狂犬ども、西部に行け

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 ──狂犬ども、西部に行け



 ハンニバルはその拠点をフリーダム・シティのオフィスビルに有していた。


「レクシー、マックス。ボスがお待ちだ。行けよ」


「あいよ」


 エントランスにいるスキンヘッドの男がそう言い、レクシーたちはオフィスビルの最上階にあるハンニバルのボスの執務室を目指した。


「ボスは何の用事なのかね」


「さあ? 分からんよ」


 マックスとレクシーはエレベーターで最上階へ。


「よう、テディ。ボスに呼び出されたから来たぞ」


「ああ。話は聞いている」


 ボスのボディガードである屈強な男に身体検査をされることもなく、マックスたちはボスの執務室に通された。これはそれだけ彼らが信頼され、重要人物として見られている証拠である。


「やっと来たか、レクシー、マックス」


 軍人のような鍛えられ、戦うための体格でありながら、あまり背は高くなく170センチ程度、そんな初老の男がマックスたちを出迎えた。


 その男は紺色のスリーピースのスーツ姿で、スーツも時計も靴も一流のブランドのもの。そして、そのブランドの名に相応しいよう、ぴっしりと着こなしている。その姿は弁護士や証券マンなどの合法的なホワイトカラーの職業を想像させた。


 しかし、この男こそがあの会計士の殺害をマックスたちに命じた男であり、そしてマックスたちが所属する巨大な犯罪組織ハンニバルのボスなのだ。


 ボスの名はハンター・ドレイク。


 素性は元“国民連合”陸軍将校という話であった。そこで重大な戦争犯罪に関わり、軍刑務所に服役したのち不名誉除隊となって、今の地位にあると。


 正直、謎が多い人物である。


「ボス。何か御用で?」


「まあ、まずは座れ」


 レクシーが尋ねるのにハンターが椅子を進める。


「何か飲むか?」


 そしてハンターが最初にそう尋ねる。


「キンキンに冷えたミネラルウォーター」


「俺はいいです、ボス」


 レクシーはミネラルウォーターを頼み、マックスは遠慮した。


 それから部下によってハンターにはアイスコーヒーが、レクシーにはミネラルウォーターが提供され、早速レクシーがミネラルウォーターに口を付けて満足そうな顔をした。


「さて。会計士の始末はご苦労だった。やつが死んだことで連邦捜査局の捜査は振出しに戻っている。暫くは問題にならないだろう」


 ハンターはそうマックスたちを労う。


「褒美というわけではないが、とても重要な仕事ビズを任せたいと思っている。他でもないお前たちに頼みたいことだ」


「何だい? 勿体ぶらずに教えておくれよ」


「オーケー。西部についてどれだけ知っている?」


 西部での仕事ビズか? とマックスがすぐに思う。しかし、ハンニバルは西部に縄張りシマを持ってなかったはずだ。


「うちの縄張りシマはなかっただろう?」


 レクシーもマックスと同じことを思ってそう質問する。


「そう、今まではなかった。だが、ようやく足がかりが出来ようとしている。俺は組織の縄張りシマを西部のウェスタンガルフ州まで拡大するつもりだ。お前たちにはその先遣隊として西部に向かってもらいたい」


「わお。マジかよ」


 レクシーがにやりと笑い、マックスは眉を歪めるのみ。


「西部に何があるんです?」


「未開拓の市場だ、マックス。俺たちにとって手つかず同然の市場が存在する。ドラッグに娼婦、ギャンブル、そして暴力を売るための市場だ。そう、俺たちのご先祖たちは言ったものだろう。フロンティアは西にあると」


