カーター・マルティネス
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──カーター・マルティネス
カーター・マルティネス警部はスマートフォンの着信音で目を覚ました。
今日も最悪の目覚めだとカーターは思いながら、スマートフォンを取る。
「はい、カーターです」
『カーター。早朝に悪いな。ドワイトだ。パシフィックポイントがやばいことになっている。すぐに来てくれ』
「了解」
ボスからの連絡にカーターがそう返し、ベッドから這い出る。
カーターはウェスタンガルフ州警察組織犯罪対策課の警部であり40代のリザードマンだ。この暖かな西部にはリザードマンたち有鱗族の移民を引き付け、カーターの両親もそんな移民たちであった。
彼はまずは顔を洗ってしっかり目を覚まし、冷蔵庫を覗き込む。そして、ビール以外何も入っていない、それを見てカーターは深々とため息を吐くと、仕方なくインスタントコーヒーを入れて飲みほした。
このカーターが暮らす家は明らかに独居者向けのそれではなく、あちこちに家族の痕跡があった。カップの数やダイニングの広さ、そのダイニングのテーブルに揃えられた椅子の数も。
事実、彼にはもう5年も実家に帰っている妻がいて、かつては娘もいた。
今は彼ひとりだけ。
カーターは身支度を整えながら部屋の隅に積み上げられた段ボール箱に視線を向ける。段ボールには『エマ』と書いてあり、まるで封印するようにガムテープでしっかりと閉じられていた。
「クソ」
頭の中にあの日の光景がフラッシュバックする。
血まみれのアスファルト。建物に刻まれた銃痕。割れたガラス。
事件をバイカー・ギャング同士の縄張り争いだと州警察は結論した。あるバイカー・ギャングが縄張り争いをしていたライバルのいる店を狙ったのだと。
ただし、連中はラリっていて間違って無関係の店に向けてバイクから銃を乱射した。それは本当に何の関係もない有鱗族向けのレストランで、カーターの娘エマも彼氏とともにそこにいた。運が悪いことに。
娘は失われ、妻は家を出た。
カーターには仕事だけが残された。
ライバルに向けて民間人の存在も気にせず銃を乱射するようなクズをムショにぶち込む仕事だ。それだけがカーターに残されたものだった。
スーツを纏い、バッヂを身に着け、自動拳銃をホルスターに収め、身支度を終えたカーターは“連合帝国”製の赤いSUVに乗り込む。そして、ウェスタンガルフ州第2の都市ハーバーシティにある州警察オフィスを目指して車を走らせた。
『──パシフィックポイント・ネイビーズはライバルのハーバーシティ・ガンナーズに逆転サヨナラ勝ち! スタジアムは熱狂に──』
ラジオは昨日の野球について述べている。カーターも昔は野球が好きだった。
『──一連の銃乱射事件に対してパシフィックポイント市警は市民に警戒を呼び掛けています。一連の事件では既に死者10名──』
パシフィックポイントがやばいことになっている。カーターの頭の中で上司が言った言葉が繰り返される。州警察の組織犯罪を取り締まる部署の人間にやばいというのは、それなりに重い意味を持つ。
「パシフィックポイントで何があった……?」
カーターの所属するウェスタンガルフ州警察は、州の複数の地点に跨る犯罪を捜査することを任務としている。
パシフィックポイントだけの事件ならば市警が担当する。わざわざ州警察が出張ることはない。他の大都市でも話は変わらない。
ただし、事件がパシフィックポイントと他の州内の都市や地域で広がっている広域犯罪ならば、それは州警察の出番だ。
そうこう考えている間にカーターを乗せたSUVは州警察オフィスに到着。
州警察オフィスは昔は開かれた場所だったが、今ではビジター用の金属探知機と爆発物探知犬がいる。“本土攻撃”の後で州警察オフィスにも爆破予告などが相次ぎ、国土安全保障省からセキュリティ強化を言い渡された結果だ。
