法の裁きではなく

……………………


 ──法の裁きではなく



 カーターたちは再び手掛かりを失った。


「ディミトリはまだ見つかっていない。恐らくは……」


「死んでいる」


 カーターの言葉をマティルダが引き継いだ。


「クソ。どうやって拘留中に逃げ出せたんだ? ありえないだろう」


「今、セキュリティを確認している。けど、明確な答えは得れないかも」


「憂鬱だな」


 ディミトリがどうやって逃げ出したかすら分からず、捜査は宙に浮いている。


「カーター・マルティネス警部、マティルダ・イーストレイク特別捜査官」


 そこで連邦捜査局のスタッフがふたりを呼んだ。


「どうした?」


「お客様がお見えです」


「どこの誰だ?」


「それが……分かりません」


 カーターが尋ねるのにスタッフが申し訳なさそうにそう返した。


「まあいい。捜査は完全に暗礁に乗り上げている」


 カーターはそう言って客に会うことにした。


 そして、通された応接間にいたのは──。


「よう。また会ったな、ご両人」


「あんたは戦略諜報省の……」


「イエス。ジョン・ドウだ。よろしく」


 そう、応接間にいたのは他でもない戦略諜報省の人間であるジョン・ドウだった。


「それで、話っていうのはなんだ? また何かの情報の交換か? 前に渡した以上の情報は今はないぞ」


「いや。俺たちは独自に捜査を進めていてね。よければあんたたちにもお誘いをと思っただけだ。これはテロとの戦争だと俺たちは思っていて、戦争にはどんな手段も使わなければいけないからな」


「具体的に何をするんだ?」


「それはこれからある場所に向かって話す。一緒に来るか、拒否するか選んでくれ」


 ジョン・ドウはそう提案した。


「拒否する。俺は俺の方法で獲物を追い詰めるからな」


「そうかい。あんたはどうする、マティルダ・イーストレイク特別捜査官?」


 カーターはあっさりとそう答え、ジョン・ドウはマティルダに尋ねる。


「……あなたたちも正義は信じているの?」


「もちろんだ。俺たちにも愛国心と正義を信じる心がある。国家にだって宣誓した」


 マティルダの問いにジョン・ドウはは頷く。


「じゃあ、同行する。私も正義を成し遂げたい。悪党に勝ち逃げされるなんてまっぴらごめんだから」


「おい、マティルダ!?」


「ごめんなさい、カーター。けど、どんな手を使ってでも、ハンニバルは仕留めなければならない。私はそう思っているから」


「そうか……」


 マティルダがそう言うのにカーターはただそう返すのみ。


「じゃあ、一緒に来てくれ、イーストレイク特別捜査官。一応言っておくが、これから見聞きしたものについて外部の人間に喋るのは、連邦法違反だ」


「ええ」


 そして、マティルダはジョン・ドウに同行。


 彼らのSUVに乗り込み、そのままパシフィックポイントを進み、港湾部に向かう。さらにそこから海軍の基地を目指してることをマティルダは知った。


 海軍基地のゲートを顔パスで通過すると、SUVは飛行場に向かう。


「ここからはヘリに乗り換えだ。着いて来てくれ」


 ジョン・ドウはマティルダにそう言い、飛行場のヘリポートでSUVを降りる。それから待機していた軍用ヘリに乗り込むと、ヘリは内陸部を目指して飛んだ。


「どこまで行くの?」


「必要な場所までさ」


 マティルダの問いをジョン・ドウははぐらかし、ヘリは飛行を続ける。


 そして、到着したのは地図に乗っていない“国民連合”陸軍の基地だった。


「ようこそ、俺たちの基地へ」


 ジョン・ドウはにやりと笑ってそう言い、ヘリが着陸するとすぐに降りた。そして、徒歩で基地内の施設へと向かう。


 基地内では射撃訓練をしている兵士たちやコンテナに入った物資を運んでいる兵士たちがいたが、どれも正規の軍人という風ではなく、出で立ちはPMCスタイルだ。つまりはぎりぎり軍人に見えないが戦闘に適した恰好。


「彼らは?」


「愛国心のある兵隊だよ」


「民間軍事会社ではなく?」


「民間軍事会社の類はいない」


 結局、目にした兵士たちの正体は不明なまま。


「ここだ。椅子に座っていてくれ。ああ、果物とベーグルはサービスだ」


 ジョン・ドウに会議室のような場所に通されたマティルダは言われた通りに置いたった椅子に座った。


 それからしばらくしてぞろぞろと男女が入ってきた。PMCスタイルの人間もいれば、

ちゃんとした“国民連合”陸軍や海兵隊の軍服を着た人間もいる。


 ただ、連邦捜査局や警察に属する人間は見当たらない。


「諸君。これより我々は国内テロ組織ハンニバルに対する武力攻撃を実施する」


 会議室のプロジェクターの前でジョン・ドウがそう言う。


「我々が最優先目標とするのは、この2名である」


 プロジェクターに2名の男女の顔が映される。


「マックス・キニア、レクシー・バードレット。この2名こそが一連のパシフィックポイントにおけるテロ行為の中心人物だと我々は確信を得ている」


 その顔写真を見てマティルダは信じられないと思った。


 連邦捜査局も、州警察も何も得られていなかったと言うのに、戦略諜報省は既にテロリストの名前どころか、顔写真まで入手していたのである。


「我々はこの2名を殺害することで、西海岸におけるハンニバルに打撃を与え、これ以上のテロが起きることを阻止する」


 ジョン・ドウはそう言った。


 拘束して法的な裁きを受けさせるのではなく、殺害を目的とすると言ったのだ。


「これまで通信傍受によってこのふたりの位置を割り出そうとしていた。だが、その段階はもはや完了し、我々はふたりを暗殺する段階まで来かけている」


 あとは殺すだけというわけか、とマティルダは思う。


 戦略諜報省の主導する作戦ということで心配はしていたが、予想通りだった。外国の領空に勝手にミサイルを下げたドローンを飛ばし、テロリストと決めつけた人間を吹き飛ばしている連中に、どんな遵法精神と倫理観が期待できる?


「襲撃はこのふたりがそろったタイミングで実施したい。ドローンと偵察衛星によって現在も監視を行っているので、その結果次第で動くことになるだろう」


 国土安全保障省が法を守って衛星やドローンを運用しているのに対して、戦略諜報省は対テロ作戦と名がつけば何をやってもいいと考えている。


 彼らはこれだけではなく、法的に許可されていない盗聴や盗撮を行っていた。しかしながら、そうであるが故にテロを阻止することに繋がっていたのだ。


「繰り返すが、作戦目標は殺害だ。これは戦争であって、裁判でもなければ法の執行でもない。敵は倒されるべきであり、そこに一切の容赦があってはならない。確実にこのふたりを殺害する。いいか、諸君?」


「応っ!」


 この場に動員されている戦力は戦略諜報省の準軍事作戦部門たる特殊行動センターSAC隷下のシャドー・カンパニーと言われる部隊で、国内外での非合法な秘密作戦に従事している部隊であった。


 彼らは戦争をやるつもりだ。正義を成すのではなく。


……………………

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西海岸の犬ども ~テンプレ失敗から始まるマフィアとの生活~ 第616特別情報大隊 @616SiB

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