広がる動揺

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 ──広がる動揺



 パレス・オブ・オーシャンへの州警察と連邦捜査局による合同捜査の知らせは、そのオーナーであるディミトリの下にも報告された。


「クソ。こういう問題は起きないはずだろう」


 ディミトリはすぐに自分たちが臓器密売で検挙されるとは思っていなかったが、それでも今回のことは酷い打撃になるだろうと見ていた。


 知っての通り、パレス・オブ・オーシャンでは非合法な臓器移植が行われている。そこにいるのはレシピエントだけであり、臓器は港の倉庫でドナーから抜き取られて運ばれてきている。


 パレス・オブ・オーシャンが警察に押さえられ、移植手術ができなくなれば、この臓器密売ビジネスは停止する。金持ちのレシピエントまで野戦病院のような、港の倉庫に案内するわけにはいかないのだから。


 そこでディミトリのスマートフォンがバイブした。


『ディミトリ。マックスだ。パレス・オブ・オーシャンの件は把握してるな?』


「している。そっちのミスじゃないのか?」


『責任の押し付け合いはなしだ。すぐに代わりのホテルを準備しなけれりゃならん。そうしないと次のレシピエントが受け入れられず、ビジネスの信頼が損なわれる』


「おい。この状況でまだ臓器密売をやるのか? 移植手術を?」


『今さらやめても無罪にはならんぞ』


「クソ!」


 ディミトリは悪態をついてスマートフォンを床に投げつけた。


「どうしたの?」


 ターニャが心配して顔を出すのにディミトリは彼女の方を見る。


「ビジネスのトラブルだ。気にするな、ターニャ」


「分かった」


 ディミトリは軽く手を振ってそう言い、ターニャは下がる。


 ディミトリとターニャは今ではかなり深い愛人関係にまで発展していた。ディミトリもターニャには心を許しているし、ターニャはディミトリを裏切らない。


「ハンニバルの連中はどうかしている。この状況でまだ不法移民から臓器を抜いて、それを金持ちに売るなんてことが続けられると思っているのか? 州警察と連邦捜査局が手術室のあるホテルに踏み込んでいるんだぞ」


 ディミトリは医者ではないが、臓器密売ビジネスがいかに多くの問題を抱えたものかは把握していた。


「ドラッグを売るのとはわけが違う。臓器はドラッグより繊細だし、客はジャンキーなんかじゃなく金持ちの弁護士や銀行屋なんだぞ。それをこの状態で……」


 そう呟きながらディミトリは部下に代わりのスマートフォンを用意させ、そして臓器移植のためのホテルの手配を始めた。


 確かに臓器密売は困難なビジネスだが、それが莫大な富を生み、ディミトリたちに大きな利益を生み出すことは否定できない。


 ディミトリたちは苛立ちながらも、ビジネスを継続する。


 そして、マックスとレクシーたちハンニバルも困難に遭遇しながらも、ビジネスを続けようとしていた。


「警察内の情報がほしいな」


 マックスは現状を把握しながらそう言っていた。


 彼らはパレス・オブ・オーシャンに州警察と連邦捜査局が踏み込むのを確認したが、既に以前市警の警官が来た時点でパレス・オブ・オーシャンの手術室は一度畳んでいるので問題ないと判断した。


 しかし、司法側が何を手にしたのかは、今のところ具体的に分かっていない。


「市警にはこっちの駒がいるが、州警察と連邦捜査局にはいないからな」


「ああ。それが問題だ。連中はどうも市警に汚職警官がいることに気づいている臭い。パシフィックポイントの事件なのに市警を全くかかわらせていない。あんたはどう思う、レクシー?」


「まあ、汚職警官ってのはすぐにばれるもんだ」


 マックスが尋ねるのにレクシーは肩をすくめてそう言った。


「しかし、市警を無視してパシフィックポイントでの捜査は続けられないはずだ。デニソフ警部補辺りを送り込んでみるか」


「それか俺たちが抱えている以外の汚職警官を頼るか、だ」


「あたしたち以外? ルサルカか?」


「いいや。だが、当てはある」


 レクシーが怪訝そうな表情をするのにマックスがにやりと笑う。


 そして、マックスはレクシーとともにある人物に会いに向かった。


「タクシー会社? ああ。ラジカル・サークルか」


「そ。弁護士先生に聞いたが連中はドラッグだけでなく、情報を売るらしい。なら、当てにさせてもらおうじゃないか」


 マックスが頼りに下のはラジカル・サークルだ。


 ラジカル・サークルとの取引は今も続いており、マックスたちハンニバルはラジカル・サークルにドラッグを売って、ラジカル・サークルはそれを小売りしている。


「よう、ルーカス」


「ああ! よく来てくれたね、マックスにレクシー。歓迎するよ」


 ラジカル・サークルのタクシー運転手ルーカス・キングがエナジードリンクを片手に、マックスたちを笑顔で出迎えた。


「少し取引したいことがある。情報を買いたい」


「ふむ? どういう情報だい?」


「州警察にコネはないか? 州警察の捜査情報がほしい」


「州警察ね」


 マックスが言うのにルーカスが考え込む。


「報酬は弾んでくれる? かなり需要が高い情報みたいだしさ」


「ああ。報酬は何がいい?」


「ホワイトフレークの仕入れ値を下げたい。これまでより3割引きってのはどうだい?」


「まあ、いいだろう。しかし、期間を決めておきたい」


「6ヶ月。情報が有益なら2年」


「オーケー。商売上手だな、ルーカス」


 まずは報酬が決められた。ラジカル・サークルが売買しているホワイトフレークの価格交渉で、ハンニバルからラジカル・サークルへの仕入れ値が下げられることに。


「じゃあ、情報だ。何がある?」


「州警察は連邦捜査局と組んで臓器密売について調べているよ。スノーエルフとドワーフの混血である密入国者から臓器を抜いている連中がいるってさ。ピジョン郡でもそれ絡みの事件について捜査があったらしい」


「ふうむ。あんたが握っているのは有益そうな駒だな。こちらでも使えるようにできないか?」


「それなら2年で頼むよ」


「分かった、分かった。で、駒については?」


「近いうちに連絡する。今は駒の名前は三月ウサギと呼んでくれ」


「三月ウサギ、ね」


 ルーカスが秘密めかして言うのにマックスがそう呟く。


「ちょっと待て。そいつは州警察の人間なのか?」


「イエス。そうだよ。州警察の人間だ。下っ端だがね」


 レクシーが尋ね、ルーカスはそう請け負った。


「汚職警官はどこにでもいる。警官の給料は低く、それの割りに危険は大きい。だから、皆が汚職に手を出すのさ」


「それでみんながみんな汚職警官なら助かるんだがね」


「ほぼみんなさ」


 レクシーは呆れたようにそう言い、ルーカスはそう返した。


「じゃあ、連絡を待ってるぞ、ルーカス。2年間は3割引きの件も伝えておく」


「ありがとう。連絡は急がせるよ」


 ルーカスの紹介した三月ウサギから連絡があったのは、2日後のことだ。


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