第61話 明の星の姉妹

 学園の委員会は初等部、中等部、高等部の生徒が合同で運営する組織だ。生徒会や風紀委員、図書委員、俺とリアが所属する保健委員もこれに含まれ、初等五学年、つまり小学五年生以上は、全員何かしらの委員へ参加する努力義務が与えられる。

 それら委員会の拠点が集まった建物、それが中央棟だ。各委員の代表が集まる会議室や、それぞれの委員会の教室が入っている。委員会の機能が集約された、まさしく中枢ターミナルであり、別に学園の中央にあるわけではない。

 ……だそうだ。この世界の記憶をのも慣れてきたな。

 俺が呼び出されたのは、そんな中央棟の会議室だった。


「失礼します」


 一言声をかけてから扉を開ける。

 多くの生徒が入るからか非常にだだっ広い部屋には、すでに二人の先客と、席に着いた教師たちがいた。先生たちがいるってことは、呼び出しは『教務部マスターズ』からのものか。


「初等部六年三組、天使 聖です。お待たせしてしまい申し訳ありません」

「せ──聖の運命のエクセリアです」


 揃って頭を下げる俺とリア。教師にはいい顔をしておくに限る。

 コの字型に配置された机の中央に座った、記憶によれば校長先生は、ごく僅かに目を見開いてから薄く笑った。


「いや、皆今来たところだ。気にすることはない。入りたまえ」


 どうやらいい印象を与えられたようだ。

 自分より体格の大きい人間が揃いも揃って押し黙っている、やや重苦しい空気が満ちる室内に踏み込み、先客二人の隣に並ぶ。

 横目で確認した二人はいずれも女子で、顔立ちからするとどうやら姉妹、そうでなくとも血縁なのは確実だ。髪色はこの世界だと特に指針にはならないが、二人とも俺と同じ金の髪をしていた。

 年上の方は包容力を感じさせる女性的な体つきの美少女。骨格を見るに高校生だ。豊満な肉体が制服を内側から押し上げている。シルエットになにか違和感があると思ったら頭にヴェールをかぶっていた。制服のデザインと合わせてまるでシスター、修道女みたいだ。校則的に問題ないのだろうか?

 年下の方はふくらはぎを見るに同年代、というか同学年だな? 教室で見た覚えはないから別のクラスの子か。気の強そうなつり目。ハーフツインと言うんだったか、二つ結びにした頭にでかいリボンがついている。ねえこれ校則(以下略)。


「こんにちは」


 軽く会釈する。大きい方の少女は笑顔を返してくれたが、小さい方は『なんだこいつ』と言わんばかりの目線を向けてくるだけだった。


「全員揃ったので、始めたいと思います」


 進行役であるらしい女性教諭が口を開いた。どうやら呼ばれた生徒はこの場にいる四人だけらしい。


「参加学年である皆さんならご存じかもしれませんが、先日のオリエンテーリング中に事故がありました」


 オヴザーブの件か。


「ああ、天使くんは当事者でしたね?」

「はい。……再度の事情聴取でしょうか?」

「いいえ、それはもう終わっていますから。これは別件の前提確認です」

「失礼しました」

「いえ。──事故は、外部のユニットが学園に攻めてきたことに起因するものです。その襲撃に巻き込まれ、学園を守護するユニットにも複数の犠牲が出ました」


 隣の少女二人の顔色が変わる。


「犠牲となったユニットの中には、教会を預かる守護天使も含まれています。天使は生徒の命を守護する要。早急に新しく降臨して頂かなければいけません」

「……カマエルさんが……そんな……」


 豊満な少女が口を押さえて絶句する。全身を小刻みに震わせ、今にも倒れそうだ。


「お姉ちゃん……」


 小さい方が心配そうに隣を見上げる。やはり姉妹だったか。

 校長先生が肘をついた両手を口元で組んだ。眉間にわずか皺が寄り、肩も一見ではわからないほど小さく震えている。辛さを生徒に見せないように表情を隠したか。


「そこで、天使を運命に持つあなたたちに、降臨の儀式を執り行ってもらいたい。これが今回皆さんを招集した理由になります」

「質問いいですか?」

「どうぞ」

「どうして僕たちなんでしょう。特に僕はまだ儀式などの経験がない未熟者です。他に適任の方がいるのでは」

『せーくん猫かぶってる。かわいー』


 にゃーん。

 先生方の間になんとも言い難い空気が流れる。進行役を行なっている先生が代表して、俺の質問に答えた。


「いません」

「え?」

「天使降臨を行えるのは、天使の運命を持つ魔法使いのみ。そして今、学園で天使を運命に持つのは、明星あけほし 美愛さん、真宵さん姉妹と、天使くん。あなたたち三人だけなんです」


 流石に絶句したよね。

 でも学園の生徒数は初等部だけでも6学年×6クラス×約30人=ざっくり1000人、中等部と高等部を合わせれば大体2000人の計算になる。

 『sorcery-ソーサリー-』のカードプールは前の世界の時点で一万種を超えていた。加えてこちらの世界線には、向こうには存在しなかったカードすら存在している。

 デッキ構築に必要なカードは最低15種類。デッキに入らないカードを勘案した上で1テーマ20枚程だとすると、テーマでまとめたデッキだけでも500超。強化の豊富なテーマやその逆もあるので実際はそんなにないんだが、どんぶり勘定で概ねそのくらいだ。

