ヒト・モノ・カネ

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 ──ヒト・モノ・カネ



 結局のところ、カーターたちは有力な収穫もなく、州警察オフィスに戻ってきた。


「捜査方針に変更はない」


 カーターは非公式の捜査本部となっている会議室で言う。


「俺たちは引き続きルサルカの権力構造、資金の流れ、そしてビジネスについて追う」


 カーターはそう言ってホワイトボードに写真を貼っていく。


「市警は非協力的だが、仕事はちゃんとしている。ルサルカについて連中が調べていた情報を整理してみよう」


 ホワイトボードにルサルカの幹部たちの写真が貼られた。


「まず、本来のボスであるジョセフ・カジンスキー」


「行方不明の人物。失脚した疑いが濃厚ね」


「行方不明にせよ、くたばったにせよ、もう何の権力もないのだろう」


 ジョセフ・カジンスキーはもはやルサルカの有力者ではない。


「問題はこいつの後継者だ。市警の捜査によればルサルカのナンバー・ツーはディミトリ・ソロコフ。秘密警察上がりの人間だ」


「“社会主義連合国”の国家保安委員会で大佐だった人物。彼がナンバー・ツーになった経緯が知りたいところね。ジョセフ・カジンスキーのプロファイルを考えるに彼がナンバー・ツーになるのは簡単なことじゃなかったはず」


「ああ。ジョセフは生まれも育ちも“国民連合”だ。古株の幹部連中は全員がジョセフと似たり寄ったりの経歴をしている。犯罪者としての前科はあるが、軍歴などは一切ないという具合だ」


「だから、軍人であり、生まれも育ちも“社会主義連合国”であるディミトリをそう簡単に信頼するはずがない。この手の犯罪組織が重視するのは、自分たちと似たような経歴であり、血の繋がりだから」


「ジョセフとディミトリの間にはスノーエルフという共通点はあるが、それだけだ。だが、こいつはナンバー・ツーにのし上がった。恐らくはこいつは何かしらの特権を握っていたんだろう」


 カーターは市警の資料を読みながらそういう。


「特権というと?」


「一番に考えられるのは“社会主義連合国”もとい“連合国”本国とのコネ。ルサルカのビジネスは密入国斡旋と人身売買、そして売春ビジネスだ。そのために必要な貧しい女性を調達するのが、ディミトリである可能性、だな」


「なるほど。組織に利益をもたらす特別なコネを有しているから、特別扱いされてきた、と。確かに元国家保安委員会将校ならば国境警備などにも伝手があるはずだし、“連合国”とのコネも確実」


「これで金の流れを追うビジネスが見えてきたな。ディミトリがこのビジネスから利益を得て、どう資金洗浄しているかを突き止める」


「同時にハンニバルが何をルサルカに要求したかも調べなければいけない。金銭的な要求やビジネスへの割り込みが考えられるから」


「問題はこの手の捜査は恐ろしく時間がかかるってことだ。金融犯罪ってのは一朝一夕で上げられるものじゃない。特に最近は暗号資産やら何やらで、酷く面倒なことになっている」


 金融犯罪というのは複雑かつ国内外に捜査範囲が及ぶ。すぐに結果を出そうとしても、それは無理であった。


「では、人の動きを把握しつつ、金の流れをアナログで」


「ああ。いくら金の流れを暗号化しても、ボスが一番金を貰うだろうし、ハンニバルも金の流れに関わる際に口出しするはずだ。地道に人を追うしかないな……」


「問題はその人だね。ジョセフが消えたのと同時期に幹部も行方をくらました人間がいる。今のルサルカがどういうことになっているかは分からない」


「もっと組織について知っている人間から話を聞くしかないな」


 カーターは行方不明になった幹部たちの写真を『行方不明』とかかれた枠の中に入れる。全員がジョセフに古くから従っていた、古参の幹部たちだ。


「話を聞くならば古参幹部の部下で、今もルサルカに残っている人間だろう。秘密警察上がりどもは絶対に口を割らないはずだ。ナンバー・ツーのディミトリが順当に今のボスになっているならばな」


