三月ウサギ

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 ──三月ウサギ



 三月ウサギは州警察に勤務する警官である。


 ルーカスの説明したように給料が低く、危険は大きい仕事に辟易した彼は、ラジカル・サークルに協力して州警察内の情報を盗み出し、それを売っていた。


「我らが三月ウサギからの情報だ」


 マックスがレクシーにそう言う。


「まず俺たちについて嗅ぎまわっているのは州警察のカーター・マルティネスという男と連邦捜査局のマティルダ・イーストレイクって女だ。こいつらがあちこちでトラブルを振りまいてる面倒な連中だ」


「はあ。面倒なことだ。他には?」


「D3ロジスティクスとの繋がりを探られている。ジャックたちのD3ロジスティクスが臓器密売にかかわっていたことは、既に向こうに把握された。不確かな情報だが、ジャックの顔が割れている可能性もあると」


「おいおい。マジかよ。ジャックがいなくなると困るぞ」


 ジャックは今のところ、マックスたちが抱えている医者の中でもっとも腕がいい。他の医者は問題ありな連中ばかりで信頼できなかった。


「そう、ジャックがいなくなるのは困る。何といっても、今回の発端は俺たちのところで移植を受けて死んだ人間が出たからだ。こいつを見てくれ」


「リリー・クレイグ、アラン・ディール……。こいつらは死んだのか? あたしたちのところで移植を受けた後に?」


「そうだ。死因は敗血症。移植の際にやらかしたんだよ」


「クソ。こいつらを担当したのは誰だ?」


「サミュエル・へリング」


 術後に死者を出した手術を担当したのは全てサミュエル・へリングだった。


「やつとは後で話をする必要がありそうだ。捜査はどれくらい進んでいるんだ?」


「連中はルサルカの密入国斡旋周りを嗅ぎまわっている。だが、まだソーコルイ号などについて発覚してはいない」


「いい知らせだ。じゃあ、サミュエルとお話ししに行こうぜ」


 そして、レクシーたちは司法側に嗅ぎつけられることになった原因であるサミュエルの下に向かった。


 サミュエルはハンニバルからの報酬を受け、パシフィックポイントに邸宅を持ち、その贅沢な屋敷で暮らしている。


 マックスとレクシーはフュージリアーズのメンバーとともにそこに踏み込む。


「な、なんだ? どうしたってんだ?」


 サミュエルがうろたえる中でフュージリアーズがサミュエルを椅子に座らせた。


「サミュエル。手術の練習は足りなかったか? いっそ医学生からやり直した方がいいんじゃないか? ええ?」


「な、何を……。俺は言われたとおりに仕事をしてるだろ……?」


「なるほど。お前みたいなヤブを再雇用したのが間違いか」


 レクシーがサミュエルの言葉に深々とため息をつく。


「リリー・クレイグ、アラン・ディール。聞き覚えは?」


「し、知らない。どこのどいつだよ? マジで何が言いたいんだ?」


「医者ってのもサービス業だろう? 接客ってものが分からんかね」


「ああ。そいつらが文句を言って──」


 そこでマックスがサミュエルの手の甲に自分の手を重ねる。そこで生じた炎がサミュエルの手を焼き、サミュエルが悲鳴を上げた。


「人を舐め腐るのも大概にしろよ、サミュエル。お前のヘマで死人が出て、警察がこっちを嗅ぎまわるようになったんだ。へらへら笑っていていい時間じゃないんだよ。分かるか、ええ?」


「クソ! あんたらだって予想はできただろう! 俺たちみたいな医者に任せていれば、いずれはこういうことが起きるって!」


「だから許せって? ドラッグの売人にせよ、臓器の売人せよ、ヘマした野郎は必ず罰されるってのをあんたは知らなかったらしいな」


「俺にどうしろってんだよ!」


 マックスが淡々と告げるのにサミュエルが叫び続ける。


「ヘマをしたのに報いがないってのは組織として問題にある。信賞必罰は組織経営の基本みたいなもんだ。だから、あんたはこのまま無罪放免とはいかない。あんたは罰されなければならない」


「た、助けてくれ」


「駄目だ」


 マックスはサミュエルの頭に手を乗せ、次の瞬間炎がサミュエルを包んだ。


 火だるまになったサミュエルはもがき、悲鳴を上げ、床をのたうつ。その様子をマックスはどこか遠い目で眺めていた。


「これでいいな、レクシー?」


「ああ。他の先生方にも警告はしておこう。こいつみたいに『ヘマしても許されると思っていました』なんて言われたら困るからな」


「じゃあ、ジャックに会わねえと」


「あたしらも大概忙しいな、ええ?」


 マックスはやるべきことToDoリストを消化するかのような口調で脅迫について語り、レクシーはそれに不敵な笑みを浮かべて見せる。


 こののちにがやってきて、サミュエルの死体を片付けた。親しい人間がパシフィックポイントにいたわけではない彼はそのまま行方不明となり、探すものいなかった。


 しかし、このことに抗議の声が上がらなかったわけではない。


「我々のスタッフを脅迫するのをやめてほしい」


 そうマックスとレクシーに抗議するのは、臓器密売を携わる医療従事者たちのリーダーであるジャックだ。彼はマックスとレクシーを無表情に見つめて、彼らのやっていることに苦情を述べた。


 ジャックはルサルカ傘下のホテルに宿泊しており、そのスイートルームにマックスたちはやってきている。


「あんたらが脅さなくて済むぐらい仕事熱心なら、それでいいだがね」


「医療ミスのことだろう。医療の世界に100%はない。どんな名医だとしても、患者を死なせてしまうことはある。医療の歴史はその積み重ねだ」


「それは困るんだよ。100%が望めると思って客は金を出しているんだ。自分の生死でギャンブルするために金を出してるわけではない。俺たちから大金を貰っているあんたも真面目にやってもらわなければ困る」


「無茶苦茶を言わないでくれ。人間の体がどれだけ複雑で、そこに人為的に介入することにどれだけのリスクがあるのか理解してほしい」


 マックスが主張し、ジャックはやってられないというようにそう言い放った。


「あんたらはあんたらのビジネスをしっかりやる。あたしたちはあたしたちのビジネスをしっかりやる。それが成立するからこそ、手を結んでいられるんだ。それなのにヘマを許せってのはしっかりしてないな」


「我々は手を抜いてなどいない。手術には成功率というものがあり、全てのレシピエントが新しい臓器と健康を手にするわけではないのだ」


「言い訳はなしだ。これ以上しくじるな」


 レクシーはジャックが説得するのにそう警告。


「そろそろディミトリが次のホテルを準備する。そうしたらビジネスを再開だ。準備しておけよ、先生」


「……ああ」


 マックスはジャックにそう言い、レクシーとともにホテルを出た。


「なあ、本当に今後死人が出ないと思うか?」


「どうだろうな。分からん。俺は医者じゃない」


「ま、そうだな」


 マックスとレクシーはそう言葉を交わした。


……………………

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