捜査方針



……………………



 ──捜査方針




 匿名でテロを繰り返すという国内テロ組織ハンニバル。



「他にも犯行が疑われる事件はあります。ニュークローバー州におけるニュークローバーシティ連邦ビル爆破事件。これも“本土攻撃”前の事件ですが、テロ攻撃として認識しています」



「確か無人の小型機に爆弾を詰めて突っ込ませたんだったか」



「ええ。そして、今も伏せられていますが当時のニュークローバー・シティ連邦ビルには連邦捜査局にハンニバルについてタレこみを行おうとしていた人間がいました。その人間はこのテロで死んでいます」



「ふうむ」



 ニュークローバー・シティ連邦ビル爆破事件では爆薬を満載した小型のプロペラ機がビルに突っ込み、爆発。連邦ビルは無惨にも全壊した。それによって生じた死傷者は恐ろしい数だ。



「そして、最後に上げるのはやはりフリーダム・シティでの事件で、フリーダム・シティのマフィアが拠点にしていたビルが爆破されたものです。これには映像があります。見てください」



 そう言ってマティルダが動画を再生する。



 最初に映っているのは郊外に位置しているだろう4、5階建てのビルで、人々はその前を行き来している。何もおかしなところはない映像だ。



 しかし、2分後事態は変わる。



 ビルが突然赤い炎を吐いたかと思うと爆破解体されるように崩壊したのだ。



「こいつはさっきのナイトクラブの映像と似てるな」



「ええ。使用された爆薬もRDX爆薬と同一。バンク・オブ・フリーダム・シティ爆破事件も、ニュークローバー・シティ連邦ビル爆破事件も、同じ爆薬です」



「俺は化学には詳しくないんだが、現場から採取した爆薬の痕跡を分析して、爆薬がどこから流出したものか突き止められないのか?」



「残念ながらそれは無理でした。ですが、滅多に民間に流出することがない軍用爆薬が使用されているというだけで、ある意味では特定できたもの同然でしょう」



「軍用爆薬を入手でき、さらには使い方も熟知している連中、と」



「そうです。我々のプロファイルでは技術に高い自信を持った人間であり、職業は元軍人。政治的な思想ではなく、ただ爆破を楽しんでいる」



「危険な野郎だ」



「女性の可能性もあります」



 カーターが漏らすのにマティルダがそう修正する。



「ATFから補足説明を」



 ここでATFのヘンリーが発言を求めた。



「我々はフリーダム・シティでの爆破事件とパシフィックポイントのナイトクラブ爆破事件の比較を行いました。爆破というのは正解がひとつの数学ですが、数学の理解の程度において方法は異なります」



 爆破は化学であり数学だ。そこに答えはひとつしかない。文学のように解釈が複数存在するものではないのだ。



「両方の爆破事件で犯人は数学と化学の博士号を持っているレベルの理解力があると我々は判断しました。爆発に無駄が一切ない。不謹慎ですが、これは芸術とすら言えるレべルです」



「そういう爆破犯は少ないのか?」



「ええ。爆弾を作る能力はあっても、どう爆破させるかを知らない人間が多い。犯人が数学に詳しかった場合、もっと死傷者が出ただろう爆破事件は数多くあります」



 今はネットで爆弾の作り方を調べることもできるので、マニュアル通りに爆弾を作ることはできる。それこそ高校生でも学校を吹き飛ばせる爆弾が作れるのだ。



「長年の経験を含めて断言しますが、ふたつの事件は同一犯の犯行でしょう」



「ありがとうございます、ロビンソン特別捜査官」



 ヘンリーが説明を終え、マティルダが礼を述べる。



 爆発物の鑑識は連邦捜査局よりATFの専門性があった。ATFには十分な技術者と設備、そして予算がある。



「オーケー。分かった。国内にテロリストがいて、そいつらは今まさにパシフィックポイントに、このウェスタンガルフ州にいる。やつらがテロリストだとするならば、要求はどのようなものになる?」



「彼らはルサルカを攻撃した。なので、要求はルサルカに対して出されたはずです。それが何なのかを突き止める必要があります」



 テロリストは暴力行為そのものを目的としていない。暴力と恐怖によって自分たちの政治的要求を認めさせることが狙いだ。



 ならば、まずはその要求を知らなければならない。



「さて、カーターも状況が頭に入ったようだ。ここで捜査方針を決めたい」



 ドワイトがそう発言し、ホワイトボードを引っ張ってくる。



「まず捜査の主導権を誰が握るかだ」



 ドワイトはホワイトボードに州警察、連邦捜査局、ATFと書く。



「イーストレイク特別捜査官には悪いが、現時点で司法省はこれをテロを認めていない。あくまで犯罪組織同士の抗争だ。よってここは我々が主導権を握らせてもらう。異論ははないだろうか?」



「それが現時点では妥当ですね」



 ドワイトの言葉にヘンリーがそう応じる。



 ルサルカのような犯罪組織の抗争ならば組織犯罪対策課の管轄だ。マフィアがドンパチやるのを止めるに軍や連邦捜査局、国土安全保障省が出張ってくるものではない。



「では、我々が主導権を握らせてもらう。その上で捜査方針だが、まずはルサルカについての捜査だ。パシフィックポイント市警はルサルカの構成員数名を既に逮捕している。中には銃乱射をやらかした人間も含まれる」



「ふむ。まずはそうすべきでしょうな。正体不明のテロリストについては現時点では調べようがありません。幽霊は捕まえられない」



「ああ。ルサルカから探り、テロリストについての手掛かりを手に入れる。ルサルカの捜査では攻撃を行ったテロリストから要求、組織内の権力構造の再調査、連中のビジネスの変化を主軸にしていく」



 要求の内容、権力の配分、ビジネスの変化とホワイトボードに記される。



 組織犯罪を追うには金を追い、権力を追う。金の流れと権力の配分は組織の方向性を決定付け、組織のこれまでの、そしてこれからの犯罪について理解することに繋がる。



「ドワイト。市警はここにいませんが、彼らとはどのように協力を?」



「市警は匙を投げたよ、カーター。我々に任せるそうだ。情報の共有と作戦の支援は適時行うということだが」



「なるほど」



 市警が匙を投げるとはとカーターは思う。大抵の警官は地元に愛着があり、そんな地元の事件によそ者が口を出してくるのを嫌う。連邦捜査局は特に手柄を持っていく連中だと嫌われ者だ。



「失礼。連邦捜査局としてはやはりこの事件はテロとして扱いたいと思います」



 ここでマティルダがそう発言した。



「勝手なことを言われては困る、イーストレイク特別捜査官」



「ええ。私の言い分が勝手だということは分かりますが、それでもテロの側面からも捜査を行わなければなりません。次に爆破されるのが民間人でいっぱいのホテルである可能性もあるのですから」



「それはそうだが……」



 マティルダの言葉にドワイトは悩むように顎をさする。



「ドワイト。イーストレイク特別捜査官はテロの専門家なのでしょう? 組織犯罪のプロじゃない。なら、彼女には彼女の専門知識を活かしてもらいましょう。別に捜査に支障は出ませんよ」



「お前がそういうならそうしよう」



 カーターが言い、ドワイトが頷いた。



「ただし、単独行動はやめてくれ。俺たちは仲間だ。助け合わなければ」



「……ええ。そうですね」



 カーターは笑みを浮かべてそう言ったのだが、マティルダは俯いてそう返すのみ。



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