第65話 笑えないジョークだ

 ジョークエキスパンションとは、その名の通りジョークカード──冗談みたいな効果を持ったカード群で構成されたパックだ。基本的に公式大会で使用されることを想定しておらず、カジュアルプレイ専用とされている。

 ブランドによっては、ジョークカードでも公式で使用でき、レアリティに反抗したり相手プレイヤーにプロポーズしたりすることもできるが、そういうのは特殊例である。なんだあいつ。

 『極彩色の極楽鳥』は、『sorcery-ソーサリー-』におけるそんなジョークエキスパンションの一つ、『未開アンシヴィライズ』で登場したマジックカードだ。

 マジックの効果としては『2コスト支払って使用後状態ロウでマナゾーンに置かれる』だけなのだが、肝心なのはマナに置かれている時の効果。

 マナとして扱う時、このカードは、プレイヤーが身につけている衣服の色の内一色と同じ色のマナになる。

 つまり赤い服を着ていれば赤のマナとして、青地に黄のラインが入った服を着ていれば青か黄のマナとして扱えるということだ。なんならピンクや黒など、カードのカラーとして存在しない色のマナにもなり得る。

 これを通常弾と混ぜて使うことができてしまうとどうなるか、もうお分かりですね? 使用したい色のマナを含むファッションをすることで、事実上のお手軽全色マナが出来上がる。

 しかしまあ、学園の制服は白地に赤ラインなので、使用可能な色としては赤──いやこの世界だと白も使用可能色にカウントされるのか? 見えてる情報だけで考えるなら、『神如大天使ミーカーイル』を引き込むまでの繋ぎで使うドローマジック用のマナ、だろうか。

 『エンジェルギフト』は見えていないだけだろうか。あれは地味にマナ支払いの制約がある。種族に「天使」を持つマナを1つ以上支払わなければいけないのだ。デッキ内の天使比率が低い場合は機能不全を起こす。『天使の慈悲』はマジックな種族を持たないのでもちろん対象外。ということは採用していない? ドローは完全に他色頼りか? いや、ミーカーイルが出てしまえばその制約は一気に解決する。であれば見えた頃にはとうにこちらの喉元に刃が突きつけられているだろう。現時点で考慮する必要はない。

 とするとやはりあの『極彩色の極楽鳥』は他色ドローマジックをスムーズに使用するための採用と見ていいか。

 しかし繰り返しになるが、ジョークエキスパンションのカードは通常弾と混ぜて遊ぶことを想定されていない。

 最もわかりやすい特徴として、カードの属性を示す枠の色が「銀色」に輝いている。つまり、どの色にも属していないのだ。

 『sorcery-ソーサリー-』のジョークエキスパンションの世界観は『異邦アナザー・スカイズ』と呼ばれ、通常弾の背景ストーリーとは隔絶されている。

 『未開アンシヴィライズ』の舞台は、たしか「廃棄終着世界 アングラ・サイト」だったかな? 銀色のマナが満ちる世界で巻き起こる不条理ストーリーだったはずだ。

 メガネを5つ並べたり、ところてんの体を打ち抜いてマグナムしたり、首を落とされて死んだはずの敵がいつの間にか蘇って仲間扱いされていたりする。

 わけがわからない? フフッ、わかんないだろ。俺もわからない。

 その奇天烈な効果の幾つかは後に通常弾にも輸入されたりしている。要するにメタ的には効果の実験場なのだろう。多分。

 とはいえ基本的には交わらない世界の独立したストーリーという扱いであるから、本弾とは混ぜられないはずなのだ。

 しかし今、事実として目の前で『異邦アナザー・スカイズ』のカードが使われた。であれば俺がすることは一つだ。可能かどうかはわからない。それでも試すだけ試さなければ。

 時間にして0.5秒程。

 マナを使い切った美愛ちゃんがターンエンドを宣言する前に、俺は言葉を挟み込んだ。


「カード確認できますか?」


 知らないカードがあれば相手に効果確認を求める。ゲームを円滑に進めるための鉄則だ。

 後々のわからん殺しでプレイヤー間のトラブルを起こさないためにも、わからないカードがあれば素直に確認し、自分も聞かれたら快く教えるのが丸い。

 対面型競技ではコミュニケーションが大切だ。上手く懐に潜り込めれば精神的なガードも下がる。

 断るようなやつはマナー以前に性格が悪いのであんまり関わらない方がいい。

 とはいえカード=魔法の世界で手の内を明かすような真似をしてくれるかどうかは賭けだ。

 あっ、ちょっと顔が強張ったな。眉根を寄せるのを意思で堪えた。やはりあまり歓迎されるべき事柄ではないか。

 ……いや、違うなこの表情。なんで気持ちよくプレイファンサービスさせねえんだ的な意味合いのことを思われている。

 ソリティアデッキの使い手ってそういうところあるよね。その内心で笑顔鉄面皮は一周回って敬意を表する。永劫に壁とやってて欲しい。


「どのカード?」

「『極彩色の極楽鳥』を」


 答えると、美愛ちゃんはプレイシートの上で、画面をピンチアウトするみたいにくっつけた指を広げた。

 すると俺の視界に変化が起こる。左目から見える景色が突如切り替わったのだ。

 マナゾーンに置かれた『極彩色の極楽鳥』が映し出されている。マナゾーンがプレイシートの下端であるからか、視界の端は少しプレイシートから外れており、それなりに厚手なはずの制服にくっきりと形を浮かび上がらせた扇情的な脚が見切れている。こいつぁ最高のファンサービスだぜ。

