手回し
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──手回し
「この連中、どこの所属だ?」
自分の側近であったチャーリーが殺害される様子を映した動画をノートパソコンのモニターで見ながらサム・ゴルコフが唸るようにそう尋ねる。
「分かりません。ですが、こいつら軍人ですよ。動きが鍛えられています」
「軍人? カルテルの連中は軍人を使ってると聞くが、まさかオブシディアンか?」
オブシディアンはパシフィックポイントにおける有力なパンサー・ギャングで、“連邦”のカルテルとも繋がっている。
「いいえ。連中はカルテルと繋がっていますが、カルテルのように軍人を使っているとは聞きません。それに我々と敵対する理由もない」
「それもそうだな……」
では、誰の仕業なのだ? 誰がここまでの暴力を自分たちに向けている?
「おい。警官どもに話を聞いてこい。飼ってる連中がいるだろう」
「了解」
ここでサム・ゴルコフは汚職警官たちを頼ることにした。彼らならば何かしらの情報を持っている可能性はあった。
“本土攻撃”の後で国土安全保障省やらが立ち上がった他に、捜査機関同士の情報共有も行われるようになったからだ。今では下っ端の警官だってテロリストの顔写真と名前が回ってくる。
ドラコンの構成員たちはそんな情報を期待して、汚職警官たちに接触した。
「知らねえよ。何も情報は回って来ちゃいない」
ドラコンの構成員の訪問を受けたデニソフ警部補はプラ容器に入ったコーヒーを片手にそう返す。プラ容器には有名コーヒーチェーン店のロゴで、彼は覆面パトカーの横でそれを啜っていた。
「本当か? こんなテロが起きたのに何の情報もないってのか?」
「おい。吹っ飛ばされたのが連邦施設だったり、
「クソ。金払ってんだぞ。本当に情報はなしか?」
「ない。他の警官にも聞いてみろよ。同じことを言うぜ」
この時点でデニソフ警部補はその飼い主をルサルカからハンニバルに鞍替えしていた。彼は約束通り、ハンニバルから金を受け取り、警察からルサルカ及びドラコンへの情報を遮断した。
パシフィックポイント市警察は爆破されたナイトクラブから軍用爆薬の痕跡を発見し、テロの疑いで連邦捜査局に協力要請を出していたが、そのことは秘匿された。
ドラコンとルサルカはまだ汚職警官たちが離反したという事実を知らないまま。しかし、彼らの中にはうっすらとそのことに気づき始めた人間もいた。
「どうも妙だ」
そういうのはルサルカのナンバー・ツーであるスノーエルフの男、ディミトリ・ソロコフだ。神経質そうな顔立ちをした小柄な男で、さきほどからナイトクラブが爆破される映像とチャーリーが処刑される映像を繰り返していた。
ディミトリは元“社会主義連合国”の諜報機関たる国家保安委員会の将校だ。そんな彼だからこそ現状が理解できていた。
相手は訓練を施された軍事組織であり、テロリストだと。
そんな連中がこの街に入ってきているのに連邦捜査局が動いていないはずがない。そして、警察は連邦捜査局と何かしらの情報を共有しているはずだ。
それにこれだけの爆発を引き起こすのに素人が作ったパイプ爆弾なんかは役に立たない。使われたのは軍用爆薬に違いないだろう。そうなればアルコール・タバコ・火器及び爆発物取締局だって動く。そことの情報共有もあるはずだ。
なのに汚職警官どもは口を揃えて『何の情報もない』と歌う。
「どうも妙だぞ。クソ、嫌な予感がする」
考えられることはふたつ。
ひとつは汚職警官が別の連中に買収されている。
もうひとつは“国民連合”の情報機関たる戦略諜報省が作戦を主導していること。
前者はありえなくはないシナリオだ。汚職警官は別に家族ではないし、友人でもない。連中が裏切るのは不思議ではない。
もっとも、連中が裏切るということはドラコンはおろかルサルカすら相手にならないというデカい組織が侵入してきたことになる。それは最悪だ。
もうひとつの戦略諜報省のシナリオはもっと最悪だ。
戦略諜報省は対テロ作戦と銘打てば何をやってもいいと思っている連中が集まっていて、以前ルサルカも目を付けられていた時期がある。連中はルサルカが行う人身売買のための密入国斡旋でテロリストが侵入したと考えていたのだ。
絵に描いたようなにやにや笑いのハイエルフが周りを嗅ぎまわっていたわけではないが、一時期電話が全て盗聴され、メールも明らかに傍受され、上空をドローンが飛び交ったことがある。
しかし、疑いは晴れて無罪放免となたはずだ。なぜ今になってまた?
そこでディミトリのスマートフォンがバイブした。
「ん……? どこからだ?」
知らない番号からの着信にディミトリは眉を歪めながらスマートフォンを耳に当てた。
「誰だ?」
『ハロー。初めまして、ディミトリ。あんたが今血眼になって探している人間からだ』
「おい。まさかお前……」
『そう、噂のテロリストだ。で、あんたに提案がある。聞け』
変声機を使っている甲高い声がディミトリに命じるように言う。
『あんたは賢い。何が起きているのか察しを付け始めているだろう。だから、選択肢をやる。あたしたちの方に付け。そうすればあんたは殺さない。それどころかルサルカのナンバー・ワンにしてやる』
「お前たちは何者だ?」
『テロリストだと言っただろう。またかける。電話には出ろ。死にたくないならな』
電話はすぐに切れた。
「不味いことになってきたな……」
ディミトリは通話の切れたスマートフォンを眺めてそう呟く。
想定していなかったシナリオだ。相手はルサルカの乗っ取りを考えている別の犯罪組織だ。そいつらはテロリスト並みの武装と訓練された兵員を有し、その殺意をドラコンとルサルカに向けている。
ルサルカが相手の正体すらつかめていないのに、相手は既に自分のスマートフォンの番号すら把握していた。
暫くしたのちにディミトリはそのスマートフォンで別の人間に電話した。
生き残りのために。
そのころドラコンではサム・ゴルコフが部下からの情報を待っていたが、未だに汚職警官から有力な情報は得られず、事態は全く把握できていなかった。
「何の情報もないのか? 俺にそうボス・ジョセフに報告しろっていうのか?」
「すみません、サム」
「クソ!」
情報が掴めず、ジョセフからは催促の電話がかかってくるのにサム・ゴルコフは焦っていた。このままじゃチャーリーのように首を掻き切られずとも、ジョセフに絞め殺されちまうと。
「何か報告できそうな情報を持ってこい! 急げ!」
彼は結果を急ぎ、部下たちを急かす。
部下たちは皆が情報収集に駆り出され、警備の人員すらそちらに回された。彼らはナイトクラブとチャーリーの殺害に続く第三の攻撃が起きると思っていなかったのだ。
だが、三度目の襲撃の準備は既に完了していた。
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