第9話 そういえばこれ授業だった

 勝利を確信して笑う桜。少しの疲れと、それ以上の喜びが渾然一体となって醸し出す絶妙な色気。

 ああ、かわいいな、と、素直に見惚れた。

 だけど。


「次なんてない。ないんだよ桜。このバトルはここでおしまいなんだ」

「何言ってるの? リアちゃんのパワーは6000。アマテラスを越えてライフにアタックを届かせることはできないよ!」


 俺の盤面に、アタックできるユニットはエクセリア1体のみ。そしてエクセリアではアマテラスを越えられない。

 だから次のターン、アタック時でリペールかエクセリアを破壊してライフバーンで終わり。桜はそう考えている。

 だけど違う。この盤面が整った時点ですでに勝負は決しているんだ。


 エクセリアはアマテラスを越えられない。それは事実だ。

 それでいい。それがいい。これがBEST! ここからがハイライトだ。

「ま、ご照覧あれってな!」


 アタックを宣言するべくプレイシートに手を伸ばす。

 カードと目が合った。

 ふと、思いが巡る。


 『煌めきの天使エクセリア』。

 一目で惚れて、初めて自引きでパラレルを揃えた。デッキをフルレート化(※)するきっかけとなった思い出のカード。

(※デッキ内のカードをイラスト違いやプロモーションカードなど、入手難易度が高く通常版より値段が高いカードで揃えること)


 デッキのレート上げを進めている間も、ショーケースで見かければ無限回収していた。それほどに好きだった。

 家にはエクセリアをそれぞれ隙間なく限界までファイリングした12ポケットバインダーを、パラレル版・通常版・再録ブースター新規イラスト版・ウエハース再録版・プレミアムBOX版で5冊作っているくらいだ。通販限定のプレミアムBOX版がマジでしんどかった。次点はウエハース。

 友達には狂気の沙汰って言われた。


 スリーブ越しにインクの線をなぞる。

 今だって好きだ。ずっと好きだ。この心に一点の曇りもなく、全てが『愛』だ。

「目の前でそーいうことされると恥ずかしいんだけどー?」

「ん?」

 超至近距離で声が聞こえて顔を上げると視界いっぱいにジト目のリアが飛び込んできた。

「うおっ」

「まったく、えっちなんだから」

 仕方ないなあ、とリアは俺の手を取り、自分の胸に導く。

「もうカード越しじゃないんだよ。私、ここにいるんだから」

 指先が衣装に開いた乳下の穴から素肌に触れる。熱い。しっとりと吸い付くような瑞々しさの奥に、トクントクンと心臓の鼓動を感じる。

 エクセリアがここにいる。文字通りの意味で肩を並べて戦える。

 本当に、なんて奇跡だろう。

「んっ……」

 リアが鼻にかかった声をあげる。

「ふふ、……えっち」

 膨らみの奥から伝わる鼓動が早い。リアもドキドキしている。俺の手首をリアの指がなぞる。

「これからは、触るならこっちで、ね?」


「……でも普段は小学生なんだよな」

「同級生ならむしろセーフだよ」

 リアの価値観は俺と近いらしい。


「ねぇ! バトル進めないの!?」

 リアの胸元をまさぐっていると対面から声が飛んできた。

 桜は、先ほどとはうってかわって少し不機嫌そうだ。しかしすぐに戸惑いが顔に浮かぶ。ふむ。

 少し集中して表情を読んでみる。俺は決して視力が悪い方ではないが、とても良いと言えるほどでもない。間に広大なフィールドがあるので純粋に距離が遠いのだ。

 どれ……『なんでわたしこんなに嫌な気持ちになっちゃってるんだろう? リアちゃんは運命のカードなのに』?

 ふぅん? 意外と脈あるな?

「ふぅーん……」

 ギリィ……。

 ジト目のリアに手の甲をつねられた。痛い。

 咳払いで仕切り直す。


「では気を取り直して。我が青春、我が光、我が最愛の輝きよ! 最後のライフを射抜け! 『煌めきの天使エクセリア』でアタック! やっちまえ、リア────ッ!」

「本気!? アマテラスでブロック!」


 地面を蹴り、リアは一本の矢のように真っ直ぐ赤竜に殴りかかる。


「うおおおぉーーーー! この一撃を放ちし後我が強靭の五体即座に砕け散るであろーーーー!」

「な! 自爆特攻……ってコト!?」


 なんか桜がちいさくてかわいい感じになってる。いや小学生だから本当に小さくてかわいいんだが。

 返り討ちに遭ったリアはライフに移動する。


「……何がしたかったの?」


 首を捻る桜。しかしその目がふと俺の背後を向き、ギョッと見開かれた。

 俺の背後に聳えた『天の大秤』が輝いているのだ。後ろ向きでもわかった。光りすぎだろ。


「スケープ『天の大秤』の効果」

「まさか!」

「そうよ、そのまさかよ!」

 俺が世界の頂点を獲ったあの日。

 あのラストバトルの決まり手もこれだった!

