逮捕者
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──逮捕者
バスマン警部とデニソフ警部補は渋ったが、カーターの押しに負けて逮捕者との面会を許可した。警察署の留置所に拘束されてるルサルカの構成員が面会の相手だ。
「ウラジミール・オシェロフ?」
カーターとマティルダの前に連れてこられたのは、前腕から上腕に駆けて派手なタトゥーをし、顔にも首筋にも髑髏のタトゥーを入れた大男だった。
「けっ。リザードマンのデカかよ」
「あ? 文句でもあるのか?」
「ねえよ。俺に話ってなんだ? もう全部話したぜ」
ウラジミールは比較的協力的だった。
「最後にジョセフ・カジンスキーを見たのはいつだ?」
「2週間ぐらい前か? パンサー・ギャングどもから買ったヤクを届けた」
「ジョセフ・カジンスキーはパンサー・ギャングからヤクを?」
「イエス。最近ホワイトフレークが多かったな」
ジョセフはヤク中に落ちぶれてたのかとカーターは思う。これで支離滅裂な行動にも全て理由がつくわけだ。『原因:ドラック』は魔法の言葉だ。
「組織は分裂したとき、お前はどっちについた?」
「当然、ボス・ジョセフさ。ボス・ジョセフは俺によくしてくれた。秘密警察上がりの連中は身内ばっかり贔屓しやがるしな。連中は捕まったのか?」
「いいや。野放しだ」
「クソ。連中に不利になる証言ならいくらでもしてやるぜ」
「そいつは弁護士と話し合え。お前のためだ」
もし、ルサルカの秘密警察どもをぶち込める証拠があるなら、誰だって喜んでこのチンピラと取引するだろうとカーターは考えた。
「ルサルカのビジネスに競合相手が現れたとの情報は?」
ここでマティルダが尋ねる。
「知らねえ。一発やらせてくれたら、ちょっと記憶がはっきりすると思うんだがな」
ウラジミールはにやにやと笑ってマティルダにそう返す。
「ふざけたこと言ってんなよ。もっと酷い場所に放り込んでやってもいいんだぞ」
「冗談だよ、リザードマンのおっさん。まあ、俺たちのビジネスにライバルが出たって話は聞いていないね。何せこの街で唯一のルールクシア・マフィアだ。俺たちのビジネスは血で繋がっている。血だ。スノーエルフの血さ」
「そうか。じゃあ、ドラコンを襲った連中はなんだ?」
「そいつは俺が聞きてえよ。マジで何なんだあいつら? テロリストか? それかイカれた終末思想の民兵ども?」
「俺が聞いてるんだ。心当たりがないか考えてみろ」
「マジで知らない。本当だ。嘘じゃない。襲われる理由に心当たりなんてない」
「ふむ」
何の収穫もないなとカーターは少し落胆した。
「ジョセフ・カジンスキーがどこに行ったか、心当たりは?」
「どこに行ったか? そりゃ天国だろうさ。死んだよ、ボス・ジョセフは」
「何ですって?」
ここで行方不明とされていたジョセフが死んだとウラジミールは言う。
「死んだところを見たのか?」
「いいや。死んだの知ったのはダチのイーゴリだが、イーゴリはボス・ジョセフの警備についていた。それで俺に電話をかけてきて『屋敷がヤバい連中に襲われている。助けてくれ』って」
「ジョセフの屋敷は襲撃されたのか?」
「見てないのか? 窓ガラスばぶち破れて、扉はぶち抜かれていた。市警の連中が中に入らせてくれなかったし、俺はそこで逮捕されたから、死体を見ちゃいないがね」
市警のデニソフ警部補は屋敷には何も起きていないと言った。が、ウラジミールは全く違う証言をしている。
「助かった。あんたが協力的だったことは証言してやる」
「サンキュー。あんたはいいやつだ」
そしてウラジミールとの面会を終えたカーターは取調室を出る。
「嘘を吐いているのはどっちだと思う?」
「市警を疑っているのですか?」
「汚職警官ってやつは腐るほどいる。州警察にも市警にも」