「カーター。来たか」
最低価格で購入されたデスクに並ぶオフィスでカーターを出迎えるのはスノーエルフとハイエルフの混血である壮年の男性だ。カーターの上司に当たるドワイト・タイラー警視である。彼が組織犯罪対策課の課長を務めている。
「何があったんです、ドワイト? やばいって何が?」
「何も聞いてないのか? ああ。そうだったな。お前は確かセブン・ウルブズの捜査中だったか……」
「ええ。連中は“連邦”の売人からホワイトフレークを預かって捌いていますよ。もう少しで掴めそうです」
セブン・ウルブズはウェスタンガルフ州で活動するバイカー・ギャングだ。カーターは彼らが違法な薬物取引に関与しているとして追っていた。
目下、州警察組織犯罪対策課で重要な事件といえばこれで、麻薬取締局も捜査には加わっているもの大規模なものだ
「そいつは別の人間に任せろ。お前には担当してほしいものがある」
「随分と慌てていますが、テロリストでも引っ越して来たんですか?」
「鋭いな。まさにその通りだ。こっちへ来い」
そう言ってドワイトはカーターを会議室に連れていく。
会議室にはまずアルコール・タバコ・火器及び爆発物取締局のATFと書かれたレイドジャケットを羽織った大柄なオークの男性が目についた。
それからスーツ姿のハイエルフの若く、小柄な女性がいるのが見えた。が、こちらは身分を特定できるようなものを身に着けていない。金髪を短いポニーテイルにしており、バッヂも所属部署名入りレイドジャケットもなし。
「紹介しよう。こちらはATFのヘンリー・ロビンソン特別捜査官」
「どうも。ヘンリーです、カーター警部」
オークの男性はヘンリーとして紹介された。オークの男性は一瞬だけ気のいい笑顔を浮かべたのちにすぐにプロとしての鉄仮面に戻る。
「で、こっちは連邦捜査局のマティルダ・イーストレイク特別捜査官」
「連邦捜査局のマティルダです」
ハイエルフの女性はマティルダと名乗る。
「イーストレイク特別捜査官はテロ対策のスペシャリストだ」
「テロですって」
一体何が起きているのかとカーターが訝しむようにテロ対策のスペシャリストらしいマティルダの方を見る。
「状況を最初から説明しよう」
ドワイトはそう言って会議室の扉をカギを閉めた。
「最初の報告があったのはパシフィックポイントでの事件だ。ドラコンのことはカーターも知っているな?」
「スノーエルフの売春組織でしょう。大人しい連中だったはずですよ」
「そう、連中はそこまで悪質ではないが、そのせいか被害者に転落した。これはネットに出回った動画だ。3件ある。全部見てくれ」
ひとつ目はドラコンが保有するナイトクラブが爆発した様子。爆破の音が響き、建物が崩れ落ちていく様子がスマートフォンによって撮影されていた。
「こいつは……。まるで爆破解体みたいですね」
「まだ動画はある。その意見は恐らく変わるぞ」
次の動画はより残酷で、衝撃的なものだった。
車から降りてくるバラクラバを被った人間たち。手にはサプレッサーが装着された自動小銃があり、彼らは後方のセダンに向けて発砲。それによって運転手がハチの巣になるさまが映されている。
恐らくはボディカメラの映像だろうそれは次に携行対戦車ロケットで車を攻撃するという、まるで映画みたいな光景が映されていた。
そして、チャーリー・リューキンが車から引きずり降ろされた時点で、撮影するものがスマートフォンのカメラに代わる。
『次はお前だ、サム・ゴルコフ』
ナイフで首を切られるチャーリーの最後の映像。
「……こいつら、どこの連中です、ドワイト?」
カーターは慎重にそう尋ねる。
「テロ組織だよ、カーター」
ドワイトはそう言って次の映像を見せる。
……………………
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