第63話 ハーフ&ハーフ

 闘技場と聞いて古代ギリシャの円形闘技場コロッセオを想像したものの、到着したのは運動場の周りを階段状の観客席が取り囲む──それこそスポーツの大会などで使われる競技場のような建物だった。

 というか実際に運動競技の用途でも使用されるらしい。

 強いて違うところを上げるとすれば、足を踏み入れた瞬間にバトルフィールドに入る時と同じなんとも言い難い感覚があったことかな……。

 正式名称は『魔法闘技場』。

 なんでもバトルフィールド術式の応用で内部の位相が微妙にズラされており、魔法が暴発しても観客席の方まで被害が及ぶことはない。なので周りを気にせず魔法を使えるんだとか。

 設備がしっかりしているため、普段からここで練習する学生も多いのだという。


 そんなわけで陸上トラックに囲まれた中央のコートにやってきたのだ。

 ふと見ると、隣のコートで二人の男子生徒がバトルしていた。

 舗装された地面の上で、ユニットが激しくぶつかり合っている。

 丸盾を携え、円錐型の突撃槍を構える深紅の騎士と、拳を振るい身一つで戦う等身大のおとこ──『騎士公爵ギール』と『苦難打ち砕く英霊ダイモーン』か。


「『電子獣』デッキのミラーだね」


 『電子獣』。魔法系統『数秘術』に連なる、種族に「電子獣」をもつユニットを中心にしたデッキだ。


「というか対戦している二人の顔も見覚えがあるような……」

「せーくん、あれだよ。オリエンテーリングの時の」

「ああー……えっと……二と三の先輩!」


 名前がそのまま通し番号ナンバリングイニシャルだから分かりやすくてとてもありがたい。

 あ、向こうに一の人とみどりちゃんもいる。やっぱり普段から仲良いんだ。

 こちらに気付いた一先輩は軽く手を上げてくれた。みどりちゃんにはちょっと嫌そうな顔をされた。ひどい。こちらも目礼を返す。

 そういえば一二三先輩は全員『数秘術』系統のデッキって言ってたもんな。


 ────世界は数字でできている。

 あらゆるものは数字で表すことができ、故に数字を読み解くことは世界を読み解くことに繋がるのだ。

 この理念に基づいた学問を指して『数秘術』という。

 ある時、数秘術を求道する一人の学者が言った。

『生命を構成するものと同様の数字があれば、そこに生命があることになるのではないだろうか?』

 そうして生まれたのが、0と1で構成された、生命のあたいを示す情報体。魔法生命『電子獣』。

 魔術的な成立過程を経ながらもその本質は機械的な『数字の集合体デジ』たるモンスターだ。

 全ての電子獣は同一の情報核を種として成長する。電子獣を創った素敵なおじ様ナイスミドルはその情報核を『電子獣の卵デジエッグ』と呼び、自らの名を『ドクターミレニアム』と改めた。

 情報体である電子獣は生命が存在できない環境下──宇宙空間などでも問題なく活動できる。

 すべては幼き頃語りかけてきた遠い一番星に手を伸ばすため──……というのが『電子獣』のおおまかなストーリーだ。


 このデッキを扱う上での鍵は、二種類のキーカード『電子獣の卵デジエッグ』と『ドクターミレニアム』をいかに素早く手札に引き込めるかだ。初手に無い場合は専用サーチカード『遠い一番星』や汎用ドローソースで探しに行くことになる。