「ええ。市警に協力を要請して、もっと逮捕者や関係者から話を聞きこう」


「オーケー。ある程度的は絞らないとな」


 カーターとマティルダはホワイトボードに貼った顔写真を見渡す。


「まだ行方不明になっていない古参幹部にエイブラハム・モズリイという人間がいる。こいつの部下を当たってみよう」


「エイブラハム・モズリイの仕事はホテルの経営?」


「ああ。売春に使うホテルだろう」


「資料によればエイブラハム・モズリイは82歳」


「この業界に定年退職はなしだ」


「ボケてないといいけど」


 マティルダは肩をすくめ、カーターとともに州警察オフィスを出る。


 それから再びパシフィックポイントを目指した。


「移動の手間を考えるならパシフィックポイントに捜査拠点を設置すべきだな」


「パシフィックポイントに連邦捜査局のオフィスがあるけど」


「借りられそうか? あと、セキュリティで俺が通過できるかだが」


「相談してみる」


 早速マティルダは連邦捜査局のパシフィックポイントオフィスに電話をかける。その間、カーターは引き続きパシフィックポイントにある、ルサルカの幹部エイブラハムが有するホテルを目指した。


「オフィスを貸してくれるって。後で向かいましょう」


「オーケー。そうしよう」


 カーターはマティルダにそう応じると、交差点を曲がり、その先にホテルが見えた。『パシフィックポイント・リゾート』というホテルだ。


「見えたぞ。あそこだ」


「令状も何もないけど大丈夫なの?」


「当たって砕けろ、だ。それにやつはジョセフを消したのが誰であれ、俺たちにタレこむ理由がある。収穫は期待できるだろう」


「エイブラハムがジョセフの仇討ちを望んでいることを期待している?」


「そんなところだ。自主的にやつが喋る分には令状はいらん」


 マティルダにそう言うとカーターはホテルの駐車場に車を止めた。


「ようこそ、パシフィックポイント・リゾートへ。ご予約のお客様ですか?」


「こういうものだ」


 カーターとマティルダがそれぞれ州警察と連邦捜査局のバッヂをホテルの受付カウンターにいた男性に見せる。


「……ご用件は?」


「エイブラハム・モズリイに会いたい。警戒するな。別に逮捕しに来たわけじゃない」


「しばらくお待ちを」


 男性は内線電話をかけると、カーターとマティルダについて電話先の人間に知らせる。州警察と連邦捜査局が来たということをだ。


「オーナーはお会いになるそうです。ご案内します」


 男性はそういうとカーターたちをホテルの地下に案内した。ホテルの地下にはコインランドリーなどがあり、古い空調が騒音を立てる中でカーターたちは地下にある部屋のひとつに通される。


「ボス・エイブラハム。お客です」


「ああ。どっちが連邦捜査局の人間だ?」


 エイブラハム・モズリイは老人だった。スノーエルフの象徴であるはずの黒髪は既に胡麻塩頭になっており、しわしわの震える手にパイプを握っている。だが、老眼鏡の向こうにある瞳は現役時代のそれのままだろう鋭いそれだ。


「私よ。初めまして、エイブラハム・モズリイさん」


「はん。連邦捜査局がどうして今になって出て来た? 俺を逮捕するつもりがないってことは、一連のクソ野郎どもが暴れて、秘密警察上がりが裏切った件だろ」


「そう。そのことについて話を聞きたい。あなたもそれら件では不快な思いをしたでしょう?」


「連邦捜査局にも以前酷い目にあわされた」


「ええ。殺人の容疑で逮捕したことがあるけど、30年以上前の話でしょ」


「傲慢な連中だ。俺はあれだけやってないと訴えたのに」


 ぶつぶつとエイブラハムが愚痴る。


「単刀直入に聞こう、エイブラハム。今のルサルカのボスは誰だ?」


 そんなエイブラハムにカーターがそう踏み込んだ。


……………………

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