襲撃ののちに

……………………


 ──襲撃ののちに



 連邦捜査局パシフィックポイントオフィスの前には花束が手向けられている。


 死者26名、重軽傷者92名。


 それが突如として発生したパシフィックポイントオフィス襲撃事件の犠牲者数だ。


 既にこの事件の捜査は始まっており、襲撃を生き残った多くの捜査官たちが仲間の敵をとるために動いていた。


 しかし、監視カメラの映像は消されており、犯人はほぼ何も残していない。


「マティルダ。大丈夫か?」


 カーターはパシフィックポイントオフィスのカフェテリアでうなだれているマティルダの下にやってきてそう尋ねた。


「……タイラー警視のご家族は?」


「俺が伝えた。ドワイトとは長い付き合いだったからな」


「そう……」


 ドワイトの家族にはカーターが彼の死を伝えた。カーターが言ったようにドワイトとは長い付き合いで、家族とも顔見知りだったためだ。


 ドワイトの家族は悲しみに沈み、妻は夫を、子は父を失ったことに涙した。


「……昔、何があった?」


 そこでカーターがマティルダに尋ねる。


「俺もタフガイじゃない。ビビるときはビビるし、それ相応に自分の命が大事だ。だからこそ、仲間とともに行動する。お互いを支えれば生き残れるからだ。しかし、そのためには仲間を信頼しないといけない」


「ごめんなさい。私はあなたの信頼に背いた」


「今回のことはいい。お互いに生き残れたからな。だが、これからも一緒にやっていくならどういう場面であんたが動けなくなるかを知っておきたい。教えてくれ。昔、何かあったんだろう?」


 繰り返し、カーターはそうマティルダに尋ねた。


「そうね。話しておかないとね。私がどういうミスをしたかを」


 マティルダが語り始める。


「エリーヒル・マラソン爆弾テロ事件のことは話したね。私がその犯人を追っていたということも。そこで私はミスをした。いえ、あれはミスなどというものではなかった。私は任務を放棄した」


 マティルダはエリーヒル・マラソン爆弾テロ事件の犯人を追った経緯を語った。


「──そんな風に私は信頼してくれていた相棒を裏切り、彼を見捨てた。それが私のやったこと」


「そうか。しかし、それは仕方のないことだ」


 マティルダの告白にカーターは静かにそう言った。


「誰もが英雄になれるわけじゃない。英雄が尊ばれるのは、それがとても貴重だからだ。自分の命を顧みずに、他者を救える人間なんてのは早々いやしない」


「でも、私は……」


「罪悪感を覚えることも分かる。どうして自分が生き残り、他の人間が死んだのかと思い悩むことは、俺も経験した。娘が死んだとき、そこにいたのがどうして娘で、俺じゃなかったのかと俺もずっと苦悩した」


 カーターはマティルダにそう優しく語る。


「きっとそれに理由なんてない。俺たちはたまたま生き残った。それは幸運だし、幸運であるが故の義務を負っている。俺たちは生き残った義務を果たさなければならない。分かるな?」


「……ええ。いつまでもこうしていては死んだアーチーに顔向けできない」


「それでこそだ。だが、無理はするな。俺はあんたを支えるから、あたなも俺を支えてくれ。ふたりでやればきっと次も生き残り、悪党どもに報いを受けさせられる」


 そう言ってカーターは小さく笑い、マティルダも微笑んだ。


 だが、彼らが死者を悼むということを行っていたとき、パシフィックポイントオフィスに招かれざる客が訪れた。


「マルティネス警部。お客様です」


「お客? 誰だ?」


「ジョン・ドウと名乗っておられるのですが……」


「名無しの権兵衛とはふざけやがって」


 オフィスのスタッフが伝えるのにカーターは唸りながら客がいるというエントランスホールに向かった。


「よう。また会ったな、カーター・マルティネス警部?」


「お前は戦略諜報省の……」


「イエス。ジョン・ドウと呼んでくれ」


 現れたのは以前ミハイル・シドロフを拘束しに向かった際、先回りしていた戦略諜報省のハイエルフだった。今日はラフなスーツ姿で姿を見せたジョン・ドウと名乗る男は白い歯を見せて笑っていた。


「何の用事だ? こっちは忙しいんだ」


「おいおい。そう邪見にするなよ。事件解決のお手伝いをしようかと思ってきたんだぜ。こっちには襲撃に使用された武器についての情報がある」


「何だと」


 ジョン・ドウが告げた言葉にカーターが眉を歪める。


「その代わり、だ。そっちからも情報を貰いたい。これまでのハンニバルに関する情報だ。捜査機関同士、協力しようじゃないか」


「あんたらが国内で活動するのは法的にグレーのはずだが。それにあんたら捜査機関じゃない。スパイの集まりだ」


「だが、同じ愛国者ではある。俺たちが対テロ戦争において何もしちゃいないとは思っていないだろう? 連邦捜査局とも国土安全保障省とも何度も協力している。今回もそういうことだと思っておけよ」


「愛国者、ね」


 愛想のいい笑みを浮かべているが、どうも信用ならないジョン・ドウを前にカーターはどうしたものかと考え込んだ。


「そっちの情報のソースも教えてくれるんだろうな?」


「ああ。当然だ」


「なら、交換と行こう。こっちの捜査情報の何が欲しい?」


「全てだ」


「強欲だな」


 カーターはため息を吐くと、捜査情報を纏めたものをジョン・ドウに渡した。


「どうも。こいつが武器の情報だ。そっちでも調べてくれ」


「そうする」


 情報を交換したのちにジョン・ドウは早々と立ち去った。今回の件に関する同情の言葉などもなかった。


「ATFにこの資料は渡しておこう。俺たちは引き続きルサルカ周りの密入国斡旋と人身売買を追う。連中が俺たちをこうして攻撃してきたということは、連中にとって俺たちのやってきたことが響いているということだ」


「ええ。このまま追い詰めましょう」


 カーターたちは生き残った捜査官たちを集め、再びハンニバルとルサルカの行っている密入国斡旋と人身売買を追い詰めることに。


 復讐に燃える捜査官たちは執念を発揮し、ルサルカの幹部を毎日のように摘発。ソーコルイ号には辿り着いていないものの、ウェスタンガルフ州での受け入れ側の基盤を破壊しつつあった。


 このことに焦りを覚え始めたのが、他でもないディミトリだ。


「このままイカれたハンニバルと心中するのはごめんだ」


 ディミトリはベッドでターニャにそう言う。


「どうするつもり?」


「連中を排除する。つまりは反乱だ」


 ターニャが尋ねるのにディミトリはそう言った。


「ハンニバルを排除し、人身売買ビジネスからも、臓器密売ビジネスからも撤退する。連邦捜査局も、州警察もそうしなければ俺たちが壊滅するまで野良犬のように食らいついてくるはずだ」


「大丈夫なの?」


「分からん。だが、やるしかない」


 ディミトリはそう覚悟を決めた。


 そして、彼は反乱の準備を密かに開始した。


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