 足場を固めたらいよいよデッキの主役『電子獣』の登場だ。天使ほどではないが種類の豊富な電子獣は、構築によって戦法がかなり変わる。

 数秘術は世界のあらゆるものを規定する数値を操る魔法まじゅつであるから、分布する色も全色だ。

 概ね色を統一して組むのが使いやすいが、戦法が入り混じる混色も回していて楽しい。


 『苦難打ち砕く英霊ダイモーン』の拳が『騎士公爵ギール』の持つ盾を打ち砕く。体のサイズ差をものともせず相手に飛びかかって圧倒する様はまさに英霊だ。


「って……ん? あれ? ユニットが実体化してる? バトルフィールドの中じゃないのに」

「あんたなにも知らないのね。闘技場の中はバトルフィールドと同じよ。建物の構造自体に応用術式が組み込まれているの。外から見た大きさより中が広いでしょ?」


 なぜかやたら勝ち誇った態度で説明をくれる「まよい」ちゃん。

 言われてみれば、たしかに外観と内部の寸法が合わない。

 狭い場所で展開してもバトルフィールドはやたら広いし、やっぱり空間が拡張されているのか。

 で、バトルフィールド術式にはユニットが実体化する仕組みも内包されているから、闘技場内部でバトルすればああしてユニットが出てくると。なるほど。


「でもバトルフィールドってどこでも展開できるのに、どうしてわざわざここに? 適当なところでバトルしてもよかったんじゃ」

ちゃんとした場所の方が集中できるそんなことをしたら先生にバレちゃうでしょう?」


 処す気満々じゃん。

 いいね。それくらい積極的な方が、こっちも遠慮なく迎え撃てる。腹割っていこうじゃねえか大将。

 美愛さんは値踏みの目を隠す営業用笑顔の光量を上げ、朗らかに指先を合わせた。


「それじゃあ始めましょう。あ、唱えるのは『アウェイクニング』だけで大丈夫よ。闘技場全体がバトルフィールドのようなものだから、新しく張る必要がないの」

「へー」

「お姉ちゃんはとってもすごい魔法使いなんだから! あんたなんて足元にも及ばないわ! 化けの皮が剥がれるのが楽しみね!」


 自分が戦うわけでもないのにもう勝った気でいる「まよい」ちゃん。わかりやすいフラグ建築どうも。あと人を指差すな。


「そういや「まよい」ってどういう字書くの?」

「え? 真夜中の真に宵の口、ってなんであんたに教えなきゃいけないのよ!」


 簡単に名前を教えるなんて危機管理能力が足りないな。

 何気ない口調で不意に訊くのがコツだ。人間の反射を利用した小技である。


 さあバトルだ。

 なんだか妙に久しぶりな気がする。日曜飛んで土曜以来、たった一日しか空いていないのに、どうしてか随分と長く……具体的には一月半近くご無沙汰だったような……えっ、嘘、そんなに?

 今日の構築はもう決めている。美愛さんの天使デッキがどの型なのかは知らないが、同じ土俵なら乗り手の地力差でゴリ押しが効くからな。少し試したいことがあるのだ。


「鼻歌なんて歌っちゃって、随分余裕じゃない」

「余裕というか機嫌がいいのさ。中飛車もノリノリだ」


 ああ、やっぱり俺は『sorcery-ソーサリー-』が好きだ。バトルができるというだけで、浮き足立って落ち着かない。カードを眺めているのも好きだが、対戦にはまた別の良さがある。

 俺に怖気付いてほしかったらしい真宵ちゃんには舌打ちされてしまったが。


 ──主よ、少しいいだろうか。


 デッキのカードを手早く確認していると、脳内に天使の声が響いた。


 バエル? どした?

 ──進言だ。この戦いには私を使わない方がいい。

 それはまた、どうして。あの姉妹が敬虔な信徒だから?

 ──敬虔な信徒、か。本当にそうなのだろうか。

 ……何が言いたい?

 ──良くない気配がある。暗く湿った地の底の底……冥府の気配だ。

 そんな馬鹿な。お隣は電子獣だし、近くにいるのは全員天使使いだぞ。

 ──無論、わかっているとも。だからこそ伏せるべきだ。私の存在は鬼札になり得る。


 そういうことか。

 バエルは天使であると同時に位の高い悪魔地獄の貴族でもある。仮に近くに冥府の縁者がいる場合、カウンターとして機能できる可能性があるわけだ。

 そうでなくとも迂闊に出すのはマズいか。明星姉妹がバエルのことを知っていた場合、話が拗れるのは目に見えて明らかだ。

 のっぴきならないほど角が立ってしまうと、手篭めにして口封じするしかない。そうすると後々禍根カスが残る。怨みというカスがな。


 わかった。バエル抜きで組むよ。

 ──……いいのか?

