その裏では

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 ──その裏では



 マックスとレクシーは無事にディミトリと握手した。ジョセフを殺害してルサルカのボスになったディミトリと。


 だが、ビジネスを始める前に彼らには一仕事あった。


『ボス。デニソフだ。伝えておきたいことがある』


「何だ?」


 マックスのスマートフォンに暗号通信アプリで汚職警官のデニソフ警部補が連絡を寄越してきたのは、カーターとマティルダの2名が市警を訪れてすぐのことだ。


『州警察と連邦捜査局が来たぞ。ルサルカについて嗅ぎまわっている』


「連邦捜査局? おいおい。マジかよ」


『市警からは適当に追い払ったが、どうする?』


「ちょっと待て」


 マックスはスマートフォンを押さえてレクシーの方を見る。レクシーは自動拳銃の分解整備をやっているところだった。


「レクシー。連邦捜査局が嗅ぎつけてきた。どうする?」


「おやおや。招かれざる客だな」


 マックスの報告にレクシーが渋い表情を浮かべた。


「下手に突くと藪蛇になる。暫くは監視しよう」


「分かった」


 レクシーの決定をマックスがデニソフ警部補に伝え、デニソフ警部補がカーターたち監視し、逐次その動きをマックスたちに報告した。


 それからまずジョセフの屋敷が焼かれた。それによってジョセフの生死は未だに不明なままとなる。ルサルカの武装構成員たちはジョセフと家族の死体は苛性ソーダでどろどろに溶かして海に捨てているので死体はない。


 だが、ここにきてエイブラハム・モズリイという古い幹部が浮かぶ。


「エイブラハム・モズリイ? 古い幹部は皆殺しにしたんじゃないのか?」


「ディミトリと和解したとかで、生きてる。で、こいつが州警察の連中とお喋りしたとデニソフは言っている。どうする?」


「やることはひとつだ」


 SUVに乗り込んでマックスとレクシーがパシフィックポイント・リゾートを訪れる。武装したフュージリアーズも一緒に。


「皆殺しにしろ。ディミトリの許可は得ている」


 フュージリアーズがサプレッサー付きの自動小銃を手にホテルのエントランスに押し入り、口径5.56ミリのライフル弾をスタッフも客も問わず叩き込んでいく。


 殺害後は万が一がないように確認殺害として頭に2発。


「反撃がないな」


「ディミトリが講和の際に武装解除したらしい。せいぜい持ってるのはナイフぐらいだと言っていた」


「なるほど。あまり殺し甲斐がないもんだ」


 マックスは散弾銃でスタッフを銃撃し、レクシーは自動小銃で。


 彼らはホテルを瞬く間に制圧し、エイブラハムがいる地下に押し入った。


「よう、爺さん。楽しい老後が台無しだな?」


「クソ野郎」


 マックスが軽薄な笑みを浮かべて言うのにエイブラハムが彼をにらんだ。


「全裸にして、押さえとけ。殺す前にお喋りだ」


 フュージリアーズのメンバーにレクシーが命じ、エイブラハムの衣服が脱がされ、彼は椅子に拘束される。


「ホワイトフレークをやったことは、爺さん?」


「くたばれ、あばずれ」


「やったやつが言うにはこいつは体の感覚を何倍にも高めてくれるらしい。適量ならオーバードーズでくたばることなく、鋭敏な感覚を手に入れられるってわけさ」


 レクシーはそう言いながらホワイトフレークを液状にし、注射器で吸い上げる。そして、駆血帯を巻いたエイブラハムの腕にゆっくりとホワイトフレークを注射していった。


「どれくらいでオーバードーズだ?」


「爺さんだからな。ある程度余裕は持たせておくべきだろう」


 レクシーが尋ね、マックスがスマートフォンの電卓で計算した値を見せる。体重に応じた量のホワイトフレークの計算だ。


「こいつは戦略諜報省のやり方でな。連中もホワイトフレークを使うんだよ。そう、尋問にな。頭がラリったやつは何を喋ってるか自分でも分からなくなるし、何よりホワイトフレークを苦痛すらも倍増する」


 エイブラハムの視線が焦点を失うのにレクシーが笑いながらそういう。


料理人シェフ。料理を頼む」


「オーケー」


 それからは地獄だった。


 マックスはエイブラハムの体に焼き鏝を押し付けたように指で火傷の跡を作っていく。炎がじわじわとエイブラハムを焼き、哀れな老人は悲鳴を上げ続けた。


「州警察と連邦捜査局の連中に何を喋った?」


「くたばれ!」


「そういうつもりなら、まだまだ料理を続けようか」


「くたばりやがれ! ああ! あああ!」


 人間の焼ける臭い。漏れた小便と大便の臭い。汗の臭い。タバコの臭い。あらゆる悪臭が地下室に立ち込め始めた。


「こんなところか」


「何も喋っちゃいないようだ。少なくともあたしたちに関しては」


「無駄足だったな」


 マックスはそういうと自動拳銃を抜き、エイブラハムの頭に2発叩き込んだ。


「しかし、クソ臭え。用事は済んだからさっさと行こうぜ」


「そうしよう。死体の処理は?」


「必要ないだろ。ここから何か分かるか?」


「爺さんが死んでることは分かるな」


「ははっ。笑える。マジで」


 レクシーとマックスはそう言葉を交わして去り、この後カーターたちは口封じに殺されたエイブラハムの死体を見つける羽目になる。


 彼らは宿泊しているホテルに戻り、フュージリアーズはセーフハウスに戻る。


「そろそろここからも動かねえとな。州警察はともかく連邦捜査局は阿呆じゃない。疑いを持ったら、ここ最近街に来た連中全員をリストアップするぜ」


「弁護士先生から連絡は?」


「まだだ。急かすか?」


「ケツに火をつけてやりなよ」


 マックスが尋ね、レクシーが飲み納めとばかりにミニバーを漁る。


「そもそも国土安全保障省が少し動けば国内線だろうと飛行機に乗った人間は全てリストアップされるだろ?」


「ああ。その点は偽装してあるが、偽装が余計に目を引く可能性もある。どこに行っても『IDチェックにご協力ください』だろ。暇と根気のある捜査官がいたら、ホテルの情報から割り出されるんじゃないか」


「クソ面倒くさい世の中になったもんだぜ。迷惑なテロリスト野郎め」


「マジで同意する。国土安全保障省のやってることに意味なんてないのにな」


 “本土攻撃”の後で“国民連合”が重視したのは追跡可能性トレーサビリティだ。入国したテロリストがどこに行って、誰に会って、何を買って、どの飛行機に乗ったのかを全て把握できる能力のこと。


 だが、それが分かったところで片道切符で飛行機でビルに突っ込む連中をどうやって止めるんだ? いくら連邦捜査局だって未来は予知できねえだろう? そうマックスは思っていた。


 事実、あの“本土攻撃”の後にネットの情報に感化された一匹狼ローンウルフがあちこちでテロを起こしたのを、誰も止められていない。


 ただ、マックスたちのように死ぬ気もなく、ムショに入る気もない連中にとっては、この追跡可能性トレーサビリティというのは随分な脅威になりつつあった。


「連邦捜査局のどぶ攫い諸君に乾杯」


「クソッタレの国土安全保障省にも乾杯。くたばりやがれ!」


 レクシーとマックスはそう彼らを呪う。


……………………

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