第64話 天使開戦
目の前にプレイシートが現れるのも大分慣れた。
山札にデッキをセット。デッキの上から裏向きで、ライフゾーンに10枚、マナゾーンに3枚カードを置く。
バトルフィールドを構築する魔法の効果により、デッキに不備がない場合は
手札を4枚引いたら準備完了。
プレイシートに光が宿る。先攻は俺か。ありがたい。
「スタートフェイズ」
第一ターンはチャージフェイズがないのでそのままドローフェイズに移行する。
デッキから1枚カードを引き、メインフェイズへ。
メインフェイズでできるのは、
・マナ染色
・ユニットやオブジェクトの召喚
・スケープの配置
・マジックの使用
直前のチャージフェイズで2枚マナチャージした場合はマナ染色を行えないが、チャージフェイズそのものがない第一ターンであれば特に気にする必要はない。
手札から1枚を表向きでマナゾーンに置いて染色。
第一ターンにプレイできるのは4コストまで。『sorcery-ソーサリー-』に
「4コスト。スケープ『エンジェルズラダー』を配置」
雲の切れ間から光が差す。天使の階と呼ばれる自然現象は、天使が地上に降りる魔法の道だ。
第一ターンのメインフェイズでは、スケープの配置か、召喚時効果を持つユニットの召喚を行うのが望ましい。相手のデッキがわからない場合は特にだ。
第一ターンにはアタックフェイズがないため、アタック時効果しか持たないユニットはアドを稼げない。そのままターンを返すと、仕事前に除去される危険がある。置物効果持ちか、出た時点で仕事ができるカードを出すと隙を減らしやすい。
「ターンエンド」
終了を宣言すると、俺のプレイシートから光が消え、相手のプレイシートが輝きを放つ。
さて、美愛さんのデッキはなんじゃろな、っと。
「スタートフェイズ」
少女は鈴を転がすようにターン開始の宣言を唱えた。
「チャージフェイズ。1枚チャージ」
チャージフェイズではデッキから裏向きで1枚または2枚をマナゾーンに置けるが、2枚置いた場合はメインフェイズで染色ができなくなる。
無色マナだけでは有色カードを使用できないので、一部のデッキを除き、最初のターンは1枚チャージに留めておくのが無難だ。
美愛さんもその定石の通り、1枚だけマナゾーンに置いてフェイズを移った。
「メインフェイズ。『天使の慈悲』をマナに置いて染色、黄色1」
「げっ」
「マナゾーンにある『天使の慈悲』をコスト支払いで使用する時、無色マナ1つを黄色のマナとして扱える。この効果によって黄色2.無色1でスケープカード『祈り』を配置するわ」
金髪美少女シスターの背後に、偶像に跪き祈る女性の虚像が現れる。
『祈り』かぁ……俺も持ってはいるが、あまり状態が良くないんだよな。
かなり初期のカードな上コモンだからな……
美品を探そうにも、一度も再録されてないから望み薄。ついでに制限カードだから、光ってもいないし状態もそこまでなのに、たまに見かけるシングルが、まあまあいい値段する。
マジックカード1枚しか拾えないのに制限なのはおかしい? 逆だ。
『祈り』はマジックカードが出るまでデッキを破棄し続ける。採用マジックが1種だけなら、確実に手札に加えた上で他のカードをすべてトラッシュに落とせるのだ。
他のすべてを犠牲にしてただ一つの
むしろギリギリ制限で済んでいるのは、『sorcery-ソーサリー-』がコスト制TCGかつ、トラッシュ利用へのメタも多いからだろう。
採用マジック一種4枚がすべてライフに埋まっていた結果、セルフデッキアウトで自滅したプレイヤーもいた。
しかしトラッシュを活用するデッキは時代が降るにつれ数を増やしている。環境上位に食い込むことも多く、その対策により天使が巻き添えで被害を受けることも多かった。
カードパワーのインフレは止まらないから、トラッシュ利用テーマが止まらない限り、その先の禁止落ちは避けられない。
ほとんどのプレイヤーからそう
それが『祈り』だ。
コストは3だが黄(2)、つまり黄マナが2つ必要なので、本来初手では配置できない。そこを誤魔化すのが『天使の慈悲』だ。
『天使の慈悲』をマナコストの支払いに含める時、同時に使用する無色マナ1枚を一時的に黄に染める。例えば黄(『天使の慈悲』)1.無2の配分で支払うと、黄2.無1のマナとなるわけだ。
「配置時効果でデッキを上から、マジックカードが出るまで破棄できる。マジックカードが破棄されたら、そのカードを手札に加える」
美愛さんは効果を宣言し、デッキを上からトラッシュに置く。
1枚目『リジェネドロー』──っ!
いきなりマジックカード!
