再雇用

……………………


 ──再雇用



 炎の中で人が燃えている。


 それを見てマックスは思う。どうして人は死ぬのだろうか、と。


 マックスが殺してきた人間が死んだのはマックスが殺したからだ。何てことはないトートロジー。殺されたから殺された。


 だが、そうではない。マックスが問いたいのは手段ではなく、理由だ。


 マックスの母はマックスに焼き殺されて死んだ。


 それはマックスが不用心であったからだと言える。だが、本当に他に理由というものはないのだろうか。そう考える時がマックスにはある。


 マックスは思う。殺される人間には殺されるだけの理由が必要であると。その考えは人が無意味に死ぬことはないと言ってほしいかのような、ある意味では慈悲深く、ある意味では責任転嫁の考えであった。


 何の理由も意味もなく死ぬということは、少しばかりぞっとする。


「……クソ」


 マックスはまたいつもの悪夢で目が覚めた。


 今、マックスとレクシーはセーフハウスになっている邸宅で過ごしており、マックスは乾いた喉を潤すためにキッチンに向かう。


 グラスに水を注ぎながら、マックスは考える。


 俺は殺されるだけの罪を犯しているなと。


 マックスはどこかで自分が死ぬことを望んでいた。積極的に死のうとするわけではないが、受動的に死を受け入れようとしていた。


 タバコも、酒も、危険なビジネスも、そして犯した罪も、全て自分が死ぬために必要としているようなものであった。


 ぼんやりとしたこの希死念慮がいつから続いているのかと言えば、やはりそれは母親を焼き殺したときからで、彼の最初の罪が原因である。


 俺はどんどんヤバくなっているとマックスは思いながら水を飲み干す。


 ドラッグのために戦争をやって、次は臓器密売だ。地獄に行く時は特等席で案内してもらえるだろう。仮に地獄なんて都合のいいものがあればの話だが。


 罪を償えず、今を生きているということが、一番の地獄なのかもしれない。そうマックスは思いながらタバコに火をつける。


 医者が診れば、マックスのこの複雑な心境はうつ病の一言で片づけられ、幾分かの抗うつ剤と睡眠薬が処方されるだけだろう。医者は言うに違いない。『タバコは控えられた方がいいですよ』と。


 クソ食らえだ。


 だが、このままなら俺が気がおかしくなってしまうかもしれないと思った。それでも精神科医なんぞにかかりたくはない。そこまでして助かりたくはない。


「どうした?」


 そこでレクシーがキッチンに姿を見せた。


「いつもの悪い夢だよ。気にすんな」


「あんたがベッドに出たり入ったりしなければ気にしないだがね」


「悪かったよ」


 レクシーが意地悪く笑うのにマックスが肩をすくめた。


「暇なら再雇用予定の医者ども履歴書にでも目を通しておいてくれ。それともこれからベッドでお楽しみというのも悪くないけれど」


「仕事って気分じゃないな」


「オーケー。朝まではまだまだ時間がある」


 抗うつ剤よりこっちの方がよっぽどいいとマックスは思った。


 それからマックスとレクシーはともにベッドで過ごし、朝を迎えた。


 それからはビジネスの時間である。


「やはりあたしたちが雇える医者となるとどいつもこいつも問題ありだな」


「まあ、予想はしていたが。既にジャックが抱えている医者と大差ない」


「ヤク中やアル中、単純なヤブ」


 ハンニバルの東海岸の拠点から雇用可能な医者のリストが送られてきていたが、どの医者も安泰な人生を棒に振ったろくでもない連中ばかりだ。


「重要視すべきは、こいつらが突然罪の意識にかられて、警察にタレこまないということだ。その点が安心できる人間を雇っておきたい」


「オーケー。その観点からリストアップしよう」


 マックスとレクシーは信頼できる医者を数名リストアップし、そして実際に彼らに会ってみることにした。医者たちとの面接はナイトクラブのスタッフルームで行われる。「


「サミュエル・へリング。移植外科医だ」


 面接にやってきた医者は自分の名を名乗った。


 サミュエルと名乗った医者はのっぽだが、猫背であり、薄汚れた衣服を着ていた。ただこれまでやってきた多くのヤク中やアル中の医者と違って目にはその手の濁りはなく、表情もそれらのように弛緩したものではない。


「サミュエル。あんたが最後にメスを握ったのは?」


「2週間前だ。そっちのビジネスで握った」


「オーケー。じゃあ、移植手術を最後にやったのは?」


「大昔」


 サミュエルがこともなげに返すのにマックスとレクシーがやれやれという具合に視線を合わせた。


「あんた、医療過誤で訴えられて職を失ったらしいな」


「はん。医者が常に患者を救えるわけじゃない。医者は神様じゃないんだ」


「オーケー。医療過誤は自分の責任じゃないと?」


「そう法廷では主張した。認められなかったが」


 そりゃあ悪党は素直に悪いことしましたとは認めないもんだよなとマックスは思う。


「これから移植手術を任せるとしてやれそうか?」


「本気で言ってるのか?」


「マジだよ」


 信じられないという顔をするサミュエルにレクシーがそう言い放つ。


「待ってくれ。えーっと、少し勘を取り戻すのに時間はかかるだろうが、不可能じゃあないと思う。しかし、本当に移植手術を? 俺が?」


「あんたは助手だ。ジャック・タカナシって医者の」


「へえ。そいつは有名人だな。悪い意味でだが」


 どうやらジャックの悪い噂は医学会で盛り上がったらしく、ジャックのことは同じく追放されたサミュエルも知っていた。


「なあ、サミュエル。ジャックはどうして遺族の同意を得ずに臓器を抜いちまったんだ? それがどうにも俺らには分からないんだよ」


「それか。シンプルに金のためだろう? 移植を受けたレシピエントから相当な額の報酬を受け取ったって噂だったが」


「あんたも詳しくは知らないんだな」


「知っていることは知ってるさ。ドナーの方もいろいろと難ありだったみたいでな。両親がカルトみたいな宗教を信じてて、そのせいで臓器提供に反対だったと。ドナー本人はちゃんと提供に同意してたんだがね」


「そういう場合でも遺族が口出せるのか」


「ああ。死人に口なしだが、生者には口ありだ。土壇場になって同意撤回なんてことも多々ある。面倒なビジネスだよ、臓器移植ってのは」


「なるほどね」


 サミュエルが物知り顔で言うのにマックスがそう呟いた。


「しかし、俺が移植手術か。もう一生その手のことには関われないと思っていた」


「セカンドチャンスをやるんだ。やり遂げろよ」


「もちろんだ。感謝するよ」


 それからマックスとレクシーは医者を10名ほど面接し、扱いやすく、それなりの経験のある人間を再雇用することにした。


 やはりドラッグ依存症などの医者もいたが、ジャックに相談すると別に問題はないと帰ってきた。彼は自分がいればそれで手術は成功すると思っているらしい。


 こうして準備は整った。


……………………

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