コリン・ロウ弁護士

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 ──コリン・ロウ弁護士



 マックスとレクシーを乗せた飛行機はフリーダム・シティのアーサー・バンデンバーグ国際空港を離陸すると、それから数時間の退屈なフライトの末にパシフィックポイント国際空港へと着陸した。


「レクシー。着いたぞ」


「ああ。飛行機は嫌いだ。特に時差があるときは」


 睡眠薬と酒で無理やり眠っていたレクシーがマックスに方を揺さぶられて目を覚ました。東海岸の都市フリーダム・シティから西海岸のパシフィックポイントまでは国内でも時差がある。


 マックスが荷物を持ち、レクシーと飛行機を降りる。


 パシフィックポイント国際空港は近代的な空港だ。利用者数は“国民連合”のみならず世界全体でも2位であり、西海岸の玄関口として機能していた。


 そんな人だらけの場所をマックスとレクシーは抜け、エントランスへと向かう。


「まずは弁護士に会おう。話はそれからだ」


「あいよ。気の利いた迎えのハイヤーはなし?」


「ないよ。ごく普通のタクシーだ。文句は言うな」


 空港前にいるタクシーを捕まえ、マックスとレクシーが乗り込む。


 今日のレクシーはパンツスーツ姿だが、マックスはいつもの金のアクセサリー塗れの格好に加えて、派手な入れ墨まで見えている。そんな明らかに堅気じゃないマックスにオークの運転手は声をかけない。


「腹が減ったな」


「弁護士のところで何か頼めばいいだろ」


「なあ、西海岸は飯は美味いのかね?」


 レクシーがどんどんと運転手のシートを叩いてて彼に尋ねる。


「いろいろありますよ。東方風の料理もありますし、メーリアン料理も」


「へえ。そいつは楽しみだ」


 運転手は無理やり笑顔を作って答え、レクシーがそう笑った。


 パシフィックポイントは繁栄した沿岸都市であった。流石にフリーダム・シティほどはないが、高層建築が並び、交通量も多い。


 何より人が多く、その人種が雑多だ。サウスエルフがいれば、スノウエルフがいて、オークがいれば、リザードマンがいる。まだ東海岸ではあまり見ない東方のドワーフたちの姿も少なくない。


「見ろよ、マックス。路面バスだぜ。映画で見たことある」


「ああ、見てるよ。まるで別世界だな」


 観光気分のレクシーに釣られてマックスの気も緩みそうになる。


「そろそろですよ、お客さん」


 だが、彼らは観光に来たのではない。ビジネスに来たのだ。


 タクシーは『ロウ法律事務所』というお上品な看板が出ているオフィスビルの前で止まった。ここがマックスたちのとりあえずの目的地だ。


「ありがとよ。釣りはいい」


「ど、どうも」


 それなりの大金を払ってマックスとレクシーはタクシーを降り、ロウ法律事務所とやらに入った。エントランスに警備員はいないが、監視カメラが少なくとも4台が設置されているのが見える。


「ようこそ、ロウ法律事務所へ。どのようなご用件でしょうか?」


 非合法なビジネスなどやっていませんよとでもいうように綺麗な待合室が広がっており、受付カウンターには40代ほどのサウスエルフとスノーエルフの混血女性だ。


「コリン・ロウに用事だ。ハンターからの言いつけで、フリーダム・シティから客が来たと伝えてくれ」


「分かりました」


 受付がどういう人間か分からない以上、迂闊にハンニバルの名は出せない。


「申し訳ありません。ご予約のお客様でしたね。先生の執務室にご案内いたします」


 それからマックスとレクシーは問題の弁護士コリンに会うことに。


「こちらへどうぞ」


 そうやって通された部屋はシックな装いの部屋で、まるでかつて東方大陸にいた貴族たちが屋敷に持ってそうな部屋であった。現代的モダンというよりも古典的クラシックと言った具合だ。


