パシフィックポイント動乱

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 ──パシフィックポイント動乱



 それが起きたのはハンニバル、ルサルカ、ラジカル・サークルに対してオブシディアンが抗争を勃発させてから7日後のこと。


 夜中に爆発音が響き、閃光が瞬いた。


「お、おい! あれを見ろ!」


 パシフィックポイント市民が窓から見るのは、パシフィックポイントのその中心街で炎が上がっている光景であった。


 この日、パシフィックポイントでもっとも高層のビルであるN.U.バンクタワーが爆破された。ビルの地下駐車場と正面に停車していた車両に満載された爆薬がビルの内部と側面を吹き飛ばしたのだ。


 ATFは使用された爆薬は肥料を原料にした手製爆薬と特定。すぐさま警察犬や監視カメラの映像を元に捜査が開始された。


 それで分かったのは豹人族2名が爆弾を仕掛けたということ。しかも、この2名には前科があり、今もパンサー・ギャングであるオブシディアンに所属していることが判明したのだった。


 オブシディアンが引き起こしていた抗争では、すでに民間人に被害が出ていたが、パシフィックポイントの象徴ともいえるビルが爆破されたことで世論の怒りが高まる。


 しかし、オブシディアンを取り締まろうにも、彼らは重武装であり、市警では歯が立たない。そんな中でオブシディアンによる凶行が繰り返され、市民たちは恐怖で眠れない日々が続いた。


 そんなある日である。


 何台もの軍用トラックがパシフィックポイント市内に現れ、武装した男女が展開する。最初は州兵かと思われた彼らであったが、その恰好は州兵と違う。


 そう、彼らはローン・イーグル旅団の民兵たちだ。


 民兵たちは土嚢を積み上げて検問チェックポイントを構築し、まるで要請されたものであるかのように治安活動を開始。


「現状、パシフィックポイントを襲っているテロを阻止する手段はありません」


 パシフィックポイント市長がテレビのインタビューでそう語る。


「そこで我々は市民による自主的な治安活動を許可することにしました。そうしなければパンサー・ギャングによって引き起こされている卑劣な攻撃は止められないのです」


 市長がルサルカの娼婦と不倫していることは、ここで明かされることはなかったが、この決定には影響を与えていた。


「これより複数の民兵組織にパシフィックポイントへの展開を許可します」


 こうして市民による自主的な治安活動とやらが承認され、武装した民兵たちはパシフィックポイントで堂々と活動するようになる。


「ハリソン司令官。豹狩りの準備はいいか?」


「ああ。問題なく進められるだろう」


 ローン・イーグル旅団の司令部になっているモーテルに現れたマックスとレクシーにハリソンはそう言った。


「対ゲリラ戦の基本で行くつもりだ。包囲殲滅の繰り返し。パシフィックポイントの街を区分し、一区画ごと確実に殲滅していく」


「テロリストとそうではない豹人族の見分け方は?」


「死んだ豹人族だけがいい豹人族だ」


「素晴らしいな、全く」


 ハリソンがこともなげに言うのにマックスが小さく笑う。


「それじゃあ確実に豹人族どもを始末して、パシフィックポイントに、この国の正当な国民に平和をもたらしてくれ」


「言われるまでもないよ」


 ハリソンはそれから対ゲリラ戦の基本である包囲殲滅戦を開始。


 民兵がいくら正規軍に劣るとしても、ただのギャングに過ぎないオブシディアンよりは上である。装備においても、練度の面においても。


 特にローン・イーグル旅団の場合、その装備は下手な州軍よりいいのだ。


 クアッドローターのドローンが空を飛び交い、その映像はタブレット端末で民兵たちに共有される。これは軍用品は一切使用していないが、軍用のドローンとほぼ同じような運用が行われているものだ。