 なるほど、物理的に距離が遠いから映像で送るのか。投げ渡しじゃなくてよかった。もしそうだったら上手く投げられる自信がない。

 さて、肝心の『極彩色の極楽鳥』だが……枠の色は灰がかった黒、つまり裏面のデザインの反転であり、通常弾の無色カードと同じ仕様だ。ジョークエキスパンションであることを示すクヌギマークもない。つまりこの世界においては通常弾カードの扱いということに……待て。

 

 カード番号とは、そのカードがどのエキスパンションに収録されたのかを示す数字だ。

 俺のカードは前の世界から持ち越したものだから気付かなかった。

 そうだよな。この世界だと運命は出会うものだし、魔法は作り出すものだ。通し番号なんてあるはずがない。

 だとしたら余計に通常販売されているパックの存在が謎だ。版元が……そう版元! 『sorcery-ソーサリー-』の版元、財団Bを調べれば……って!

 調べ物ってことはまたスタック乗ったじゃねえか! 他にも調べないといけないことが山ほどあるのに!

 やることが……やることが多い!

 はぁ……美愛ちゃんの脚見て落ち着こう。ふぅ。


「ありがとうございます。えっと、映像これ消すのはどうすれば? あっ消えた」

「はい、じゃあターンエンドね」


 プレイシートの光と共にターンが帰ってくる。

 チャージフェイズで1枚マナチャージ。

 さて。


 シエル、そろそろまた働い

 ──ヤダーーーーーーーーッ!


 食い気味に拒否された。


 うるっせえ! 頭ン中で叫ぶな! 丸二日だ。もう休暇は十分に取っただろう。

 ──働きたくないでござる! 絶ッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ対に働きたくないでござる!

 丸一行分も溜めるほどに!? というかお前そんな叫ぶキャラじゃなかっただろ!? もっとダウナーな感じだったじゃん!

 ──真に大切なもののためであれば……人は変われる……!

 お前天使だろ。

 ──正論いくない。


 急に冷静になるな。


 ──とにかくワタシは昼行燈の椅子を手放さない!

 ──ねえ聖、シエルちゃんがリビングのソファにしがみついてるんだけど……。


 あ、ルナエル母さん

 ってことはシエルお前家にいるな!? なにしれっと顕現して寛いでやがる!


 いいから来い! お前が必要なんだよ! 土日と祝日は休んでいいから!

 ──……水曜日もつけて。

 他の日ちゃんと働くならいいよ。休暇は権利だと思うし。

 ──……仕方ない。


 デッキにシエルの気配が現れる。


「ドローフェイズ」


 カードを引くとちゃんとシエルがいた。慣れねえなこのシステム。いや、カード自体はちゃんとデッキに入れてたから素引きは何もおかしくないんだが。


 ──……心はシステムでは縛れない。

 いい感じのこと言って誤魔化そうとしてもダメだからな。

 ──……チッ。


 聞こえてんだよ舌打ちがよぉ。


「メインフェイズ。マナ染色1。『天使シエル』を召喚」

「あ」


 間の抜けた声と共に、ホワイトロリータを横着して頭からかぶろうとしている下着姿の女児が現れた。


「えっ」(※美愛ちゃん)

「は?」(※真宵ちゃん)

(((ガタガタガタッ! ガッ!)))(※いつの間にか対戦を終わらせてこちらのバトルを観戦していた一二三先輩ズが急に動いて何かしらに体をぶつけた音)

「…………」(※三馬鹿に呆れた目を向けるみどりちゃん)


 …………シエル…………お前ってやつは……。


「一応聞くけど何してるの?」

「……見ればわかる。着替え」

「つまりさっきまでラフな格好だったと」


 思いの外がっつり休んでたなおい。

 無理矢理服に袖を通そうとするシエルだが、羽や頭が引っかかって上手く着れないらしい。ロリータ服を頭にかぶったままずっともぞもぞしている。あーもう。


「シエル、ちょっとこっち来い」


 ぐうたら天使を隣に招き寄せて着付けを手伝う。

 ロリータファッションはかわいいけど、普段使いにするにはちょっと手間がかかるよなあ。かわいいけど。

 桜とか、華やかだし絶対甘ロリ似合う。今度言いくるめて着せてみようかな。


「あのピンク髪に甘ロリはたしかに無難。でもワタシはあえて黒ロリがいいと思う」

「確かにそっちも似合いそう。でも黒ロリはもうおとちゃん先生が着てるからなあ」

「お? 独占欲か?」

「今そういう要素あった?」


 シエルは肩をすくめて(多分)ニヒルに笑った。どういう感情?


「ほい、着替え完了」

「……今思い出した。今日は月曜日。最も仕事の効率が下がる日……」

「わかった。このバトル終わったらもう今日はゆっくりしていいから。だから今だけ頑張ってくれ。これでも頼りにしてるんだから」

「え、やだ。頼るなら他の子にして」

「……お前ってやつは本当にもう…………」

「ぐうたらするなら付き合う。その時は呼んで、我が主」

「主っていうならもうちょっと素直に言うこと聞いてくれねえかなあ……」

「ふふ、ままならないね」

「おい待てお前何見た?」

「星の光?」

「その星多分地上で輝いてるんだわ」


 シエルは痛む頭を押さえる俺の肩をぽんぽんと叩き、綺麗に整えられた白ロリを翻しながら機嫌良さそうにフィールドに戻っていった。


「続けてマジック『エンジェルサイン』を──」

「……どうして」

「ん?」

「どうして天使様が二柱ふたはしらも……!?」


 あ、なんかマズったっぽい。

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