カーターが憎むものは法の番人でありながら、悪人に加担する人間。すなわち汚職警官だ。汚職警官はただの犯罪者よりも悪質だとカーターは思っている。
「こうなったら自分たちで見てくるしかない。ジョセフの屋敷に行こう」
「了解」
市警の情報とウラジミールの証言の食い違い。誰かを疑うよりまずは自分の目で屋敷を見てきた方がいいとカーターは判断した。
カーターとマティルダはSUVに乗り込むと、捜査資料にあったジョセフの屋敷に向けて車を走らせる。
「もしこれで屋敷に襲撃の痕跡があったらどうするの?」
「市警に内部監査を要求する。汚職警官どもを洗い出し、ムショに叩き込む」
「市警の警官全員に嫌われること間違いなし。今度の捜査に支障が出る可能性も」
「知ったことか。たとえ嫌がれても正しいことをしろとおふくろには言われた。そうしないと自分も悪い方にいつしか落ちているってな」
カーターのその押しの強さにマティルダも押された。
「いざとなれば連邦捜査局が主導して解決してくれ。イカれたテロリストどもを仕留めるんだ。いいな?」
「ええ。約束する」
マティルダはカーターが託すのに頷く。
「で、ジョセフを殺ったのは、ハンニバルのテロリストどもだと思うか?」
「可能性としては。けど、反乱を起こした秘密警察上がりという可能性もある。ルサルカが内紛を起こしていたというのは確かみたいだから」
「参ったな。本当にジョセフを殺ったやつを確定させないと逮捕も起訴もできない。もしかするとそれこそが狙いか……」
裁判では確実に誰が犯行を行ったのかということを示さなければならない。
もし、ふたりの容疑者がいてお互いにあいつがやったと言い合うならば、どちらも有罪というわけにはいかないのだ。疑わしきは罰せずというのは近代における司法の基本なのだから。
「昔あった推理小説みたいに列車の乗っている全員が犯人だとありがたいんだけどな。まとめてムショに放り込める」
「まあ、秘密警察上がりとハンニバルが手を組んだ可能性は否定はできない」
そんな会話を交わしながら、カーターとマティルダはパシフィックポイント市内を住宅街に向かい、そこにあるジョセフの屋敷を目指した。
そこでサイレンを鳴らして消防車が何台も通過していった。消防車が向かう先はカーターたちと同じ方向だ。
「何かあったか?」
カーターがそう疑問に思う中、彼の視線の先に黒煙が上るのが見えてきた。
そして、ジョセフの屋敷についたカーターたちは、燃え上がるジョセフの屋敷を目にした。ごうごうと赤い炎が立ち上り、屋敷が燃えている。
既に消防車は到着しており、消火活動は始まっていたが、強力な炎は熱によって屋敷を崩壊させようとしていた。
「なんてこった。先を越されたか」
「これでは屋敷が襲われたかどうかすらも……」
カーターたちが呻いてるときさらに屋敷で爆発が生じた。家庭用のガスが爆発したようである。屋敷は既にズタボロで襲撃の痕跡も失われているのは明白だった。
遅れてパシフィックポイント市警のパトカーが到着し、警官たちが規制線を張り、そこにデニソフ警部補も姿を見せた。デニソフ警部補はタバコを吸いながら、燃え上がる屋敷を眺める。
「ちょっといいか? これで屋敷を調べるんだよな?」
そんなデニソフ警部補にカーターが尋ねた。
「事件性があれば調べるが、そうでなければ消防が調べて終わりだよ」
「じゃあ、ジョセフ・カジンスキーの行方は?」
「家族から捜索願が出たら調べる。だが、今のところ、事件性はない。だろ?」
内紛と抗争を起こした犯罪組織のボスが行方不明になっているのに事件性がない? こいつの頭はどうなってるんだ? とカーターがあきれ果てる。
「これはただのボヤだよ。ヒステリーになってもしょうがない」
デニソフ警部補はそう言ってタバコをふかせる。
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