「リアが自身の効果でライフに移動したことで効果発揮! 自分の天使の効果でライフが増えた時、相手のライフを1枚トラッシュに置く!」

「ライフバーン!? そんな!」


 桜は手元に目を落とすが、そこには一枚の手札もない。抵抗する術はどこにもない。

 そのためにバエルをアタックさせたのだ。破壊されることは承知していた。


 正直過剰に警戒していたところはあると思う。スタートフェイズの時点で防御札を握っていないだろうことは九割方確信していた。

 だが、残りの一割をどうしても埋めきれなかった。

 『sorcery-ソーサリー-』には手札を捨てることで効果によるライフ減少を防ぐカードもある。それを握っていないと断言できるほど、俺はまだ桜のことを知らない。

 世の中には過剰に顔に出すことで逆に本心を隠す人間もいる。桜がその類でないと断言できなかった。微表情を読もうにも、プレイヤー間の距離が物理的に離れているこの世界のフォーマットでは、相当注視しないと微細な表情の変化など見えない。

 だから念には念を入れて手札をすべて使わせた。


 ガコン! 天秤が傾く音がする。

「これで決まりだ! 天の沙汰は下された!」


 空に灰色の雲が立ち込め、神の雷が桜の最後のライフを撃ち抜いた。


  ***


 辺りの景色が白く霞み、距離感が元に戻る。


「負けちゃった……初めて、同い年の子に……」


 目の前に立つ桜は茫然としていた。その顔が徐々に笑顔へ変わっていく。


「すごいすごい! 負けちゃった! わたし同級生に負けたこと、これまで一度もなかったのに! ひゃっ!?」


 はしゃいで体を弾ませたと思ったら突然足をもつれさせてバランスを崩す。咄嗟に体を差し込んでキャッチ。年齢平均よりやや大きい膨らみが胸に密着する。ちゃんとやわこいんだよな。


「わ。あはは、ありがと。なんか腰抜けちゃった」

「あるある。全力で戦うと力抜けるよね」


 カードバトルの読み合いは過度の集中を要し体の緊張をもたらす。そして過緊張状態が解けると一気に力が抜けて体がいうことを聞かなくなるのだ。


「にしても、今まで負けたことなかったんだ? 桜の初めてをもらえたなんて嬉しいな」

「せーくん言い方。その言い方わざとだよね」


 デッキから再び出現したリアに半目でツッコまれる。逆にわざとじゃなかったらそいつは最大限警戒すべきだろ。

 あと首筋が痛い。クラスメイト何某の視線がめっちゃ刺さってる。最初は針程度だったのにそろそろギガドリルブレイクだぞ。


 パチン。手を叩く音に振り返ると、おとちゃん先生がにこにこと笑っていた。

「天使くん、巫さん、いい戦いでした。

 天使くん、動きが上手いですね。マジックユニットの特性をよく理解できていたと思います。

 巫さんは少し天使くんの戦い方に踊らされてしまいましたね。でも、攻め気な姿勢はよかったですよ。逆転された後も、よく最後まで諦めずに頑張りました」


 おとちゃん先生の公表。は、いいんだけどその拝み手! 仕草が完全に女性じゃん。


「ところで!」


 眼前に突き付けられる白魚の指。指先ってもっと性別が出るはずなんだけどな。男性ホルモンが仕事してない。


「年頃の男の子と女の子がそんなにくっついているのはあまり良くないです。そろそろ離れましょうか」


 おとちゃん先生は柳眉を逆立てて、表情を読む限りこれは怒っているのか? 全然怖くない。そしてやはり仕草が完全に女性。


「あ、わ、そうだ。聖くん、ちょっと離れて」

「ん? もう立てる?」

「だ、大丈、わひゃあ!」


 慌てて体を離そうとするも、今度は後ろに転びかける桜。一歩踏み込んで腰と背中を抱きとめる。


「あ、あわ、わひゃあ……」

「先生。桜は腰が抜けて立てないそうなので、保健室に連れて行きますね」


 ぽけーっとしている桜を横抱きにする。お姫様抱っこだ。


「何やってんだお前っ……」


 体育座りの集団から地獄の底から響くような声が聞こえてきたけど、そこは「なら俺が」って立候補するべきだな少年。飛ばなきゃトンビにゃ届かないぞ。


「それなら保健委員に……って、そっか。天使くんと絵救世さんでしたね」


 エク……ああリアの苗字か。慣れないな。

 先生は手にしたバインダー、多分名簿かな? をめくって眉をハの字に寄せる。

 俺、保険委員だったのか。集中して記憶を探れば、たしかに立候補した覚えがある。知らない記憶を思い出すというのは変な感覚だ。


「トップバッターだから実技終わらせてるの俺たちだけですし、せっかくだから桜と感想戦したいんですけど……ダメですか?」


 ここで子供の伝家の宝刀、甘えるような上目遣いを使用。先生との身長差を考慮するとこれくらいの角度で、と。


「くぅ……っ」


 狙い通り、おとちゃん先生は胸を押さえてよろめいた。小学校教師なんていうブラック度が天元突破RXなものをやるだけあって子供好きのようだ。

 しかしときめきに苦しむ顔までかわいいってどうなってんだ? 実は教育委員会もこのかわいさにやられたんだったりして。ありうる。


「ほ、保健委員が二人とも実技授業から離れると困りますので、どちらか一人だけでお願いします」

「わかりました。行こっか桜」

「あはは。せーくん、後でお説教ね」

「ああ……わかってる」


 謝ったら許さなさそうな声色に思わず脊髄反射してしまったが、どの道リアとは後で話をする予定だ。

 にこやかに怖いリアの声を背中に聞きつつ、あわあわしている桜を授業から連れ出す。


「待てよ! 巫をどこに連れてくつもりだ!」

「こらっ、石動くん! 授業を続けますよ。座ってください」

「でもっ、巫が!」

「心配なのはわかるけど、巫さんは天使くんが保健室に連れて行ってくれるから、石動くんはちゃんと授業を受けるように!」

「だから心配なんだ!」


 おーおー、背後から青少年の主張が聞こえてくるわ。危機意識自体はあるらしい。青春だねぇ。ほほえまー。

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