ヘイトクライム
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──ヘイトクライム
ローン・イーグル旅団が始めた市民による自主的な治安活動というものは、激化の一途を辿っていた。
民兵たちはドローンの映像に従って行動し、オブシディアンと交戦を続けている。
しかし、民兵が標的とするのはオブシディアンだけではなくなっていた。
「予想していたことが起きた」
マティルダがそう言ってネットにアップロードされていた動画を再生して見せる。
そこには豹人族の一家がひとりずつ家の外に出され、跪かされたのちに、後頭部に銃弾を叩き込まれるボディカメラの映像が映されていた。豹人族は武装している様子もなく、殺害された中には子供も混じっていた。
「ヘイトクライム、か」
カーターがそう呟く。
ヘイトクライム。人種などの相手の所属するグループに対する偏見と嫌悪から引き起こされる犯罪のことである。
特に多くの人種が暮らす“国民連合”において、この手の犯罪は問題であった。
今まさにその“国民連合”の負の面が現れ始めている。
「放っておけばこいつらの真似をする人間は出てくる。だけど、現状ではこの手の犯罪まで取り締まる余裕もない。市警に任せるしか」
「ああ。そして、憎悪は連鎖する。報復が報復を呼び、血が流れ続ける」
「最悪」
カーターとマティルダが話していたようにこの手の犯罪は連鎖する。
ヘイトクライムを起こした民兵が捕まらなければ、他の人間も逮捕されないと思って犯行に及ぶだろう。そして、被害者になった豹人族の側も、暴力に訴えて自分たちの身を守ろうとする。まさに暴力の連鎖だ。
「しかし、ここまで来ると市民からの反発も出るだろう。ウェスタンガルフ州は比較的リベラルな州だ。人種差別などには厳しい姿勢を取る市民が多い」
「けど、彼らに武器を持った民兵を止められるの?」
「市長や州知事を動かす力にはなるかもしれない」
それから2日後、ある事件が起きた。
自主的な治安活動を実施中のローン・イーグル旅団の民兵たちが、豹人族の生徒たちが通学のために乗っていたスクールバスを銃撃し、子供12名を殺害したのだ。
まずスクールバスが通りをゆっくりと走行しているのにローン・イーグル旅団のテクニカルが走り込んできた。それから面白半分としか言いようがないように重機関銃を発砲。バスを蜂の巣にして走り去った。
その様子を撮影していた市民が映像をSNSにアップロードし、市民たちはローン・イーグル旅団の蛮行について知ることになった。
「常軌を逸している」
「警察は何をしているんだ?」
「この国で起きたこととは思えない」
「誰かが止めなければ」
SNSで瞬く間に大量のコメントが付き、その中で民兵の撤退を求める運動が持ち上がる。民兵の行動に抗議するデモの訴えがSNSで拡散していき、ネットの運動は現実のデモとして発揮されようとしていた。
マスコミも司令官のハリソンに取材を試みたが、彼は取材を拒否。
しかし、何の意見も述べなかったわけではない。
彼もSNSでこう発言した。
「我々はこの国を守る。病巣を切り取り、この国を健全な形にする。それを邪魔するものは何人たりとも許しはしない」
ネットで広まった民兵に対する反発を意識したこのメッセージを、デモを計画している側ははったりと見做した。
デモの主催者は市警にデモの申請し、それが承認された。
そして、同時にその情報はローン・イーグル旅団側にも伝わっていた。
様々なプラカードを準備したデモ隊はパシフィックポイントのカレッジスクエア通りに集まり、大声でシュプレヒコールを上げ、行進を開始。
「あれは……」
「民兵だ!」
通りに軍用四輪駆動車とピックアップトラックでバリケードを構築しているのは、ローン・イーグル旅団の民兵たちであった。
車両には口径12.7ミリの重機関銃が据えられており、タバコを吹かした民兵がその銃座についている。
「この街から出ていけ、ファシストども!」
「パシフィックポイントは民兵を拒否する!」
デモの参加者たちはプラカードを振り、民兵たちに向けて罵声を浴びせる。
「射撃準備!」
民兵側の指揮官はその罵声にそう命じた。
民兵たちが自動小銃や機関銃の銃口をデモ隊に向ける。
「民兵は出ていけ!」
「豹人族へのヘイトクライムをやめろ!」
それでもデモ隊はシュプレヒコールを止めない。彼らは大勢で集まったために気が大きくなっており、さらには自分たちが銃撃されるはずがないと思い込んでいた。
「撃て!」
デモ隊が民兵と接触してから23分後。民兵が一斉に発砲。
カレッジスクエア通りは血に染まった。
「連中、やりやがった」
マスコミが遅れながらもカレッジスクエア通りの虐殺の様子を伝えるのを見て、カーターが唸る。デモ隊が逃げ去り、民兵が撤退した後でも通りには赤黒く変色した血が大量に残されていた。
「州知事はこれ以上状況が悪化するなら州兵を動員すると言っている」
「遅すぎる。民兵がここまで幅を利かせる前にやるべきだったんだ」
「遅くてもしないよりはマシだと思うしか」
マティルダはそう力なく言った。
「この殺戮に関わった人間は逮捕するべきだ。そうしないとこのパシフィックポイントでは法が機能していないことになる」
「ええ。問題は現場の判断で発砲したのか、それとも司令官のハリソンの命令か」
「後者ならハリソンもしょっ引かないとな」
「問題はこの虐殺を記録した映像に民兵たちの顔は映っていないということ。全員がバラクラバを装備しているし、個人識別可能なものを付けていない」
「そうだな。その上、街は内戦状態。戦場で殺人犯を探すことがどれだけ難しいかという話になってくる」
「狙いを絞るべきかも。ある程度ターゲットが絞れれば、司法取引などを持ち掛けて、民兵たちの仲間割れを導き出せるかも」
「それは悪くないアイディアだ。ところで民兵について調査している連邦捜査局のチームから情報は?」
「まだ伝えられていない。けど、何も情報は必ずあるはず。国内テロの潜在的な脅威として民兵は捜査の対象になっているから」
危険な思想と武器の両方を有する民兵は警戒すべき組織であった。
「情報を待つべきかもしれないが、こうしている間にも証拠は消えていっている。ここは迅速に動くとしよう」
カーターはそう言う。
「まずデモ隊への発砲について捜査し、それからデモの切っ掛けになったスクールバスへの銃撃について調査する。どこかに証拠は残っているはずだ」
そう、これだけの殺戮において何の証拠も残っていないはずはない。カーターたちはそうか考えていた。
だが、逆にこれだけの殺戮であるが故に何も残っていなかったのだ。
現場には銃弾は山ほど残っていたが、あまりに多すぎてどの銃弾が誰を貫いたのかを明かすことができない。被害者も容疑者も多すぎて、誰が誰を殺害した容疑で捜査することができないのだ。
しかし、カーターたちはそれでも諦めなかった。
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