匿名性のあるテロ

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 ──匿名性のあるテロ



 次の映像はサム・ゴルコフ襲撃の現場だ。


 屋敷を制圧していく訓練されたバラクラバを被った兵士たち。身元を特定できそうなものは何もない。完全なプロの殺し屋たちだ。


 彼らは屋敷を瞬く間に制圧し、パニックルームを爆破してサム・ゴルコフをそこから連れ出す。哀れなサム・ゴルコフは拘束され、命乞いをして泣き叫ぶ。


『主導権は我々の側にある。間違うなよ』


 男がそう言い、サム・ゴルコフは炎に包まれた。


「これがここ最初におきた一連の事件だ。ドラコン事件と呼んでいる」


「事件というより戦争ですね」


 ドワイトが言うのにカーターがそう感想を述べた。


「ここからドラコンの上部組織であるルサルカで動きがあった。ルサルカについてはどの程度把握している?」


「クズですね。密入国を斡旋する振りをして、貧しい人間を人身売買の商品にしている。そういう“社会主義連合国”からやってきた連中でしょう」


「そうだ。パシフィックポイントにおける大規模な犯罪組織で、ルールクシア・マフィア。密入国斡旋と人身売買、売春の元締めがメインの稼ぎになっている連中だ。ボスはジョセフ・カジンスキー」


「ルサルカが報復に動いた、ということころですか?」


「いいや。ルサルカは分裂した」


 カーターの推測にドワイトが首を横に振る。


「確かにルサルカには“社会主義連合国”からやってきた秘密警察の連中がいたが、元は生まれも育ちも“国民連合”のジョセフが作った組織だ。そのルサルカで秘密警察どもが反乱を起こし、ルサルカが割れた」


「敵に攻撃されている最中に分裂ですか?」


「ああ。不思議だろう。我々はいくつかのシナリオを考えている」


 不可解な状況を説明するためのシナリオの説明が始まる。


「ひとつ。ドラコンへの攻撃はルサルカ内部の犯行。ドラコンをこうして潰すことで、ボスであるジョセフへの求心力を失わせ、そこを乗っ取る算段だった。主犯は秘密警察派閥の連中だ」


「説明にはなりますね」


「ひとつ。ドラコンとルサルカはともに全く外部の連中に攻撃された。ルサルカはジョセフの元から離れることで、攻撃から逃れようとした連中が出ただけ」


「その外部の連中が問題となりますね。それを疑っているのでしょう」


 ドワイトの話を聞きながらカーターはヘンリーとマティルダに視線を向ける。


「ATFと連邦捜査局でナイトクラブ爆破事件の鑑識と現場検証をしました。爆破に使われたのはRDX爆薬。軍用の爆薬で、まず民間には出回らない品です。それに爆破の方法も爆弾を適当に置いて爆破したものじゃない」


「過去にこのような爆弾テロが国内で3件起き、国外の“国民連合”施設を標的にしたものが少なくとも7件起きています。犯人は大学でこの手の爆破について学び、かつ軍隊で実戦経験があると見るべきでしょう」


 ヘンリーはどうやら爆発物の専門家として呼ばれたらしい。彼の説明を補うようにマティルダが説明を続ける。


「クソ。ということは本物のテロリストがパシフィックポイントに? また“本土攻撃”が起きる可能性があるとか言いませんよね?」


「既にこれはテロ攻撃です。犯罪組織同士の抗争の域を超えている」


 カーターが確認するのにマティルダがそう指摘した。


「俺が知っているテロ組織というのは宗教だったり、種族だったりと主義主張がある連中だった。だが、この犯行にその手のものは窺えない。手段はテロ組織かもしれないが、動機は犯罪組織のそれだろう」


 結局はビジネスにおける儲けの問題ではないかとカーター。


「テロの定義は確かに政治的目的の達成を目的とした破壊活動です。一見してマフィアやギャングなどの犯行は該当しないように思えます」


 マティルダがそう説明を行う。


「しかし、テロという語源を紐解けば恐怖による目的の達成です。その上で一連の動画が示したものを見てください。残忍な殺し屋たちの恫喝。まさに恐怖による目的の達成ではないでしょうか?」


「恐怖を手段にする犯行をテロと呼ぶか。確かに建物を爆破して、車に対戦車ロケットを叩き込み、生きたまま人を焼き殺す様子をネットに流すような犯行を、ただの殺人だとか抗争で片付けたくないな」


