バッドニュース

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 ──バッドニュース



 司法側の情け容赦ない追及により、ルサルカの保有している密入国斡旋ネットワークが打撃を受けている。


 そのことはそこから利益を得ているディミトリはもちろんのこと、マックスとレクシーというハンニバルの2名も把握していた。


「不味いな」


「ああ。クソ不味い」


 レクシーが呟くように言い、マックスがタバコを片手に唸る。


 彼らが見ているのはルサルカの傘下にあって、かつ司法の摘発を受けた人員と物件リストだ。人員も物件も数えきれないほどのものが、ここ最近の司法の摘発によって押さえられてしまっていた。


「ディミトリも悲鳴を上げてる。これ以上はやばいとさ。確かにこいつは最悪に近いような状況だ」


「どうしたものかね……」


「解決方法はふたつだ」


 レクシーが首をひねるのにマックスが指を2本立てる。


「ひとつ。事業をルサルカから他に完全移転する。潜水艦のクルーなど代わりがいないものを除いて、人員も総入れ替えし、ルサルカから切り離す。そのことによって、今行われている摘発から逃れる」


「ルサルカがそう簡単に儲かるビジネスを手放すとも思えないが、考えておくべきだろうな。最後の手段として」


 今、司法からの追及を受けているのはルサルカだ。既に大量の逮捕者が出ていることから、ルサルカについて司法側はかなりの情報を把握しているのだろう。


 その逮捕者から漏れた情報なども踏まえるとルサルカは今や泥船だ。


 だから、レクシーたちはルサルカとともに沈むのを避けるため、ルサルカからビジネスを取り上げ、別の誰かに渡すことを考えた。ルサルカの反発は必至だが、ルサルカが反発できるほどの体力を失えばありえる。


「もうひとつは警察を相手に戦争をする」


「何だって?」


 マックスが言った言葉にレクシーが目を見開く。


「戦争そのものが目的じゃない。俺だって警察を相手に戦争をしたって勝てるとは思ってない。戦争は時間稼ぎだ」


「さらなる地下に潜るせよ、ルサルカからビジネスを取り上げるにせよ、時間が必要だ。だから、戦争で司法側の摘発を遅らせ、程よいところで撤退か?」


「そう。捜査を撹乱する。三月ウサギによれば警察どもが追っているのは、まだルサルカのままだ。ハンニバルについては分かっていない。よって、ルサルカの仕業に見せかけて、戦争をやる」


「オーケー。楽しくなってきたな?」


 派手なドンパチの気配がするのにレクシーはサディスティックな笑みを浮かべる。


「まずは何より何のために時間稼ぎをするのかを決めておく必要がある。今のところ、ルサルカを使い捨てるんじゃなければ、地下に潜らせる必要がある」


「ドワーフ・マフィアの手が借りれないか? 連中にとってもこれが金になるビジネスだった。簡単には手放さないはずだ」


「そうだな。ドワーフ・マフィアに協力してもらおう。それから俺としては“連邦”のカルテル──新世代ヴォルフ・カルテルにも協力してもらおうと思っている」


「血も涙もないカルテルに助力を乞うって?」


「笑うなよ。連中にとっても俺たちは西海岸、東海岸の両方でドラッグを裁いてくれる便利な組織だ。まとまったドラッグ取引を続けたいならば、俺たちが延命されることを祈るだろうさ」


「なるほどね」


 地下に潜るには今あるものを一度放棄し、解体し、暗号化しなければならない。そして、カルテルにはその手のノウハウが豊富であると言われている。


「決まりだ。戦争おっぱじめよう。州警察だろうと連邦捜査局だろうと相手にとって不足なし。派手に暴れて、敵がよろめいたら、すかさず撤退だ」


「よし。地下に潜る準備を進めさせるが、戦闘の準備も進める」


 こうしてマックスたちハンニバルは戦争を決意した。


 しかし、マックスたちが準備を進めている間にも、司法側による追及は進んでいた。


 ミハイルが司法取引で寝返ったために漏れた情報で、密入国斡旋ネットワークにかかわっているルサルカ幹部がさらに逮捕されていき、ネットワークは壊滅寸前。


『もうこちらとしては限界だ。密入国斡旋ビジネスは切り離すしかない』


 ディミトリからは疲れ切った言葉が聞こえてくる。


 ディミトリは密入国斡旋ビジネスから撤退し、東方の黄金の三角州ゴールデン・デルタからのドラッグ密輸を主力ビジネスにしたいと思っていた。


「おいおい。それを決めるのは俺たちだ。あんたじゃない」


『だが、このままなら結果してそうなるぞ。そもそも今回の摘発の発端になった闇医者どもは処分したのか? 連中のせいでこんなことになっているんだぞ?』


「ヘマをしたやつには死んでもらった。だが、医者を全員処分はできない」


『まだ臓器密売を続けるつもりか?』


「ああ。そのつもりだ」


『クソッタレ!』


 マックスが言い放つのにディミトリが悪態をつく。


「いいか。今、俺たちのビジネスを存続させるための準備を進めている。それが終われば、引き続き楽しくビジネスに励める」


 マックスはそんなディミトリに淡々と告げた。


「あんた、今度結婚するんだろう。嫁さんは前に見た美人なスノーエルフ。これからあんたも素敵な新婚生活が送りたいなら、俺たちにどうこう言わないことだ。嫁さんがうっかり交通事故に遭うかもしれないぞ」


『……!』


 にやりと意地悪く笑ってマックスが言うのに電話の向こうでディミトリがうろたえるのが分かった。


「今はそっちでも時間を稼げ。直にサツどもは問題じゃなくなる」


『……分かった』


 ディミトリはそう言って電話を切る。


「マックス。ディミトリからか?」


「ああ。泣き言を言ってきたよ」


「連中、本物の戦争にびびってるんだろ。冷戦しか知らない連中だからな」


 呆れているマックスにレクシーが嫌味っぽくそう言った。


「あたしたちは戦争を知っている。本物の戦争をな」


「そうだな。フュージリアーズどもの準備はできてるか?」


「武器弾薬を整えている。それから情報だ。情報が大事だ」


「それなら三月ウサギからも情報は来ている」


 ここで州警察の内通者である三月ウサギの名が出る。


「へえ。やつも協力するのか?」


「ああ。やつがセキュリティを突破する手はずを立てる。最近は“本土攻撃”のせいでどこもセキュリティが厳重だからな」


「そいつは何より。内部の図面なんかも手に入りそうか?」


「ああ。手に入れると約束している。既に前金は払った」


 マックスはそうレクシーに対して語り、準備を進めながら三月ウサギが情報を寄越すのを待った。


 そして──。


「これが内部の図面だ。は今も古い建物を使っている。要塞みたいな抵抗はないはずだ」


 マックスが広げた図面は、連邦捜査局パシフィックポイントオフィスのものだった。


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