ゴールデンゲート・プラス
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──ゴールデンゲート・プラス
“社会主義連合国”が建造したソーコルイ号は新たな主をハンニバルとしながら、太平洋に乗り出した。
アール&エス貿易のソーコルイ号はまずは
港湾管理局と税関を買収しているハンニバルはそのままホワイトフレークと不法入国者を乗せて、西海岸を目指す。
西海岸沖合でソーコルイ号は潜水艦とランデブーする。潜水艦はソーコルイ号の船底にあるドッキングステーションに接続し、そこでホワイトフレークと不法移民を受け取って、西海岸を目指した。
潜水艦は密かに西海岸沖合に停泊し、漁船にホワイトフレークと密入国者を引き渡し、密かに準備された潜水艦ドックに向かう。
そうやって
「金のないやつは俺たちのビジネスを手伝ってもらう」
極東大陸の不法移民は“連合国”の不法移民より金がない。彼らは問答無用で人間ドラッグ袋となって東海岸に向かうか、人身売買で安価な労働力または性的搾取を目的としたものとして売却された。
そんな巨大ビジネスが密かに動いている中で、ターニャはまだディミトリの情婦をしていた。ディミトリはターニャを手放そうとせず、この関係はディミトリが望み続ける限り永遠に続くように思われた。
「ターニャ。今日は誕生日プレゼントがあるぞ」
にこにことした笑顔でディミトリがそう言うのは、本当にターニャの誕生日であった日だ。彼はターニャを屋敷の外に連れ出した。
「これだ!」
「ああ!」
思わずターニャは笑みを浮かべてしまった。
屋敷に止まったトラックの荷台にあったのは、他でもないピアノだった。それも豪華なグランドピアノである。
「お前に前にホテルで聞かせてもらった演奏は見事だったから、これからは家でも聞かせておくれ」
「ありがとう、ディミトリ。喜んで」
ターニャはディミトリの情婦という地位が死ぬほど嫌だというわけではなかった。奴隷は主人を選べないが、ディミトリは限りなくマシな部類に入るからだ。
「ボス・ディミトリ。よろしいですか?」
「何だ?」
ここでディミトリの部下が声をかけるのにディミトリが不快そうに返す。
「マックスとレクシーが極東マフィアとホテルで接触しました。相手は天狼です」
「ふむ。話題は
「はっ」
ディミトリの部下は元情報将校らしい機敏さで報告を終えると去った。
「向こうは勝手にビジネスを拡大か。クソめ」
ディミトリが悪態をつく。
マックスとレクシーなる人物の話になると、ディミトリは機嫌を損ねる。そのことはもう既にターニャも知っていた。
「ターニャ。今からピアノを運ばせる。どこに置くか決めておいてくれ」
「はい」
それでもディミトリは怒りに任せて周囲に暴力を振るうタイプの人間ではない。酒やタバコなどで発散するタイプだ。
その点もターニャにとってはありがたい話だった。
無事にピアノがリビングに置かれ、ターニャは嬉しそうにそれを見つめる。ピアノは彼女の人生であった。これまでずっと音楽がともにあった。
「我が家がなお立派なことになったな」
ピアノを見てディミトリもそう満足そうに言う。
「何か弾いてみましょうか?」
「ぜひ。聞かせてくれ」
「ええ」
それからターニャは穏やかなリズムの曲を数曲披露した。ピアノに触れることができなくなってからも、ターニャの手はピアノを覚えており、美しい音色を奏でさせた。
「素晴らしい。本当に素晴らしい。我々スノーエルフの心に響く音色だ」
ディミトリは満足したように頷いた。
「お前といると心が癒されるよ。これからも私の傍にいてくれ、ターニャ」
「あなたがそう求めるなら、ディミトリ」
ディミトリがターニャに心を許しているように、ターニャもまたディミトリに心を許しつつあった。
仮に今の生活が終わったとしても、ターニャは“国民連合”内に知人や友人がいるわけではない。それにどこに住み、どこで暮らすのかも決まっていない。
その点、ディミトリの下にいることは、彼の庇護を得て不自由なく暮らせている。意味もなく反発してディミトリと分かれる必要もないのだ。
しかし、それでもターニャはディミトリの権力を借りて、それによって贅沢三昧をする気にはなれなかった。ディミトリがどういうビジネスをしているかを彼女は察していたし、それに加担するようなことはしたくないのだ。
それでもターニャの心には少しばかりの曇りがあったが。
さて、ディミトリがターニャの演奏に耳を傾けている間にも、マックスとレクシーのビジネスは進み、今や東方からのドラッグ密輸ネットワークであるゴールデンゲートは、ゴールデンゲート・プラスとでも言うべきものとなった。
莫大なドラッグが西海岸から“国民連合”に入り、不法移民を介して国内に広がっていく。ハンニバルは今や巨大ドラッグネットワークの支配者であった。
ルサルカ本来のビジネスであった密入国の斡旋や売春というものは次第に小さなものとなり、ルサルカはただドラッグ密輸のためにソーコルイ号などを運用するだけになったかのように思われた。
だが、ルサルカにとって大切なビジネスは残っていた。人身売買だ。
「極東大陸からの不法入国者は主にスノーエルフとドワーフの混血だ」
ルサルカの幹部を集めた席でディミトリがそう語る。
「こういうのをほしがっている人間もいるだろう。そして、多くの極東大陸の不法移民たちは斡旋業者である我々に十分な支払い能力がない。売り払うことにで初めて利益が計上される」
「しかし、誰を相手に?」
「相手はいろいろある。問題はどうやって上手く売るかだ」
ここに来てルサルカは自分たちが引き受けていた人身売買の事業を拡大することにした。ドラッグビジネスの取り分が少ないことを、こちらのビジネスを拡大することで補填しようというわけだ。
「市場はある。慎重に開拓していこう」
ディミトリたちは人身売買の取引相手を増やしていき、かつ司法の追求から逃れられるように慎重に動いた。
取引相手は自分たちに不利益にならない相手ならば、相手を選ばす取引し、戦火の渦巻く極東大陸から逃れてきた不法移民たちが現代の奴隷として売り渡されていく。
不法移民は小規模ながら次々にソーコルイ号を始めとする船舶で運ばれ、潜水艦や漁船を経て密入国する。
ディミトリたちルサルカはそうやって密入国した人間を売り飛ばしたが、彼らは一部の顧客がどういう用途で人間を購入しているかを把握していなかった。
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