 マティルダが続けて指摘するのにカーターがそう言って頷く。


「さらに言えば我々は一連の犯行を行ったグループについて情報があります」


 そう言ってマティルダが資料をカーターたちに配布する。資料には連邦捜査局による機密指定の判が押されていた。


「ハンニバル。国内外のテロ活動に関与した疑いのある犯罪組織です」


 その資料の冒頭にはハンニバルという組織の名があり、テロ組織という文字がその傍に並んでいた。


「“本土攻撃”でいくつものテロ組織が改めてピックアップされました。国外の宗教原理主義者たちでなく、国内においても反連邦主義者や人種差別主義者の組織がテロ組織に発展する可能性があるとして調査されました」


 マティルダが説明を続け。カーターたちは資料を見る。


「このハンニバルという組織もその過程でマークされました。この犯罪組織は複数のテロ組織の資金洗浄に関与している疑いの他、国内外で実際にテロ活動に従事した疑いがもたれています」


「司法省がテロ組織に指定したグループなのか?」


「いいえ。司法省はまだこのグループをテロ組織に指定していません。指定するのに十分な情報がないというのが理由です。全てが疑いにすぎず、彼らが実際に犯行声明を出したことや構成員がテロを理由に逮捕されたこともない」


「それはテロ組織として矛盾してるな。テロはさっきあんたが言ったように恐怖を武器に要求を通すことだ。その時点で犯行声明は必須だろう。黙って銀行に押し入っても金は出てこない。『俺たちに金を寄越せ』と言わなければ」


「ええ。ですが、彼らは匿名性を維持しつつ、テロを繰り返しているのです。いくつかの事件を例にあげましょう」


 カーターがそう指摘するのにマティルダが資料を捲るように促す。


「バンク・オブ・フリーダム・シティ爆破事件。“本土攻撃”前に起きた事件です。フリーダム・シティにあるこの銀行は死体爆弾によって攻撃されました。この犯行に関与している疑いがあるのがハンニバルです」


 死体爆弾。死霊術で操る死体のはらわたを抜き、そこに爆薬を詰めて、相手に向けて接近させ──ドカン!──という非人道的戦術だ。


「犯行声明はありませんでしたが、バンク・オブ・フリーダム・シティは新しい頭取が犯罪組織と少しでもかかわりのある人間の資産運用は行わないと宣言していました。実際にそれを理由に何名もの資産家の資産運用を拒否しています」


「オーケー。その資産家のリストはそこそこ長いものになるだろうが、どうしてそこからハンニバルだと特定を?」


「きっかけはハンニバルと繋がりがあることが噂されている資産家カーチス・タルボットもそのリストに載っていたことです。彼は南部で牧場経営によって財を成した人物であり、熱烈な南部への郷土愛を表明していました」


 “国民連合”南部は広大な農場が広がり、かつ大量の石油が採掘される油田が位置している。同時に混血やエルフ以外の種族を否定する純血種至上主義者たちや反連邦主義の民兵たちが公然と存在する場所でもあった。


「犯行に使われた死体のTシャツには犠牲者の血で『暴君は常にかくのごとし』と書かれていました。南部のモットーです。さらに攻撃は2月4日に実行されました」


 “国民連合”はかつて東大陸の支配者であったエリティス帝国の植民地であったが、自由のために独立戦争を起こした。


 その独立戦争の際に南部は北部に遅れて蜂起した。その日時が2月4日で、南部の人間にとってはこの日が独立記念日であった。


 彼らが掲げるモットーたる『暴君は常にかくのごとし』は、かつて自分たちを支配していたエリティス帝国を打倒した際の祝いの言葉である。同時に今も自分たちを束縛しようとする連邦政府への警句でもあった。


「推理小説だってもっと分かりやすいヒントを残すものだぞ。いわゆる見立て殺人ってやつでもな。決定的な証拠はないのか?」


「死体爆弾に使われた被害者はそれまでカーチス・タルボットの資産運用を担当していた人間です」


「ああ。そいつはかなり疑い濃厚だな……」


 マティルダの言葉にカーターは納得した。


 死体爆弾は戦場で使う攻撃方法だ。それがフリーダム・シティという大都市で行われるというのは、学校で銃を乱射するよりグロテスクに感じられた。


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