思わぬ事態
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──思わぬ事態
「ルサルカのボスが誰だって? くだらねえ」
エイブラハムがそう吐き捨てる。
「ボス・ジョセフは殺され、古い仲間たちも殺された。それをやったのは秘密警察上がりの連中だ。それで誰がボスになったか分からないってのか?」
「ちょっと待て。幹部も殺されたのか?」
「全員でそろって旅行にでも行ったと思ってたのか? 馬鹿が。いきなりいなくなって音信不通だ。殺されたに決まってるだろう」
秘密警察上がりは徹底した粛清を実行したらしいとカーターは思う。思えば“社会主義連合国”の秘密警察の十八番だったな、粛清はとも。
「じゃあ、今のボスはディミトリ・ソロコフで間違いない?」
「ああ。そうだよ。やつがボスで俺はやつのために働くことに同意した」
そこでマティルダとカーターが顔を見合わせる。
「爺さん。このまま友人のジョセフを殺したやつのために働くのは癪じゃないか?」
「おっと。それは州警察や連邦捜査局のために盗聴器を付けろってことか?」
「そう。俺たちがディミトリと秘密警察上がりどもをぶち込んでやるぞ」
「ふむ」
老人はカーターの言葉に目を閉じて考え込む。
「いや。やはり断る。ディミトリも秘密警察上がりの連中も気に入らんが、俺が命をかけてまで同行してやりたいとも思わん。俺は余生をゆっくりと過ごせればそれでいい」
「ちゃんと証人は保護する」
「サツの約束は当てにならん。それに問題はディミトリたちだけじゃない」
エイブラハムはそう言ってパイプを咥えた。
「ルサルカは攻撃されたんだ。テロリストにな。そいつらはまだこの街にいる。ディミトリはそいつらと手を結ぶつもりだ」
ここでハンニバルと思しき人間の存在がエイブラハムの口から語られた。その人間たちはディミトリと手を結ぼうとしているとも語られたのだ。
「それは確かなのか?」
「俺の中では確かだ」
クソ。それじゃダメなんだよとカーター。確かな証拠が必要なんだ。誰かの証言でも、テロリストと握手しているディミトリの写真でも、金の流れでもいい。証拠がなければ捜査は進められない。
「あなたはディミトリとどんな取引をしたから生き残れたの?」
ここでマティルダがそう尋ねた。
「いろいろさ。やつも俺みたいなあと数年でくたばる年寄りを殺すための銃弾は勿体ないと思ったんだろう。ありがたい限りだね。ふん!」
話す気がないのか、話しても仕方ないと思っているのか。それ以上、エイブラハムは話そうとしなかった。
「分かった。ありがとう、爺さん。またな」
「とっとと失せろ」
カーターたちは仕方なくエイブラハムに別れを告げてホテルを出た。
「収穫はあまりない」
「ああ。なかった。クソ、あの爺さんが協力してくれればディミトリが誰と手を結んだかがはっきりするってのに」
がっかりしたようにマティルダが言い、カーターが愚痴る。
「他に当たる人間は?」
「エイブラハム爺さんの部下。複数いる。そいつらはエイブラハムと違って興味を持つかもしれない。今から行くか?」
「ええ。今から──」
「伏せろ!」
不意にカーターが叫び、マティルダの頭をダッシュボードに押し倒す。
同時に複数の銃声が響き、窓ガラスが割れる音がした。
「襲撃!?」
「前の車からだ! クソ、タイヤをやられた!」
カーターたちを銃撃したのは前の車に乗っていたバラクラバを被った人間で、カーターたちに向けて4発、タイヤに向けて2発発砲すると素早く車で逃げ去った。
「ナンバーは覚えた?」
「ああ。すぐに問い合わせよう。クソ、警官に発砲しやがるとは」
「念のために応援を呼ぶから待って」
マティルダは連邦捜査局のパシフィックポイントオフィスに連絡し、しばらくして連邦捜査局のSUVが2台駆けつけてきた。
「大丈夫か?」
大柄なワイバーンの捜査官が連邦捜査局のレイドジャケット姿でSUVから降りてくるとマティルダたちに尋ねた。彼は発砲事件と聞いて、既に銃を抜いている。
「ありがとう。私たちはなんとか大丈夫。彼が発砲した人間のナンバーを覚えているから陸運局に問い合わせてくれる?」
「分かった。聞こう」
その後、現場は連邦捜査局によって封鎖され、市警が暫くしてやってきた。市警は連邦捜査局がいるのに明らかに不快そうな態度を示しつつ、仕事を始める。
「発砲した車両は見ましたか?」
「黒のSUV。エルニア国製だ。窓から恐らく9ミリで射撃してきた」
「ナンバーは覚えていますか?」
カーターは連邦捜査局に告げたのと同じことを市警の警官にも繰り返した。
「車両は緊急手配しました。すぐに見つかるでしょう」
市警の警官がそう請け負ったが、実際にはカーターたちを銃撃した車が見つかったのは次の日の深夜に近づいた時間帯で、既に丸焦げになって、証拠も何も残っていないものが見つかったのだった。
「あれは警告だったと思うか?」
「ルサルカの?」
「いいや。ハンニバルの方だ。ルサルカがどれだけイカれてても警官をあんな風に狙ったりしないだろう」
連邦捜査局のパシフィックポイントオフィスでマティルダとカーターがそう言葉を交わす。カーターは州警察に銃撃された車両の代わりの手配を頼み、それが届いたころであった。
「ハンニバルは確かに連邦捜査局であろうと恐れていない。彼らは現にニュークローバー・シティ連邦ビルを爆破している」
「何が連中を怒らせたのか……」
「そして、誰がそのことをハンニバルに密告したか、ね」
「ああ。ハンニバルがずっと俺たちを見張っていたとも思えない」
マティルダの言葉にカーターが応じる。
「ああ、クソ。不味い。ホテルに戻るぞ」
「どうしたの?」
「俺たちが一番ハンニバルに近づいたのはエイブラハムの爺さんに会ったときだ。ハンニバルにせよ、ルサルカにせよ、連中が俺たちを見張っていたなら、エイブラハムを消すために動いたはずだ」
「クソ。そうね。思いつかなかった。急ぎましょう!」
カーターとマティルダはSUVに乗り込み、応援の連邦捜査局捜査官4名とパシフィックポイント・リゾートに向けて進む。
そして、静まり返ったホテルに踏み込む。
「クソ。死体だらけだ」
受付の男性も頭を撃ち抜かれて死んでおり、ホテルスタッフの死体があちこちにある。全員が頭に2発撃ち込まれて射殺されていた。
「あなたは監視カメラの映像を押さえて。私たちは地下へ」
「行くぞ」
マティルダが他の連邦捜査局捜査官たちに命じ、カーターが銃を構えて地下へ。
「この臭いは……」
「焼死体の臭いね」
地下室には人間の焼ける臭いが充満していた。
「エイブラハム・モズリイ! 州警察だ! 無事か!」
それでもカーターはそう呼び掛けながら地下室を進む。コインランドリーの稼働音と空調の煩さに負けないようにカーターは呼び掛ける。
「エイブラハム! ああ、畜生!」
エイブラハムは殺されていた。
他の死体と同じように頭に2発の銃弾。だが、それだけではなく、死体は裸にされ、いくつもの重度の火傷の跡が刻まれていた。爛れた皮膚が痛々しく残っている。
「この拷問の痕跡はみたことがある」
マティルダがそう言う。
「ハンニバルか?」
「ええ。ハンニバルに所属している殺し屋のやり方。その人物はこう呼ばれている」
カーターの問いにマティルダが答える。
「
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