ガラス越しの交渉

……………………


 ──ガラス越しの交渉



 マックスはスモークガラスで中が見えないようにされたセダンに近づく。


「そこで止まれ」


 明らかに変声機を使った声がそう言ってマックスを止める。


「お前がラジカル・サークルのボスなんだな。名前は?」


「それを知る必要はない」


「はあ? ふざけてんのか?」


 変声機の声にマックスが苛立った様子を見せた。


「名前を知らずともビジネスはできる。そちらの提案を聞こう」


「マジでふざけてんな。信頼しろってのか? これがびっくり番組や警察のおとり捜査ではない保証は?」


「私も君が警察の潜入捜査官ではないという確証を持っていない」


「クソ」


 苛立たされる男──いや、女かもしれないが──だとマックスはタバコを出しながら思った。そして、火を着けてクソ不味い煙を味わう。


「オーケー。じゃあ、お互いに信頼できない状態でビジネスだ。もし、俺たちを嵌めやがったら、あのタクシーの運転手を殺す。いいな?」


「いいだろう」


 今のところラジカル・サークルで顔が割れているのはルーカスだけ。そのルーカスを殺すとマックスは保険をかけた。


「あんたらにドラッグの小売りをやらせたい。こっちには在庫がたっぷりある」


「パシフィックポイントでドラッグビジネスはオブシディアンのビジネスだ」


「知ってる。だが、俺たちの仕入れは“連邦”じゃない。だから、連中がどう思うと知ったことじゃない」


「ふむ」


 一度名無しのラジカル・サークルのボスが考え込むように沈黙。


「利益配分は?」


「そうだな。こいつが危険だってことは分かっている。だから、オブシディアンの連中から仕入れるより3割安で卸す。商品は全部ホワイトフレークだ。質が確かめたきゃ誰かこっちに送りな。どうだ?」


「悪くない取引だ。我々からも提案があるのだが」


 そこでラジカル・サークルのボスから提案が持ち掛けられる。


「何だ?」


「武器を売ってほしい。やはりオブシディアンと揉めることが考えられる」


「抗争を視野に入れてってか?」


「備えあれば患いなし」


 その言葉にマックスは肩をすくめる。


「しかし、よく俺たちが武器を扱っていると知っていたな?」


「知っているとも。ドラコンを襲撃したのはあなたたちだろう?」


「ほう」


 ドラコンとの抗争の件にハンニバルがかかわっていることは、ルサルカしかしらないはずだ。それをこのラジカル・サークルのボスが知っていることに、マックスは警戒感を示した。


「我々の主力商品はドラッグではない。情報だ。我々の仲間はいたるところにいる。ここにも大勢が仲間として存在している」


 ラジカル・サークルのボスがそう言ったとき、マックスは周囲の視線に気づいた。


 大学に通う学生が、大学を清掃する清掃員が、大学を警備する警備員が、ありとあらゆる人種がマックスに向けて視線を送っていた。


「なるほど。ルーカスが運転手として俺たちに近づいたのも偶然じゃなさそうだ」


 こいつらは地元民としてのネットワークを強固に有しているというわけだとマックスは理解した。タクシーの運転手や学生なら怪しまれずにあらゆる場所に現れることができるのだろう。


「我々はパシフィックポイントの住民だ。ルサルカのような“連合国”の人間でも、オブシディアンのような“連邦”の人間でもない。我々のアドバンテージはそこにあると思っている」


「理解した。取引する価値のある連中のようだ」


 マックスはそう言いながらラジカル・サークルを利用することを考えていた。


「情報が商品だと言ったな? 俺たちに優先して販売する気はないか?」


「どのような条件で?」


「相場より高く買う。常にだ。それで俺たちに情報を優先しろ」


「相場より3割」


「いいだろう」


 ラジカル・サークルのボスが価格を示し、マックスが同意。


「あなたたちとはよきビジネスパートナーになれそうだ。取引開始はいつから?」


「可能な限り早く。こっちは準備ができている」


「分かった。追って連絡する。連絡先はルーカスと交換しておいてくれ」


「とことんあんたは表に出ないってわけか」


「それが我々のやり方だ」


 最後にそういうとラジカル・サークルのボスを乗せたセダンは走り去った。


「ふざけた野郎だ」


 マックスはそう愚痴ったのちにルーカスのタクシーに戻る。


「ルーカス。あんたのボスは取引する気が一応あるらしい。あんた経由で連絡するそうだ。連絡先を交換しておこう」


「了解。うちはこの暗号通信アプリを使ってる。そっちも使うといい」


「ああ。分かった。そっちに合わせよう。ただし、だ」


「盗聴されていたりしたら、俺を殺せばいいさ」


 ルーカスはマックスの懸念にそう応じた。


「じゃあ、ボスから連絡があったらそっちに伝えるよ。じゃあね」


 連絡先を交換するとルーカスは去った。


「妙な連中だな」


「全くだ。だが、ビジネスができれば構わないとも」


 マックスが愚痴り、レクシーはそう返した。


 それから数日後、ルーカスから詳しいビジネスのための人間をマックスたちの元に送りたいとの連絡があり、ひょろりとした頼りないハイエルフとスノーエルフの混血2名が待ち合わせ場所のルサルカ傘下の喫茶店に寄越された。


「レオナルドです」


「リカルドです。よろしく」


 ふたりはそう自己紹介して、不安そうに周囲を見渡す。


「オーケー。まずはボディチェックだ」


 盗聴器と武装の有無が確認されたのちにレオナルドとリカルドはバンに放り込まれた。そしてバンは黄金の三角州ゴールデン・デルタから運ばれたホワイトフレークを保管している倉庫に入る。


「これがこっちの商品だ」


 大量のホワイトフレークの袋を見て、レオナルドとリカルドが目を見開く。


「これは黄金の三角州ゴールデン・デルタ産だったり?」


「そうだ。“連邦”のカルテルはかかわっちゃいない」


「なるほど。黄金の三角州ゴールデン・デルタ産のは評判がいいですよ。あっちの方に旅行に行った仲間はみんな試してます」


「お前も試すか?」


「遠慮します」


 商品に迂闊に手を付けない辺りは信頼できるなとマックスは思った。


「あなた方の商品はもうひとつあるのでは?」


「武器か。どういう武器が必要なのかまずは教えてくれ」


「州法で規制されているようなもの。携行可能だったり、連射可能だったり」


「オーケー。相当な悪党だな、あんたらは」


 マックスはレオナルドから要望を聞くと準備しておいた武器を見せる。


「連射可能な自動小銃だ。口径は5.56ミリ。カービン仕様で携行性にも優れる」


「いいですね。他には?」


「口径9ミリの短機関銃。これはもっと小さい」


 レオナルドとリカルドは武器の扱いにある程度心得があるらしく、適切に武器を扱って動作を確認していく。


「オーケーです。取引は成立です。早速ですがお支払い方法をお尋ねしても?」


「現金払いか、あるいは租税回避地タックス・ヘイヴンを使った電子取引だ」


「電子にしましょう。キャッシュレスの時代ですから」


 そして、マックスはレオナルドが電子で追跡不可能な手段を使い、租税回避地タックス・ヘイヴンにあるハンニバルの口座に金を振り込んだのを確認。


 こうしてラジカル・サークルとの最初の取引が始まった。


……………………

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