ターゲットを決める

……………………


 ──ターゲットを決める



「じゃあ、どいつをぶん殴るか決めよう」


「その、いきなり抗争を始めるので?」


 レクシーが宣言し、コリンが動揺を隠さずそう言う。


「ああ? あんたはあたしたちがここで何もかも一から始めると思ってたのか? 内国歳入庁に事業申告して、オフィスを借りて、従業員をひとりずつ面接して、新聞に広告を出してって?」


「俺たちは何事も手早くやる。そこに既に形になっているものがあるならば、そいつをいただけばいい。だろ?」


 レクシーとマックスがさも当然のようにそう語った。


「最近のビジネスじゃあ、敵対的TOBってやつがあるだろ。犯罪組織はそれをしちゃいけないって理由があるか?」


「いえ。そんなことは考えてもみませんでした。で、ですが、勝ち目はあるので?」


「見てみないことには分からん。お前の話だけで分かるほどじゃなかった」


「それでしたら、この資料をどうぞ」


「ふん?」


 ここでコリンが書類の束を差し出すのに、マックスがそれを開く。


「ルサルカのボスや資産規模について書いてあるな。調べたのか?」


「私がドレイク氏に評価していただいたのは合法的に情報を集めることができるからです。ほとんど間違いはないと思いますよ」


「ふうむ。こいつは持ち出し禁止か?」


「できれば」


 確かにこんな資料があるとルサルカに知られたら、どんなボンクラでもこの弁護士先生を殺すだろうなとマックスは思いながら資料を読み進める。


「レクシー。いい知らせだ。ルサルカは大した相手じゃない」


「へえ。どうしてそう判断した?」


「ルールクシア・マフィアの多くは元国家保安委員会の情報将校や特殊作戦部隊のオペレーターがボスをやっているが、こいつは生まれも育ちも“国民連合”の至って一般人だ。前科があることを除けばな」


 ルサルカのボスはジョセフ・カジンスキーという移民2世だ。


 “国民連合”生まれ、“国民連合”育ちの人間だが、育ったのはルールクシアからの移民が集まる街で、そこで犯罪組織であるルサルカを立ち上げたという経緯が、コリンの集めた情報にはあった。


「部下にそういう人間はいるのか?」


「いる。だが、考えてくれ。あんたは軍人だったよな、レクシー?」


「ああ。そうだが?」


 レクシーは元海兵隊員だ。


「ボスも軍人だ。その点あんたとボスの価値観は一致している。思考や価値観に齟齬はない。だが、もしボスが軍人ではなく、そこらのチンピラ上がりだったとしたら?」


「なるほど。あくどいことを考えるもんだな、マックス」


 マックスの言わんとすることを理解して、レクシーが悪い笑みを浮かべる。


「あの、どういうことなのかご説明いただけないでしょうか……?」


「弁護士先生。あたしたちは国がほしい。インフラが整い、奴隷となって働く国民はいる国を乗っ取りたい。では、どうするか? シンプルだ。王を殺すのさ」


「つまり、ジョセフ・カジンスキーの暗殺を……!」


「違う。王を殺すのはあたしたちじゃない」


 レクシーが馬鹿を見る目でコリンを見るのに、コリンは赤面して黙り込んだ。


「コリン。あんた、どれくらい警察にコネがある?」


「職業柄それなり以上に彼らにはコネがありますよ」


「オーケー。後で頼みたいことがある。警官を紹介してくれ。ただし、真っ当な警官じゃないぞ。俺たちみたいな連中とずぶずぶの汚職警官だ」


「は、はい」


 コリンはマックスたちが何をするのか、まだ理解できていない。


「そろそろお開きにしようぜ。クソみたいな社畜のビジネスマンじゃないんだ。着いて早々に仕事ビズって気分でもない。あたしたちの泊まるホテルは?」


「それならパシフィック・ロイヤルパレスにお部屋を取っておきました。この街一番のホテルですよ。もちろんスイートルームです。景色は素晴らしく、食事にもご満足いただけるでしょう」


「どうも、先生」


 レクシーはコリンからホテルの予約票を受け取る。


「それから御用があればこの番号まで」


「ああ。非常時は、だな。いつもはこの通信アプリを使え。盗聴防止だ」


「分かりました」


 マックスはそう言ってコリンから彼とスマートフォンの番号を交換。さらに暗号化される通信アプリのIDも交換しておく


 当然ながら犯罪組織として捜査機関の盗聴の対象になり、かつ同じ犯罪組織からも盗聴される可能性があるマックスたちは、スマートフォンに愛着などない。


 スマートフォンはどんな高級モデルだろうと基本は短いサイクルでの使い捨てであり、通話にも暗号化されるアプリを使用する。情報機関も現場では同じことをしており、これで基本的に相手の盗聴は防げるとされていた。


