ヘンゼルとグレーテル
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──ヘンゼルとグレーテル
オッディはスノーエルフとサウスエルフの混血である小柄な男だ。まだ年は30歳にならず、パシフィックポイント大学のキャンパス付近をうろついている。
「よう、オッディ」
「あ、ああ。誰かと思えばカーターか……」
「少し話がある。コーヒーを奢ってやるからこいよ」
「クソ。分かった」
カーターが有無を言わせずそう言い、オッディがついてくる。
「で、話ってのはなんだ?」
「最近、市場に妙な動きはないか? これまでドラッグに手を出していなかった連中が参入したとか。そういう話だ」
「ああ。それなら少しばかり情報がある」
「教えろ」
オッディが情報をちらつかせるのにカーターがそう求めた。
「スノーエルフどもがドラッグ取引に手を出しているらしい。ルサルカだよ。娼婦を買った客にドラッグも進めているらしい。それで興味深いのは、そのことをオブシディアンは把握してないってことだ」
「オブシディアン? パンサー・ギャングの?」
「そう、それだ。パシフィックポイントのドラッグビジネスはオブシディアンの
マティルダが確認し、オッディが頷く。
「マジだろうな?」
「マジだよ。俺はドラッグをオブシディアンから仕入れているし、独自に入手したときも連中の許可を得て捌いている。勝手にやったら連中は俺たちの頭の皮を剥がして、死体を通りに吊るすだろうからな」
「つまりルサルカとオブシディアンが衝突する可能性があると」
「もう下っ端はぶつかってると思うぜ」
オッディはそう簡単に言ってのけた。「
「じゃあ、オブシディアンの売人を紹介してくれないか? 連中が本当にルサルカの件について把握していないのか知りたい」
「マジで言ってるのか? 州警察のあんたをオブシディアンに紹介? 勘弁してくれ」
「やらなきゃお前をムショにぶち込むだけだ。
「クソ。最低だぞ、あんた」
カーターの脅迫にオッディが罵る。
「パンサー・ギャングはイカれているんだぜ。末端の売人なら辛うじて照会できるが」
「そうしてくれ。なるべく早く」
「分かった。じゃあ、今からだ。まさかとは思うが盗聴器は?」
「してない」
「それは助かる」
カーターの言葉にオッディはそう吐き捨てるように言った。
それからカーターたちは移動し、オッディの知っているオブシディアンの売人の下に向かった。パシフィックポイントでも治安の悪い場所に入るのに、マティルダは警戒を強めた。
「銃は抜くなよ。何かあるまでは」
オッディはそう警告し、古いアパートに入る。
「おい。チノ、俺だ。オッディだ」
そのままオッディが扉を叩き、名を呼ぶのにひとりの豹人族が用心深く姿を見せた。
「何だ、オッディ? そいつらは?」
「オーケー。よく聞いてくれ。こいつらは警察だが、俺やあんたを捕まえに来たわけじゃない。ただ、ルサルカについて聞きたいだけだ」
「警察? てめえ、タレこみやがったのか?」
「違うって言ってるだろ、クソ」
チノと呼ばれた豹人族がカーターたちを睨むのにオッディがそう言う。
「落ち着け。こいつが言っている通り、スノーエルフどもについて調べている。あんたらについてじゃない。話を聞かせてくれればすぐに出ていく」
「分かった。入れよ」
カーターの言葉にチノは割と素直に応じ、カーターたちを部屋に入れた。
「それで、ルサルカについて調べてるって?」
「ああ。連中がドラッグに手を出してると聞いたが、事実か?」
「多分な」
「多分?」
「まだ証拠を誰も掴んじゃいないのさ。だから、多分だ」
チノはカーターたちにそう言った。
「つまり、オブシディアンは
「そういうわけじゃない。一部の連中はルサルカがドラッグを勝手に売ってると言って、スノーエルフどもと喧嘩している。殴り合いさ。銃はなし」
非合法なことはしていないというようにチノは手を広げて言った。
「上の考えは分からないのか?」
「俺たちがボスと話せるような大物に見えるか? あんただって俺がしけた売人だってことは分かってるんだろう。なのに『上の考え』なんてものを聞くのか? 真面目にやってるならあんたはかなり馬鹿だぜ」
「分かった。お前の知っているここ最近の異常について教えてくれ」
「見返りは?」
「何を期待している? 自分で言っただろう。俺はしけた売人だって。大物気取りで証人保護プログラムが受けたいなら盗聴器を付けることだな」
「クソ。分かった、分かった。善良な一市民として協力してやるよ」
カーターが鋭く言い、チノは肩をすくめた。
「まずこれまで俺たちが相手にしていた娼婦がドラッグを買わなくなった。このパシフィックポイントで娼婦を仕切っているのはルサルカだ」
「ふむ。他には?」
「ラジカル・サークルって知ってるか?」
「少し。小さなドラッグの売人の集まりだろ?」
「そ。そいつらが最近勢力を伸ばしている」
チノはそう語る。
「昔はオブシディアンからドラッグを仕入れて売っていたんだが、最近は独自のルートを確保したらしい。オブシディアンのことを無視するようになっている。まあ、ラジカル・サークルの連中はそこまで脅威じゃないが」
「ラジカル・サークルの売人に会えるか?」
「そいつは善良な一市民の協力の範囲を出てるぜ、刑事さん」
「クソ」
ラジカル・サークルのことはあまり知られていない。そもそも彼らのボスからして知っている人間は僅かにしかいないのだ。
「つまり、オブシディアンはルサルカとラジカル・サークルのふたつの組織に自分たちのビジネスを荒らされているのに、何の対処もしていないということ?」
「そうなる。だから、いずれは抗争になるだろうな。トラブルの火種はいっぱいだ」
マティルダの推測にチノはあっさりと同意。抗争が起きるという推測に賛同した。
「ま、俺は抗争なんてごめんだけどな。俺は売人であって殺し屋じゃない。抗争が始まったらどこかにずらかるさ」
「そうしておけ。下手に関わってもいいことはない」
チノが言うのにカーターもそう言ってアパートを出た。
「どう思う?」
「今のところ、ルサルカにせよ、ラジカル・サークルにせよ、そこまで大規模にドラッグビジネスをやっているわけではない。それが続くのか、それとも……」
「オブシディアンを潰してまでビジネスを拡大するか」
「そう。そういう状態ね」
オブシディアンの周りではいろいろな犯罪組織がオブシディアンの利権を奪おうとしている。これをそのまま見過ごせば、オブシディアンは没落するだろう。
「大なり小なり犯罪組織は馬鹿にされることを嫌う。
「彼らは武力に訴えると?」
「犯罪組織にとっても戦争は大きな負担だ。可能ならば抗争を避けるだろう。だが、連中は舐められたまま過ごすくらいなら、相手もろとも壊滅することを選ぶ」
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