摘発

……………………


 ──摘発



 司法側による西海岸での密入国斡旋の摘発が実行された。


 ICEの捜査官たちが港や空港、高速道路に展開し、検問で密入国者の一斉摘発を実施。動員された捜査官の規模も、範囲もこのかつてない摘発によって少なくない数の密入国者とそれを斡旋した人間が拘束された。


 ルサルカはこれで打撃を受ける。


「ボス。ICEが出張ってきているんです。国土安全保障省が介入しているんです。このままではいずれは我々も……」


「分かっている」


 ディミトリの下には幹部たちが相次いで悲痛な陳述をしに訪れていた。


 ルサルカもICEの大規模な摘発に遭遇しており、ハンニバルの下で行っている密入国斡旋や人身売買ビジネスが打撃を受けている。


 困ったことに今のルサルカの主要な収入源は密入国斡旋とドラッグの密売であり、それらはほぼ不法移民に依存していた。


 密入国斡旋などのビジネスはハンニバルとの取り決めでルサルカに大きな利益がでるようになっており、それらが失われるとルサルカは大打撃を受ける。皮肉なことに奴隷を売っていた人間が、もっとも奴隷に依存していたのだ。


「クソ。こうはならないはずじゃなかったのか。それとも派手にやりすぎた結果か?」


「ディミトリ……」


 ディミトリがウオッカのグラスを片手に唸るのに、ターニャが心配そうに彼を見た。ディミトリがたとえ犯罪者であっても、ターニャには今や身内も同然である。彼女は彼のことを心配していた。


 それに彼女が彼の心配をするのにはとても大きな理由があった。


「ディミトリ。聞いてほしいことがあるの」


「何だ、ターニャ?」


「子供ができたみたい。あなたの子供よ」


 そう、ターニャは妊娠していた。ディミトリの子供を妊娠していたのだ。


「おお。本当か?」


 ディミトリは先ほどまでの苛立ち、不安に襲われた表情から一変して笑顔を浮かべ、ターニャの方を見る。ターニャはそれに優しく微笑んで頷いた。


「そうか。それはよかった。私にも子供ができるのか」


「ええ。私たちの子供よ」


 ディミトリには“社会主義連合国”で暮らしていたときには妻子がいた。ルールクシア共産党幹部の娘だった。


 しかし、彼はそれらを捨てて“国民連合”に亡命したのだ。共産党一党体制が終わった“社会主義連合国”において、もはや共産党幹部の娘というのは自分にとって何の利益もなかったが故に。


 しかし、彼は“国民連合”に亡命して暫くしてそのことを後悔していた。


 犯罪者であっても家族というのは必要なものなのだ。


「ターニャ。結婚しよう。式を挙げて、正式に夫婦になろう」


「喜んで、ディミトリ」


 ディミトリとターニャがそんなささやかな幸せをかみしめていたときも、司法側による密入国斡旋ビジネスと人身売買ビジネスを潰そうとしてた。


 司法側はICEによる大規模摘発の次のフェーズに突入。


 それはルサルカ幹部の摘発である。


「ミハイル・シドロフ。ルサルカの売春ビジネスを仕切っていた人間だが、ICEの大規模摘発によって人身売買にも関与していることが分かっている。こいつを拘束する」


 カーターが連邦捜査局のパシフィックポイントオフィスで告げる。


「ICEのテオ・ガーランド特別捜査官から説明がある」


「テオ・ガーランド特別捜査官だ。ミハイル・シドロフについて資料を配る」


 テオはサウスエルフとスノーエルフの混血でバスケットボールの選手のように大柄な男であった。彼はICEのレイドジャケット姿で、オフィスにいる面々にミハイルについての資料を配布した。


「ミハイル・シドロフ。元“社会主義連合国”軍参謀本部情報総局の大佐。過去に逮捕歴複数。我々は今回の摘発で得られた証言から、この男が人身売買に関与している強い疑いを持っている」


 ミハイルもまた元“社会主義連合国”の将校であった。


「さて、“妖精の結婚”というマッチングサイトが存在する。表向きは出会いを求める“連合国”の女性を“国民連合”の男性に紹介するというものだが、これが人身売買に使用されている」


「“連合国”の女性をこのサイトを通じて“国民連合”に売っていると?」


「証言ではまさにその通り。このサイトを利用した6名の男が、女性を買ったことを証言している」


 ルサルカはネットのマッチングサイトに偽装して、人身売買の取引を行っていたようだ。そして、そのことはICEの摘発によって判明した。


「ミハイルはまさにこの“妖精の結婚”を運営している。よって、我々はこれを証拠としてミハイルを拘束することが可能だ」


「ありがとう、ガーランド特別捜査官」


 テオは説明を終え、カーターが礼を述べた。


「さて、聞いたな? 我々はこれからミハイルを逮捕する。それによってルサルカに衝撃を与えるんだ。既にICEが右ストレートを決めた。俺たちはこれから畳みかけるようにパンチを連続させる」


「そして、そのままルサルカをKOに」


 カーターが言い、マティルダがそう返した。


「その通り。やるぞ」


 そして、カーターたちが動き始める。


 彼らはパトカーと装甲車で車列を作り、パシフィックポイントの街をミハイルが経営するナイトクラブと彼の屋敷に向けて進む。


 ナイトクラブにも証拠があるかもしれないため、確実に抑えることが目的だ。


 カーターとマティルダはミハイルの屋敷に向かっている。


「マティルダ。少し興奮してるか?」


「ええ。やっと捜査が動き出したんだもの」


「そうだな。ようやく、だ」


 捜査はなかなか手掛かりがなく、行き詰っていたのが嘘のように動き出した。このままならば無事にハンニバルを検挙できるのではないかと思える。


「そろそろミハイルの屋敷だ」


「待って。先客がいる……?」


 カーターたちの車列がミハイルの屋敷に近づく中、その屋敷の前庭に何台ものSUVが停車しているのが目に入った。


「クソ。どういうことだ? 各車両、前方のSUVに警戒!」


 カーターが警告を発し、車列はゆっくりと屋敷に近づく。


 カーターたちが警戒する中、パトカーの車列はサイレンを回転灯を輝かせながらミハイルの屋敷に接近を続けた。


 そして、ミハイル邸に押し寄せた司法側の戦力が一斉に降車して展開。


「ミハイル・シドロフ! 州警察及び連邦捜査局だ!」


 カーターたちはパトカーを盾にして拳銃を構え、その銃口をミハイル邸に向けた。


 しかし、ミハイル邸に動きはなく、緊張が漂っていたときだ。


「撃つな。敵じゃない」


 そこでミハイル邸から姿を見せたのは武装したハイエルフ。ラフなジーンズに黒いシャツ、その上にボディアーマータクティカルベストといったPMCスタイルの装備。そして、手には口径5.56ミリのカービン銃という出で立ち。


「誰だ?」


「OGAだ。OtherOGovernmentGAgencyAさ」


 OGA──他の政府機関という名前を現場で使う“国民連合”の機関はひとつ。



 戦略諜報省だ。



……………………

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