「やあ。コリン・ロウです。あなた方が、その、ハンター・ドレイクさんの部下でよろしいのですか?」


 そんな部屋の主こそ弁護士コリン・ロウである。


 コリン・ロウはひょろりとした中年のハイエルフで吹けば飛びそうなぐらい細かった。その馬面にフレームレスのメガネをかけ、体には高級ブランドのブラウンのスーツ。胸には弁護士バッヂを忘れず付けている。


「ああ。俺はマックス」


「あたしはレクシーだ、弁護士先生。ボスからあんたを頼れと言われている」


 マックスたちがそう挨拶し、言われるまでもなく椅子に座った。


「ええ、ええ。ドレイク氏は私の顧客のひとりです。まず間違いがないように言っておきたいのは、私はあなた方の組織のメンバーというわけではなく、ドレイク氏との個人契約で働く立場の──」


「御託はいい。うちの金を受け取ったなら、それだけで連邦法に抵触する。覚悟が足りないなら、人を殺させてもいいんだぞ」


「待って、待って! 別にあなた方の力にならないと言っているわけでは!」


 マックスが苛立って言うのにコリンが慌てる。


「弁護士先生。あんたに期待しているのは銃でドンパチしたりすることじゃない。情報としくじったときの法的なアドバイスってやつだ。まずは情報をくれ。どこの誰をぶん殴って、どこの誰と握手をするのかを決めておかないとな」


 レクシーはそう言い、足を組んでにやりと笑った。


「オーケーです、オーケー。このウェスタンガルフ州の犯罪組織は多種多様ですが、こと重要なパシフィックポイントに限れば主要なものは3つです」


 そう言ってコリンが説明を始める。


「まずはスノーエルフからなるルールクシア。マフィアの『ルサルカ』という組織」


 ルールクシア連合国。かつて“社会主義連合国”として知られ、“国民連合”と冷戦を戦ったが、1991年に崩壊。以降は経済危機や相次ぐ分離独立戦争に追われながら共産主義を放棄し“連合国”となった。


「彼らは主に“連合国”からの密入国斡旋で稼いでいます。それから身売りした女性たちの人身売買ですね。“国民連合”の金持ちに妻として、女性たちを斡旋しているそうです。その仲介料で儲けてるとか」


「はん。スノーエルフどもは売春もやらせてるんだろ?」


「ええ。彼らが経営する娼館はいくつもありますよ。身売りしたけど買い手がつかない女性もいるみたいなので」


 ここでマックスとレクシーが視線を合わせる。ルサルカが行っているビジネスはそこそこ儲かりそうだと思ったのだろう。


 になれば特に。


「他には?」


「デカいのはパンサー・ギャングの『オブシディアン』」


「パンサー・ギャング? 豹人族か?」


「ええ。フリーダム・シティにはいません?」


「いないな」


 パンサー・ギャングは文字通り豹人族のギャングだ。


 豹人族は西中央大陸にあるメーリア連邦──“連邦”の先住民だったが、入植者たちに住む場所を追われた身であり、それ以降はマイノリティーに成り下がっている。


 “連邦”で繰り広げられたあドラッグ戦争や冷戦期の“国民連合”主導のアカ狩りに巻き込まれて、大勢が難民になり、希望を求めて“国民連合”に不法入国した。


 そんな彼らは現状に強い不満を持ち、そのことから犯罪組織を形成することが多い。


「連中の稼ぎは?」


「“連邦”のドラッグ・カルテルと手を組んでます。ドラッグの仕事ビズは彼らの占有してるもの。手は出さない方がいいですよ」


「考えておこう」


 東方のドラッグで儲けることを考えているマックスたちには厄介な相手の登場だ。


「最後は『ラジカル・サークル』。こいつらは呑気な連中です。構成員は人種雑多で、ヒッピーみたいな連中も混じってます。売り買いするのは情報とオブシディアンのあまりもののドラッグ。攻撃的でもありません」


「おいおい。大学の同好会かよ」


「そんなものです。活動場所には大学も含んでいますよ」


 レクシーが苦笑いを浮かべるのにコリンは至って真面目にそう言ったのだった。


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