レシピエント
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──レシピエント
医者の準備ができれば、次は顧客の獲得だ。
「この手のことはジャックが引き受けてくれるんだろう?」
「やつに全てを任せる気はない」
マックスは顧客の獲得はジャックたちの仕事だと思っていたが、レクシーは彼らに全てを委ねる気はないようだった。
「安全に顧客を集めたい。つまりは警察のおとり捜査なんかが引っかからないような形にしたい。何が考えられる?」
「病気のことは医者に聞け、だ。そいつが本当に病気なのかを医者に調べさせるってのはどうだ?」
「おとり捜査が本物の病人を使うはずがないってか」
「倫理的にそうだろ。『移植が受けられるかもしれません』って騙して捜査に参加させたら、その後訴訟ものだぜ」
「それもそうだ」
警察は悪党と違って無法はできない。あくまで社会常識と法の許すうえでの操作しかできないのである。
「で、問題はレシピエントをおとり捜査か疑うより、先に集めねえと」
「こっちのネット技術者にアングラサイトの管理をさせて、それで広告を出すか。あとはこっちの医者を使った口コミだな」
「こっちの医者って?」
「病院からフェンタニルなんかを横流ししている医者だよ。前に候補に挙がった医者と違って失業してない。何人が伝手がある」
「オーケー。そいつらは信頼できそうだ」
広告にでかでかと『臓器密売やります』と出すわけにはいかないが、ちゃんと健康と寿命を金で買いたい金持ちには知らせが届くようにしたい。
ハンニバルからドラッグを買っている金持ちなども利用して、レクシーたちは自分たちのビジネスを密かに宣伝することにした。
それと並行してジャックが既に運用しているレシピエントの募集システムも継続され、ふたつのルートでレシピエントが募られた。
レシピエントの応募情報は医者であるジャックたちによって調べられ、本当に臓器移植を必要としてるかが確かめられた。今のところ、警察も連邦捜査局も、この臓器密売ビジネスを把握してる様子はない。
そして、最初のレシピエントが迎え入れられた。
その人物は大手マギテク関係企業の重役で、先天性である糖尿病I型に悩まされており、今回膵臓移植を希望した。
彼はこの臓器移植が暗に非合法なものであると知っていたが、糖尿病で目も見えなくなって死ぬよりマシだと思い、大金をマックスたちに払った。
彼はホテルに通され、様々な検査を受けたのちに膵臓が届くのを待つ。
同時に不法移民の中でレシピエントに適合するドナーが選ばれ、倉庫に運ばれる。そこで麻酔をかけられ、ドナーから臓器が抜かれた。ひとりの人間からは必要な臓器だけではなく、複数の臓器が取り出され、ドナーは死亡する。
膵臓はすぐさま保存液に漬けられてホテルに運ばれ、手術の準備が始まった。
「目が覚めた時にはすっかり良くなっていますよ」
ジャックはレシピエントにそう請け負い、彼に麻酔をかける。
それからジャックは問題なく手術を終わらせ、レシピエントが目覚めた時には新しい膵臓が彼の腹の中に納まっていた。
レシピエントはドナーの死を知ることなく、免疫抑制剤を摂取し、新しい膵臓が適合しているか術後の様子を観察されることに。彼はもう自分が糖尿病ではないことにとても喜んでいた。
このような仕組みで臓器売買は行われる。
今回のように膵臓だけなどが必要な場合でも多くの臓器が取り出され、ジャックが勝手を知るその手の市場に放出された。人体の部位に付けられた値段に従って、それらは取引されていく。
ここに来て儲けとしては二番手であった密入国の斡旋が巨大ビジネスになった。
「すげえな。ぼろ儲けだぞ」
「ああ。ヤバいくらい儲かるな」
レクシーとマックスは計上された利益を見ながらそう言って顔を見合わせる。
「しかし、やっぱりこのビジネスはいやな感じだ」
「なんでだよ? ドラッグより社会に貢献してるぜ? 臓器を受け取った連中を見ただろ。どいつもこいつも泣くほど喜んでいた」
「かもしれない。だけど、連中は自分たちの臓器が何も知らない連中から抜かれたものだってことは知らないだろ」
「知る必要もないからな」
マックスが言うのにレクシーがそう答えた。
「今になっていい子ちゃんぶるのはやめろよ、マックス。あたしたちはみんながクソ野郎だ。そこから逃げることなんてできない。なら、中途半端に改心せず、最後までクソ野郎であり続けようぜ」
「そうだな。覚悟を決めねえと」
レクシーが言い、マックスが唸る。
ドラッグの需要が常に絶えないように、臓器の需要も常に絶えない。
医学とはある意味では残酷だとマックスは思う。
昔は何もかもを自然に任せていた。自らの持つ免疫力と自然治癒力だけに任せていたのだ。それは非文明的な野蛮だが、そこに社会的な格差は存在しなかった。病も死も等しく誰にでも訪れた。
しかし、医学は社会階級による格差を生んだ。
マックスたちが行っている臓器密売がいい例だ。彼らは金で健康と寿命を売り、金持ちだけがその列に並ぶことができる。貧乏人は逆に臓器を抜き取られるのみだ。
臓器移植だけが格差を生んでいるわけではない。“国民連合”の保険制度は民間企業によるもので、保険会社は十分な保険料を払っていない顧客への、高額医療の実施を抑制する傾向にあった。
レシピエントはマックスたちのビジネスに群がり、次々に不法移民からなるドナーから臓器が抜かれる。
しかし、問題がないわけではなかった。
「ルサルカを嗅ぎまわっている人間がいる?」
ディミトリが言うのを聞かされたマックスが聞き返す。
「ああ。警察だ。最近は派手にやりすぎたのかもしれない」
「まあ、それはそうだな」
ドラッグを大量に密輸し、不法移民を密入国させ、その不法移民から臓器を抜いて密売する。そんな悪徳の限りをマックスたちは日常業務として行っていた。
「少しばかり休業するか?」
「おいおい。そりゃあ無理だぜ。レシピエントは今も長い列を作ってるし、ドラッグに関してはカルテルとの契約もある。そこら辺を仕切りなおさないと、勝手に止めれば敵を生みかねない」
マックスが尋ね、レクシーが眉を歪めて答える。
「じゃあ、プランBだ。警察を追い払おう」
「プランBか。市警ならどうにかなるだろうが、連邦捜査局や国土安全保障省が出張ってくると不味いな」
「やる前から諦めるのはやめようぜ」
「それもそうだ。やるだけやっておこう」
そうしてマックスたちは警察の追求を回避するために、警察の捜査を撹乱することにしたのだった。
「偽情報を流布し、証人を消し、証拠を捏造する」
「その前にまずどこの警察が出張ってきているのかを知りたい。こういうときに頼りになるのは弁護士先生と汚職警官だ」
「イエス。連中に金を払って調べてもらおう」
マックスたちが動きだす。
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