デッキ内部のカード比率は、余程のことがない限り、ユニットカードが最も多くなる。デッキを上から一枚ずつめくっていく時、いきなりマジックカードを引き当てる確率はそんなに高くない。
が、デッキ内のマジックカード比率が高くなる構築なら話は別だ。
こちらで使う場合は、『祈り』はほぼ1:1交換──3コスト1ドローのカードと同じ働きをする。ただし必要とする色マナがそれらより1つ多いため、同型とは決して言えない。手札引きとしての用途でのみ使うなら、むしろ完全下位互換となる。
で、あるから、『祈り』が採用されているデッキはトラッシュを活用する構築か、あるいは同型が存在しなかった頃のレトロな構築ということになる。
そして『リジェネドロー』。あれは赤のマジックだ。つまり彼女のデッキは……。
天使を使うのはわかっていたから予想の候補に挙げてはいたが……わざわざ他色のドローマジックを投入しているなら、デッキタイプは一つしかありえない。
間違いない。あれは『神如大天使ミーカーイル』を軸にしたマジックデッキ!
そんな馬鹿な。理性が導き出した答えを感情が否定する。
だって『神如大天使ミーカーイル』は、この時代だとまだ禁止カードのはずなのだ。
今はまだ温泉郷にいないとおかしい。
ミーカーイルが釈放されたのは、俺の主観で少し前。つまり俺が元いた時代に至ってから、ようやく禁止解除されるのだ。
……いや、未来のカードがある時点で、考えても詮無いことか。
『神如大天使ミーカーイル』。
名実共に最強の天使。最恐にして最凶にして最狂の大天使だ。
ミーカーイルはその冠名が示す通り、神の如き者である。
数多の奇跡を手のひらの上で操り、指先一つで不可能を可能に変える。その力はカード上で、『コストを支払わずマジックカードを使用できる』という効果で表現されている。
当然ソリティアの温床となり、発売から程なくして一枚制限にされたものの、やはりと言うべきか、最終的にはあえなく御用となった。
美愛ちゃんが『リジェネドロー』を手札に加える。
俺が『sorcery-ソーサリー-』を始めた頃には、ミーカーイルの禁止から既に何年も経っていた。
しかしながら彼の名は現代、俺がいた時代においても、『sorcery-ソーサリー-』というTCGタイトルに深く焼き付いている。
思えば彼の存在があったからこそ、『天使』というテーマはアイドルカードの路線に舵を切ったのかもしれない。そう考えると『神如大天使ミーカーイル』は、今の俺を構成するものの原点と言っても過言ではないだろう。
いずれにせよ『sorcery-ソーサリー-』の歴史を語る上で避けて通れない存在であることは間違いがない。
『神如大天使ミーカーイル』を軸にする構築の型は大きく分けて二つ。
一つ目は、ミーカーイルがもつマジックの踏み倒し効果でドローマジックを連打してキーカードを引き込み、ワンターンキルを狙うデッキ『ミカエンジン』。
ただしこちらはあくまでデッキ回転の主要パーツという扱いであり、『神如大天使ミーカーイル』が当時の攻撃抑制カードと共にまず一枚制限にされた時点で大きく数を減らした。
二つ目、同じくミーカーイルのマジック踏み倒しを利用し、召喚時を再発揮させる『ワンスアゲイン』、マジックカードをマナに置いてドローする『禁断魔導書』、お互いに手札交換を行う『ハンドスクランブル』、そしてターン中マナゾーンのマジックカードを使用できるようになる『天使の慈悲』。これらのコンボにより、相手をドローによるデッキアウトに追い込むデッキ『ミーカーイルLO』。『禁断魔導書』を併用することから『コミックLO』とも呼ばれる。馬鹿なの?
こちらはコンボが始動した時点で相手はほぼなす術がなくなる。カードプールが少ない当時環境なら皆無と言っていい。
だがこの構築に採用されるマジックは大半が禁止制限による規制を受けている。『禁断魔導書』と『ハンドスクランブル』は禁止、『天使の慈悲』も一枚制限だ。
『神如大天使ミーカーイル』が生きているとしても、本来であれば不可能な構築。
しかし、現役なのがミーカーイルだけではないとしたら。
その場合、コンボを起動されると本当になす術がないぞ。
この世界のカードプールをいまいち把握できていないのが痛い。
仮に変わらず禁止扱い──この世界の言い方に則るなら禁呪だとしても、『
しかし他色のドローマジックが主に採用されるのは前者の構築だ。
こういう構築をしてくるということは十中八九『神如大天使ミーカーイル』が美愛ちゃんの運命だと思われるけど、『運命=切札』とは限らないから、他のカードに対するガードも下げるべきではない。
どちらにせよ、出された時点で負けが見える。こちらも展開を急がなければ──。
俺が兜の緒を締め直した直後のことだった。
「続けて無色マナ2コストを支払い、『極彩色の極楽鳥』を
おいちょっと待て。
『極彩色の極楽鳥』って!
ジョークエキスパンションのカードじゃねえか!?
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