抗争は終わり……

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 ──抗争は終わり……



 カーターたちが微かな証拠でも掴もうと奔走していたとき、マックスとレクシーが一連の抗争における決定的行動に出た。


 すなわち、ニコラス・ディアスの殺害だ。


 マックスとレクシーはニコラスを殺害後、その様子を撮影した映像をネットにアップロードした。過激な殺人の様子を映した動画は瞬く間に拡散し、パシフィックポイントにおいても多くの市民が知ることとなった。


 そして、ルサルカとラジカル・サークルによる反撃が開始される。


 暴力は連鎖し、終わることもない。


 少し前にルサルカの手で“国民連合”に渡った女性ターニャは、今は渡航費を支払うためにルサルカの下で娼婦をやっていた。


「ターニャ。今日も会えて嬉しいぞ」


「ありがとうございます、ディミトリ」


 しかし、ターニャは運がいいと言えばよかった。彼女はルサルカのボスであるディミトリに気に入られ、彼から寵愛を受け、彼だけを相手にすればよかったのだから。


 ターニャはディミトリの好むようなドレスを纏い、化粧をし、香水をつけ、ディミトリの望む言葉を与えればそれでよかった。


 ディミトリは避妊もちゃんとしているし、やたら女をとっかえひっかえして病気を貰うこともなく、ドラッグを使うことを強要したりもしない。ターニャが望んだ仕事とは違うが、最悪というほどでもなかった。


「今日は客が来る。ビジネスだ」


 ディミトリは少し疲れた様子でそう言った。


「パンサー・ギャングのことはニュースで見ているだろう? ようやくそれ絡みの抗争が終わりそうだ。そのことについての話し合いになる」


「同席した方がいいですか?」


「できればそうしてくれ」


「分かりました」


 ターニャはディミトリの信頼を得て、彼が交渉の場で美しいターニャを見せびらかすのに付き合うことも多くなっていた。


 今回の商談でもターニャは同席することに。


 来客は夜になってルサルカが経営するナイトクラブにやってきた。


「よう、ディミトリ」


「ああ。レクシー、マックス。よく来たな」


 ナイトクラブにやってきたのサウスエルフの男女。彼らがスノーエルフの集まりであるルサルカのメンバーではないのは明白だった。


「まずグッドニュースだ。“連邦”のカルテルと話しがついた」


「本当か? 随分とあっさり片付いたんだな」


 レクシーと呼ばれた女が言うのに、ディミトリが怪訝そうにする。


「お互いにビジネスマンだってことさ。儲かるなら手を組む相手は選ばない。そして、あたしたちはカルテルにオブシディアンと手を組むより、こっちと手を結んだ方が儲かるということを示した」


「つまり、“連邦”からもドラッグを?」


「そ」


 レクシーはこともなげにそう言ってのけた。


「ちょっと待て。これからも黄金の三角州ゴールデン・デルタとの取引は続けるんだろう? それなのに“連邦”からもドラッグを密輸して、そんなに捌けるのか?」


「ビジネスを拡大する機会だ。これを機に一気にのし上がる。幸い、ドラッグの需要が落ちるなんてことはない。正直、仕入れれば仕入れるだけ儲かるビジネスだ」


「どうかしてる」


「どうかしているぐらいでなければ生き残れないぞ」


 今度はマックスがディミトリに対してそう言った。


「分かった。私たちは何をすればいい?」


「港湾部における裏口の確保を続けてくれ。いや、拡大するぐらいで頼む。これからもっと大きな取引が始まる」


「理解した。手配しておく」


 素面での商談が終われば、次はアルコールを入れての話だ。


「どうぞ」


 ターニャは飲み物を運んできてディミトリたちに差し出す。


「随分と美人の愛人だな、ディミトリ。羨ましいよ」


「そうだろう? ターニャはお気に入りだ」


 レクシーが少しばかり性欲の混じった視線でターニャを見るのに、ディミトリは自慢げにそう返した。


「ところで、民兵についてはどうするつもりだ?」


「連中には泥をかぶってもらう。そう決めて動員していた」


「つまり、切り捨てると?」


「連中がどういう連中か思い出せ。純血種至上主義者で、イカれた愛国者だ。それに対して俺たちはどうだ?」


「犯罪者だ」


「そう。連中と俺たちの利害はもう一致しない」


 マックスたちと民兵の間にはこれまではオブシディアンという共通の敵がいた。だが、オブシディアンはボスであるニコラスを失い、分裂している。もはや脅威と呼ぶことはできない。