 盗み聞きを許したばかりにくたばった人間は少なくない。


 1970年代から1980年代まで“連邦”で暴れた有名な麻薬王も、その死の原因は通信傍受にあったと言われているほどだ。


「じゃあ、明日また来る」


 マックスはそう言い、レクシーとコリンの事務所を去った。


「あの弁護士、信頼できると思うか?」


「典型的な三下弁護士だ。捜査の手が及んだ途端、手のひら返して裏切るのは目に見えているだろう。それまでは使える駒として使うだけ」


「オーケー。それで行こう」


 レクシーの冷淡な言葉にマックスは頷く。


 それからふたりは再びタクシーに乗り、コリンが予約しているホテルを目指して、街の中心に向けて進んだ。


 パシフィック・ロイヤルパレスは歴史あるホテルであり、今はリニューアルを終えて、新品同然の建物となっていた。


 宮殿パレスの名に恥じない立派な作りだが、成金趣味のように無駄に派手なわけでもない。雰囲気は落ち着ていながら、それでもここに泊まる自分は特別だと感じられる。そんな作りをしているホテルであった。


「コリン・ロウが予約していた部屋のものだ。チェックインしたい」


「しばらくお待ちください」


 カウンターでマックスがチェックインを行う。


「確認いたしました。お部屋は3201室、ロイヤルスイートになっております」


「どうも」


 そして、受付で電子キーを受け取ると、マックスとレクシーはエレベーターに乗り、32階のフロアを丸ごと占有しているロイヤルスイートに向かう。


「こうも贅沢してると元の暮らしには戻れないな」


「そうだな。俺たちはとにかく上り続けて、上れなくなったら頭をぶち抜く運命さ」


 レクシーが茶化すようにそう言い、マックスはそう返す。


 そして、ふたりは部屋に着くと荷物を置き、リラックスしながらミニバーを漁った。


「西部に乾杯」


「西部に」


 それからお互いにウィスキーで満ちたグラスを掲げて乾杯。


「レクシー。ルサルカは札束と銃弾で殴る。それでいいか?」


「ああ、参謀。そうするべきだろうな」


 最初に殴るのはルサルカだが、どのように殴るかはまだ決めていない。マックスはその殴り方を決めようとしていた。


「となれば、荒事が近いうちにある。『フュージリアーズ』の連中を呼ぶべきだ」


「あたしとあんただけで十分じゃないかい?」


「真面目に話しているんだ。冗談はやめてくれ」


 レクシーがにやりと笑って言うのにマックスが首を横に振る。


「そうせかせかするなよ、マックス。別にウェスタンガルフ州も、パシフィックポイントも逃げやしない。今日はのんびりしてていいだろ」


「あんたほど楽観はできない」


「仕事人間だな。体の芯んまで、骨の髄まで殺しがしみ込んでるのかい」


 マックスの色あせた空色の瞳をレクシーが朱色の三白眼でじっと見つめながらウィスキーのグラスを揺らした。


 レクシーはときどき俺を試すようなことをするとマックスは思う。殺しの最中に、拷問の最中に、ふとこうしてマックスの瞳を見つめてくることがあるのだ。マックスが何を考えているのか感じ取ろうとでもするように。


「俺たちはバカンスに来たんじゃない。ビジネスに来たんだ。それだけだよ」


「分かった。じゃあ、真面目にやるか」


 そのマックスの言葉にレクシーが頷き、もう一杯ウィスキーを注ぐ。


「コリンの資料にはルサルカの連中にはいくつかの下部組織があった。それをひとつ、ふたつ潰してこちらの力を示してやろう」


「オーケー。作戦立案は任せておきな。フュージリアーズもすぐに呼ぶ」


 レクシーはマックスにそう請け負った。


「必要なものは?」


「何はともあれ車だ。タクシーで戦争はできない。武器や通信機の類についてはフュージリアーズに調達させておこう。他に必要なのは?」


「万が一のためのセーフハウス。ホテルの警備は完全には信頼できない」


「仕方ないな。素敵なホテル暮らしは長続きしなさそうだ」


 レクシーはそう言ってウィスキーを飲みほした。


……………………

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