『パトリオット・ゼロ・ワンより本部HQ。これより攻撃を開始する』


本部HQ、了解』


 民兵たちの中には従軍経験があり、市街地戦を経験した人間もいる。彼らは市街地戦において建物を占領することが、特に高い建物を占領することが必要だと理解していた。


 民兵たちはドローンの映像にとって敵の不意打ちを阻止しながら、ひとつひとつ建物を占領していく。まだ市民の残る建物に押し入り、豹人族がいれば容赦なく殺した。


「クソ! 民兵どもめ!」


「撃て、撃て!」


 オブシディアンは劣勢なれど反撃し、民兵と交戦状態に突入。


 パシフィックポイントでのあちこちで銃撃戦が繰り広げられ、射殺された豹人族の死体が信号機に吊るされる。他の豹人族への見せしめとして。


「ハリソン司令官。作戦は順調に推移中です」


「結構だ。忌々しい不法移民のテロリストを皆殺しにするぞ」


 ローン・イーグル旅団を主力とする民兵による掃討戦は続き、パシフィックポイントでの戦闘は続いた。


 オブシディアンも座して死を待つつもりはなく、市街地におけるゲリラ戦を繰り広げた。走行する車から市街地をパトロールする民兵を銃撃し、パイプ爆弾を放り投げる。


「豹人族のクズどもを殺せ!」


 民兵が叫ぶ。


「民兵の連中を追い払え!」


 オブシディアンの豹人族が叫ぶ。


 双方が殺意を剥き出しにして衝突したが、利があるのは民兵だ。


 民兵は口径12.7ミリの重機関銃を据えたピックアップトラックまで動員して市街地戦を戦い、オブシディアンを圧倒する。まるで第三世界の戦場の様子であった。


 しかし、パシフィックポイントは広い街だ。そう簡単には全域を制圧することはできない。オブシディアンは追い込まれながらも、粘り強く抵抗を続けていた。


「オブシディアンはかなり追い込まれたみたいだが」


「だが、壊滅はしていない。そろそろ市長も押さえておけなくなる。場合によってはそれで州兵が介入する可能性もあるだろう。そろそろタイムリミットだ」


 マックスが言うのにレクシーがそう指摘する。


「それから別に問題もある。民兵どもの銃口は必ずしも敵に向いているわけではないってことだ。民兵どもは市民も銃撃している」


 レクシーがそう言ったように民兵たちはオブシディアンの構成員ではない豹人族も殺害していた。パシフィックポイントで暮らす豹人族を不法移民か否かを問わず、次々に射殺していっていた。


 民家に押し入り、豹人族の一家を引きずり出して射殺していく動画。車から豹人族が集まる教会に銃撃を行う動画。豹人族の捕虜にガソリンをかけて生きたまま焼き殺す動画。エトセトラ、エトセトラ。


 つまりはヘイトクライムの発生だ。


 パシフィックポイントの善良なる市民はそれに抗議の声を上げる、


「民兵によるヘイトクライムを許すな!」


「州兵による豹人族の保護を!」


 その動画の一部が漏れるのにパシフィックポイントでは豹人族の権利を主張するデモが繰り広げられようとした。


 しかし、事件は起きた。


 デモの情報を手に入れていたローン・イーグル旅団はピックアップトラックでデモが行われる道路を封鎖し、射撃陣地を構築した。


 そして、デモ隊が集まった時──。


「撃て!」


 民兵はデモ隊に向けて発砲。機関銃がけたたましい音を立てて銃弾を市民に叩き込む。市民は悲鳴を上げて逃げ惑い、民兵はそれらを完全に追い散らした。


 このことはささやかながら報道され、マックスたちの頭を悩ませることになる。


「とうとうやりやがった。これで民兵はもう使えないな」


「もう既にカバーはできてる。これから何が起きても民兵のせいにできるさ」


「オーケー。ってことはいよいよか」


「そう、いよいよだ。いよいよ俺たちは──」


 マックスがタバコの煙を吐き出して言う。


「ニコラス・ディアスを殺す」


……………………

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