敗血症

……………………


 ──敗血症



 ウェスタンガルフ大学附属病院に救急搬送されてきたハイエルフの女性。


「体温40度。心拍数、さらに低下!」


「バレンシア先生! 患者は腹部に新しい縫合痕があります!」


 その救急センターに運ばれてきた女性の腹部にはまだ癒えていない縫合痕が。


 患者には発熱、心拍数増加、血圧低下、意識混濁などの症状。


CC反応性Rタンパク質Pと白血球の値、出ました!」


「やはり敗血症か。広域スペクトル抗生物質を!」


 患者は病原菌が血管内で広がり、全身を蝕む病気──敗血症と判断された。敗血症を押さえるために抗生物質の投与などが行われたが、患者は既に手遅れだった。


 救急搬送から6時間後、患者リリー・クレイグの死亡が確認された。


 しかし、この事件からとある事実が公になる。


「はい。こちらパシフィックポイント市警のローランド」


 市警にかかってきた電話を取るのは市警の刑事ハーヴィー・ローランドであった。


 彼はハイエルフであり、エルニア国からの移民3世だ。金色の髪にすらりとした背丈の姿はまさにハイエルフと言えたが、彼はそのような人種的先入観や差別意識を有さないことこそ美徳と思っている人間であった。


『ウェスタンガルフ大学附属病院のソフィア・バレンシアです。相談したいことがありましてお電話を』


「分かりました。どうぞ」


 ウェスタンガルフ大学附属病院から電話? ハーヴィーは首を傾げた。


『どうも我々が担当した患者に非合法な臓器移植が行われた形跡があるのです。よろしければこちらに来ていただけませんか?』


「非合法な臓器移植ですか?」


『ええ』


 ふむ。それならば一応調べておかないとなとハーヴィーはすぐに向かうと約束。


 彼はパトカーでウェスタンガルフ大学附属病院に向かった。


「ああ。聞てくれましたか、ローランドさん」


 ソフィアは30代後半のサウスエルフの女性であり、多くの病院関係者が身に着けているスクラブとパンツ姿であった。彼女はハーヴィーが姿を見せると、安心したように微笑んで見せる。


「問題の患者についてカルテか何かはありますか?」


「これです」


 カルテには患者が救急センターに運ばれてきて、敗血症による多臓器不全で死亡するまでの経過が記されていた。患者の名はリリー・クレイグ。


「臓器移植が原因ですか?」


「患者は免疫抑制剤を使用していたので、敗血症が進行したとみています」


「しかし、その臓器移植が非合法なものだと」


「この患者は腎臓移植の待機リストにまだ名前が載っているのです。恐らくは腎臓移植が受けられるのはまだまだ先という状況で。それなのに、腹部の傷は腎臓移植を受けた跡なのですよ」


「それは確かに妙だ」


 まだ移植を受けられないはずの患者が移植を受けている。それは何かしらの非合法な手段を使用したとしか思えない。


「遺族からは何も?」


「患者に臓器を提供したかどうかは聞いたけど、それだけです。私たちは警察ではないし、患者が死亡したのはこちらの医療過誤でもない」


「オーケー。こちらで聴取しておきます」


「お願いしますね」


 ソフィアに言われてハーヴィーは患者リリーの遺族から話を聞くことに。


「リリー・クレイグさんの遺族の方ですね」


「夫です。今朝、連絡があって……」


 リリーの遺族は夫と子供たち2名で、彼らは悲しみに浸っていた。


「リリーさんは腎臓の病気でしたか?」


「ええ。先天性の腎不全で、これまでずっと透析を受けてきました。死因はやはり腎不全だったのですか?」


「いいえ。そうではないようです。病院によるとリリーさんは腎臓の移植手術を受けた形跡があるということで、それが原因ではないかと」


「何ですって? 移植手術を受けていた? し、しかし、担当医からはまだ待機リストの後ろの方に乗っているだけだと……」


 リリーの夫は見るからにうろたえていた。演技とは思えない動揺の様子だ。


「失礼ですが、リリーさんのご職業は?」


「弁護士です。パシフィックポイントに向かったのは仕事のためだと言っていました。家を出たのはちょうど10日前です」


「リリーさんに普段と変わった点はありませんでしたか?」


「いえ。特には……。出張はそこまで珍しいことでもなかったので……」


 ハーヴィーの問いにリリーの夫は慎重に答えていった。


「では、リリーさんの足取りを追うためにスマートフォンの情報を調べたいのですが、ご協力いただけませんか?」


「ええ。もちろんです。妻に何があったのか、私も知りたい。彼女が家を出た時は健康ではなかったとしても、生きてはいたのだから」


 最近のスマートフォンは位置情報を記録するため、それを調べればリリーが死ぬ前にどこに立ち寄ったかを知ることができる。


 彼女が家族にも秘密にしているパシフィックポイントでの本当の用事も。


「では、スマートフォンを預かります。この度はお気の毒です」


 ハーヴィーにできるのは遺族を慰めることではなく、この事件がいかにして起きたのかを突き止めることだ。同情は最小限に。


 それからハーヴィーは鑑識にリリーのスマートフォンを持っていき、位置情報を読み取ってもらうことにした。


「科学捜査ってのはいいものだな。机に座っているだけで情報が手に入るんだから」


「そうでしょう?」


 ハーヴィーが感心したように言い、若い鑑識員がにやりと笑った。


「さて、我らがリリーはパシフィックポイントのどこに用事があったんだ?」


「彼女はパシフィックPポイントP国際空港Xでパシフィックポイント入って以降、そのほとんどの時間をパレス・オブ・オーシャンで過ごしてます」


「パレス・オブ・オーシャン? 高級ホテルだな。被害者が弁護士であることを考えればおかしくはないが」


 位置情報はリリーがパシフィックポイントに到着して以降、ほとんどの時間をパレス・オブ・オーシャンで過ごしていたと示している。


「10日前に到着して、7日間をパレス・オブ・オーシャンで、と……」


 示された情報をハーヴィーはメモしていく。


 それから、まずリリーがほとんどの時間を過ごしたパレス・オブ・オーシャンを当たることにした。


 リリーがいつ移植手術を受けたかは調べている最中であり、彼女がどこで移植を受けたかはまだ分からない。しかし、一番疑わしいのは、現状パレス・オブ・オーシャンで間違いなかった。


 ハーヴィーは再びパトカーに乗ってパレス・オブ・オーシャンに向かう。


 パレス・オブ・オーシャンは港湾部に近い位置にあり、海の見える高級ホテルだ。普段はそんなところに用事などないハーヴィーだったが、今日は用事があった。


 彼はパシフィックポイントの街を車で進み、リリーがパシフィックポイントで目的としただろう場所に向かう。


……………………

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