 何が?

 ──今は平時だ。先のように侵略者と対峙しているわけではない。

 ──私の行いは既に君の知るところだろう。共に育ったシーリィステディエルを踏みつけにしてまで天界に叛逆し、志半ばで討ち取られた。そんな男の言葉を信じるなど──……。


 まあ、そこだけ見たら信用に値しないのはそうなんだけど。


 こんなことで嘘を吐く理由がないでしょ。これでも天使みんなのことはわかってるつもりだよ。

 あー……バエルも前の世界の記憶はあるんだよね。どこまでが自分の記憶だと認識してる?

 ──無論、全てだとも。君たちが背景ストーリーと呼ぶ戦いの記憶も、君と共に世界の頂きを勝ち取った記憶も、等しく私を構成するものだ。

 ならわかるだろ。俺はきみがしたことを知っているけど、叛逆に至った理由も知っている。

 幼馴染を踏みつけにしてでも譲れないものがあった。だからそうした。そりゃ褒められたことじゃないし、肯定もできないけど……考え方は理解できる。


 それに……前にも言ったかもしれないが、天使みんなに裏切られるのなら、俺はそれで構わないのだ。


 ──……フフ……ハハハハハハハ!


 うわびっくりした。急に笑い出すもんだから驚いちゃったじゃないか。なんだよいきなり。


 ──いやなに、縁に恵まれたと思っただけだよ。


 照れるからやめれ〜。

 さておき、バエルを採用できないとなると横並び型はちとキツいか。別の型に変えるか? しかしなあ。今回採用予定だった天使たちは検証と実益の兼ね合いで、できるだけ早く使いたいし。

 うー、ん……。そうだな。ハーフ&ハーフで行くか。

 『sorcery-ソーサリー-』のデッキ枚数は60枚。その半分、30枚で作ったデッキをハーフデッキと呼ぶ。

 このハーフデッキを二つ合わせて一つのデッキにするのがハーフ&ハーフだ。

 片方は元々使おうと思っていたデッキの切り身、もう片方は……そうだな、オブジェクト軸にするか。両方とも天使だから最低限のサポートは共有できる。

 後は気合と根性で。安定性は落ちるが……なに、俺が回し切ればいい話だ。

 頭の中で枚数調整しながらスリーブを入れ替えていると、真宵ちゃんが半笑いで話しかけてきた。


「あんたもしかしてデッキ組み直してるの? 今?」


 こいつの目には俺がバトルの直前で慌ててデッキを調整しているやつに見えているようだ。

 別に慌ててはいないが、行動だけ見れば合っているのが腹立たしい。


「そうだよ。デッキは生き物だからね。日々形を変えていくんだよ。気分で」

「バカにしてるの!?」

「大真面目だよ。モチベーションは大事だ。大体、戦うのはきみじゃなくてお姉さんでしょ。なら俺がデッキをどうしようと関係ないじゃないか」


 初対面時ファーストインプレッションから敵対的だった相手に好意的に接してやる理由はないので突き放した物言いをすると、真宵ちゃんはぐぬぬと歯噛みして押し黙った。


「というか、コートの中にいると多分危ないよ」


 ユニットが出てくるみたいだし。対戦と関係ない人が巻き込まれたらどうなるか興味がないわけではないが、さすがに警告しない程無情ではない。


「そうよ、真宵ちゃん。決闘戦はお姉ちゃんに任せて」

「…………わかった」


 朗らかに戦意を見せる美愛さんに、真宵ちゃんは渋々従った。

 …………。

 今見えた表情……気のせいか? あれは……。

 気がかりだが、今は他人を気にする時ではない。頭を切り替えていこう。


「リア」

「うん」


 リアが光の粒子となってデッキに吸い込まれる。

 闘技場の中での開始宣言は『アウェイクニング』だけでいいんだったよな。

 デッキを構える。美愛さんも同じようにデッキを掲げた。


「──『アウェイクニング』」

「──『awakening』!」

「無駄に発音がネイティブ!」


 真宵ちゃんツッコミの素質あるよ。

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