぐらい思い悩んでくれた方がいい」
「そういうあんたは思い悩むことなんてあるのか?」
「おいおい。人を感情がないサイコ扱いか? あたしだって思い悩むことはあるさ。ただ、あんたと違ってタフだから漏らさないだけだ。人に相談せずとも、自分でどうにかできる大人なんでね」
「はん」
ニコチンとアルコールががつんとマックスの脳に響いている。そのせいで言い返す言葉が出てこない。
「あの子、イケてないか」
「馬鹿みたいな巨乳だな」
「ああ。ウシみたいだぜ」
レクシーの方はご機嫌でチップをダンサーの下着にねじ込み、マックスはひたすら酒とタバコを交互に摂取し続けていた。
「気分よくなったか?」
レクシーがそう尋ねてくる時にはマックスは悪夢のことなど忘れていた。
「少し。悪夢は引っ込んだが、下の方が元気になっちまったよ」
「さっきのウシみたいな女の子を掴まえて3人でやるか?」
「いや。余計なものは混ぜたくない」
「オーケー。帰って再戦と行こうか」
レクシーはいい女だ。マジで最高の女だとマックスは思う。レクシーとやってりゃ大抵のことは忘れられる。一度寝たらもう他の女では満足できない、お高くて、危険なドラッグみたいな女だ。
ヤク中は言う。『火星までぶっ飛んだ後じゃ、月でも満足できない』と。
「レクシー。愛してるぜ」
「あたしもだ、マックス」
マックスとレクシーが長く、熱い、獣みたいな接吻を交わす。
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