「なるほど」


 ハンターが歴史の教師のように語るのにマックスは肩をすくめた。


 だがな、そのフロンティアは無人ではなく、ちゃんと先住民って先客がいたんだぜ、ボス。と、そうマックスは内心で愚痴った。


 俺たちはどんな先客に出くわすんだ? 先住民の中には捕虜の皮をはぐような非友好的な連中だっていたんだぞ。ともマックスは疑問に感じる。


「西部を征服してくればいいんだな?」


「そうだ。やり方は任せる、レクシー。とにかく西部を支配するんだ。俺たちはいつまでも東海岸にこだわるべきではない時期が来ている」


「だが、西部で具体的にどう稼ぐんだ?」


「ウェスタンガルフ州のパシフィックポイントって街には巨大な港がある。デカいコンテナ船から豪華客船までもが出入りする港で、東方地域一帯と海路で繋がっている。そして、クイズだ。東方地域には何がある?」


「頑丈な車。安くていい音楽プレイヤー。そして何よりドラッグ」


「イエス。東方の黄金の三角州ゴールデン・デルタでは今も大規模なスノーホワイトの栽培が行われている。俺たちが西南地帯で仕入れるものより質もいい」


 スノーホワイト。全ての麻薬の原料であり悪魔の植物。


 スノーホワイトからは3つのドラッグが作られる。


 葉っぱを乾燥させただけのホワイトグラス。


 花からとれる成分を抽出して濃縮し球状にしたスノーパール。


 さらに一定時期の樹液の成分を濃縮させたホワイトフレーク。


 後者になるほど依存性も、致死量も、精神への悪影響も危険なドラッグになり、同時に高価なものとなるのだ。もちろん“国民連合”ではその全てが法律で規制される対象となっている。


 東方にある黄金の三角州ゴールデン・デルタという場所ではこのスノーホワイトが組織的に、かつ大規模に栽培され、加工されて出荷されている。そして、それは現地の反政府勢力である軍閥やテロリストの主要な資金源となっていた。


 この他に“国民連合”の南に位置する西南大陸でもスノーホワイトは栽培され、ドラッグカルテルという、この世で最悪の部類に入るならず者たちのビジネスになっていた。


「さらに、だ。東方ではフェンタニルの密造も行われている。ホワイトフレークに添えるのにいい代物だ」


「ああ。ホワイトフレークの混ぜ物か」


 フェンタニル。強力な鎮痛剤として近年開発されたものであるが、乱用目的でも使用される薬品だ。ドラッグカルテルなどでは他のドラッグの効果を高めるための混ぜ物として利用されることが多い。


「しかし、なんとまあ。東方は無法地帯みたいだな」


「そして、その無法地帯から“国民連合”に繋がる扉が西部だ」


 ハンニバルの儲けの多くは違法薬物の売買だ。武器や娼婦を売ることもあるし、スポーツ賭博の胴元をやることもあるが、そんなちゃちな犯罪では薬物密売で儲かる額には遠く及ばないのが現実である。


「儲けの算段については分かりました。あとは与えられるカードですが」


「軍資金は毎月1000万ドゥカートを送る。稼ぎは最初の5年間は上納しなくていい。ポケットに収めようと派手に使おうと文句は言わん。ただ連邦捜査局と内国歳入庁、それから国土安全保障省の注意を引かないようにな」


「オーケー。ありがとうございます。しかし、まさか俺とレクシーだけで?」


「まさか。レクシーの部下を必要なだけ連れていけ」


 マックスが確認するのにハンターはそう返す。


「ボス。現地でこっちに協力する人間はいるのか?」


「現地に小規模な事務所を設置している。最初はそこの人間を使え。責任者はコリン・ロウという男だ。大学時代にはヒッピーだったケチな弁護士だが、ウェスタンガルフ州には俺たちより詳しい。現地の法律にも、人間にも、ビジネスにもな」


「了解。仕事ビズはいつから?」


「明日。ほら、アーサー・バンデンバーグ国際空港発のパシフィックPポイントP国際空港Xへのチケットだ。ファーストクラスのな」



 こうしてマックスとレクシーのふたりは西部ウェスタンガルフ州へと行くことに。



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