トラウマ

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 ──トラウマ



 エリーヒル・マラソンにて爆弾テロが発生。


 手製爆弾4発を使ったテロで民間人45名が死傷。


 連邦捜査局はすぐさま捜査に乗り出し、監視カメラの情報などからふたりの犯人を特定した。そして、すぐさま犯人を拘束するために市街地に展開。


 マティルダもその捜査に加わっていた。


「マティルダ。準備はいいか?」


 マティルダにそう話しかけるのは連邦捜査局のレイドジャケット姿のスノーエルフとハイエルフの混血の男性だ。


「ええ。ばっちり。亡くなった方々の敵を取りましょう、アーチー」


 マティルダもレイドジャケットとボディアーマーを身に着け、口径9ミリの自動拳銃をホルスターに下げた格好で応じた。


 犯人は首都エリーヒルの住宅街に潜伏しているとの情報があり、連邦捜査局は捜査官と特殊作戦部隊を総動員していた。


 マティルダたちも犯人を捜索するために住宅街に向かう。


 マティルダの相棒は同じく連邦捜査局のアーチー・ガブリエルで、彼とは連邦捜査局に入局して以来の長い付き合いであった。


「しかし、本当に腹の立つ話だ。プロファイリングではネットに感化されたということだったが、今やそんな一匹狼ローンウルフがうようよだ」


「でも、ネットの情報は完全に規制できない」


「それがまさに腹の立つところだな。無責任に情報を垂れ流している連中をどうにかしたいよ、俺はね」


 今回のテロを実行した犯人はネットの情報に影響され、同時にネットで爆弾の作り方を覚えたと考えられていた。組織に所属して、組織のためにテロをやるのではなく、個人で動いている一匹狼ローンウルフだと。


「“本土攻撃”以来、何かが崩れているような気がする」


「実際に崩れていると思うぞ。飛行機が突っ込んでビルが崩れたときに、一部の人間の倫理観も崩壊した。今や個人が国家を脅かせるという事実に酔っているテロリスト予備軍が次のテロ実行の列に並んでいる」


「憂鬱な話ね」


 アーチーが言うのにマティルダがため息を吐く。


「まあ、そういう悪人をムショに叩き込むのが俺たちの仕事だ。しっかりやっていこう。思い上がったテロリストどもに目にもの見せてやるんだ」


「ええ。私たちがやらないと」


 ふたりとも正義感に燃えた捜査官であった。


 マティルダもアーチーも“本土攻撃”で親しい人をなくしており、そのことからテロを憎んでいる。そして、彼らは自分たちと同じ辛い経験をする人がもう出ないようにテロを防ごうという意欲に燃えていた。


 彼らを乗せたSUVは問題の住宅街に入る。


「そう言えば奥さんは元気?」


「ああ。元気だよ。実を言うと今妊娠してるんだ」


「え? そうだったの? 言ってくれたらお祝いしたのに」


「今は忙しいから気を遣わせたくなかったんだ。無事に出産に至ったら頼むよ」


「もちろん。で、男の子? 女の子?」


「男の子らしい」


「あなたに似ているといいね」


「ははっ。そうだな」


 緊張をほぐすためにマティルダとアーチ-はそう言葉を交わしながら車を進ませる。


本部HQより展開中の全ユニット。手配中の容疑者は銃火器で武装し、爆薬も所持している模様。警戒せよ』


「クソ。よくない知らせだ」


 本部HQから無線連絡が入るのにアーチーが唸る。


「慎重にやりましょう。無理はせずに」


「そうだな。危ないと思ったらすぐに応援を呼んで撤退だ」


 そして、マティルダたちは捜索を始めた。


「この付近でこういう男を見かけませんでしたか?」


 住民は外出禁止令が発令されたことで全員屋内におり、その人々からマティルダたちは聞き込みで情報を集めていった。


「その男なら数時間前にそこの通りを歩いていったよ」


「どの方向にです?」


「南さ」


 マティルダたちは住民の目撃情報を下にテロリストを探す。


「次はあの家だ」


「行きましょう」


 そして、次に向かった家で事件は起きた。


「失礼! 連邦捜査局ですが──」


 アーチーが扉をノックしてそう呼び掛けたとき、けたたましい銃声が響き、扉をいくつもの銃弾が貫通してアーチーたちに襲い掛かった。


「クソ! 下がれ、下がれ!」


 アーチーが叫び、マティルダたちがパトカーまで下がる。


「ぐうっ……!」


「アーチー!?」


 しかし、アーチーは足を撃たれて地面に倒れ込む。


「捜査官負傷! 繰り返す、捜査官負傷!」


 マティルダが無線に向けて必死に叫び、他の捜査官たちは銃口を家屋に向けた。


本部HQよりブラボー・ツー。それは手配中の容疑者によるものか?』


「不明! 捜査官は家屋内から撃たれました!」


『了解。医療ユニットをそちらに派遣する。持ちこたえろ』


 本部HQから医療ユニットが派遣されることになり、マティルダたちは何とかアーチーを自分たちのところまで引きずってこれないかと思案する。


「アーチー! 今、助けに行く!」


「やめろ。来るな。撃たれるぞ……!」


 マティルダがアーチーに向けてそう叫び、姿勢を低くして倒れていくアーチーの元まで向かおうとするが──。


 連続した銃声が再び響き、マティルダの周囲に銃弾が飛来する。


「下がれ! 下がれ、イーストレイク特別捜査官!」


 そう他の捜査官に言われてマティルダはすぐに下がった。


 その時彼女は思ったのだ。自分は我が身可愛さにアーチーを見捨てたのだと。


「クソ。人質がいるかもしれないことを考えると迂闊には発砲できない。車両を盾にして進もう。マティルダ、動けるか?」


「その、足が震えて……」


「無理もない。後は任せろ」


マティルダがこれまで捜査官として訓練を受けてきたし、国家に対して宣誓したことも忘れていない。そのはずだった。


 だが、今の彼女は死に怯え何もできなくなってしまっていた。


「前進、前進。ゆっくり進め」


 防弾のSUVであるパトカーを盾に連邦捜査局の捜査官たちが、アーチーの救出を目指す。防弾といっても拳銃弾が受け止められる程度だが、遮蔽物として捜査官たちに姿を隠してくれるのはありがたい。


 彼らがもう少しでアーチーの倒れている場所に到達しようとしたとき。


「家屋から何かが投擲された!」


「爆弾だ! 伏せろ、伏せろ!」


 家屋の窓から放り投げられたのはパイプ爆弾で、炸裂したそれがパトカーを揺さぶり、炎上させていく。それも何発ものパイプ爆弾が投げつけられ、爆発の音と閃光が何度も瞬いた。


「これ以上は無理だ! 下がるぞ!」


 2度目のアーチーの救出作戦も失敗。


 救急が到着するもアーチーに近づけば発砲され、助けることはできない。


「特殊作戦部隊が間もなく到着します!」


「頼む。急がせてくれ」


 それから特殊作戦部隊が到着し、まずは無人U地上G車両Vで容疑者と人質の有無を確認した。


「人質はいません」


「突入だ」


 それから特殊作戦部隊が突入し、容疑者を射殺した。


 負傷していたアーチー・ガブリエル特別捜査官はその後救出されるも、出血多量で死亡が確認された。


 そして、事件解決後、マティルダは彼の妻に彼が死んだことを伝えた。


……………………

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