黄金の三角州

……………………


 ──黄金の三角州



 マックスとレクシーが発案したドラッグ密輸は開始された。


 ディミトリたちルサルカは保有する商社『アール&エス交易』という会社は、新たに極東群島地帯の国々からの木材輸入を申請し、許可された。


 そして、極東群島に向かう最初の船が港に到着する前にマックス、レクシー、ディミトリが現地に飛ぶ。現地にいるルールクシア人たちのコミュニティに接触するためだ。


 だが、コミュニティと言っても真っ当なものではない。


「やあ、同志ソロコフ!」


「同志ゴロヴィン。久しぶりだな」


 ディミトリに挨拶するのは気のよさそうな壮年のスノーエルフの男性であり、アロハシャツにハーフパンツという南国の装いでディミトリたちを出迎えた。


「紹介しよう。元国家保安委員会少将のアナトリー・ゴロヴィンだ」


「そちらが新しいビジネスパートナーかね、同志ソコロフ?」


 アナトリーはそう言ってサングラスの向こうからマックスたちを見る。


「いかにも。新しいビジネスを共に開拓する仲間だ」


「詳細はホテルで話そう」


 そう言ってアナトリーに連れられて、マックスたちはホテルに。


「ドラッグビジネスを始めるそうだね?」


「そうだ。あんたには黄金の三角州ゴールデン・デルタの業者との仲介を頼みたい。ディミトリにもそう言ってある」


「ふうむ。黄金の三角州ゴールデン・デルタにいるのが先の戦争に負けた反共政権崩れのゲリラだと知っての上かね?」


「他にもいるだろう。黄金の三角州ゴールデン・デルタは寄り合い所帯だ。ここらへん一帯で戦争に負けた連中のな」


 この極東群島地域ではかつてより戦争が何度も起きていた。


 “国民連合”が介入したものから、少数民族同士、異教徒同士の戦争まで様々。


 そんな戦争における敗者は難民となり、黄金の三角州ゴールデン・デルタに行きつく。そこで働く労働力は戦争で生じた難民なのであり、それを率いるのは敗軍の亡霊たちである。


「オーケー、オーケー。実を言えば我々も小規模の取引を黄金の三角州ゴールデン・デルタとしている。口を利くことは可能だが、大規模な取引は望めないとあらかじめ言っておこう」


「理由は?」


「『天狼』だ。極東大陸マフィアだが聞いたことは?」


「少しばかり」


「連中と話しを付けないと、大規模に黄金の三角州ゴールデン・デルタからドラッグを持ち出すのは無理だ」


 天狼は軍閥跋扈する極東大陸におけるマフィアのひとつだ。犯罪組織としては古参の部類に入り、軍閥とも通じていると言われる。


 また極東の大国“連合帝国”にも進出しているという噂もあった。


「ここじゃあスノーエルフは少数派マイノリティだ。ドワーフと猫人族たちに話を付けなければ、商売はできない。その点は納得してもらおう」


「分かった。一応天狼に話をしておいた方がいいのか?」


「君たちがそうしたいというのならば会談をセッティングしよう」


「よろしく頼むとするかね」


 レクシーはアナトリーにそう言った。


 そして、その日のうちにアナトリーのセッティングで黄金の三角州ゴールデン・デルタを仕切る天狼と会合が決定した。


「どうよ?」


「すげえイケてる。そそるぜ」


 レクシーは相手に会わせてチャイナドレスに似た民族衣装を身に着け、マックスがそんなレクシーにサムズアップする。


「じゃあ行くとするか」


 会談は天狼が指定したレストランで開かれることになり、そこにマックスたちは向かった。ディミトリはアナトリーと現在の規模で行えるドラッグの密輸について話し合うためにホテルに残る。


 レクシーたちを乗せた車は東方風のレストランの前で止まる。


 しかし、レストランの前には自動小銃で武装したドワーフたちがいた。


「レクシーとマックスだ」


「ああ。話は聞いている、おふたりさん。ボディチェックだ」


 ドワーフたちはそう言い、ドワーフの男性がマックスを、女性がレクシーをボディチェックして武器を持っていないかを確かめる。


「オーケーだ。行っていいぞ」


「どうも」


 マックスとレクシーは警備のドワーフたちに手を振ってレストランの中に。


「ようこそ、レクシーさん、マックスさん」


 レストランは貸し切りで、老齢のドワーフひとりがレクシーとマックスを迎える。周囲には武装した護衛たちだ。


「初めまして。ええっと、あんたは?」


「ワン・ハオラン。天狼の幹部のひとりだ」


 レクシーが尋ねるのにその老齢のドワーフはそう答えた。


「よろしく、ワンさん。今回はあんたらに新規事業者として挨拶しに来た。黄金の三角州ゴールデン・デルタの業者とこれから取引させてもらいたい」


「構わないとも。しかし、君たちは“国民連合”の組織だろう。しかも、西海岸の。向こうのカルテルとの関係悪化は織り込み済みかね?」


「そんなところだ」


「ふむ」


 それから料理と酒が運ばれてくるが、レクシーもマックスも、そしてワンも手を付けず話を進めた。


「君たちは西海岸に確かな拠点を有しているわけではないだろう。この極東群島地帯でスノーエルフは少数派マイノリティだ。君たちはそんな組織を頼らざるを得ない。もっと近い“連邦”のカルテルではなく」


「そうだとして何か問題が? 俺たちはどちらかと言えば東海岸が主軸だ」


「ほう。興味深いな。それが西海岸に進出し、我々の縄張りシマにやってきたと。ならば、こちらから提案したいことがある」


「提案とは?」


「西海岸において君たちがフリーハンドを得たならば、その手を握手し、ビジネスをともにするつもりがあるということを示させてもらいたい」


 ここで意外なことにワンからそのような提案がなされた。


「それはあんたらが西海岸に進出したいという意向か?」


「君たちは東海岸にも拠点を持ち、西海岸をも席巻しようとしている。そういう有力な組織とは手を結んでおくべきだ。君たちにとっても悪い話ではあるまい?」


「確かに」


 ここでワンと約束をしておけば、いずれ黄金の三角州ゴールデン・デルタにおいて大規模な取引ができるようになるかもしれない。


 そうなれば西海岸の玄関口を押さえているマックスたちの元には莫大な金が入る。


「今回、スノーエルフたちよる黄金の三角州ゴールデン・デルタとの取引を認めるのは、こちらからの友好の印だとでも思ってもらいたい。それでいいかな?」


黄金の三角州ゴールデン・デルタとの全面的な取引以外にそちらが提示できるものは何かないのか?」


「おやおや。随分と強欲だな、レクシーさん」


「別に。後になってこういうビジネスもあったと言われたくないだけだ」


 ワンが目を細めてそういうのにレクシーはこともなげにそう言った。


「そちらが扱うビジネスはドラッグだけではないだろう。スノーエルフたちは“国民連合”への密入国も斡旋していると聞く。そうだね?」


「まあ、本来はそっちが本業だ」


「それならば我々も“国民連合”への移住を希望する人間を斡旋したい。内戦の続く我々の祖国からは残念なことに祖国を捨てて、豊かな土地で暮らしたいという人間は少なくない。どうだろうか?」


「オーケー。もちろん受けよう」


「それは何よりだ。では、遅くなったが乾杯と行こう」


 ワンがそう言ってグラスを掲げる。


「我々の繁栄に」


……………………

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