第62話 Fight for Justice

 生徒一同、会議室を退出する。

 親交を深めておくといいとだけ告げられ、投げっぱなしで放り出された。教師の対応としてこれはいかがなものか。

 リアと顔を見合わせていると、その背後で明星姉妹が跪いた。

 スカートが汚れるのも構わず廊下に膝をつき、胸の前で腕を交差させる。拝礼の姿勢。


「挨拶が遅れたことをお詫び申し上げます。わたしは高等部一年の明星 美愛。こちらは妹の」

「真宵です。初等部六年です」

「「御身の前に姿を晒す栄誉をお許しください」」


 二人の挨拶はリアに向けてのものだ。俺は無視されている。


「エクセリア。守護天使だよ」


 リアはわざわざ俺のことを強調して言った。それでようやく、二人の目が俺に向く。

 琥珀色の瞳が戸惑いを映すように揺れた。

 姉の方、「みあ」と名乗った少女がおずおずと口を開く。


「……そちらの方は、貴方の……その、付き人ではないのですか?」

「は?」


 小さな体から怒気が迸る。正直俺も付き人扱いに思うところがないわけではなかったが、リアが怒ってくれたおかげで冷静なままいられた。

 人間、目の前に自分よりも荒れている相手がいると、ふと頭が冷えるのだ。

 それはそれとして今「付き人」じゃなくて「情夫」って言おうとしてたな、このシスターもどき。

 天使の怒りに当てられた二人は慌てて頭を下げる。


「し、失礼しました。ですが、違うのなら彼は一体……?」

「ちゃんと言ったでしょ。大切な人だよ」

「それは、どういう……」

「どういうもなにも、言葉通りだよ。私はせーくんを守護る天使なの。なにかおかしい?」


 平伏する姉妹を睥睨し、リアは不遜に息を吐く。

 その言葉に物申したのは、姉妹の妹の方──たしか「まよい」と言ったか。


「あ、貴方は尊ばれるべき天使様です! それが人の下につくような真似、するべきではありません!」

「私は好きな人を護っているだけだよ。貴方たちに文句を言われる筋合いなんてない」


 好きな人、なんてはっきり明言されると照れてしまう。やはり言葉に宿る力は大きい。

 だからこそ、言葉には気をつけるべきだ。「まよい」ちゃん……どういう字を書くのか知らないけど、今の言葉は聞き捨てならない。


「訂正させてほしいな。リアは俺の下についてるわけじゃない」

「そこは事実として夜は下だし」

「上の時もあるでしょ。いやそうじゃなくて」


 さっきの言い方だと、リアが俺に従属しているみたいじゃないか。

 リアは家族だ。なのに主従だとか上下だとかを関係性の外から持ち出されるのは、すごく──とても、気分が悪い。


「部外者は黙ってて!」

「きみよりは当事者だよ」


 なにせ俺の運命の話だ。

 しかし「まよい」ちゃんは激昂して俺の首を指差した。


「嘘よ! あんた十字架しるしを下げてないじゃない! 信徒でもない人間が天使様にカードを授かるなんて、ありえないんだから!」


 ……急に厄介ごとの匂いがしてきた。

 やはりあるのか、一族や組織による魔法カードの取得方法の独占。

 カードに置き換わった御朱印や交番でもらったお土産カードから、一部のテーマの入手経路が限定されている可能性には思い至っていた。違ってくれと願っていたが、どうやらその祈りは天に届かなかったようだ。

 この世界の『sorcery-ソーサリー-』はカードゲームよりも魔法の側面が強い。それは常々感じていた。

 であれば、一子相伝の魔法や特定の既得権益があるのは何らおかしくない。

 問題なのは、俺がメインで扱うテーマがその既得権益に引っ掛かっているらしいことだ。

 天使だけの問題ではない。俺はどうしてか前の世界線からカードを持ち越している。他のデッキが同様の状況下にある可能性は大いにある。

 しかし天使のカードの入手方法をこいつらが独占しているというなら、昨日パックから出てきたラビエルやフィギュエルはなんだ?

 そう、カードパックは普通に売っているんだ。しかし今考えると、むしろそちらの方がおかしい。

 というか、昨日剥いた『究極編』は、前の世界に照らしてみればこの時代の現行弾であることに間違いはないが、現行弾に収録された『天翔陽竜ドラグ・アマテラス』もすでに存在している。この矛盾はなんだ?