「下手に切り捨てれば、後々で面倒なことになるかもしれないぞ」


「連中は俺たちについて何も知らない。情報は秘匿してきた。問題はない」


「なら、こちらから言うことはない。せいぜい連中がこの街から一日も早くいなくなることを祈るよ」


「酷いやつだ」


 ディミトリが肩をすくめていうのにマックスがそう言って笑った。


 こうしてマックスたちは民兵を切り捨てた。


 いや、先に手を切っていたのは民兵の側かもしれない。彼らは豹人族のテロリストと戦うのではなく、自分たちの人種的嫌悪のために戦っていたのだから。


 一方、マックスたちと民兵たちが手を切ったのを知らないまま、カーターたちは民兵たちを追い詰めようとしていた。


 ATFはデモ隊に発砲された薬莢を全て調べ、データベースを照合。その中からローン・イーグル旅団に所属している民兵が所持している銃と一致することを発見した。


 このことを口実にカーターたちはローン・イーグル旅団の基地であるディバイン・ピーク防衛基地の捜索令状を取り付けた。


 だが、ことはそう簡単にはいかなかった。


「不味い状況です」


 動員された連邦捜査局の特殊作戦部隊を指揮する捜査官が告げる。


「ローン・イーグル旅団はディバイン・ピーク一帯に潜みました。先行して基地に向かった部隊とは連絡が取れなくなっています」


「まさかゲリラ戦でもやるつもりなのか、連中は」


「その通りでしょうね」


 ローン・イーグル旅団はパシフィックポイントでので気を強くしたのか、自分たちを犯罪者扱いするものたちに銃を持って立ち向かおうとしている。


「内戦状態だな」


「昔、おかしなカルトが起こした立て籠もり事件では20人以上が死んでる。今回もそうなるかもしれない」


「その事件なら知っている。あれから連邦捜査局も対策を進めたんだろう?」


「ええ。だけど、私たちは軍隊じゃない」


 山間部に立て籠もった民兵を相手にする訓練を受けている人間は少ないとマティルダがカーターに言う。


「じゃあ、州兵を動員してもらうか?」


「その準備はしておくべきね」


「分かった。伝えておく」


 不安がまだ残る中で、州警察及び連邦捜査局、ATFによるローン・イーグル旅団の立て籠もりに対する鎮圧作戦が開始された。


 連邦捜査局はまずはヘリを飛ばしてローン・イーグル旅団の航空基地の制圧を目指した。ヘリに搭乗した特殊作戦部隊が航空基地を目指す。


「クソ! 対空砲火だ!」


「退け、退け!」


 しかし、ディバイン・ピークに接近した時点で地上から口径12.7ミリの重機関銃による射撃を受けて機体が損傷したため作戦は中止に。


「航空基地の制圧作戦は中止。基地の無人機は空軍州兵が爆撃して片づける」


 作戦の指揮を執る連邦捜査局の捜査官がそう報告。いよいよ州兵が動員された。


「我々は地上を進むしかない。陸軍からアドバイザーを呼んである」


 ここで陸軍から派遣されてきた将校が姿を見せる。


「デクスター・ロレンス大佐だ。陸軍から捜査に協力するために派遣されてきた。対反乱COIN作戦についてはある程度の知識がある」


「では、大佐。早速だが作戦の説明を」


「了解だ」


 そして、ロレンス大佐からローン・イーグル旅団に対する作戦の説明が行われた。


……………………

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