 だから割合を考えれば同テーマのデッキ所持者が三人というのは、特におかしな数字ではない。むしろ同学年に同じデッキテーマを運命とする人間が二人も存在することの方が奇跡であろう。

 しかし天使は黎明期から手を変え品を変え細々とカードプールが増え続けているテーマだ。枚数で言えばそれこそ『sorcery-ソーサリー-』最大のカードプールを持つテーマの一つと言っても過言ではない。他の最大派閥が繰り返し擦られるアニメ主人公デッキのテーマであることを考えると破格であると言える。

 そんな天使を扱うプレイヤーが、のべ2000人中たったの三人とは。


「実際に運命を繋いでいるあなたたちには実感がないかもしれませんが、天使の運命を持つ人はとても少ないんです」


 事実として少ないのか……。

 前の世界の『sorcery-ソーサリー-』プレイ人口に対する天使のアクティブプレイヤー比率みたいだ。ちょっと胸が痛い。


「天使降臨の儀式を執り行うのは創立以来です。なので当時を知っている職員がいません。資料を頼りに皆さんで進めていただく形になります」

「「え゛っ」」


 妹の方と声が重なった。嫌そうな視線を向けられる。なんでそんなに好感度が低いんだ。


「今、紙を配ります」


 近くにいた教師がリアに書類を手渡した。リアはそこから一部取り、俺に回す。……二部しかないな。そのまま姉妹に渡して、俺はリアと肩を寄せ合う。


「学校で執り行う魔法儀式は、安全管理の観点から必要な人数を最低三人としています。こういう言い方は良くないですが、天使を失ったのが皆さんの在学中、それも真宵さんと天使くんが魔法儀式に携われる年齢になった今年であるのは、不幸中の幸いでした」


 その言葉にリアの機嫌が傾いた。すました顔が小さく歪み、天使の気配が漏れて出る。


「それ、天使と運命を繋いだ人を外から呼んでくるんじゃダメなの?」

「っ!」


 どうも昨日の件のせいか、感情のタガが外れやすくなっているようだ。

 天使が放つ重圧を、俺を挟んだ一番近くで食らった姉妹が身を寄せ合う。


「落ち着いて、リア。守護天使の召喚なんでしょ? この土地に定着してもらうんだから、土地と縁が深い人がやらなきゃ意味がないんじゃない?」


 背景ストーリーの中でそのような言及があったはずだ。


「その通りです。なのでこればかりは外部に頼ることができず……そもそも天使が害されるなんて想定すらされていませんでした」


 まあ『侵略者』サイクルは世界の外側から襲いくるものだからな。サイドボードから飛んでくる鬼札みたいなものだ。

 少なくとも俺が元いた時代までの時点では『sorcery-ソーサリー-』にサブデッキなどの概念はない。

 だから予想しろって方が無理だ。


「俺は気にしないよ、リア。こういうのは何事も経験だ」


 それに正直、決闘戦は俺にとって対戦の延長線上にある感覚が強く、魔法を使っている実感が薄い。天使降臨という魔法儀式を行えるというのは、はっきり言ってとても興味がある。わくわくもんだぁ。


「……せーくんがいいならいいけど」


 唇を尖らせるリア。


「明星さんたちはいかがですか?」

「わたしは構いません。真宵もいいよね?」

「お姉ちゃんがやるなら……」


 妹御も不承不承といった風情だが頷く。

 校長先生が長く息を吐いた。


「ありがとう。教師として、生徒に責任の重いことを任せるのは心苦しいが、学園に通う全員の安全のためだ。どうかよろしく頼む」


 ごま塩頭がテーブルの天板をこする。

 わざわざ頭を下げずとも、未来ある子供を守るためというなら、俺としても否やはない。


「どこまで力になれるかは分かりませんが、できる限り頑張ります」


 隣の姉妹の姉の方も、胸の前で指を組んだ。


「校長先生、顔を上げてください。わたしたちも明星の娘として、全霊であたらせていただきます」


 ……ひょっとしなくてもこの言い回し、偉いとこのお嬢さんだったりするのかな……。

 育ちの良さは仕草を見ればわかる。そこいくと桜は言うに及ばず、猫や悠里もあれでちょっとした仕草に品がある。

 石動も聞いた限りどっかの重鎮の息子であるようだし……。

 この学園の生徒、実はいいとこの子が多かったりする?

 いや、おかしなことではないか。仮に魔法の資質が遺伝するなら、魔法使いが排出される一族の地位が高くなるのはそう不思議ではない。

 そうでなくとも、星の数程もいるユニットこ中から運命を探すとなれば、金の力がある方が有利だ。


「せーくん? なんで笑ってるの?」

「いや、リアと出会えた俺は幸せ者だなって」

「〜〜〜〜〜〜! 私もせーくんがいてくれて幸せー!」


 飛びついてきたリアを抱きとめる。会議室にどこか生暖かい空気が流れた。

 進行役の教師が咳払いする。


「儀式は明日、火曜日の放課後に行ってもらいます。皆さんにはそれまでに……そうですね。親交を深めておくといいのではないでしょうか」


 なんでそこふわっとしてるんですか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る