 知識は段階的に覚えなければ意味がない。今は結果だけを得ている状態だ。成立過程、前提となる知識がごっそりすっ飛んでいる。

 デッキを組むために箱を剥いたら専用構築必須の大型だけが揃い、足場や汎用パーツが歯抜けになっているみたいな感覚。必要な情報ものが取得できていない。

 ……いや、それを考えるのは後だ。今は目の前に集中。

 とりあえずおためごかしをしつつ、誤魔化せないようなら決闘戦に誘導するか。そうしたら話が良くない方に転がっても『契約ギアス』で他言無用にできる。


「ありえないとは不思議なことを言うね。事実として俺とリアは運命で繋がっている。君たちの方法以外にも、天使の力を得る方法はあった。ただそれだけの話だろう?」

「そんなわけ────!」

「真宵ちゃん!」


 感情のままに反論しようとした妹を姉が諌めた。


「天使様が彼と運命を繋いでいるのはでしょ? 彼の言っていることは事実なのよ」


 天使に心酔しているような言動をしていたにも関わらずちゃんと目の前の事実を受け止める器量はあるようだ。


「やっぱり運命の繋がりって、見ればわかるんですね」

「魔法使いなら誰でもわかるわ……あ、いえ、わかります?」

「敬語はやめてください。僕の方が年下なので」

「なら、そうさせてもらうわね。えっと……」


 考える素振りを見せる「みあ」さん。どうやら本当に今の今まで俺のことが眼中になかったようだ。名前すら認識されていないとは。


「遅くなりましたけど、はじめまして。六年三組の天使 聖です。聖なると書いて聖です。下の名前で呼んでください」

「わたしは高等部一年一組の明星 美愛。美しい愛と書いて美愛よ」


 美愛さんは俺のやり方に寄せて名乗り返してくれたが、字のくだり以外はさっき聞いた。つまりさっきの時点では俺を認識していなかったということだ。どんだけこっちに興味がなかったんだ。

 というか付き人扱いとかを謝ってこない辺り、現在進行形で興味持たれてないな。

 積極的に話を進めようとしていないのは、リアに──いや、向こうの考え方に則るなら『天使様』に遠慮しているからか。


「いつまでも廊下にいるのもなんですし、河岸を変えませんか。親交を深めておくように先生にも言われましたし」


 足を踏み出しながら切り出し、そのまま先導する。


「ちょっと、勝手に決めないでよ!」

「真宵ちゃんっ、天使様の御前よ」


 キャンキャン吠える妹を宥める美愛さん。

 「天使様」ねえ。

 リアはちゃんと名乗った。なのにそう呼ぶってことは、つまりこの姉妹はリア個人を見ていない。天使という肩書きだけを重要視しているのだ。

 なんか段々腹が立ってきたな。

 いいか、もう。こっちから勝負ふっかけても。

 向こうから仕掛けてくるように仕向けようとしたのは、応戦という大義名分──いわば言い訳のためだ。

 子供だけで決闘戦をしないようにと授業で釘を刺されているし、しようとした悠里やつを注意した手前もある。こちらから仕掛けると、後で問題になった場合に弁解ができない。

 美愛さんと同じ高等部のみどりちゃんはオリエンテーリングで普通に魔法を撃っていたから、高等部になる頃には制限も緩和されているのだろう。みどりちゃんがそのわがままボディのごとくじゃじゃ馬な可能性はあるが。

 であれば、美愛さんがいれば生徒だけで決闘戦を行うことに問題はないはずだが、しかし万が一はどこにでもある。

 だから念の為向こうに主導させたかったのだ。

 とはいえここは学校。法に抵触するようなことでもなければ初犯は厳重注意で済む可能性が高い。俺が大事おおごとにしなかったのもあるが、違法デッキを使った石動が今も学校に通えている時点でそれは証明されている。

 思考が良くない方向に流れているという自覚はあった。しかし止まらない。だってあいつらはリアを天使という記号でしか見ていないのだ。馬鹿にしている。

 ダメだ冷静になれ。茹った頭では最善手を打てなくなる。


「とは言っても、どうすればいいんでしょうね。親交を深めるって」

「それなら決まってるわ」


 苛立ちを噛み殺して吐いた言葉に、間髪入れず美愛さんが応じた。その声に滲む感情は──『あちらから切り出してくるなんてちょうどいいわ。渡りに船ね』だぁ?

 足を止めて振り向く。


「魔法使い同士ならよ」


 聖少女は己のスカートをたくし上げ、むっちりしたふとももにつけたホルダーからデッキを取り出した。

 端正な顔に浮かぶ朗らかな笑顔の裏に、俺に対する猜疑が覗いている。どうして天使と繋がっているのか、どうやって天使の運命を得たのか。その運命は真実なのか──……なるほど。向こうも戦る気だったわけだ。

 なら話は早い。

 俺はとんだ道化だな。わざわざ策を弄する必要はなかった。

 吊り上がりそうになる頬を全力で抑え、人当たりのいい笑顔の仮面をかぶる。

 …………だ、駄目だ。まだ笑うな……堪えるんだ……!

 いや作り笑顔ではあるんだが。

 「笑み」と「微笑み」は違う。今俺が使っているのは牙を隠す「微笑み」だ。

 笑うという行為は獣が牙を剥く行為が原点にあるのだという。まだこちらの牙を見せるわけにはいかない。今は心で爪を研ぐ時だ。

 せっかく相手がこちらを獲物と認識しているのだから、取り返しのつかなくなるところまで誘い込まなくては。


「決闘戦ですか? やった! 実は授業で解禁されたばかりで……魔法をうまく扱えるようになるためにも、もっと実したかったんです」

「あら、それはよかったわ」


 誘いに乗ってくれて。

 美愛さんの笑顔は完璧と言っていい営業スマイルだ。しかし無意識が浮かべる微表情までは隠せない。


「どこでします? さすがに廊下でするのは良くないですよね」

「闘技場を使わせてもらいましょう」


 闘……えっ、何? コロッセオ?

 宇宙猫化した俺の様子を、場所と名前が結び付いていないと解釈したらしい。美愛さんがわかりやすく教えてくれる。でもその「わかりやすい」はこの世界基準でのことだった。


「上級生の闘技大会を見学する授業があったのは覚えているかしら? あそこよ」


 闘技大会ってなんですか!?

 記憶を検索──上級生の……うん? 学校行事!?

 おいおいマジかこの学校、球技大会みたいなノリでバトルの行事があるのかよ!

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